たびするようじょ~愛情のシロップ~
どーもカノンです。たびびとやってます。
「ふんふんふふ~ん」
今日もカノンはごきげんです。どれくらいかというと、なんとハナウタを歌っちゃうくらいです。
『ふふんふふんふふん~』
一緒にごきげんなのはローちゃんです。
詳しく聞くとはぐらかされちゃうのですけど、魂だけの存在だとかなんとか。よくわからないので、ローちゃんはローちゃんです。いつでも一緒です。
「ふふ~んふんふ~ん」
『ふふっふふ~ん』
ごきげんとごきげんで、もっとごきげんになります。
新しい町まで、もう少しでした。
たびするようじょ「第二話 愛情のシロップ」
「うわーーー……!」
ハナウタを歌いながらたのしく歩いていると、ごきげんじゃない声が聞こえてきました。
どう考えてもこれは悲鳴です。たいへんです。
『カノン!』
「うん! 急ごうローちゃん!」
ローちゃんが魔法をかけてくれました。足が速くなって、荷物が軽く感じるくらいちからもちになって、しかも疲れにくくなります。
こうやって体をつかうことはカノンのお仕事なので、カノンは風のように走ります。
「ローちゃん!」
『左! 森の中に入って!』
「うん!」
ローちゃんの魔法の力で案内してもらいます。ローちゃんは何でもできちゃうくらいすごい力があるのですごいです。
「ローちゃん、間に合う!?」
『たぶん! もう少しだよ、頑張って!』
「うん!」
森の中は草がたくさん生えているし木の根っこであしもともデコボコしています。木が邪魔でまっすぐ走れないのがじれったくて仕方ありません。
そうやってぐにゃぐにゃ走っていると、見えてきました。たくさんのオオカミさんたちが。
『カノン、代わるね!』
「ローちゃん、代わってー!」
ローちゃんとカノンが同時に言いました。
すると、カノンの体が勝手に動き始めます。今はローちゃんがカノンの体を操っているのです。
カノンはたまにこんな風にローちゃんに体を貸します。それは例えば今みたいな、カノンがピンチの時とかだけです。
オオカミさん。最近も見た気がしますが、気のせいでしょう。だってあれは精霊さんですからね。
そのオオカミさんたちはというと数匹が一本の木の上を見上げて吠えています。残りの数匹はというと、カノンに気づいてこっちに来ます。
「『いっくよーー!』」
カノンじゃないカノンがもっと速く走りだして、オオカミさんたちに突っ込んでいきます。
(ひゃぁ~~~~!)
正直こわいです。でも目は閉じられません。
ローちゃんは色んなところを見るので、カノンは目が回ります。普段はこんな風に速く目を動かさないので、今度からは少しだけ手加減してもらいましょう。本当に。
「『せいやっ!』」
ローちゃんは手を正面に突き出します。一斉に飛びかかってきたオオカミさんたちが空中でピタリと動きを止めました。
「『ちょっと手荒になるけどごめんねぇっ!』」
ローちゃんが腕を一振りすると、オオカミさんたちが吹き飛びました。
「『こらー! こっちだよっ!』」
ローちゃんが木に群がるオオカミさんたちを挑発します。
木の上には男の子がいて、どうやらさっきの悲鳴はこの男の子のものだったみたいです。木にはたくさんのひっかき傷が残っていて、いつ登ってこられるか気が気じゃなかったでしょう。それは怖いですね。
「『ちょやーー!』」
残りのオオカミさんたちもローちゃんがあっという間に蹴散らします。強い。強すぎます。
ローちゃんは最後にピピっと魔法っぽい何かを使いました。オオカミさんたちは尻尾を巻いて逃げていきます。
「き、キミは……?」
「『もう大丈夫だよー』」
「うん、あ、ありがとう……」
男の子は恐る恐る木から下りてくると、カノンにお礼を言いました。
ローちゃんがもう近くに危険がないことを確認してから、カノンと代わりました。
「う~ん!」
「えっ、どうしたの!?」
ぱたーん。
カノンは仰向けに倒れました。
「だ、だいじょぶ~。すぐ治る~……」
「え、え、でも」
だからカノンはピンチの時だけしか代わらないんです。目はグルグルするし頭はクラクラするし体はピリピリするし胸はドキドキするし、ちょっと無事じゃないんです。でも、代わった方が強い力を使えるというので仕方ありませんね。
「ふっかーつ! もう大丈夫です!」
「うわっ! 急に!」
カノンの背を木に預けて座らせてくれていた男の子がびっくりしています。
