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Ep.1 [11]


 その時、城の訓練場の方で大歓声が聞こえた。

 エストールは前方へ剣を突き出して優美に構えた。

エストール「これはすごいや」

ベルシェス「吊し上げられ、殺されたのです」

エストール「うん。今の歓声はニコラの命が尽きたのだろうね」

ベルシェス「まるで魔女狩りの刑罰の様に。縛り上げられ罵倒と共に灰となる」

 二人はほぼ同時に踏み込んだ。刃が交差し、顔が近付く。

ベルシェス「きっと、その刈られた首は笑っている」

エストール「まるで張り付いた狂気の面の様に」

 双方、にやっと笑って刃が離れる。

エストール「嘘つきだね、ベル」

ベルシェス「ベルがいつ嘘をついたというんですの?」

エストール「先程、アエリに君が言っていたことだよ」

“それに王子殿下は、美しい天使の様な皮を被っていますが、その実、相当汚らわしいお方ですのよ”

エストール「僕の事について、あれは本当だ」

ベルシェス「正直ですわね」

“そしてベルはそもそも、いつだって国王陛下の命令で動いている”

エストール「国王の、僕の父の命令で……あれも、一応は本当だろうね」

ベルシェス「……何が言いたいんですの」

エストール「君、本当は“君の一番大切なもの”のために動いているね?」

エストール「でも、たぶん父はそれに気付いている」

ベルシェス「…………!?」

エストール「……間に合うかな?」

 ベルシェスは表情を強張らせて、その手から斧を滑り落とした。

 もうエストールの姿など目に入っていない様だった。

 そして一目散に、来た道を駆け戻って行く。

 その背を見送ってエストールはうわごとの様に呟いた。

エストール「もう終わりだ」

エストール「終わらせなくては」



     ◇◇◇



 エストールは背中から少量の血を滴らせながら、自室へとたどり着く。

 そこには自らの父が悠然とくつろいでいる姿があった。

国王バルタザール「あぁ、戻って来たか。どこに行っていた」

エストール「…………」

国王バルタザール「どうした。床に少々血が垂れている。怪我をしたのか、見せてみろ」

エストール「アエリは」

 エストールの言わんとしていた言葉を遮り、バルタザールは顔を近づけた。

国王バルタザール「あの女は、お前にとってよくない。有害だ」

エストール「貴方様がアエリに嫌疑をかけ、殺せと命じた事は知っています」

国王バルタザール「それだけか。お前が知っているのはそれだけか? 本当にお前はかわいいな」

 バルタザールはエストールの細い金の髪へ両手を滑らせ、頬を包み込んだ。

 そして耳元に口を近づけ囁く。

国王バルタザール「あの女の……を……て……虐殺の……」

 エストールは言葉を失った。

エストール「今……なんと」

 バルタザールは小刻みに笑っている。

 エストールの瞳は曇りをおびて、体中の熱は瞬時に冷めていった。

エストール「いいでしょう。最後の審判は下されました」

 発せられた声音はまるで演技の様に、エストール本人のものとは変わっている。


 エストールはバルタザールの髪をわし掴み、自らの体から引きはがした。

 その腹に容赦なく蹴りを入れる。

 バルタザールは目前のベッドの縁へ頭をぶつけ、バランスを崩して倒れた。

国王バルタザール「う……エストール」

エストール「クズが」

 吐き捨てるように呟き、バルタザールを見下す。

 そして右手をゆっくりと掲げた。

 その手にはベルシェスが落としていった斧が握られている。

 その刃へ白く繊細な指先を滑らせて、告げた。

エストール「処刑を執行します」

国王バルタザール「待て! なんなのだ、どうしたエストール」

 勢いよく振られた斧はバルタザールの頭めがけて振り下ろされた。

 だが、バルタザールは体を逸らしてそれを避けた。

 エストールはベッドサイドに食い込んだ斧の持ち手に足をかけ、上部に手をかけ勢いよく引き抜いた。

