#4 訓練
「おい! 引きが甘いぞ! もっと繊細に、かつ大胆に引くんだ!」
何やら矛盾することを平気で叫ぶ人だ。こんなレバーを繊細に引けって、しかも大胆に? もはや何を言っているのか分からない。
「グズグズするな! 出力上げるぞ! レバーを上げろ!」
「ひえええぇっ! はい!」
なぜだか私は、こんなクソ暑い機関室というところで、必死になってレバーを引いている。
今、私が扱っているのは、重力子エンジンと呼ばれる不思議な機械だ。といっても、この左機関の重力子エンジンは壊れており、使い物にならないらしい。が、制御コンピューターだけは生きているということで、それを使ってシミュレーション訓練というのをさせられている。
「ダメだ! 左右出力差が生じると、艦はまっすぐ進めなくなるぞ! 右機関の出力に合わせろ!」
「あ、あの、出力を合わせるって、どうやって……」
「感じろ! 神経を研ぎすませ! モニター上の数値以外に、音や振動、そういうもので感じとるんだ!」
「ええ~っ!? お、音と振動って……そんなもの全く感じ……」
「いいからやれ! 身体で覚えろ!」
「ひええええぇっ!」
とまあ、一昨日からこの調子だ。何かにつけてウォーレン大尉は「感じろ」とか「甘い」とか叫ぶ。
ついでに私は、軍における礼儀作法である敬礼の仕方まで教えられる。また、訓練の合間にこの軍の階級についても、たたき込まれる。
ウォーレン大尉やマイナ少尉は、軍大学を卒業した「士官」と呼ばれる身分。その下には准尉、曹長を筆頭に軍曹、伍長と呼ばれる「下士官」がいる。その下が、上等兵、一等兵、二等兵となる。
この機関科や、航空機と呼ばれる空を舞う機械を扱う整備科、そしてこの駆逐艦の最大の武器である主砲を扱う砲撃科には、多くの下士官が働いているという。だが本来、機関科には片側あたり8人は必要らしいが、左機関はそのうち4人が亡くなってしまった。
で、私がその4人の代わりというわけだ。ウォーレン大尉はわずか3日で、私をこの4人の代わりにしようとしているのだ。
「はあぁぁっ……」
やっと訪れた昼食の時間。美味しい食べ物が出るこの食堂だが、さすがに一昨日からの訓練に心が折れそうで、食事も喉を通らない。
「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」
「え、あ、はい、まだ生きてます」
「いや、そうだけど、ちょっとやばい顔してるわよ!? いくらなんでもあの大尉、やりすぎじゃないの!?」
マイナ少尉はいろいろと心配してくれているが、もしあそこで私は拾われていなければ、今頃は多分、狼の餌にでもなっていただろう。それを思えば、生きているだけマシかも。
だけど、朝から晩までずっと怒鳴られっぱなしの訓練。正直、ちょっと辛い。
何が辛いって、いまが朝か夜かが分からないことだ。時計というものを教えてくれたが、まだ読み方に慣れていない。
朝が来たら、大尉がガンガンと私の部屋の扉を叩く。それで朝が来たことを知るが、そこから昼までが長い。夜も随分と遅くまで訓練を受けて、しかも大量のピザを食べさせられる。
おかげで、昼は何も食べなくてもなんとかもってしまう。どうせ今晩もたくさんのピザを食べさせられるのだろう。ならば、昼間はさほど食べなくても大丈夫か。
「食事はともかく、水分はしっかり摂った方がいいわ。あんな暑い機関室じゃあ、すぐに脱水症状になるわよ」
「はい、そうします」
という話をした直後に、再び暑い機関室で訓練が始まる。
「まだだ! 上げ過ぎだ! もう少し踏み止まれ!」
「はい!」
「ここは踏ん張りどころだ! 気を引き締めて行け!」
重力子エンジンというやつは、レバーの目盛りが見え辛い。完全に感覚だけで引かなきゃならない。上げ過ぎだとか言われても、動かしている側は把握できない。
こうして、3日目の訓練を終える。すでに真夜中、日付が変わろうとしていた。
「……よし、これで訓練は全て終了だ。お前には、一通りの制御方法を叩き込んだ! お前、思いの外、早くものにできたな」
「えっ!? そうなのですか!?」
「お前には、センスがある。それは間違いなかった。もはやお前は、一人前と言っていいだろう。明日から頑張れ!」
「はい! ありがとうございます!」
意外にも、ウォーレン大尉からお褒めの言葉を頂いた。生まれて初めてじゃないだろうか、私が他人から褒められたのは。
私は覚えたての敬礼する。ウォーレン大尉も、それに応えて返礼を返してくれる。
が、その時、妙な感覚に襲われる。
ウォーレン大尉が、2人に見える。いや、また増えたぞ? ウォーレン大尉が、3人?
