#3 食事
……気付いた時は、ベッドの上だった。
真っ白なシーツ、それに私は薄い青色のガウンのようなものを着せられていた。
腕には……なんだろうか、透明な管のようなものが取り付けられている。その先には液体の入った、奇妙な透明な袋がついている。
その側には、見たことのないものばかり。文字? それとも数字? 奇妙な記号が光っている箱のようなものが見える。とにかくここには、妙なものがいくつも並んでいた。白い天井には、火もないのに光る白い棒のようなものが、何本もついている。
「あ、気がついたわね」
誰かが声をかけてくる。私は、その声のする方を向く。
女だ。青っぽいさっぱりした服を着ているその女性。あのウォーレンとかいう男とそっくりな服を着ている。
「あの……ここはどこですか?」
「ああ、ここは駆逐艦6772号艦という航宙艦の中よ。私達は、地球219という星からつい先日、この星に来たばかりなの」
ああ、やっぱり星からのお迎えだったんだ。ということはこの人、お迎えの天使の方だろうか?
にしては、随分と人使いが荒かったな。いきなり火事になってるし、あんな硬いレバーを引かされたり、天国からのお迎えにしてはあんまりだ。
「……ということは、私はいよいよ天に召されるのですか?」
その女性に、私は尋ねる。すると、その女性は呆れたように応える。
「はぁ? 天に召される? あなたまだ死んでないわよ。まだ生きてるわ、あなたも、私も」
「で、でも、星から来たって……」
「星なんて、天国でもなんでもないわよ。あんなのは現世のごく一部。天国っていうのはね、私達には見えないくらいずっと遠くにあるものよ」
「ええ~っ!? じゃあこれは、天国からのお迎えじゃなかったんですか!?」
「そんなわけないでしょう。たまたま今日、この星の近くで、我々と連盟軍の艦艇の100隻同士の遭遇戦があったの。その戦闘で被弾して戦線を離脱し、ここに降りてきたってわけ。いやあ、あともう少し消火が遅れていたら、この艦は動けなくなるところだったわ」
「は、はぁ……」
なんだ、天国からのお迎えじゃないんだ。それどころか、どうやらこの人達は戦さをしているようだ。
もう戦さはこりごり。私、そんなことをする船に乗っちゃったの?
「でも、あなたのおかげで助かったわ。水場の場所を教えてくれた上に、核融合炉の起動を手伝ってくれたって。おかげでこの艦は、なんとか持ちこたえてくれたのよ。ただ、4人が亡くなっちゃったけどね……」
なんだかよく分からないが、感謝された。悪い気はしないけれど、水場はたまたま見つけたところだし、手伝ったと言っても、ただレバーを引いただけ。あまりなにかをした気はしない。
それにしても、4人も死んじゃったんだ……本来なら死んでて当然な私がこうして生き残り、遠く星の国から来たという人が死んでしまった。なんだか、とても理不尽な気がする。
「……それにしても、たまたま降りたところにいた人が統一語を話せる人でよかったわね。言葉が通じない場所に降りてたら、今ごろ大変なことになってたわ」
そういえば、遠くから来たというのに言葉が通じる。言われてみれば、不思議だ。
というか、私も元々は違う言葉を話していたが、帝国に連れてこられて、帝国の言葉を喋らされる羽目になった。
それが、星の国から来た人と言葉が同じだなんて、確かにすごい偶然。帝国語を話せるようになって、初めてよかったと感じた。
「そうそう、申し遅れたわ。私の名前はマイナ。所属は主計科で、階級は少尉。よろしくね」
「あ、あの、私の名はジョルジーナ。ええと、元々はある国の貴族だったんですけど、国が滅んで奴隷にされて、でもずっと売れ残ってたから、昼間にこの荒野のただ中に奴隷商人から捨てられたところだったんです」
「ええっ!? 捨てられた!? なんてことよ! って、そういえばウォーレン大尉もそんなこと言ってたけど、あれ本当だったんだ。でも、どうして!?」
「私、この通り小柄で、胸も小さくて、帝国貴族には全然見向きもされなかったんです。おかげで1年以上売れ残っちゃって……だから、とうとう店主も呆れ果てて、私を捨てることにしたんです」
「だからといって捨てるなんて……せめて、大安売りとか、1人買ったらもう1人おまけ、みたいな販売ができなかったのかしら? かわいそうに……」
うん、私に同情してくれる気持ちはよく分かります。が、マイナさん、なにか聞き捨てならないようなことを言いませんでしたか?
