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ライミリアンとギルディアス  作者: ことづき
第1話*華の街
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4-1・社交界

4・社交界





「あの方は?」


首を伸ばすようにして覗く、煌びやかな人々の向こう側。

壁沿いの豪奢な柱の横には、一人の男性が立っていた。目を引く身長に、がっちりとした背格好。トレードマークの髭はそのままだが、頑張って寝かし付けられた髪の毛が珍しい。


「え、まぁ」


「ほら、あの方じゃない」


「…あ、」


一人、また一人と思い当たって口を開ける。

驚きの声が重なった。












そんな注目を受けているとは露程も知らず、当の本人は別方向から呼ばれた自分の名前に顔を上げた。


「あぁ!ギルディアス」


弾む声はどことなく意識的で、更に数人の視線が彼らに集まる。そして僅かに、その場の空気が張った。


「珍しい、君がこんなところにいるなんて!」


近付いてくる相手に、ギルディアスは笑う。その瞬間、無条件に綻ぶ空気は、天性の才能と言えるだろう。


「フレッド」


「全く、早々に注目の的とか妬けるじゃないか」


彼はギルディアスの格好を上から下まで眺め、肩をすくめた。


首元まできっちりと締められたシャツ。

落ち着いたパーシアンレッドの上着は、所謂ジェストコールの形で、裾が太ももを覆うほど長い。シンプルなデザインながらも、前面や袖元には美しい飾りボタンが、腰辺りにはベルトがあしらわれている。