エストール「僕が裁かなければ、いったい誰が! 誰が貴方の罪を裁くというのか!!」

 垂直に凪いだ斧の刃が、バルタザールの首をわずかに逸れて鎖骨に斬りかかる。

国王バルタザール「あの女のことは」

エストール「貴方は何もわかっていない!! アエリの事は、僕にとって最後の砦が崩れてしまったようなもの」

エストール「貴方は自分の罪をわかっているはずだ!」

 立ち上がろうと身を起こしたバルタザールへ、エストールは歩み寄った。

 横の燭台を掴みとり、バルタザールの頭めがけて横に勢いよく殴りつける。

エストール「今は亡き、貴方の息子達へ謝れ!! 僕の兄ジョシュアに。弟ロデリックに!!」

 エストールは苦痛に顔を歪めるバルタザールの腹を踏み付けた。

国王バルタザール「ぐぼっ!!」

 そのまま屈んで燭台の先端をバルタザールの額へ押し付ける。

 力が込められ擦れる固い音が鳴る。

エストール「今は亡き、貴方の妻へと謝れ!! 貴方が疎んだ前王妃と! 後妻にあたる僕の母ディアンナへと!!」

国王バルタザール「そうだ! そうだとも!! エストール、もはや家族は私とお前だけだ!!」

国王バルタザール「その純白の天使の様が、憎悪に歪み、愛へ狂う! そんなお前はどこまでも綺麗だ! 愛しい息子よ。お前は今、最高に美しい!!」

エストール「黙れ!!」

 エストールは燭台を勢いよく引き、その傲慢に開かれたバルタザールの口へ突き入れた。

国王バルタザール「ぐっ…………!!」

 静かに身を起こしたエストールは、斧を構え直して、倒れ伏している国王バルタザールを見下ろした。

エストール「僕に、謝れ」

エストール「その腐り落ちた汚らわしい血潮を吹き出し、愚かに涙と肉片を散らし、欲に沈んだ脳髄を垂れ流して、どこまでもどこまでも、

その腹から贖罪をぶちまけろおおおおおおおお!!」

 ――斧が振り下ろされた。

国王バルタザール「がっ!!」

国王バルタザール「ぐっごっ……がっ! ふっごっ!! がっ!!」

 エストールの白い肌へ血の滴が飛ぶ。

 金の髪が揺れて、滲んだ汗が落ちる。

 何度も振り上げられる斧。

エストール「死ね! 死ね!! 死ね!!!」

 背を反らして、その血を滴らせる斧を振りかざす。

エストール「死んでしまえええええええええ!!!」

 振り乱れた金の髪がまとわりつく先。

 薄い青の瞳からは、とめどなく涙が流れていた。

 噛みしめられ色づいた唇を震わせて、どこまでも目の前の罪を裁き続ける。



     ◇◇◇



エストール「はっ……はあ、は……はぁ」

 偉大なる国王バルタザールは、死んだ。

 目を見開いたまま動かなくなったその体を一瞥して、エストールは窓辺へと向かった。

 両手で思い切り窓を開け放つ。

 そしてバルタザールの元へ戻り、その体を引きずり窓辺へと押し上げた。

エストール「んっ……く……重い」

 その身に纏う荘厳な衣服が血を吸い、バルタザールの重さを増していた。

 なんとか持ち上げ、窓辺に寝そべるようになったバルタザールの真正面へ立ち、エストールは斧を窓から投げ捨てる。

 そして、薄氷の様な視線を投げかけたまま、エストールはバルタザールの死体を蹴とばした。

 血の螺旋を描きながら真っ逆さまに落ちてゆく、国王バルタザール。

エストール「ほら見てよ、父上。薔薇園が見事だ」

 エストールの自室の下には見事な薔薇園が広がっている。

 王はその墓標に向かって一直線に落ちてゆく。

 そう、薔薇園を囲む鋭く高く聳えるその柵へと。

 十字の様に鋭利なそれへ。

 ――国王バルタザールが勢いよく貫かれた。

 体は沈み、さらに深く沈み込み、やがて止まる。

エストール「ふふっ」

エストール「ふふふふふふふふふ」

 肩を震わせて笑うエストールの眼下には、柵に貫かれた国王バルタザールと、その身体を弔う様に広がる薔薇の群れが咲き乱れているのであった。



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