「ところで、帝国って何? この近くに都市らしきものが見えたけど、あれがその帝国の都市の一つなの?」
「ええ、帝国とは正式には『シュツルプナーゲル帝国』という国で、この大陸で最大の国家と言われています。この近くにあるのは、帝都ルハイデンブルグですね」
「ええっ!? まさか私達、帝都のそばに落っこちてきたわけ!?」
最大の軍事国家のそばに落ちてきたと聞いて、驚くマイナさん。
「そうなのか……じゃあ当然、この帝国から交渉することになるわよね……ねえ、ジョルジーナさんって、帝国に知り合いはいないの?」
「せいぜい奴隷商人くらいですね。でもきっと、もう口も聞いてもらえないでしょうけど……私もなるべくなら、会いたくない相手ですね」
「そりゃあそうよねぇ、捨てた相手だからねぇ……いやね、私達、これからこの星にある国々と、同盟関係を結ぼうとしてるのよ。できれば言葉が通じる相手が好都合だから、その帝国から交渉を始めたいんだけど」
「そ、そうなんですか? でもまた、なんで……」
「宇宙にはね、人が住む星がたくさんあってね、それぞれの星同士、交易をしているのよ。で、その相手を増やすために私達はここにやってきた」
「……でも、さっき遭遇戦がどうとかって……」
「ああ、えっと……早い話がね、この星の世界っていうのは、2つに分かれてるのよ」
「2つ?」
「そう。私達のいる連合という勢力と、敵である連盟という勢力の2つ。で、要するにこの星にも私達の連合に加わってもらって、交易しながら一緒に戦ってもらおうって、そう考えてるわけ」
「は、はあ、そうなんですか……」
交易などという言葉で誤魔化してはいるが、要するに戦争するから仲間になってくれと言いにきたようだ。うーん、思ったよりこの星の国の人は、危ない連中なんだな。
「それにしても、思ったより元気になってきたわね。じゃあ、食事に行こうか?」
「えっ!? 食事、ですか?」
「そうよ。あなた、医師から栄養状態が悪いって言われたわ。これからは、ちゃんと栄養取らなきゃダメよ。だから、ちゃんとしたものを食べましょう」
なんと、食事をくれると言ってくれた。なんという幸せ、この3日間ほとんど食べていないので、久しぶりの食事に、胸を躍らせる。
私は点滴を外してもらい、服を着替える。マイナさんも着ている、あの青っぽいさっぱりした服。軍服というそうだが、ここにはこれしかないらしい。それを着て、食堂というところに向かう。
まずエレベーターという箱に乗って、下に移動する。エレベーターを降りると、すぐ手前にはガラス張りの部屋が見えた。
……なんだろうか。そこでは、腕だけの化け物が、せっせと何かをたたんでいるのが見える。あまりの気味の悪いその光景に、私は思わずのけぞる。
「ああ、あれね。あれはロボットと言って、人の代わりに仕事をしてくれる機械よ」
「ろ、ロボット? あれってまさか、人を腕だけに変えて働かせている奴隷では……」
「そんなわけないでしょ。そんなことしたら大問題よ! まるで人のように動いているけれど、あくまでも機械。あなたが奮闘してくれたおかげで核融合炉が動き、電力供給が始まったおかげで、今ああやって動かせるようになったのよ。ほんと、感謝してるわ」
へぇ……あれ、人じゃないんだ。まるで人のように動く仕掛けなんだ。
その向こうに、食堂が見えてきた。食堂の入り口には、なにやら四角い看板のようなものが置かれている。
それを覗くと、まるで本物の料理と間違えるような絵が描かれていた。が、見たことがない料理ばかりだ。
なにこれ? この黄色に赤い何かがかけられたものが見える。これも食べ物なの? 私だって、昔は貴族だった。いろいろな料理を知っているはずだが、これはまったく知らない。
「あれ? オムレツが気になるの?」
マイナさんが私に尋ねる。ああこの黄色と赤の食べ物は、オムレツって言うんだ。
「はい、気になります」
「分かったわ、じゃあ、注文しておくわね」
そういうとマイナさんは、そのオムレツの絵に触れる。
すると、ポーンという音が鳴る。その音を聞いたマイナさんは、今度はその手を右に動かす。
すると、板の上の絵がすっと流れるように動く。えっ!? この絵って、動くの? しかもまだ他にもたくさん料理があるの?