カノンはあらためて男の子の姿を見ることができました。カノンよりも少し年上っぽく見えます。
『一人でオオカミの縄張りに近づくなんて危ないことするなぁ……』
ローちゃんが言いました。
男の子はちょっとカノンを怖がってるようにも見えます。本当はオオカミさんを追い払ったのはローちゃんだけど、ローちゃんのことはなるべく秘密なので言えません。
「カノンです! あなたは誰?」
「ぼくはクリス……」
「ふーん? 何してたの?」
いろいろ話を聞きました。
その男の子には体の弱い妹がいるそうです。妹のアンちゃんはお母さんの作るお菓子が大好きで、中でも特製のシロップをたっぷりかけたサクサクのパイがお気に入りだそうです。
『シロップ! パイ!』
「シロップ! パイ!」
「わっ、動いた!?」
カノンの頭のてっぺんの毛がピーンと伸びます。ローちゃんとカノンのアンテナがしあわせの予感をキャッチしたのです。
さて、今日アンちゃんは熱を出してしまったみたいです。一緒に遊ぶ約束をしていたクリスくんは、アンちゃんがお気に入りのパイが食べたいと言っているのを聞きました。
お母さんはサクサクのパイをいつでも焼けます。でもそのシロップはとあるお花からしか作れません。
「ぼく、この森にあるのは知ってたんだ。でも最近はオオカミが出るから危ないぞって言われてて、でもアンはすっごく楽しみにしてて……」
クリスくんはいい人です。妹のためにがんばるのはすごくいいことだと思います。
カノンはお手伝いをしたくなりました。
「じゃー今から取りに行こうよ!」
「えっ!」
「カノンがいるから大丈夫!」
本当はローちゃんがいるから大丈夫なんですけどね。秘密です。
「あ、ありがとう!」
そのお花が咲く木はすぐに見つかりました。ピンクの花と、その真ん中に丸い実がついています。
クリスくんは木登りが得意みたいで、するすると登っていきます。カノンも、ほんのちょびっとだけローちゃんに手伝ってもらって木に登りました。
「木の実じゃないんだ。この丸いのに蜜が詰まってるから、こうやってねじって、傷つけないように……」
「へぇ~~」
クリスくんの真似をして、真ん中の蜜玉をプチプチと優しくちぎって集めます。たっぷりのシロップが作れるくらいの蜜玉は、二人でやるとすぐに集まりました。
「…………」
『ほらほら、ゆっくり行こ?』
「う、うん……」
木登りは下りる時の方がちょっとだけこわい。カノンはまたひとつ賢くなりましたよ。
「ありがとう! ぼく、急いで家に帰らなきゃ!」
「カノンも行っていいかな?」
「もちろんだよ!」
オオカミさんにはもう会いませんでした。ローちゃんのピピっとした魔法っぽいやつが効いているのかもしれません。
森を抜けて町に着きました。建物が並んでいます。
クリスくんは元気よく家の扉を開けました。
「ただいまーー!」
「おかえりなさい、クリス……と、あら?」
「カノンです! たびびとです!」
「そうなの? いらっしゃい」
カノンがぺこりと挨拶をします。
クリスくんとアンちゃんのお母さんはとても優しそうな人でした。
「お母さんお母さん! これ!」
「まぁ……!」
クリスくんはかばんいっぱいの蜜玉を見せると、お母さんは口に手を当てて驚きました。
そして、げんこつをクリスくんの頭に落としました。
「あの森に入っちゃダメって言ったでしょう! 近頃は怖いオオカミが出るんだからね!」
「でも……アンがパイを……」
「ああっ、怪我はない? もうこんなことしちゃだめだからね!」
「ごめんなさい……」
お母さんはクリスくんを叱ると、優しく抱きしめました。
「…………」
カノンはちょっといいなって思っちゃいました。怒るお母さんは怖いけど、抱きしめるお母さんは優しいです。クリスくんを大事に大事に思っているのが分かります。
カノンも、おじいさんにそうやって育ててもらいました。
「それで実は……オオカミに囲まれちゃったんだ……」
「まぁっ!?」
「で、でもカノンが助けてくれたんだよ! すっごく強いんだ!」
「そうだったの……! カノンちゃん、クリスを助けてくれてありがとう……!」
「あっ……」
お母さんはカノンも抱きしめてくれました。
カノン、この人すきです。
「ごめんなさい、お母さん……」
「わかったなら、もういいわ。そのかわりちゃんとお手伝いするのよ?」
