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#13 残業

 ようやく左機関室も、8人体制となった。

 と言っても、私は8人だった時の機関室を知らないから、これが普通だと言われてもピンとこない。

 が、明らかに仕事が楽になった。ある時などは、1人で重力子エンジンと核融合炉を見回っていたものだが、それが重力子エンジンだけとなったのはとても助かる。

 さて、すでに我が駆逐艦6772号艦は、地球(アース)871と呼ばれることとなったこの星の大気圏内に入っていた。

 これまでは、我が艦は帝都の遥か上空、高度2万メートルにて待機していた。だけど、同盟条約を締結し、帝都のそばに着陸する許可を皇帝陛下より頂いたらしい。

 そんなわけでこの艦は、私が荒野で拾われた時以来、久しぶりにこの星の地上に降りることとなった。


『微速降下、高度3200、帝都ルハイデンブルグ西方10キロの地点に向けて、順調に降下中!』


 艦内放送からは、徐々に地上に迫っていることを知る。モニターに映る地上の姿を、私は食い入るように見る。

 そこは明らかに、私が棄てられたあの荒野だ。私が身を寄せていた、あの岩場と小さな池が見える。ああ、思えば今の私は、ここから始まったんだ。

 地上を見ていると、機関長の怒声が聞こえてくる。


「地上に降りるぞ!気を緩めるな!」


 いや、気を引き締めようにも、今は低出力運転中。モニターを見ているより他に、することがない。だが、私は格好だけでも真剣に見せるために、モニターを睨みつける。

 それにしても、今日の機関長は機嫌が悪いな。さっきから、しきりに足をガタガタと動かしている。どうしたのだろう?生焼けのピザでも食べたのだろうか?


「イジドール中尉!」

「はっ!」

「重力子の排出量はどうなっている!?」

「はっ!現在、20から30を推移しており……」

「馬鹿野郎!」

「は?」

「十単位の数値を返すやつがあるか!そんな大雑把な数値しか把握できんでどうするか!この艦が、緊急上昇する際に備えられんだろうが!気合が足りん!」

「はっ!申し訳ありません!」


 やっぱり、何かあったようだ。いつにも増して怒声が飛ぶ。私も、うかうかしていられない。

 と、そのとき、ドシーンという地響きのような音が鳴り響き、艦内放送が入る。


『着地、完了!重力アンカー起動!艦、固定!』

『艦固定よし、各種センサー値、正常範囲!艦内各部、異常なし!』


 どうやら、着地したようだ。機関長の声が飛び交う。


「よし!重力子エンジン、出力10パーセントまで下げろ!」


 機関長の号令に合わせて、私はレバーを引く。みるみる出力が下り、機関音が小さくなる。

 そして、定常運転状態になる。地面に設置している分、いつもよりも出力が小さい。これほど静かな機関室は珍しい。

 私は時計を見る。現在、艦隊標準時1700。ちょうど、交代時間だ。ここまで食事休憩を除いて11時間、ぶっ続けで任務をこなしている。

 そろそろブライアン少尉がやってきて、交代することになっている。私は、ブライアン少尉の到着を待つ。

 が、いつまで経ってもブライアン少尉が来ない。おかしいな。どうしたというのだろうか?


「イジドール中尉!貴官には、指導すべき点がある!会議室に来い!」

「はっ!承知いたしました!」


 ウォーレン大尉は、イジドール中尉を連れて機関室を出ていく。さっきから妙にイジドール中尉ばかりに厳しいな、機関長は。やっぱり、生焼けピザに当たったのか?

 他の4人は、すでに交代要員との引き継ぎを終えて部屋に帰っていく。が、私はまだ戻れない。ブライアン少尉が来ないのだ。

 いくらなんでもおかしい。あの真面目で時間厳守なブライアン少尉が、これほどまで遅刻するなんて、未だかつてなかった。何があったのだろう?

 と、そこに、マイナ少尉が現れた。


「ジョルジーナちゃん!大変!」


 血相を変えて、機関室に飛び込んでくるマイナ少尉に、私は尋ねる。


「どうしたんですか、マイナ少尉殿!」

「実は、ブライアン少尉が、熱を出しちゃって……」

「ええーっ!?どうしたんですか!?」

「今、医務室に行ってるけど、どうやら風邪をひいたみたいなのよ」


 なんということだ。ブライアン少尉は病気らしい。


「……てことは、もしかしてここには……」

「そうなのよ。とてもここには来られないわ。どうしよう……」


 マイナ少尉はブライアン少尉自身も心配だが、ブライアン少尉の仕事も気がかりなようだ。私は応える。


「いいですよ、マイナ少尉。私がブライアン少尉の代わりに、ここに残りますから」

「ええーっ!?でもジョルジーナちゃん、あなたもう半日働いてるんでしょう!?」

「大丈夫ですよ。機関長が戻ってきたら、善後策を伺いますから」

「そ、そう?」

「それよりもマイナ少尉、ブライアン少尉のところに行ってあげて下さい。心配なのでしょう?」

「そうね……それじゃあジョルジーナちゃん、無理しないでね」


 手を振って機関室を飛び出していくマイナ少尉。それを見送る私。こうして私は、ブライアン少尉の身代わりに、その場に残った。

 左機関室には4人いる。機関長はまだ戻ってこない。私は、制御盤を見つめる。

 今は地上だ。空中待機の時と比べると低出力運転であり、おかげで人間の出る幕などまったくない。放っておいても機械が勝手に制御してくれている。私の役割は、ただ異常が起きないかどうかを監視することだけだ。

