#23 激戦
『砲撃開始!撃ちーかた始め!』
ついに、戦闘が始まった。艦内放送に続き、ウォーレン大尉の声が響く。
「ここからが機関科の踏ん張りどころだ!敵を、連盟の者どもを、この機関科の気合でぶっ潰してやれ!」
「はっ!機関長!」
相変わらず、無茶な号令だ。核融合炉のエネルギーをむさぼるあの大出力ビームでさえ破壊できない敵を、この機関科にいる我々の気合いだけで潰すとか、どう考えてもあり得ない。
だが、左機関室の士気は大いに高まる。
かつてない戦闘だ。何せ、敵も味方も1万隻同士。合わせて200万人もの兵士達が、互いを滅ぼさんと死力を尽くしてぶつかり合う。これほどの大軍勢同士の戦いに参加するなど、私は初めてだ。
私は一度、戦さで国を滅ぼされた。だから、負けるということは惨めで辛いことをよく知っている。今度こそ、負けるわけにはいかない。
今回の戦いでは、私は重力子エンジンの担当だ。私の横の制御盤にはエルミラが、核融合炉にはブライアン少尉が、そしてその両者の間に、イジドール中尉が立つ。
ガガーンという雷音のような砲声が轟く。砲撃音に慣れていないエルミラは、その音に驚き、身をかがめる。ああ、初戦の時の私と同じだな。思えば私も、ここの環境にすっかり慣れたものだ。
「次弾装填だ!」
イジドール中尉が叫ぶ。核融合炉の前につけられたエネルギー伝導管がビリビリと震えながら、核融合炉のエネルギーを吸い取っていく。
戦闘は始まったが、重力子エンジンは平常運転だ。だから、出力調整は自動モードのまま。今は制御コンピューターが全てやってくれている。
だからと言って、私とエルミラにやることがないわけではない。なにせ、核融合炉が不安定だ。場合によっては、重力子エンジンの急激な出力低下を引き起こす場合がある。その時に備えなければならない。
戦闘中、重力子エンジンが不安定に陥った場合は、一部の慣性制御を切ることになっている。格納庫に、特定の保管庫だ。格納庫内には哨戒機にて待機するパイロットがいるだけだが、慣性制御を切った際は、哨戒機の慣性制御にて加速度に対処することになっている。
だが、今のところはそれほど大きな出力変動は起きていない。安定したグラフが、制御盤には表示され続ける。
砲撃音は続く。さすがに1万隻同士の撃ち合いだ。モニターを見ると、無数の青いビームの筋が交差しているのが見える。あれ一本一本が、帝都をも一瞬で焼き尽くすほどの力を持っているんだ。この船からも、あの雷のような轟音の度に、その大出力ビームを敵に叩きつけている。
しかし、敵だってビームを叩きつけてくる。その一撃が、この船を襲う。
あの耳障りで不愉快な音が、艦内に鳴り響く。
「きゃあっ!」
ビームの直撃によるバリア作動音の洗礼を受けるのは、エルミラだ。砲撃音ですら慣れていない彼女に、この音は強烈すぎた。その衝撃で、彼女は私の足元に座り込む。
イジドール中尉は、近くにいない。エネルギー伝導管に何か起きたらしく、さっき核融合炉の前に向かって走っていった。だから、彼女のこの行動に気づいていない
よほど、怖いのだろう。ガタガタと震えているのが、こちらまで伝わってくる。だが、私はエルミラの肩を叩く。
「エルミラ!ここで座り込んだら、王国の負け戦の二の舞だよ!」
それを聞いたエルミラは、はっとしたように立ち上がる。再び、制御盤の前に立つ。
うん、それにしてもエルミラも強くなったものだ。以前より、生への執念が伝わってくる。やっぱり、イジドール中尉のおかげかな。
それからもしばらく、撃ち合いが続く。砲撃音、時々バリア作動時の不快音。特にバリア作動音は、慣れている私でさえも恐ろしい音だ。できればあの音だけは、聞きたくはない。
そして戦闘開始から、1時間が経過した。モニターを見ると、敵も味方も微動だにしていない。30万キロという、ビーム砲の射程ギリギリの距離を保ったまま、互いの撃ち合いが続く。