「うん!」
「それじゃ蜜玉を洗ってきなさい? おいしいシロップ作るからね」
クリスくんは元気よく出ていきました。
カノンもついていこうとすると、お母さんにアンちゃんのお話相手をお願いされました。
「カノンちゃん、パイが焼けるまでアンと遊んであげてくれないかしら? 一緒にパイを食べましょう?」
「いいのっ!?」
「もちろんよ」
正直に言うと、食べてみたくて仕方ありませんでした。だからカノンはとっても嬉しいです。ローちゃんも喜んでいるのが分かります。
アンちゃんはカノンと同じくらいの女の子でした。
ベッドの上で一人、本をパラパラめくっています。なんだかつまらなさそうでした。
「あれ、だぁれ?」
「カノンだよ!」
当たり前です。アンちゃんは本当だったらお兄ちゃんと遊ぶ約束だったのです。せっかくいい天気なのにお熱のせいで遊べないのはつまらないにきまっています。
「あの、アン……」
「うん! アンちゃん!」
カノンはベッドの近くまで椅子を引っ張っていくと、そこに座ってアンちゃんとおしゃべりをしました。
おしゃべりはカノン、けっこう自信がありますよ。たびびとですからね。
「うわぁ……!」
カノンはいっぱい話しました。おじいさんと旅をしたこととか、風車が回ったこととか、クリスくんを助けたこととか、いっぱいです。
やがていい香りがカノンの鼻をくすぐりました。パイを焼くにおいでしょう。カノンの鼻は甘いにおいを間違えないのです。
「ねね、行こ?」
「起きていいの?」
「ちょっとだし大丈夫! もう我慢できないよ!」
「それもそうだね!」
ローちゃんも大丈夫そうだと言ってくれたので、大丈夫です。カノンとアンちゃんはにおいのするところに誘われていきました。
「まぁ、アン。気分はどう?」
「へーきだよ!」
お母さんがアンちゃんとおでこを合わせます。
「うん、熱は引いたみたい。もうすぐ焼きあがるから待っていてね」
「はーい!」
「カノンちゃんも、ありがとうね? 笑い声が聞こえてきたわ」
「どーいたしましてっ!」
カノンもとっても楽しかったですよ。
お母さんは鍋の中身をかき混ぜています。パイのものとは違う、かすかにお花みたいな匂いがします。
「洗った蜜玉をしぼって、あーやってぐつぐつやるとシロップになるんだ」
「へぇ~! 楽しみだなぁ!」
「ふふっ、できたわ」
パイが焼き上がる時間とぴたりでした。
お母さんはヘラでパイを切り分けると、お皿に乗せていきます。そして最後に鍋のなかのシロップをすくって、とろーり、とろーり、かけていきます。
「はい、出来上がり!」
「わーい!」
「やったぁー!」
お見事。思わず拍手をしてしまいました。
パイの乗ったお皿がカノンの目の前に置かれます。
三角形に切り分けられたパイに、薄桃色のシロップがたっぷりとかかっています。パイに乗りきらないほどのシロップはとろーり溢れて、お皿には甘い水たまりができていました。
『特製シロップたっぷりパイだぁ!』
「おいしそう! おいしそう!」
「カノンちゃんにはおまけしておいたからね。いっぱい食べてね?」
「ありがとう!」
おまけはすごいです。それだけでとっても嬉しくなります。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます!」
「いただきまーーす!」
『いただきまーーす!』
ぱりっ。
フォークを入れると、パイが楽しい音を立てました。
『あ~む』
「あ~む」
さくっ。
お口の中でも、また。
贅沢な甘さのシロップが、甘すぎないパイと絡まります。
最初は微かに花の香りのするシロップの強い甘さを堪能して、サクサクを楽しんでいるとそれはパイの味と混ざっていき、飲み込んだあとにも絶妙な甘さがお口の中にのこります。
『んん~~~~っ!』
「んん~~~~っ!」
頭のてっぺんでアンテナがぶんぶん揺れるのが分かります。
あまいしあわせです。カノンとローちゃんはしあわせでした。
「おいしーー!」
「うん、おいしい!」
クリスくんとアンちゃんも幸せそうです。お母さんも幸せそうです。
それを見ていると、なんだかカノンももっとしあわせになってきます。
『最後の一口~』
「いきまーす!」
さて、お皿の上には最後のお楽しみが残っています。あと一切れのパイと、お皿の上の甘い湖です。
パイでぐるぐると湖を掬い取ります。そして最後の一口、たっぷりの甘さが滴るそれを口に入れました。