普段は見た目への意識など皆無で、機能的なベストやズボンに物を突っ込んでいるだけのギルディアスも、この日ばかりは違った。


フレッドは少し、首をひねる。


「その服…」


「ん?」


「いや、何でも」


どこかで見たことある気がしたのだが、そもそも社交服など似たようなものばかりだ。気のせいかとフレッドは話を切り上げる。


ギルディアスはにかっと笑った。


「フレッドも珍しいな、こんな所に来るの」


「古狸が来ないと聞いたのでな」


それが老官長ら保守派を指しているのは、聞くまでもない。

フレッドもまた、発明家の一人だ。発明家同士も一部で対立はあるが、革新派と保守派の分裂は言うまでもない。


「ここは通りだ。もう少し進もうじゃないか」


彼はギルディアスを中へと促した。








今日はチェンバレンの社交界。


広間に足を踏み入れた途端、吹き抜けるような天井と眩しい光が出迎える。


天井近くを彩る、ステンドグラスの窓から降り注ぐのは花弁。外から入ってきては風に舞う。一年の殆どの季節で花弁が舞っている、ここ華の街ならではの光景と言えるだろう。





既に会場では、人々が会話に興じていた。

一つの集まりが、いち早く二人の姿に声をかけた。


「やぁ、これはお揃いで」


見知った顔が揃っている。いずれも、各分野でチェンバレンの街づくりに関与している関係者たちだ。


「ギルディアス!最近全く見なかったな」


「仕事の形跡で生存確認してたぐらいだぞ」


「いやーあ、ちょっとね」


「何だ何だ、またあの空飛ぶ車か?」


「え、やだ怖い何で分かったの」





気負わない笑い声に、グラスの酒も陽気に揺れる。尽きることのない街の話題。


移り変わるということは、常に楽しいばかりではない。

冷静に見つめる目線も忘れてはいけないから、大人は時折意見を交わして自分の立っている地面を確かめる。



「それにしても、あの橋の案は本当に素晴らしかった」


一人が言った言葉に、皆が賛同を示す。


「保守派を黙らせる形ながら、あれほど頑丈なものを造れたんだからな」


「あの橋底の構造は?」


「申請書類の一番は、確かフレッドだという噂だな」


街長への提出が一番早かった者は、主案者としてのちに名前が残される。フレッドは大袈裟に手を振って笑みを深めた。


「まだ分かりませんよ」


「いや、もうほぼ固まった情報だと私は聞きましたな」


「おやおや随分賑やかですね」





自然なタイミングで、凛と入ってくる声。

いつからそこにいたのか、誰も気が付かなかった。


「あ、あぁ街長殿。これはこれは」


そそくさと開けられた場所に、ライミリアンは会釈する。

彼の格好もまた、いつもと少し印象が違った。


フリルのついたシャツに、黒を基調としたテーラード襟の上着。裾はギルディアスと同様に長く、繊細な飾りが上品に散りばめられている。

そして何より、いつもふんわり流している髪がオールバックに固められており、彼の精悍な印象をより一層際立たせていた。


「橋の話をしていたんですよ」


ギールの前では出し惜しむ表情も、外では驚くほどに自然な微笑みに変わる。


「本当に素晴らしかった。チェンバレンに貴殿らがいれば安泰ですね」


眉間の皺など、生まれてこのかた知らぬと言わんばかりの穏やかさだ。

ギルディアスは口を挟まないようにしながら、手元のワインに口を付けた。街長の顔のライミリアンは完璧で、少し遠くて、頼もしい。


「しかし、申し訳ありません。書類の方で少し手間取っておりまして…」


「おや、街長殿が珍しい。どうかされましたか?」


ライミリアンは少し困った表情で口をつぐみ、お騒がせすることでもないのですがと肩を竦めた。


「私の元に届いた申請書類の順番と、届け出の順番に、少々相違が」


「え…」


彼の台詞に、皆が驚きを表す。

一名を除いて。




「…え。変なことなの?」


遅れてギルディアスが首を傾げる。


「まぁ、普通はあり得ないな」


「でも街長殿、どうしてそんなことが分かったのです?届出の順番なんて」


そもそも照らし合わせる作業がない。

ライミリアンは、さらっと言って退けた。


「私は、届出の段階で全てに目を通しておりますので」


今度こそ、全員が絶句した。

その沈黙を破ったのは、フレッドだ。


「何かの手違いでは?それならもう届出の順番になさったら」


「いいえ。これははっきりさせないと、貴殿に対しても示しが付かない」


「いやしかし、」


「俺も捜索には反対だなー」


フレッドと対照的な、のんびりした口調で割って入ったギルディアスに注目が集まる。


「街長の余計な仕事が増える。フレッドが良いって言うなら、それに超したことはない。ねぇ街長、順番入れ違いになったのって誰?」


「…君ですよ」


「俺?」


ライミリアンが答えるのに躊躇った理由は、簡単である。

ギルディアスの申請が「遅刻に遅刻を重ねたものだったと知っている」ということ。

目を離せば怠ける彼を、期日は守れと涙ぐましい努力で言い続けたのは他でもないライミリアンだ。


それでも一番になってしまう、ギルディアスの発想の早さは認めよう。

それを考慮しても、だ。どの口が「街長の仕事が増える」などと言っているのだろう


「どう?フレッド」


「いやいやもうそれなら話は早い。お前が正しい主案者だ」


それなら、とギルディアスは向き直った。


「提出時刻を本人たちの申告で出来る手続きがあったよな?それで進めればいい」


「・・・」


真っ直ぐと交差する視線。

思案を終え、先に逸らしたのはライミリアンだった。


「…わかりました。明日にでもその方向でまとめておきましょう」


「それより飲も!」


ギルディアスが笑えばそれだけで、(わだかま)りを残さずに動き出す空気。


「それでは私は、あちらにも挨拶をしてきますので」


「俺もちょっと回ってくる」


街長に続いて、ギルディアスも輪を抜けた。





「…いやぁ、全く彼には敵わないね」


二人を見送ったあと、皆が笑った。


「街議会でもそうだけれど、ふらふらしてるんだか、しっかりしてるんだか」


そんな会話に入ることなく、フレッドが一人、緩んだ緊張にグラスを落としそうになっていることに気付く者はいない。


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