次々にその板の上に描かれた料理の絵を、流すように動かすマイナさん。そして、なにやら茶色っぽい肉の塊のようなものを頼んでいた。
「さ、ここで頼んだ後は、トレイと食器を持って、あのカウンターに並ぶのよ」
そう言ってマイナさんが指差す先を見ると、なにやら板のようなものを置いて、2人ほどが並んでいるところが見えた。
その人の後ろに並ぶ。すると、前の人は出てきた料理を受け取っていた。
暖かそうなその料理、しかもコショウの匂いがする。なにあの料理、まさか高価な香辛料を使っているの?
それを何食わぬ顔でテーブルの方に持って行き、食べ始めるその人。他の誰かと話しながらその贅沢な料理を惜しげもなく食べる。なんということだ。
香辛料なんて、貴族の時でも稀にしか手に入らなかった。ましてや、奴隷生活の間は口にできるはずもない。うまく上級貴族の側室にでもなれば、口にできるかどうか。そんなものを、ここでは当たり前のように食べているのか?
さすがは星の国から来ただけのことはある。私の頼んだ「オムレツ」というやつは、果たしてどんな料理なんだろうか?
で、出てきたのはあの入り口にあった奇妙な板に書かれた絵の通りの、黄色い塊に赤いものがかけられた物体だった。
……本当にこれ、食べられるの? なにこの赤いの。まさか、誰かの生き血じゃないよね?
マイナさんとともに、私は近くのテーブルに並んで座る。
私は、スプーンでその黄色いものをすくい取る。そして、口に運んだ。
……なにこれ、想像以上の味だ。ふわっとした黄色い衣に、中にあるのは……玉ねぎとひき肉だ。
これにも、ほんのりと香辛料っぽい香りと味がする。こんな料理にまで使っているのか、香辛料。
黄色いのは、卵だという。ああ、言われてみれば卵料理だ。といっても、私はゆで卵しか食べたことがない。あの卵って、こんな姿にもなるんだ。
そして、あの赤いものの正体は……聞けば、トマトという植物から作られた「ケチャップ」というもののようだ。これはちょっと酸っぱい調味料で、オムレツ全体の油っぽさを打ち消してくれる。
3日ぶりに食べたまともな料理は、私の貴族時代に食べた料理をも遥かに上回るものだった。なにここ? 素敵すぎる。こんなものが毎日食べられるなら、ずっと住んでいたい。なんとかして、ここに置いてくれないかな?
ちなみに、マイナさんの料理は「チーズハンバーグ」というそうだ。あれもひき肉から作られていて、中にはチーズが入っている。ソースにキノコの入ったデミグラスソースというものがかけられている。ここからも、ほんのりと香辛料の香りがする。
考えてみたら、この人達って空飛べるんだよね。香辛料というものは砂漠を越えて、遠く南の国から運ばれる。だから、運ぶための賃金がかかりすぎて、とても高価な食材になっているのだと聞いたことがある。
が、彼らは空を飛べる。砂漠なんて、ひとっ飛びだろう。それどころか、他の星からやってきたと言っていたし、香辛料の産地に直接出向いて、安く買い付けることが簡単にできるのだろうな。
「よかった。美味しそうに食べてるじゃない」
「はい! 美味しいです! こんなに美味しいもの、生まれて初めてです!」
とまあ、私が美味しい食べ物を食べていると、目の前に何処かで見たような人物が現れた。
「なんだ、もう立ち上がれるのか」
ああ、この人は……私を背負ってここまで運んできた、ウォーレンさんという人だ。
それにしてもなんだろうか、このウォーレンという男から出てくる、この威圧感は? 私は思わずその圧倒的な雰囲気に押され気味になる。
「あ、ああ、う、ウォーレンさん、お食事、いただいてます……」
「ちょっと、ウォーレン大尉! 何、ジョルジーナさんを脅しているんですか!」
「いや、別に何もしておらんぞ」
「何もしてなくても、威圧的すぎるんですよ、ウォーレン大尉は!」
「そうか、すまん……」