 にしても退屈だ。空中待機や宇宙にいる時は、しょっちゅう出力調整をする機会があったから、退屈に感じる暇などない。しかし今は、まるですることがない。


 私は、制御盤の前の椅子に座る。そして、ただひたすら制御盤の数値グラフを目で追いかける。

 ……つまらないな。レバーでも引くような事態でも起きないだろうか?そんな物騒なことをつい考えてしまう。することがないというのも、それはそれで辛い。

 ああ、そうだ。奴隷だったころは、壁の隙間から見る街の人々を見て気分を紛らわしていたな。そういえばこの制御盤のすぐ脇には、外の様子が見られるモニターがあった。私はそのモニターのスイッチを入れる。


 ……ダメだ。ここは荒野だった。動きのない、殺風景な風景しか見えない。ものの10分で、私はモニターのスイッチを切った。


 仕方がないので、私は制御盤にある重力子カウンターの数値を目で追いかける。オレンジ色で表示されているそのグラフは、10から15あたりを推移しているのが分かる。

 ……ああ、退屈だ。本当に退屈だ。することがない。大体、こんな状態で4人も必要なのか?私は憮然とした顔で、制御盤のグラフ線をひたすら睨み続ける。

 椅子に座り、グラフを睨むだけの退屈な時間が刻一刻と過ぎていく。が、この状態では、時の流れが遅く感じる。時計を見るが、まだ艦隊標準時で1800、つまり、1時間しか経っていない。

 もう半日くらい経ったかと思ったのに、まだ1時間とは……ああ、この調子で、私はいつまで待てばいいのだろう?はやく機関室をでて、食事してお風呂に入って、部屋でぐっすり寝たい。


 それから、さらに退屈な1時間が経過する。他の3人も、それぞれの持ち場で退屈そうに過ごしている。だが、この人達はついさっき交代したばかり。私はすでに半日以上も働いた後だ。すでに疲れが、ピークに達していた。


 うう、眠い……早く部屋に帰りたい。にしても機関長は、どこで何をしているのだろう?まだ、イジドール中尉への指導が終わってないのだろうか?

 などと考えていると、ますます眠気が襲ってくる。そしてついに……

 私はそこで、寝落ちする。


 それから、どれほど経ったのだろうか?


 ふと、私は目を覚ます。制御盤のオレンジ色の光が、うっすら見える。

 気づけば、口からよだれが出てる……あれ、私、いつのまにか寝てた?

 その時、背後になにやら人の気配を感じる。私はガバッと起き出す。そして、後ろを振り向いた。

 ウォーレン大尉が、そこに立っていた。

 ……まずい、これはまずい、また怒鳴られる。私は立ち上がり、敬礼して叫ぶ。


「も、申し訳ありません、機関長殿!」


 ところがウォーレン大尉は、やや困った顔つきでこちらを見ている。よく見ると、手には上着を持っていた。


「……あの、機関長殿、それは……」

「お前が寝てたから、かけようとしたのだが……」


 えっ?私にかける?上着を?いつものウォーレン大尉なら、私を怒鳴りつけるところだろう。どういうことだ?あまりに大尉らしくないこの行動に、まだ目覚めきれていない私の頭は混乱する。


「ジョルジーナ二等兵、起きたのであれば、部屋に戻れ」


 ウォーレン大尉は私に言った。


「ですが機関長殿、ブライアン少尉が……」

「ああ、知っている。風邪で寝込んだのだろう。まったく、気合いと熱意が足りんやつだ……いや、それはともかくだ。この場はもう足りているから、部屋に戻れ」

「へ?では、ブライアン少尉の代わりは……」

「地上にいるときは、機関室は2人体制になるんだ。だから、戻っても大丈夫だ」


 周りを見ると、私とウォーレン大尉以外には2人しかいない。すでに1人は部屋に戻ったようだ。

 しかも2人体制となったため、私の当直もしばらく先になるということも知った。常に忙しい機関科だが、ここに来て急に自由時間が増える。


「では機関長殿、ジョルジーナ二等兵、部屋に戻ります」

「うむ、休む時は休め」


 私は再びウォーレン大尉に敬礼し、機関室を出る。

 時計を見る。艦隊標準時で2000になっていた。つまり私は、あそこに3時間いたことになる。

 16時間ぶりに部屋に戻る。食事も風呂も行きたいが、それ以上に今は寝たい。ふらふらと部屋に戻る私。

 予期せぬ残業に、部屋に着いた私はベッドにうつ伏せになると、そのまま寝てしまった。

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