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#5 大気圏離脱

 空が、見える。

 窓のほとんどないこの駆逐艦にいると、今が昼かよるかが分からなくなる。時計は、大事だ。

 だが、今は時計がなくても、昼間だということがよく分かる。


 ここは、左機関室。

 その機関室の壁がとっぱらわれて、空が見えているのだ。

 そして空から、大きな塊が降りてきた。


「あれが……新しい重力子エンジンなのですか?」

「そうだ」

「うわぁ、ピカピカしてて綺麗ですね!」

「そりゃあ、新造品だからな。この艦は製造されて30年経ってるから、今まで30年前の機関を使ってきたことになる。それから見れば、綺麗なものだ」


 ウォーレン大尉はこの新しい重力子エンジンを見ても、特に感ずるところはないようだが、私は少し興奮気味だ。


 やがて、このピカピカのエンジンを収めると、駆逐艦の側面シールドが閉じられる。ガシャンという音とともに、機関室は真っ暗になった。

 すぐに明かりがつけられる。新しいエンジンが、この明かりでさらに輝く。

 うわぁ、新しいっていいなぁ。そういえば、まだ貴族だった頃に、ピカピカの食器を買い揃えた時の夕食は、使うのがもったいないくらい興奮したものだった。この綺麗なエンジンも、このまま使わないほうがいいんじゃないのかな。


「おい! ブライアン少尉! すぐに起動試験だ! 急げ!」


 などという私の願いなど、到底聞き入れるつもりもない仕事馬鹿なウォーレン大尉。ピカピカのエンジンを叩きながら、ブライアン少尉を急かしている。


「ジョルジーナ二等兵!」

「は、はい!」

「何ぼーっとしてる! さっさと配置につけ! 機関始動だ!」

「りょ、了解であります!」


 エンジンが直った途端、ますます元気だな、この男は。私は、重力子エンジンのレバーに手をかけた。


 この3日間、シミュレーションとはいえずっと扱い続けたエンジンだ。なんといっても、目盛りが読める。この真新しいエンジンのレバーを握り、ウォーレン大尉の指示を待つ。


「核融合炉、接続!」


 ウォーレン大尉の掛け声に合わせて、ブライアン少尉がこの重力子エンジンに核融合炉の動力を伝え始める。ウォーンという唸り音とともに、重力子エンジンに力が注ぎ込まれる。


「ジョルジーナ二等兵! 機関始動だ!」


 ウォーレン大尉の掛け声とともに、私はレバーを引く。ババババッというけたたましい音が鳴り響き、この重力子エンジンが動き始めた。

 いざ動き始めると、徐々にヒィーンという甲高い音に変わり始めるこの重力子エンジン。真新しい綺麗なエンジンは、まるで地獄の釜のように熱を帯びて唸り始める。ああ、せっかくの綺麗なエンジンが汚れていく……でも、この力強いエンジンというのも悪くない。やっぱり、動いてこそのエンジンだ。


「よし、安定運転に入ったな。もうレバーを話してもいいぞ」


 ウォーレン大尉が私に言う。私は、レバーを離す。ここから先、制御コンピューターというやつが、私の代わりにレバーを操作してくれているようだ。うーん、この3日間、ひたすらレバーの操作ばかりをやってたから、レバーから手放しでいられるなんて、なんて便利なんだろう。私は感心する。


 機関室の脇にあるベンチに座って、この神々しく高鳴る重力子エンジンを眺めていた。思えば私、荒野のど真ん中で捨てられてどうなるかと思ったけど、こんな大きな地獄の釜のような重力子エンジンの番人になれたんだ。あの奴隷商人が見たら、なんと思うだろう? なぜか私は、嬉しくなった。


 だが、その地獄の釜が、本当に地獄を見せてくれたのは、まさにこの直後のことだった。

 ウォーレン大尉が、叫ぶ。


「おい! 全員、配置につけ!」


 その声に反射神経的に反応して、私はレバーの前に立つ。そして、レバーを握った。だけど変だな、今は自動制御ってやつのおかげで、私がいじらなくてもいいんじゃないの? 


「あの、大尉殿。なぜ配置につくのでしょうか?」

「もうすぐ、大気圏離脱を開始する。補給のため一度、宇宙に出るんだ」

「は、はあ……でもそれがなんで配置につかなきゃいけないんでしょう?」

「馬鹿野郎! 大気圏離脱といえば、全力運転だ! 人の手で動かさなきゃダメなんだ! 余計なことを考えず、さっさと配置につけ!」

「ひえええぇっ! 了解しました!」


 軽く尋ねただけなのに、散々怒鳴られる私。私はレバーを握り、指示を待つ。

 しばらくの間、上昇を続けるこの駆逐艦6772号艦。横のモニターに目をやると、かなり高いところまで登ったことが分かる。

 しかし、高いなぁ……私が1年以上住んでいた、あの帝都が小さく見える。といっても、私はずっと建物の中、というか檻の中だったから、帝都の街並みなど知るよしもないのだが。

