#14 帝都へ
「おい!ジョルジーナ二等兵!」
ガンガンと扉を叩く音がする。外で叫んでいるあの声は、ウォーレン大尉だ。
あれ、もしかして私、寝過ぎた?時計を見るが、まだ私の当直時間ではない。いや、そもそも今日は私の当直はないはずだが……なのになぜ、大尉は私を起こすのか?
ボーッとした頭のまま、私は扉を開ける。
そこには、軍服姿のウォーレン大尉が立っていた。いつにもまして強面の形相だ。また生焼けピザにでも当たったの?それとも、今ごろ機関室で寝ていたことを咎めに来た?ウォーレン大尉の顔を見た私は、顔面から血の気が引くのを感じる。
「表へ出ろ!」
ああ、何だか知らないけど随分とお怒りのようだ。私は、恐る恐る尋ねる。
「あ、あの、機関長殿、これから何をされるので?」
「帝都だ」
「は?」
「帝都ルハイデンブルグに行く」
一瞬、大尉が何を言っているのか理解できなかった……いや、少し頭を働かせた後でも理解できていないな。なぜ突然、帝都に行くのか?
「あの、どうして帝都に……」
「なんだ、行ってはいけないか?」
「い、いえ!そうではありませんが、なぜ帝都に行かれるのです?そしてなぜ、私もご一緒なのかと……」
するとウォーレン大尉は、さらに鬼の形相で私を睨みつける。ひえええぇ、なんでそんなに睨む?私、何か言ってはいけないことを言ったの?私をキッと睨みつけながら、ウォーレン大尉は応える。
「……太陽の元に出ることは、気分転換になる。お前も私も、ずっと船内だ。だから、艦長から外出許可をもらってきた」
「き、気分転換……?そ、そうですか……」
想像以上に優しい理由だった。てっきり私は、私を奴隷商人にでも返品するため帝都へ行くのかと思っていたのだが。
「ですが、ここは帝都から少し離れた荒野の真ん中です。馬車でも半刻はかかる距離、歩いて行くのは、ちょっと遠いのではないかと思いますが」
「大丈夫だ。車がある」
クルマ?ああ、戦艦の街の第1階層をたくさん走っていた、あの馬なしの馬車のことか。って、そんなもの、どこにあるんだろう?
エレベーターを降りる。1階で降りると、その正面のハッチが開いていた。その向こうには、荒野が広がっている。
出入り口から外に出る。久しぶりに浴びる日光だ。ふと左側を見ると、やや背の高い車が3台止まっている。ほんとだ、本当に車がある。
そのうちの一台にウォーレン大尉が向かう。私は、その後を追う。
「あの、機関長殿。車というのは、どうやって乗り込むのですか?」
「簡単だ。こうするんだ」
そういってウォーレン大尉は、車の扉に手を触れる。すると、扉がゆっくりと開く。大尉が中に乗り込むと、扉は勝手に閉まる。
へぇ、便利な扉だ。そうやって乗り込むんだ。私も同じように扉に手を当ててみる。すると、扉が勝手に開く。
中の椅子に乗り込む。随分とフカフカの椅子だな。その柔らかい椅子に座ると、扉が勝手に閉じてくれる。
「では、いくぞ」
ハンドルと呼ばれる丸い輪を握ると、車が動き始める。みるみる速度を上げる車。ウォーレン大尉はハンドルを回しながら、荒野の中をひた走る。
にしてもこの車というものは、馬車よりも速い。この荒れた大地を走っているのに、ほとんど揺れない。馬車などとは比べ物にならないくらい快適な乗り心地だ。
あっという間に、帝都の入り口の城壁の門にたどり着いた。ウォーレン大尉は車を止め、再び扉に手を触れる。扉が勝手に開く。私も、それに倣って扉を開けて外に出る。
「何者か!?」
門兵が、ウォーレン大尉に向かって叫ぶ。大尉は敬礼し、門兵に応える。
「私は地球219遠征艦隊、駆逐艦6772号艦所属のウォーレン大尉という者だ」
「……星の国の者か?」
「そうだ。本日は、帝都訪問に来た。すでに皇帝陛下の許可は頂いている」