味方の艦隊はすでに45隻が沈み、11隻が損傷して戦線を離脱したと表示されている。互角の戦いが続いているから、敵も同じくらいの損害だろうと思われる。
「よーし、ここからが踏ん張りどころだ!気合だ、気合を入れていくぞ!」
にしてもだ、敵にこれほど元気な機関長がいるだろうか?さっきから、何度も「踏ん張りどころ」だと主張するこの上官の言葉に、私はそろそろ飽き始めていた。
だが、この辺りくらいから、私とエルミラが忙しくなる。というのも、重力子エンジンが、不安定になり始めたからだ。
「出力低下!ジョルジーナ様、2目盛り上げて!」
「了解!2目盛り上昇!」
エルミラの指示で、レバーを引く私。もはや砲撃音もバリア作動音も、気にしている状況じゃない。滅亡国家出身の貴族の娘2人は必死だ。
『リーダー艦より指令!これより、前方の敵に対し、3バルブ砲撃を行う!主砲装填、開始!装填完了までバリア展開、回避運動!』
と、突然、艦橋からこんな指令が飛んでくる。これは主砲に、通常の3倍の装填を行うという指示だ。
なんでも昔の主砲は、エネルギー伝導管につけられたバルブを使って装填量を調整していたそうで、その名残で、今も主砲の強さを「バルブ」で表現してるそうだ。通常は1バルブだから、3バルブと言えば、3倍の威力ということになる。
だが、威力は3倍でも、装填時間は9倍かかる。通常は9秒で装填できる主砲は、3バルブ装填時には81秒もかかる。その間は、撃たれっぱなしだ。
しかしその分、威力は凄い。何せ直撃すれば、バリアシステムでは防げないほどの威力らしい。防御不能な必殺兵器、ただし、当たればの話だが。
そういえば、ウォーレン大尉が言っていた。滅多に当たらない砲撃戦では、2バルブ以上の砲撃を行うことはない。が、ここぞというときには、3バルブ砲撃を行うことがあるという。
それは、10隻以上で1隻を集中的に狙うときだ。命中精度の低さを、数で補う。たった一隻でも、そこを崩せばその周辺が乱れる。そう上官が判断した状況のときに、この手を使うという。
まさに、その決め手を使う時が来たようだ。核融合炉から、みるみるエネルギーが吸い取られていく。その分、こちらのエンジンの出力が、下がっていく。
「第1、第2格納庫、慣性制御切ります!カウントダウン!5、4、3、2、1……格納庫の制御、停止!」
エルミラが手順に則り、一部の慣性制御を切り始めた。カウントダウンするのは、格納庫内にいる人達、特に、哨戒機で待機するパイロットが対処できる時間を知らせるためだ。
そういうやりくりをして、なんとか重力子エンジンを安定化させる。その甲斐もあって、どうにかこの81秒を乗り切った。
そして、砲火が放たれる。
未だかつて、聞いたことのないほどの砲声が轟く。床が揺れ、エネルギー伝導管がやばいくらいビリビリと震える。フォーンという唸り音が、核融合炉から響いてくる。
それが、発砲後もしばらく続く。核融合炉がおかしくなったんじゃないかと心配になるほどの砲撃だ。
なんともおっかない砲撃だった。これ、もう一回撃ったら、機関室が壊れるんじゃないかと心配になる程の衝撃が伝わってきた。
だが、そんな恐怖を乗り越えた末の戦果が、報告される。
『ターゲット4743、撃沈を確認!』
この報告に、機関室は大いに盛り上がる。なんだか分からないけど、とにかく目的は果たしたらしい。だが、この雰囲気に水を差すように怒号が飛んでくる。
「バカヤロウッ!まだ戦闘は終わってねえ!!」
機関長殿のこの一言で、持ち場に戻る一同。すぐに通常砲撃が再開された。私とエルミラは再び、重力子エンジンの調整に戻る。
つい喜んでしまったが、思えば今の一撃で、駆逐艦一隻、そこにいる100人がこの世から消えてしまったんだよね。敵の艦にだって機関室があって、私と同じようにレバーを握ってる人もいたんだろうな。必死の出力調整も虚しく、艦は沈み、気がついたら天国にいる……沈んだ艦の機関科の乗員は今ごろ、あっちで悔しがってる頃ではなかろうか?
