#1 乗船
「もう、お前とはこれでおさらばだ! じゃあな!」
「あ、あの、ちょっと、こんなところに置いていかないで! 待ってぇ~っ!」
私の名は、ジョルジーナ。とある王国の伯爵家の娘だったが、帝国との戦争に負けて一族は皆殺しとなり、私だけが奴隷として帝都に連れてこられた。
が、もう一年以上も売れ残ってしまったために、たった今、奴隷商人によって帝都の外れの荒野に捨てられたところだ。
もう、3日もろくに食べていない。タダ飯喰らいと罵られ、最近は奴隷市場でろくな食事を与えられず、ついに荒野の真っ只中に放り出される……
ああ……いっそのことあの戦さの時に、父母や兄と共に私を斬り殺して欲しかった。あれから散々辱めを受け、奴隷市場に陳列されて、挙句にこんなところに放り出されるなんて、あんまりだ。
元々、私は引き篭もりがちで、おまけに胸は小さいし、歳のわりには幼く見える。これでは、帝国貴族らに見留められることなどあり得ない。
だからといって、こんなところに放り出さなくったっていいのに。ほんと、いっそのこと、ここで殺して。
だが、私を乗せた奴隷商の馬車は走り去り、私はただ一人、荒野の真っ只中にぽつんと置き去りにされる。天を仰ぎ、茫然とする私。
ああ、このまま私は、狼の餌にでもなるのかしら?それとも、盗賊あたりにでも襲われて、散々弄ばれた後に殺されるのか。あるいは、誰にも知られず、荒野の中で朽ち果てることになるのだろうか……
私の絶望感などに構うことなく、夕日は西の空へと吸い込まれていく。私は岩場のそばに潜んで、いずれ訪れるであろう悲惨な運命を、ただただ待つ他ない。
その岩場のそばで、小さな池を見つけた。その池の水はあまり綺麗とは言い難い水だが、なんとか喉の渇きをしのげる。だが、空腹を満たすものは見つからない。お腹すいた……私は空腹に耐えながら、空を見上げる。
すっかり日は沈み、空に広がる星空を見ながら、私は家族のことを考えていた。
ああ、お父様、お母様、それに兄上。あの星のどれかが、死んだ私の家族なのだろう。早く私を迎えに来てはくれないだろうか?
そんな願いが通じたのか、チカチカと光る赤と青の星が降りてくるのが見える。ええっ?本当に、本当に迎えに来てくれたの?思わず嬉しくなり、私は立ち上がる。
だが、妙な星だ。近づくにつれて、ゴゴゴゴという鈍い音を出している。
その星の正体は、何やらとてつもなく大きなものだった。ちょうどこの荒野めがけて、空を滑るように近づいてくる。
半月の光に照らされたその大きな物体は、よく見れば後ろから煙を吹き出している。あれは一体、なんだろうか?
やがてその大きな物体は、地上に激突するかのように降り立つ。ズズーンという地響きが、私のいるこの岩場まで伝わってきた。私はその場で倒れ込む。
な、なんなの、あれは?あれは本当に、私を迎えに来たなにかなの?私は恐る恐る、岩場の陰からそれを見る。
こうして見ると、随分と細長い物体だ。暗くてよく分からないが、伝説の龍のようにも見えるし、砦のように見える。しかし、龍にしては羽根がない。それに、とてつもなく大きい。帝都にある宮殿よりも大きくみえる。どちらかと言えば、砦に近いか。
その巨大な物体の下は出っ張っていて、そこが地面に接している。その地上に接したところが急に明るくなる。大きな扉のようなものが開き、そこから漏れた光が見えているようだ。
どうせ死ぬ身だ。私はその光に向かって歩く。もしかしたら、本当に私の家族が迎えにきてくれたのかもしれない。
だが、そこにいたのは、どう見ても家族ではない。青くさっぱりとした服を着た、数人の人々だった。
「……くそっ! なんてことだ! 左機関がやられたなんて!」
「大尉殿! とにかく、まず消火をしないと!」
「ちょっと待て! 周囲に消火用の水がないか、探してみる!」
……いや、どう見ても、帝都の人間でもない。誰だろう、あれは。
会話からすると、なにやら大変なことになっているようだ。その1人が、私のいる方に向かってやってくる。
私は身の危険を感じて、岩場の陰に逃げようとする。が、空腹な上に長いこと体を動かしていない。その場でへたり込んでしまい、ついに見つかってしまう。
「誰だ!」
「ひ、ひぃぃぃ!」
私は思わず叫ぶ。その男は、私になにやら光るものを当ててくる。そして私に向かって、こんなことを言い出す。
「お前、現地の住人か!?」
「ええと、住人ではないですが……」
「まあいい、それよりもだ、このあたりに水はないか!?」
「えっ!? 水!? あ、あります!」
「そうか! じゃあ、案内しろ!」
てっきり空からやってきた天国からのお迎えだと思っていたが、それにしては随分と口が悪い。だいたい、天国からの使者が、なにゆえ水など欲しがるのだろうか?
私は歩き出すが、そもそも空腹のために力が入らない。その場でへたり込んでしまう。
「おい、大丈夫か!?」
「い、いえ……大丈夫じゃないです……もう、お腹が空いて……」
「しょうがない、背負ってやるから、その水場まで案内しろ!」
「へ? あ、はい」
そういうとこの男、私を背負う。
「あの、あそこにある岩場の裏に、池があります」
「分かった! じゃあ、つかまってろ!」
というとその男、私を背負ったまま走り出した。
なんという力強さ、私を背負ったまま軽々と走る。あっという間に、水場に到着する。
するとその男、なにやら黒い板のようなものを取り出して、喋り始める。
「機関科のウォーレンだ! 水場を発見!直ちに哨戒機を派遣、消火用の水を確保せよ!」
何を一人で板に向かってぶつぶつ言っているのだろう?だが、その呼びかけに応じたのか、空から妙なものが勢いよく飛んでくる。
ヒィーンという音と共に、白っぽくて四角い大きな物が、池の上で止まる。そのままゆっくりと降りると、下にぶら下げた袋のようなものを水場の中に突っ込んだ。
その空飛ぶ奇妙な四角い塊は、大量の水をすくい上げると再び上がり、あの巨大な化け物の元に飛んで行った。
「あの……一体、何がどうなったんですか?」
「我が艦は連盟との戦闘で被弾した! 噴出口をやられ、左機関室に爆風が到達、火災が発生! 戦線を離脱し、かろうじてこの星にたどり着き不時着したんだが、左機関室はまだ燃えている! とにかく、早く消さないと、大変なことになる!」
もはや、何を言っているのかわからない。きかんしつ?ひだん?この人は一体、どこの言葉を話しているのだろう?
ただ、どうやら火事が起きていることは分かった。それは一大事。だから、水を欲していたんだ。
「ところでお前、ここの住人なのか!?」
「い、いえ、ここは荒野の真っ只中で、人なんて住んでません。実は私、売れ残ってここに捨てられた奴隷でして……」
「そうか。ちょうどいい。じゃあ、お前にも手伝ってもらう」
「へ? な、何をですか!?」
「先ほどの被弾で、機関科の人間が何人か医務室送りだ。人手が足りない。捨てられた身ならば、連れて行っても問題ないだろう」
「ええーっ!? わ、私をどこにつれて行くんです!?」
「行けばわかる。では、行くぞ!」
そう言いながらそのウォーレンという男は、私を背負ったまま、あの巨大な化け物に向かって走り出した。