「し、暫しお待ちを!」
皇帝陛下の名前を出した途端、門兵の態度が変わる。ウォーレン大尉と私は、門兵の戻るのを待つ。
「お待たせいたしました!こちらへ!」
今度は、この門の長らしき人物が現れた。長を筆頭に、門兵が整列する。その間をウォーレン大尉と私は通り抜ける。
にしても、妙な気分だ。私はかつて、この帝都の中で売り物にされていた身分だ。それが今や、門兵に守られながら帝都に入っていく。なんだかちょっと、違和感があるな。
門を潜ると、広い通りに出る。その両脇には、石造りの3、4階建の建物がずらりと並んでいる。そしてその大通りには、何台もの馬車が行き交う。また、脇には大勢の人々が歩いているのが見える。ここが大陸最大の国家、シュツルプナーゲル帝国の中心部、帝都ルハイデンブルグだ。
土の匂いが漂う。日の光が熱い。今、帝都は夏真っ盛りだ。門のそばにある小さな広場の真ん中の池には、子供が大勢群がって、水をかけ合いながら遊んでいるのが見える。
表通りには石造りの家が並ぶが、一本裏の細い道沿いには木造の建物が並んでいるのが見える。そこは平民街、表の商人街と異なり、あまり裕福ではない住居が立ち並ぶ。
もっとも、私はそのさらに下をいくところで住んで……いや、売られていたわけだが、1年以上いたとはいえ、私は初めて帝都の街の風景を見る。
ところで、ウォーレン大尉は一体、どこに向かっているのだろうか?さっきから表通りと裏通りを交互に歩いているだけだ。私は尋ねる。
「機関長殿、あの、どこに向かっていらっしゃるのですか?」
「さあな」
「さあなって……あの……」
「初めてくる場所だ。どこに何があるのか、さっぱり分からない」
「ええーっ!?では、何をするつもりなので?」
「とりあえず、銀貨を5枚持っている。我々のレートで500ユニバーサルドル。だが、これで何が買えるかなど、私は知らん」
随分と無計画だなぁ……お金があるなら、せめて市場に行くとか、そういう目的はないのだろうか?
「機関長殿。それならばせっかくの帝都ですし、市場へと行きませんか?」
「分かった。行こう。だが……」
「なんですか?」
「市場とは、どこにあるのだ?」
ああ、そうか。ウォーレン大尉は、この街の市場の場所を知らないんだ。
という私も、市場の場所までは知らない。だが、私のいた王国の王都でもそうだが、大抵は教会や大聖堂のあるところに市場がある。見れば、この通りの向こうに大聖堂らしき建物が見える。ということは、あのあたりに市場があるはずだ。
その大聖堂に向かって歩く。果たして私の思った通り、野菜や果物を売る市場があった。ウォーレン大尉とともに、その市場の間を歩く。
野菜や果物が多い。今は夏だ。色とりどりの果実が、所狭しと並んでいる。
その市場の一角にあるお店では、スープが売られている。そのスープの匂いがここまで届く。だが、駆逐艦のスープと比べると、すでに物足りない感じの匂いだ。
「ジョルジーナ二等兵、ここでスープをいただいていこう」
が、どういうわけか、その物足りないスープを飲もうと言い出すウォーレン大尉。
「はっ!お供いたします!」
そして、逆らえない私。
「いらっしゃい」
「それを、2人分欲しい」
「へぃ、銅貨20枚です」
銅貨100枚で、銀貨1枚だ。そこでウォーレン大尉が銀貨を出すと、そこの店主は受け取りを拒否する。
「いやあ、お客さん、銀貨は受け取れねえ。申し訳ねえが、両替してきてくれねえか」
「そうか。なら、どこで両替すればいいか?」
「お客さん、両替屋を知らねえんで?ええと、そうだな……そこの角を曲がると、秤の絵が書かれた看板が見える。そこが両替屋だ」
