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#18 貴族

 私は再び、帝都ルハイデンブルグに来ている。

 少し厄介な任務を抱えて。


 事の発端は、白色矮星のパトロール任務を終えた後に、補給のため戦艦ヴァリアントに寄った時のことだ。

 このとき私は、なぜかウォーレン大尉と共に、この間マイナ少尉と行ったあのアンティークな雰囲気を味わえる店に立ち寄った。

 私はそこで、ウォーレン大尉の熱望により、胸元全開のあのドレスを着るはめになる。で、このとき私は、帝都でウォーレン大尉に買ってもらったあの銀のネックレスを身につけていった。

 こういうところじゃないとこのネックレス、使えないよね。まさか機関室でつけるわけにいかないし。その程度の軽い考えで身につけたのだが、そのネックレスがなぜかここで注目を浴びる。


「ねえ、そんなネックレス、どこに置いてありました!?」

「ええと、これはこの店のものじゃなくてですね……」

「そうなの!?では一体、どこで手に入れたのです!?」

「あの、それが、帝都のお店でして……」

「帝都!?ああ、どおりで本格的過ぎる装飾品だと思ったわ!ここにある中世風のニッケル製装飾具とは、輝きが違いますわ!」


 なぜだか私は、アンティークマニアな人につかまり、この銀製ネックレスのことを問い詰められる。この人が大声で店内でこのネックレスを絶賛したために、たちまち私は店の中で大勢の女子らに囲まれてしまう。


「へぇー、これが本物の銀の装飾品なのね」

「ほんのり淡い黄色がかかってて、いかにも本物って雰囲気よね!」


 私の小さな胸元がこれほど注目を浴びることになるなんて、奴隷市場で売られてる時でもこんなことあり得なかったのに。しかもウォーレン大尉に連れて行かれて、なんとなく選んだ品だというのに、何という威力だろうか。もっとも、注目されているのは私の胸ではなく、胸元に輝くこの銀製品なのだが。


 そういう出来事があって、その店を出る際に、私はその店の店主に呼び出される。


「な、なんでしょうか……」


 このとき、私はすっかりほろ酔い状態だった。イジドール中尉おすすめの、オーウェン暦512年物の『ロザール デ パラディソ』ってやつを飲んだからだ。確かに、あのイジドール中尉お勧めというだけあって、とても美味しかった。注目を浴びて調子に乗ってたこともあるが、少し飲み過ぎた。

 酒の勢いも加わり、少し気が大きくなっていた私に、店主はニコニコとしながら話しかける。


「あの、ジョルジーナさん。実はですね、折り入ってお願いがあるのですが」


 強面のウォーレン大尉が横にいるというのに、この店主は動じることなく私に自身の要求を述べる。

 その要求とは、要するに私に、帝都に行き銀の装飾品をいくつか見繕ってきて欲しいという話だった。で、ポンと電子マネーのカードを渡される。


「あの、別に私でなくても、よろしいのでは?」

「いえいえ、この星の元貴族であるあなたが選んでこそ、価値があるのですよ。あなたが目利きしたと言うその事実が、アンティーク装飾品に箔をつけてくれるんです!」


 今思えば、この店主に、私には元貴族だということくらいしか価値がないと言われたようなものだが、ほろ酔いでいい気分になっていた私は、思わずこの話を受けてしまった。


 で、今になって少し、後悔している。


「まあ、自業自得というやつだ。受けてしまった以上、やるしかない。私も付き合ってやるから、気を落とすな」

「しかし、機関長殿の手を煩わせることでは……それに、イジドール中尉殿が同行するともうしておりますから」

「またあの商人に、出会すかも知れんぞ?」

「う……」


 そういうわけで、結局、装飾品の調達にはウォーレン大尉が付き合ってくれることとなった。

 車で門まで向かい、そこから徒歩で移動。それは前回と変わらない。

 違うのは、大量の銀貨を持ち歩いている、という点だ。銅貨も数十枚、用意した。それをカバンに入れて、大尉が持つことになった。

 帝都は、我々が思う以上に治安が悪い。私がカバンを持てば、スリか追い剥ぎに会い、根こそぎ持っていかれるのが関の山だ。その点、大尉ならばあの体格、しかもパイプ椅子でさえ真っ二つにへし折れるだけの力を持っている。追い剥ぎ如きに、負ける気がしない。そう考えれば、ウォーレン大尉と一緒で正解だったな。