 この辺りでは最も繁栄を極めたと言われる帝都でさえも、一切れのピザくらいの大きさにしか見えないほど高い場所へとたどり着いた。昼間だと言うのに、空は暗い。不思議に感じていると、ウォーレン大尉の罵声が飛ぶ。


「ジョルジーナ二等兵! レバーを持て!」


 慌ててレバーを握る私。すると、大尉殿が間髪入れずに叫ぶ。


「合図をしたら、目一杯レバーを引け! 左右同時に、全力に入れないと、艦がバランスを崩す! いいか、タイミングをずらすんじゃないぞ!」


 そんなこと急に言われても、右機関の人の姿は見えないし、本当に大丈夫なんだろうか? ともかく私は、言われた通りにレバーを引くしかない。レバーを握って腰を落とし、ウォーレン大尉の合図を待つ。

 すると、艦内放送が聞こえてくる。


『機関最大! 両舷前進いっぱい!』


 すると、ウォーレン大尉が叫ぶ。


「今だ! レバー引け! 目一杯だ!」


 私は、渾身の力を込めてレバーを引く。すると重力子エンジンが、けたたましく唸り始める。

 いや、うなりどころではない。ガタガタと機関室が揺れ始める。レバーを握る手が振り切られそうなほど、ガタガタと揺れている。

 私は必死になって握る。それにしてもこの機関室は、とてつもなくうるさい。震えと音で、気が変になりそうだ。私は振り落とされまいと、必死にレバーを握る! 

 ゴォーッという音で、何も聞こえない。かと言って、今このレバーを戻せば、左右の出力差で艦の向きが曲がってしまう。死に物狂いでしがみつく私。

 しかしこれほどうるさい場所だと言うのに、あのウォーレン大尉の声だけは聞こえてくる。


「出力を10パーセント下げるぞ、戻ーせーっ!」


 ウォーレン大尉のこの声に合わせて、2目盛り分レバーを戻す。地獄の窯が、ほんの少しだけ大人しくなる。


「合図のたびに、一目盛りづつ落とすんだ! ここが踏ん張りどころだ! 気合い入れていくぞ!」


 元気だなぁ、ウォーレン大尉は。ともかく、私は大尉殿の合図を待つ。


 だが、ここで異変が起きる。


 暑い。ものすごく暑い。汗が、だらだらと流れる。一体、どうなっているのか? 

 よく見ると、ウォーレン大尉もブライアン少尉も、上着を脱ぎ、頭からペットボトルの水をかけている。やはりここは、暑いんだ。


「た、大尉殿! とっても暑いんですが!?」

「当たり前だ! 宇宙空間では、ほとんど放熱ができない! だから、機関の熱が逃げないんだ! 暑いのは当然! 我慢しろ!」


 そんな無茶な。いくらなんでも暑すぎる。まるで、真夏に暖炉の前に立たされているような暑さだ。このままでは、倒れそうだ。

 だけど、よく見ればウォーレン大尉もブライアン少尉も、上半身をむき出しにしている。ああ、そうか。私もああすればいいんだ。

 そこで私は、上着を脱ぎ始める。上半身の軍服を、そばのベンチに脱ぎ捨てると、下着に手をかけた。

 するとウォーレン大尉が叫ぶ。


「馬鹿野郎! お前、何脱いでるんだ!?」


 おかしなことを言う。自分だって脱いでるじゃないか。私は言い返す。


「大尉殿と同じことをしているだけです!」

「馬鹿か! お前は脱いじゃダメだ! 何考えてる!」

「いや、しかし……」

「しかしじゃない! とにかく、お前はダメだ! ここはお前以外に、男しかいないんだぞ!」


 理不尽なことを押し付けられる。この暑い中、私だけが上着すら脱げない。目の前が、暑さで揺らぐ。しかし私は、レバーを握り続けた。


 それからしばらくの間、暑さの中、ウォーレン大尉の言う通りにレバーを引き続ける。そしてようやく、自動制御に移行した。


「よーし、もういいぞ!」

「はぁーっ……や、やっとですか!」


 暑い中、どうにか耐えてレバー操作をやり遂げた。ウォーレン大尉とブライアン少尉の笑顔を見て、私も思わず微笑む。


 が、その時だ。周りが、激しく揺れる。

 あれ? まさか、重力子エンジンが動き出した? でも、揺れはするけど音はしない。

 しかも、徐々に床が迫ってくる。おかしい、変な揺れ方だ。いや、これは揺れじゃなくて、私が倒れてるだけなんじゃあ……


 バタンと言う音とともに、辺りは真っ暗になる。そこから先はどうなったのか、私の記憶にはない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 宇宙船の運転って大変なんですね。上昇するだけでもこれだけ大騒ぎだと、車庫入れのときの機関室はどんな修羅場になるのやら…((( ;゜Д゜))) 枯れた技術すぎっ!( *´艸`)
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