なんだか、マイナさんに言いくるめられているところを見ると、さっきまでの威圧感が少し薄れてきた。
が、突然、私の顔をじーっと見始める。そのまま睨みつけるように、私の身体を上から下までなめるように見る。それを見たマイナ少尉は叫ぶ。
「ちょっと! ウォーレン大尉! なにをそんなに女性の身体を、じーっと見るんですか!?」
するとウォーレンさんは一言。
「……ダメだな、これは。ちょっと痩せすぎだ」
そういうと、この食堂の入り口へと戻っていった。
「なにがダメなのよ……彼女、恩人だって言ってたくせに、随分と失礼なこというわね、まったく」
プンプンと怒っているマイナさん。だが、ウォーレンさんが何やら抱えて持ってきた。
何これ? 薄いパン生地のようなものに、野菜や肉、魚のようなものが大量にばらまかれた食べ物。それを私の前に置いた。
「あ、あの、ウォーレン……さん?」
これがなんなのか分からないので尋ねようとするが、ウォーレンさんからは、たった一言。
「食え」
そう言いながら、ウォーレンさんは自分の肉料理を食べ始める。
「ちょ、ちょっと! いくら何でもこれは多すぎじゃないですか!?」
「身体が虚弱すぎる。これでは、機関科の職務に耐えられない」
「はぁ!? ちょっと、まさか彼女を、機関科に加えようっていうの!?」
「そうだ」
えっ!? 機関科? なんのこと?
「ちょ、ちょっと! あそこは男の職場でしょう! どう見ても彼女には、無理よ!」
「いや、さっきはうまくやってのけた。素質はある」
「だからって大尉、彼女は民間人ですよ!? いいんですか、あんなところで働かせても!」
「先の被弾で、4人が死んだ。人手が足りない。奴隷の手でも借りたいほどの状況だ」
「で、でも……」
「少尉、ここが戦場でも、同じことを言えるのか!?」
「うっ……」
この一言に、マイナさんは黙り込んでしまった。
「というわけだ。3日後に、左機関室の重力子エンジン交換が行われる。それまでに、お前を一人前にする。ええと……ジョルジーナと言ったな。今日はまず、それを食え。それが仕事だ!」
「は、はい!」
なんだかよく分からないけど、これを食べるしかなさそうだ。私は一口、食べる。
うわ……何これ、美味しい。
「あの、これはなんという食べ物なんですか?」
「ピザだ」
それ以上、何も言わないウォーレンさん。私はそのピザを、黙々と食べる。
チーズに野菜、肉などがたっぷりとのせられたこの食べ物。くどすぎることなく、案外食べられる。
が、3日ぶりに食べる料理としては、ちょっと多すぎる。私の3日分を取り戻すかのように、いっぺんに食べさせられている感じがする。
うーん、美味しい……でも、きつい。だけど、ここで生き残るためだ。頑張ろう。
私は頑張って、なんとかそのピザを食べた。すると、ウォーレンさんは言った。
「よし! 明日からもこの調子で鍛えてやるから、覚悟するんだ! いいな!」
うわぁ……奴隷商人のような人だ。おっかないなぁ……でも、この美味しい料理は、あの奴隷市場では口にできなかった。これでもまだ、マシな方か。
「……ごめんね。変なのに目をつけられちゃったわね」
「へ、変なのって、あのウォーレンさんのことですか?」
「そう。あの通りの仕事バカよ。気をつけてね」
そう言いながら、私に部屋の鍵をくれて、部屋まで送ってくれた。
そこにあったのは、ふかふかのお布団とベッド。つい昨日まで檻の中に暮らしていたのが、嘘のようだ。
「じゃあ、今日はゆっくり休んでね」
「はい、ありがとうございます、マイナさん」
パジャマというものを渡されたので、それに着替える。私はそのまま、布団に潜る。
ああ……とても柔らかい……天国には行けなかったけど、こんな柔らかいところで寝られるなんて、まさに天国だ。私はそのまま、寝てしまった。
だが、その次の日から、天国どころか地獄の日々が始まることを、この時の私はまだ、知る由もなかった。