 そして、あの装飾店へと向かう。


「いらっしゃい」


 店に入ると、この間とは異なり、やや年配の、豪華な刺繍をあしらった服を着た男がいた。

 何だか少し、緊張する。明らかにこの人、ただ者ではない。直感でそう感じた。だがウォーレン大尉は、まるで動じる気配がない。


「さっさと用事を済ませよう。どれがいいか?」


 私を急かすウォーレン大尉。だが、その大尉にあの男が話しかける。


「もしかして、あなた方は星の国の人ですか?」

「ああ、そうだ」

「そうですか。もしかして以前、この店を訪れたのも、あなた方で?」

「そうだ」


 この物言いからすると、もしかしてこの男、私達がくるのを待っていたのだろうか?


「いや、お待ちした甲斐がありましたな。私も、あなた方がくるのを待っていたのですよ」

「そうなのか」

「ええ、なにせ我々にとっては、またと無い機会ですからな。これからは星の国とのつながりを持つことが、我らにとっても大いなる利益をもたらす。なればこそ、あなた方が再び現れるのをお待ちしていたのですよ」

「だが、我々は軍人だ。商売には、何らか変わりはない」

「いえ、構いませんよ。私にとっては、他の貴族らに先立ち、あちらの人達との関わりを持つことが狙いなのですから」


 この瞬間、この男が商人などではないと悟る。何者だ、この男。


「ああ、申し遅れました。私は帝国貴族の一人で、エリーアス・フォン・ランメルスと申します。ここは、我がランメルス男爵家が帝国とその周辺国の貴族らのために始めた、皇族・貴族専門の装飾店なのです」


 ええーっ!?ここ、貴族専門のお店だったの?そんなこと、考えもしないで入ってしまったというわけ?


「私は地球(アース)219、遠征艦隊の駆逐艦6772号艦所属、ウォーレン大尉と申す。我々は小惑星帯(アステロイドベルト)に展開する戦艦ヴァリアントの街の中にある店から、ここの装飾品の調達を頼まれた」

「ほほう、あなた方の商人が、この店の品を……なかなか、お目が高い商人ですな」

「この者は、この星のある国の貴族だった者だ。かの者が、この店の品を選んだ」

「なるほど、こちらのお嬢様は、我々の星のものでございましたか。どおりでこの店に目をつけられた、というわけでございますな?」


 いや、私が目をつけたわけじゃないんですが。どちらかと言えば、大尉が強引にこの店に連れてきたのですけど。しかも私、装飾品なんて全然興味がなかったから、目利きができるわけじゃないし。


「そういうわけで、今日はいくつかの品を見繕ってもらいたい」

「かしこまりました。どうぞ、店の中をご覧ください」


 いやあ、この男爵様、私のことを貴族のお嬢様扱いしているが、元々この近所で叩き売られていた奴隷などと知ったら、きっと幻滅するだろうな。内心びくびくしながらも、私とウォーレン大尉は店内の品を見る。


 それにしても、改めて見るとこの店、確かに普通の店ではない。私だって、かつては貴族だ。我が王国にも装飾の店があり、訪れたこともある。だが、この店ほど整った形、優雅さのある品はなかった。素人の私でさえ、これがいかにすぐれた品であるかが分かる。

 装飾品だけではない。銀食器も多数、置かれている。ここは大陸最大の国家の帝都だ。継承権、領地争い、その他の陰謀、策謀の数々が渦巻く地。これら銀食器は豪華さの演出のためだけではなく、毒の有無を見抜くために使われているのだろう。まさしく、皇族・貴族御用達の店というだけある。


