また時は動き出す
ノックの音がした。久しく聞くことのなかった、お気に入りのノッカーの音。
まだ、眠い。
懐かしい音は、私がこの屋敷に引っ越してきた時を思い出させた。いつからあるのか分からないこの屋敷は、なぜか驚くほど状態が良くて。今でもほとんどが当時のままだけれど、ただ一つ、ドアがボロボロなことはいただけなかった。そのままでも使えなくはなかったけれど、やはりお客様を迎える場所が汚いと友人を呼ぶ気がしなくなる。友人と話す以外大した趣味も持たない私にとって、ここは拘りどころだった。
出かけたくない私の代わりに、工事の手配をしてくれた人を思い出す。ノッカーのデザインを考えていたら、今はドアベルがあるのにと笑われた。ドアベルは腹に響くからいやだ、どうしてもノッカーが欲しいのだと駄々をこねたら、承服しつつも呆れ顔。君は本当に何も変わらないんだねと、温かく微笑みながら。ノッカーの絵を描いていた時、私の見飽きた皺のない手に添えられた、皺だらけの手。私の最高の宝物。今はもういない、夢の中でしか会えない人。
嗚呼、それにしてもいい音だ。自分でもたまに鳴らしてみたけれど、やはりこの音は、自分が意識していないときに不意になってこそなのだ。そして不意に鳴った時、誰が来てくれたのかしら、と胸をときめかせるには、やはりこの音でなくてはならない。これがドアベルだったら、「何のようだテメェ!」とドアを蹴破りたくなってしまう。
嗚呼、それにしてもいい音だ。このまま応対しなければ、また鳴らしてくれるかしら…
とまあ、感傷に浸るのはここまで。