スープ屋の店主に教えられた通りに、街の角を曲がり看板を探す。すると、小さな天秤の絵が書かれた店が見えてくる。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、男が1人、そこにいた。ウォーレン大尉は、その男に尋ねる。
「この銀貨を1枚、両替したいのだが」
「そうですか、銅貨90枚と交換しますぜ」
「おい、銀貨1枚で銅貨100枚ではないのか?」
「10枚分は手数料ですぜ、旦那」
「ああ、そういうことか」
ウォーレン大尉は、銀貨を渡す。すると、両替屋の店主は銀貨を受け取ると、袋を取り出す。
中にはたくさんの銅貨が入っている。木のトレイの上にザラザラと銅貨を注ぐように入れて、数え始める。
「なあ、ひとつ聞きたいのだが」
「なんでさあ」
「市場では、銀貨よりも銅貨の方が使えるのか?」
「ええ、そりゃあ普通の市場の店じゃあ、銀貨なんて金額が大き過ぎて使い物にならねえっすよ。この先にある服飾屋か装飾屋、あるいは奴隷市場でもねえ限り、銅貨に替えておいた方が使いやすいですぜ」
私はこの店主の言葉に一瞬、ドキッとする。ほんの少し前なら聞き慣れた、今は思い出したくもない言葉が、店主の口から出てきた。私の額から、汗がにじみ出るのを感じる。
「そうか」
だが、その言葉に一切動じることもなく、短く応える大尉。店主は、せっせと銅貨を数えている。
ところで、この両替屋の看板には天秤が描かれている。実際、店にも大きな天秤ばかりが置かれている。でも、銀貨の両替にそれを使う様子はない。あれは一体、何のために置かれているのか?
「ごめんよ!」
「いらっしゃいませ」
と、そこに、別の人物が現れる。大きな袋を抱えて、奥から現れた女店員の前に下ろす。
するとその女店員は、その袋の中身を天秤ばかりの上にざらざらと入れる。その反対側には重りを乗せて、その重さを計っている。
袋の中身、あれは硬貨だ。銅貨のようだが、ここの銅貨とは大きさも絵柄も違う。おそらくは近隣の王国の貨幣なのだろう。
帝国内では、他国の貨幣の価値はない。大きさが揃っている質の良い帝国銅貨に比べ、他国の貨幣は大きさが不揃いな粗雑な銅貨。せいぜい銅の塊として、引き取るしかないようだ。それで他国の貨幣を、秤にかけてるようだ。
「旦那、終わったぜ、銅貨90枚だ」
「うむ、やはり90枚は多過ぎるな。なにか袋はないのか?」
「あることはあるが、1つ銅貨5枚だぜ」
秤に気を取られているうちに、こちらの作業が終わったようだ。だが、あまりに大量の銅貨を前に、麻袋を銅貨5枚で買わされるウォーレン大尉。結局、銀貨1枚は、銅貨85枚に変わった。
とにかく、ここでの用は済んだ。ウォーレン大尉と私は、店の外に出る。そして、先ほどのスープ屋へと向かう。
「あ、機関長殿」
「なんだ」
「あそこの屋台から、何やらいい香りがします」
道の向こうから漂う、なんとも言えない香ばしい匂いに引き寄せられ、私とウォーレン大尉はその屋台を見る。そこで見たのは、豚肉の腸詰め、我々でいうところのソーセージだった。
よく見ればそれは何の変哲もないただのソーセージだが、夏の日差しに土の香り、清々しい空気のもと、それはとても魅力的な食べ物に感じられる。
「スープは止めだ。あれにするか」
ウォーレン大尉と私は、その屋台へと向かう。その香ばしい匂いに引き寄せられるのは、我々だけではない。数人の客が、ソーセージを求めてその屋台に群がっていた。その周囲には、子供達もいる。お金を持たない子供らは、その匂いを堪能しているようだ。
ところがその屋台の手前で、私はある人物と目が合う。私はその男の顔を見て、全身を叩きつけられるような衝撃を覚える。
「お、お前は!?」
私を見て叫ぶその男。そう、それは、私を1年以上もの間売り物として扱い、そして荒野のど真ん中に棄てた、あの奴隷商人だったのだ。