とってもあまいしあわせです。
『ほっぺについてるよ』
「ん」
ローちゃんに言われて、ほっぺたについてしまったシロップを指で口まで運びます。
おまけみたいですね。最後の最後まで嬉しくさせてくれます。
『ごちそうさまでした!』
「ごちそうさまでした!」
カノンが出発する前、お母さんはお土産をくれました。残ったシロップをいっぱいに詰めたビンです。
「これ、持っていきなさい」
「やったーー!」
このシロップは甘すぎるので、簡単に腐ったりはしないとローちゃんが教えてくれます。
愛情とあまいしあわせが詰まったこのビンは、ちょっとずつ大事に使おうと思いました。
「カノン、また来てね……?」
「うん、またね! クリスくん、アンちゃん!」
二人ともすっかりお友達になってしまったので、ちょっぴり寂しいです。
『ばいばーい!』
「ばいばーい!」
でもカノンがたびを続けていれば、きっとまたここに来ることもあります。カノンはまた歩き出しました。
『いい人たちだったねー!』
「ねー! 楽しかった!」
さて。カノンのたびは続きますが、このお話にもちょっとだけ続きがあります。
カノンとローちゃんはちょっとだけ寄り道して、人も滅多に寄り付かない深い森の中にいました。
「でもローちゃんはやっぱりすごいね! カノン、全然きづかなかった!」
『えっへん!』
ローちゃんは得意げに大きなお胸を張っているのでしょう。見えなくてもわかります。
「いつから気づいてたの?」
『最初から。オオカミもあんな人里近いところにナワバリ作ったりしないんだよ』
「へー」
つまりこういうことです。
あのオオカミさんたちは好きであそこに居着いたわけではなく、何か“理由”があって仕方なくあの森にいたのです。
「でもこのままじゃクリスくんたちが危ないもんね! それにまたシロップたっぷりパイを食べられなくなるなんてそんなのは幸せじゃないし!」
『ふふっ、カノンのそういう優しいところ大好き!』
「えへへ~」
『でも心からそう思ってるよ、カノン。私はカノンが嫌がるならやめるつもりだったんだ。でもカノンったら即答だったもん。それって、すごいことなんだよ』
ローちゃんは出発前、カノンに言いました。
『もしも、あのオオカミさんたちが元の森に帰れるとして、でもカノンが怖い目に合っちゃうかもしれないとしたら……カノンは嫌?』
「うーん? そしたらまたシロップ作れるようになるね!」
『…………!』
「やる! ローちゃんと一緒ならカノンは怖いものなしだもん!」
『うん……わかった! 今から調べてみるよ!』
そういってローちゃんは原因を突き止めました。
本当に怖い目にあうことになってしまったのは、ちょっと、かなり嫌です。でもカノンにはローちゃんがいます。だからカノンは頑張れます。
「あ…………」
カノンは今、その“原因”のところにいました。
「ローちゃん、頑張ろ!」
『うん! カノン!』
大きくて怖いかいぶつが、ぎょろりとカノンを見つけます。
魔物というのだそうです。誰かわるいやつがこの魔物を放って行ったのだと、ローちゃんが教えてくれました。そしてこの強くて怖い魔物がこの森に住みついて荒らしていたから、オオカミさんたちは逃げるしかなかったのです。それはとってもひどい話だと思いました。
おじいさんはそんなわるいやつがいるといつも退治していました。だから、カノンだってやるときはやりますよ。
「『あまいしあわせのためにー!』」
森を出たところの草原に、カノンは寝そべっています。しばらく動けません。
でもカノンは満足です。これでオオカミさんたちも帰ってこれるでしょう。
『ねぇカノン? お母さんやお父さんがいなくて、寂しい?』
「うーん、ちょっとだけ」
ローちゃんはカノンのことをよく分かってくれています。
確かにカノンは、クリスくんたちを見て、ちょっとだけいいなぁと思いました。それはホントです。
「でもカノンにはローちゃんもおじいさんもいるからね!」
育ててくれたおじいさんも、いつも一緒にいてくれるローちゃんも、カノンは大好きです。だから悲しくなんかありません。それもホントです。
『私もカノン大好きだよっ!』
「知ってるー! あはは!」
『あははは!』
カノンとローちゃん、ふたりのたびは続くのでした。
最後までお読みいただきありがとうございます!