Ep.2 [1]
母「いいですか、アエリ。お母様は今までずっと不幸でした。そしてこの先も、死んでからだって永遠に不幸なのです。何故なのか分かりますね」
アエリ「はい、おかあさま」
母「良い子。可愛い子。私のアエリ。お母様は出来損ないの環境で育ちました。お母様が悪いのではありません。お母様の周りが全て悪いのです。貴方はわかってくれますね?」
アエリ「はい、おかあさま」
母「でも貴方は大丈夫。お母様の様に不幸にならないよう、お母様が全て全て考えて、完璧に導いて差し上げますから。貴方は幸せ者ね、アエリ?」
アエリ「はい、おかあさま」
夢の中の自分「うふふ。ねぇ、アエリ。結局貴方は幸せになれたのかしら」
アエリ「……また、この夢か」
自らの過去。薄暗闇の中、自分と全く同じ姿と向き合う。
夢の中の自分「貴方はぜーんぜん、幸せなんかじゃなかった。不幸よ。そう今も、昔もね」
アエリ「そんな事はない……はず」
夢の中の自分「嘘」
夢の中の自分「本当は思っている。そして幸せな連中を羨み、妬んでいる」
夢の中の自分「死ね。死ね、死んでしまえー! ってね。ふふふ」
アエリ「黙って!!」
夢の中の自分「じゃあ、なに? 私の言っている事に反論できるっていうの?」
夢の中の自分「いいわ。順番に並べていって、一緒に確かめましょうよ」
アエリ「やめて……」
夢の中の自分「アエリは、かわいそうな子でした。家庭教師の先生を何人も付けられて、分単位で厳しく管理されました。そう。何事も自分で選ぶ事は許されず、自由な外出もできない」
夢の中の自分「この世界に生まれたその時から、お母様の絶対的な支配の下で生きてきました」
アエリ「早く醒めてよ!! 目を覚まして!!」
夢の中の自分「ねぇ。いつからお家にお金が無くなってきたの? そうね。小さい貴方にとっては本当にいつの間にか。ねぇねぇ。どうして貴方は一人ぼっちなの? どうしてアエリの側には誰も居ないの? あのいつだって貴方の事を縛った、愛しいお母様は何処に行ってしまったというの」
アエリ「お母様は、死んだ! 死んだ、死んだの、もう居ないの!!」
夢の中の自分「そう。ねぇ、あんなにも美しかったお母様。おかわいそうに。化け物の様に歪み、異臭を放ち、皮膚が――」
アエリ「やめてええええぇぇ!!!」
夢の中の自分「あなたが、ころした」
アエリ「あ…………」
夢の中の自分「許されないわよ。貴方は私を否定することを許されない」
アエリ「貴方は、私……」
夢の中の自分「そう。私は、貴方」
夢の中の自分「貴方は不幸」
アエリ「はい……」
夢の中の自分「貴方は罪人」
アエリ「はい」
夢の中の自分「かわいそうな、アエリ。ねぇ……でも。貴方の不幸は貴方のせいではないわよね?」
夢の中の自分「ほら……煌びやかなお城。別世界のよう。皆、おとぎ話を演じる舞台の上で踊る高価なアンティークドールみたいね。あいつらのせいよ? あの金が有り余り、欲望が怠惰に肥え太った愚かな奴等」
アエリ「欲望が怠惰に肥え太った愚かな奴等」
夢の中の自分「うふふ」
アエリ「うふふ」
アエリ「ふふ……あはは……ふ……」
◇◇◇
エストール「本当に“君”なの……?」
エストール「ねぇ、アエリ……まさか、もう一度君に会えるなんて」
雨が強く降りしきる中、傘も差さずにエストールはよろよろと薔薇園を歩いていた。
エストール「会いたい、会いたい会いたい会いたいよ」
エストール「でも…………」
エストール「…………」
エストール「僕は、汚いんだ。汚れている。汚れきっている。こんな手で、綺麗な君に触れるのは、怖い」
エストール「僕の事を覚えている?」
エストール「僕と過ごした日々はちゃんと君の中に残っている?」
エストール「……約束、したよね」
薔薇園の裏手に存在する、今はもう使われていない教会。
エストールは木製の両開きの扉に手をかける。
湿った静寂に包まれる。
人の姿は無い。
髪を伝って、服の裾を伝って、水滴が床に落ち染みる。
エストールは迷いなく、奥にぽつんと存在するパイプオルガンへと向かう。
椅子に腰かけ、目前に佇む女神像をただぼうっと眺めていた。
エストール「あれは、冬の休暇。寂しい街、閑散とした屋敷の前、そこに君は居た」
◇◇◇
しばらくの間滞在する屋敷を、一人こっそりと抜け出してエストールは静かな街並みを眺めてふらふらと歩いていた。
真っ白な雪が少々降り積もり、吐く息は白い。
田舎の街であるためか、この寒さのためか外にあまり人の姿は見当たらない。
ふと、続く道の突き当たりへと視線を向けると、そこそこ立派な屋敷が門を構えていた。
近寄ってみると、驚くほど静かだ。
いくつもある窓のほとんどは、厚いカーテンが閉められている。
空き家かと思ってしまう程だが、これくらいの屋敷であったら、恐らく貴族の持ち物であろう。使用人が数人居るのが普通だと思うが、見当たらない。
代わりに、門の横で、さくさくと雪をすくう音がした。
小さな女の子が、雪の玉を転がしていた。
その小さい体と同じくらいの高さまで大きくなった玉はもしかして、雪だるまの下の部分だろうかと、なんとなく思った。
だとしたら、上に乗る雪だるまの頭の部分はどうやって作るんだろうかと考える。
あの大きさでは、とてもじゃないが少女の身長では完成するのは無理だろう。
そう思ったら、何故か体が勝手に動いていた。
「あ……」
少女が不思議そうにエストールを見つめる。
その視線を受けながら、丁度いい大きさにした雪の玉を持ちあげて、少女の前の大きな雪玉に乗せる。
ぽんぽんと軽く上の雪玉を叩いてエストールは言った。
「こんな感じだったかな?」
自然と笑顔が出てきた。
エストールがこんな風に笑うのはすごく久しぶりの事であった。
少女は、パッと花が咲いた様に笑った。
そしてエストールの腰にぎゅっと抱き着いてくる。
「君、名前は?」
「アエリ!」
「……おにーちゃんは?」
「僕は、エストー……うん、エスト。エストだよ」
王子だと言うのも、躊躇われたので、
名はエストだと名乗った。
◇◇◇
過去を噛み締めるように瞳を閉じたエストールの脳裏に、別の光景が浮かび上がってきた。
目の前のパイプオルガンに指を滑らせる。
音が飛び飛びに、響き。やがて音楽になった。
エストール「これがド、これがレ」
アエリ「むーそれくらいわかるよ」
エストール「そう? えらいえらい」
エストールはすぐ隣に、一緒に腰かける幼いアエリの頭を軽く撫でた。
アエリ「何か曲を弾いて!」
エストール「うん。どんな曲がいい?」
アエリ「幸せになれる曲!」