 で、私がいくつかの品を選び、ウォーレン大尉がその代金を支払う。商品を受け取った後、店の奥で商談が始まる。


「……ならば、そのお店とつながりを保とうと思えば、その戦艦という大型の船に行けばよろしいのか?」

「そうだ」

「ですが、それはこの空の先の、ずっと遠くにあると聞きます。どのように行くのですか?」

「我々の艦で行くという手段もあるが、つい先日、補給を受けたばかりであり、次に向かうのはしばらく先だ。それよりは、民間船を使って行くのが早い」

「さようですか。ならば、その民間の船とやらを頼むのはどうすればよろしいのか?」

「それは、我々から連絡しよう。こちら側にも、あなた方と接触したいと思っている者がいる。連絡すれば、すぐにでも来てくれるだろう」

「本当か?それは助かる」


 とまあ、どういうわけか、ウォーレン大尉がこの男爵様と地球(アース)219の商人との間を取り持つことになってしまった。


 そんなやりとりを続けた結果、店を出たのは、すでに日が西に傾きつつあった。赤い西日を浴びながら、車で駆逐艦へと向かう。


「あの、機関長殿」

「なんだ」

「妙なことに付き合わせることになって……申し訳ありません」

「謝ることはない。この星の住人との接点を作ることも、我々の役割だ」


 そうウォーレン大尉は話してくれる。だけど、ただでさえ忙しい機関科の仕事に加えて、さらに余計な仕事を増やしてしまったな……少し、申し訳ない気分だ。


 駆逐艦に到着する。今、この艦はドックに繋留されている。この荒野では宇宙港が建設されており、10基のドックが荒野の真ん中に整然と並んでいる。

 その一つに、駆逐艦6772号艦が繋留されている。それにしても、ただでさえ大きな駆逐艦が、切り立った高い絶壁に挟まれて、まるで灰色の山のようにそそり立っている。ああ、私が普段いじっている機関は、こんな大きな船を動かしているんだ。外から見ると、改めて実感する。

 ドックに接続されているため、重力子エンジンは停止している。が、乗員は艦内にいるため、その電力を賄うために核融合炉が低出力ながら動いている。近いうちにこの周辺に建物が建てられ、乗員はそこで暮らすようになるという。それまではしばらく、駆逐艦暮らしが続く。


 その日のうちにウォーレン大尉は、ランメルス男爵との約束通り、こちら側の商人との連絡をとる。するとその翌日、大きな民間船がやってきた。で、その日のうちに男爵はこの民間船に乗って宇宙へと旅立つ。ついでに、あのお店に装飾品も運んでもらえることになった。

 ああ、これで私は余計な仕事をしなくてすむ。あの店だって、帝国貴族との繋がりができれば、わざわざ私のような元貴族など担ぎ出さなくても良くなるだろう。よかったよかった。


 面倒事から解放されて、喜んだのも束の間。少々厄介なことが、あの男爵様によってもたらされる。

 それは、男爵様が宇宙に旅立った直後のことだ。一台の馬車が、この駆逐艦目掛けてやってくる。ウォーレン大尉を指名するその馬車の主。だが、大尉はちょうど機関室に入り浸っていたため、私が向かうことになった。

 私が駆逐艦の出入り口に着くと、馬車の姿はなく、一人の娘が立っていた。


「あ、あの……ウォーレン様、ですか?」

「いえ、代理のジョルジーナという者ですが……」


 この後しばらく沈黙が続く。もじもじしたまま、なかなか喋り出そうとしないその娘。見たところ、私と同い年くらいの娘だ。

 などと考えていると、ようやく口を開く娘。


「わ、私は、エルミラと申します……」

「はぁ、エルミラさんですか。で、何の御用です?」

「はい、私、男爵様に言われまして……この大きな船で、ウォーレン様にご奉仕するようにと……」

「……は?」


 どうやらあの男爵は、ウォーレン大尉へお礼の「品」として、この娘を贈ってきたようだ。

 良かれと思って、あの男爵は娘を贈ってくれたようだ。しかしこれは私にとって、厄介な仕事を増やすこととなる。

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