おかしいな、大尉が3人もいるはずがないのに……だがその直後、私は、意識が飛んだ……
気づくと、そこはまた医務室のベッドの上だった。天井と、腕につけられた点滴を見て気づく。てことは私、また倒れたんだ。
まだボーッとする。カーテンの向こう側から、話し声が聞こえる。
「……軍法会議ものだな、これは。民間人の拉致、強制労働、そして過労と脱水症状による健康被害。民間人を守るべき軍人が、民間人を酷使してどうする!?」
「はっ……」
どうやらウォーレン大尉が、誰かから責められているようだ。相手は、誰だ?
「とにかくだ。彼女は地上に戻す。その上で、貴官の処分を決定することになるだろう」
「はっ、了解いたしました、艦長」
今、聞き捨てならないことを言ったぞ? なんだって? 私を地上に戻す?
私は急いで、カーテンを開ける。側にはウォーレン大尉と、別の誰かが立っている。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 地上に戻されたら私、困るんです!」
「……は?」
「今、地上に戻ったら私、狼の餌になるかか、盗賊の相手をさせられて殺されるだけなんです!」
「いや、しかし……」
「それに、せっかく一生懸命あの重力子エンジンというやつの動かし方を覚えたのに、それが活かせないなんて嫌です! 何のためにこの3日間、必死になって頑張ったんだか、分かんないじゃないですか!」
「ああ、ちょっと待て! 分かった! 分かったから、ちょっと落ち着いて!」
艦長と呼ばれる人物から、私は制止される。だけど、私は地上に返されるわけにはいかない。地上に戻ることは私にとって即、死を意味する。
なによりも、この3日間の頑張りが無駄になるのは嫌だった。せっかくウォーレン大尉に認められるくらい頑張ったのに。
「それなら、あなたを軍属待遇にする。一昨日に遡り志願兵としておけば問題ない。それでよろしいか?」
「はい! よろしいです! それでお願いします!」
私の願いが聞き届けられ、晴れて私はこの駆逐艦の一員となった。与えられた階級は、二等兵。「ジョルジーナ二等兵」の誕生である。
「本当によかったのか? お前、2度も倒れてるんだぞ!?」
「いえ、大丈夫ですよ。まだ倒れられるだけマシですから。あの荒野の只中に置き去りにされたら、倒れるどころじゃ済まないですからね」
「しかし、艦長に直談判してまで残りたいとはな……お前、案外根性あるな」
「いえいえ、それほどでも……ところで、ウォーレン大尉」
「なんだ?」
「艦長って、どういう立場の方なのですか?」
「は? おい、お前……まさか艦長を知らないのか!?」
そこでウォーレン大尉から聞かされたのは、この艦で一番偉い人だということだった。
ひええっ、私、この城のような船の一番偉い人に、あんな無礼な態度しちゃったの? まずい……これは非常に、まずい。
この後、私は艦長のところに行って、泣きながら土下座して謝ったのは、いうまでもない。