Ep.2 [4]
アエリ「あの……ベル、さん」
ベルシェス「勝手に“ベルさん”だなんて、馴れ馴れしく呼ばないでくださる」
アエリ「すみません。ベルシェスさん」
ベルシェス「…………」
ベルシェス「あーもう、いいですわ。なんでも!」
ベルシェス「そんな辛気臭い顔されたら、迷惑ですの。仕方ないから“ベルさん”でもいいですわ」
アエリ「ありがとうございます」
アエリ「あの、ベルさんはノア様にお仕えしているそうですが、ノア様はいったいどういうお方で……」
ベルシェス「ノア様の許可なく、ベルが話していいことではないですわ」
アエリ「……それでは、ベルさんについて」
ベルシェス「拒否」
ベルシェス「何故、ベルの事をあんたに話さなくてはならないのです。それよりも、もっと早く歩いてくださらない? ノア様の命令でなかったら誰が案内などするものですか」
アエリ「はい……」
ひたすら歩を進め、大きな扉の前まで来る。
ベルシェス「ここが、この別棟に住むニコラの書斎」
目の前の扉を何度も指さし、ベルシェスはアエリを睨み付ける。
ベルシェス「いいですわね? 覚えましたわね? いいえ、覚えていないなど許しません。二度とノア様の手を煩わせることのないように」
アエリ「ベルさん。案内してくださり、ありがとうございました」
無言で去るベルシェスの背を見送り、アエリは目の前の扉へと向き直った。
アエリ(ここに……今日から私がお仕えする方が居る)
軽く扉を叩くと、すぐに中から返事があった。
???「開いている。入れ」
アエリ「失礼致します」
雑然とした部屋の中心に立つその人物の手には――夥しい赤が散っていた。
アエリは思わず一歩後ずさったが、よく見てみるとその赤い物の正体に気が付く。
アエリ「薔薇……」
???「ああ。薔薇の花束だ。私には不似合いだろう」
吐き捨てるように言うと、花束を無造作にアエリへと投げた。
アエリ「あの……?」
???「君がアエリだろう? それは、エストール王子殿下からだ」
アエリの手に溢れんばかりの花束を指さし、そう言った。
アエリ「は……はぁ、あの……貴方がニコラ様でしょうか」
ニコラ「あぁ、そうだ。先程まで別の部屋で休んでいたのだが、起きてみたら、その派手な薔薇が窓辺に置かれていた。カードに書かれた文字を見て驚愕したがな」
アエリは花束の側面を辿って、そのカードをやっと見つけた。
『本日来たる可愛らしい君へ エストール』
カードには上品な文字でそう書かれていた。
ニコラ「私に宛てたものだとしたら、王子殿下は相当気色悪いお方だ」
ニコラ「今日、私の元に新しく使用人が来ることは聞いていた。アエリという女性だとな」
アエリ「あ……はい。本日よりニコラ様へお仕えさせて頂く事となりました。アエリと申します」
ニコラ「ああ」
さして興味も無さそうに答えた後、ニコラは窓辺に目を向ける。
アエリ「それにしても王子殿下が……私に花束を……? お会いしたこともないのですが。何かの間違いでは」
ニコラ「さてな。私にはわからんよ」
ニコラはアエリに背を向け、何やら机に道具を広げている。
ニコラ「今日はこれから、急ぎでやらなくてはならない仕事がある。君の相手はしていられない。夕方頃まで好きにしていていい」
アエリ「え……」
ニコラ「聞こえなかったか。夕方頃に、仕事があれば言いつける。食事はいらない。仕事中は他の事は一切しない」
こんな事があっていいのだろうか。
予想を越すニコラの対応に戸惑ったが、これ以上相手をしてもらえそうに無かったため、アエリはため息交じりに頷くのであった。
◇◇◇
アエリ(夕方まで……好きに? 仕事についてもまだ何も聞いていないし……。でも、仕方ないか……後程出直そう)
半ば追い出されるようにしてニコラの書斎を出たアエリは、廊下の向こうに見知った人物を見つけた。
アエリ「あ……ベルさん」
ベルシェスはアエリと目が合った途端、露骨に顔を歪めた。
ベルシェス「……あんたは」
そしてアエリが手に持つ薔薇の花束へ視線を落として、さらに渋面をつくる。
ベルシェス「…………うわ」
アエリ「これは、王子殿下が。その……私に、というのは間違いだと思うのですけれど」
ベルシェス「じゃあ、なんですの。ニコラかノア様に宛てたと?」
アエリ「いえ……それは」
ベルシェス「この別棟には、他に誰も居ないですわ」
アエリ「え、そうなのですか。こんなにも広い別棟なので……もっと人が居るのかと」
ベルシェス「ほとんどの部屋は、もう長く使われていません。最近はこの別棟に近寄る様な者も居ませんわ」
アエリ「え……あ、じゃあ。これはベルさんに宛てた物なのでは」
ベルシェス「有り得ませんわね。殿下はベルに贈り物など致しません。それはあんた宛てでしょうが」
アエリ「でも私、王子殿下にお会いしたこともなくて……」
ベルシェス「そうでしょうね。抱えるのも精一杯の薔薇の花束にカード。王子殿下の事を知らぬと言う貴方に、いきなりそんなものを送りつけるとは」
ベルシェス「ストーカーっぽいですわ」
アエリ「え……」
ベルシェス「すごい執着心を感じる。気持ち悪い」