だが、そんな感傷に浸ってる暇はない。こっちまで天国に付き合う義理はない。今は生き残るため、必死に戦うのみだ。
戦闘開始から、3時間が経った。味方の損害はすでに100隻を超えた。だがここでようやく、敵が後退を始める。
『敵艦隊、後退を開始!』
『これより、追撃戦に移行する!両舷前進半速!』
来た、追撃命令だ。前回、私が酷い目にあったやつだ。あの時は核融合炉担当だったけど、今は重力子エンジンだ。エネルギーの調整役は、私よりも遥かにベテランのブライアン少尉が行っている。少尉を信じて、こちらは遠慮なく出力を上げる。
このまま、前と同じように一定時間追撃を行い、その後にこちらも後退するだろう。私はそう思っていた。だが、予想外の指令が飛んでくる。
『これより艦隊左翼は突出し、敵艦隊の撹乱を行う!よって当艦も艦隊指令からの合図で、全速前進する!総員、突撃戦に備え!』
何を言ってるのか、よく分からない。なんだか知らないけど、この船も敵に突撃するってこと?わざわざ逃げる敵を追いかけるって、なんでそんなことするの?
などと思ったところで、偉い人の決定は変わらない。私は、出力レバーを握る。そこへ、ウォーレン大尉がもの凄い形相でこっちに走ってきた。
えっ?何?私、何かやらかした?なぜ、怖い顔でこっちにくる?迫りくる機関長に、私は恐怖する。
と、私とエルミラの間に立ち、私の方を向いて突然、重力子エンジンの制御盤の横をガンッと殴りつけた。
ひえええぇ、久しぶりにお怒りだ。しかも、重力子エンジンを叩くなんて、私、一体何をやらかした?まるで自覚がない。だが、ウォーレン大尉はヘッドセットに向かって、こう叫ぶ。
「機関室より艦橋!超出力スイッチ、準備よし!」
ウォーレン大尉のこの言葉を聞いて、私はハッとする。大尉の手元を見ると、そこにはあの「禁断のスイッチ」があった。大尉は、そのスイッチの透明なカバーを叩き割ったのだ。ああ、それでここに来たのね。
『司令部より信号!突撃戦、開始!』
艦橋から号令がかかる。それを聞いたウォーレン大尉は、その禁断のスイッチに手をかける。ガチャッと音を立てて、スイッチが作動する。
制御盤のグラフ値が、みるみる上昇する。見たことがない数値を表示している。と同時に、地獄の釜のように、唸り音を上げる重力子エンジン。
超出力スイッチの上には、数字が出ている。今は29とでている。つまり、残り29分だと言っているのだが、これが0になる前に切らないと、危険だと教えられた。まさに、禁断のスイッチだ。
かつてないほどガタガタと揺れるエンジンを前に、貴族出身の2人など、なす術がない。ただただ、いつもと違うこのエンジンがどうにかならないことを、祈るばかりだ。
そんな危険な機関室のことなどお構いなく、砲撃を続ける我が駆逐艦。こんな無茶して、どれほどの戦果が得られているかなど、機関室では知る由もない。
しばらくの間、この全力運転が続く。数値は、残り5分と示していた。
だが、ここに来て、この無茶な運用のツケが回ってきた。
突然、重力子エンジンの上部で火の手が上がる。と、その直後には爆発が起きる。私とエルミラは、その爆風で機関室の壁に叩きつけられる。
幸い、丈夫な船外服を着ているから、身体はなんともない。2人は起き上がる。
私は、驚愕する。目の前は、火の海になっていた。
そして、その火の海の中に、大柄の人物が倒れている。
私は、全身から血の気が引くのを感じた。
「き、機関長っ!」
直後、天井から大量の水が降ってくる。自動防火装置が働いたようだ。火は、すぐさま消される。
私は、倒れているウォーレン大尉の元に走る。真っ黒焦げになった船外服をまとったまま、ぴくりとも動かない。
「機関長、しっかりして下さい!いつもの気合いとやらは、どうしたんですか!?」
だが、返事はない。まさかウォーレン大尉、死んでしまったの?
私は、この大柄の男の身体を抱える。そして、起き上がったばかりのイジドール中尉に向かって叫ぶ。
「中尉!私は機関長を医務室に運びます!ここのこと、お願いします!」
「りょ、了解した!」
そして私は、力を失った大尉を抱えて部屋を出る。イジドール中尉が艦橋に報告する声が聞こえる。
「左機関室より艦橋!重力子エンジンより火災発生、出力低下中!機関長、負傷!私、イジドールが指揮を引き継ぎます!」
『艦橋より機関室!指揮権移行了承!ダメージコントロール!砲撃を中止し、戦線離脱する……』
機関室では、復旧作業が続く。が、私はウォーレン大尉を抱えて、機関室を出た。
医療班が、担架を抱えて走ってくる。私は医療班に、ウォーレン大尉を預ける。
「機関長!死なないで下さい!!」




