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ライミリアンとギルディアス  作者: ことづき
第1話*華の街
3/6

3-1・手紙

3・手紙






「・・・」


手元でバチっと火花が飛び、ギルディアスは変形したそれを素早く薬品に漬けた。

ゴーグルを額にずらすと、止まっていた息を勢いよく吐き出す。



彼の薄暗い作業部屋には、蒸気をリズミカルに吐き出す機械の音が響くだけだ。


繊細な作業をしているのかと思いきや、今度は上の棚に手を伸ばし、手探りで太い金属線を掴み降ろした。

右足を机にかけるような格好でそれを踏み付けると、力技で曲げ始める。


…と、その揺れで机の上の物がカタリと音を鳴らした。




不穏な空気は的中し、引っ張られるように一直線に転がり始める。


「待っ…だだだだ…っ」


ギルディアスが伸ばす手も虚しく、机の端を飛び出して。



ーガシャンッ…!!!



音こそ小さいが、床の上で確かに何かが破損した音が響いた。あちゃぁと声をあげ、ギルディアスは慌てて駆け寄る。


「…、っ…!?」


しかし落ちた物を拾い上げた途端、その目が見開かれた。

彼は幽霊でも見たかのような表情で固まり、薄く唇を動かす。


「…開いた…」


無意識のままに、ぽつり、と呟いて。










「…開いた!!!」










「開いたぁぁ!!!」


「ええええい喧しい!!扉を壊す気か!!」


机に書類を叩きつけながら、ライミリアンが立ち上がる。


「何でお前が向こう道にいる辺りから既に声が聞こえるんだ!!」


「らららライア!!開いた!!」


迷惑な勢いはいつものことだが、ギルディアスは相手の二の腕に掴みかかるようにして息を荒げる。

その様子に流石のライミリアンも眉を顰め、彼の差し出す物を見た。


「な」


そして、同じく言葉を詰まらせた。




決まった操作を行うことでしか開かない箱を『秘密箱』という。中でもより高度な物は、無理矢理破壊した場合、中の物が駄目になる仕掛けが施されている。


ギルディアスが手にする物もその一つではあったが、作った人間が人間だけに、秘密箱の域を超えたものだった。


高度過ぎるカラクリ仕掛けで封じられた箱。


製作者の名を、知らぬ者はいない。


ゼヴェルト。


チェンバレンの発明家であり、…ギルディアスの義父だ。




「…長い間、最後の一手が解らないと言っていたのに、遂に解けたのか?」


信じられないといった表情で問う。


「いや、落とした「とりあえず墓前で土下座して来い」


感慨に耽る手前で、凄まじい勢いで現実に引き戻された。

彼らしいと言ってしまえばそれまでだが、故人に顔向けできないにも程がある。


じろりと睨まれ、ギルディアスは引きつった笑みで肩を竦めた。


「ま、とりあえず親父が何を残したのか見てみなくちゃ」


「まだ見てないのか?」


「なんで?ライアと見なきゃ意味ないじゃん」


言うが早いか、机の上で箱を逆さにする。




軽い音を立て、一つの鍵と、小さく丸められた二つの巻紙が転がった。

紙の一つには『ギルディアスへ』とタグが付いている。手紙のようだ。


懐かしいその字にギルディアスは一瞬躊躇い、そして手に取った。






《ギルディアス


これを読んでいるということは、君は才能通りの発明家になっているのだろう。

おめでとう。正直八割ダメだと思っていた》



「…」


「…ほら、運も才能のうち…?」


物は言いようだと突っ込みたいのを置いておいて、顎で先を促す。



《長くは書けないから、本題に入ろう。

君が発明家になったとき、必ず立ち塞がる障壁について。いや、もうその前にいるのかもしれないけれど、僕から一つの道標を遺したい》



二人は無言だった。

当然、ゼヴェルトは生きているうちにこの仕掛けを作った。

しかし彼は既にはっきりと予感していたのだ。自身の死を。

そのことに、言葉にし難いやる瀬無さが押し寄せる。



《その鍵は、会議堂の地下の書庫。第六部屋の鍵だ。開かずの間となっているけれど、僕の集めた物はそこにある》



「…あの部屋か」


ライミリアンがぽつりと呟いた。通ったとこはあるが、特に疑いを持ったこともない、古びた書庫の一つだった。


「どーりで見つからなかったわけだ。親父が言っていた革命書ってやつが」


街を変えるために、発明は道具に過ぎない。ゼヴェルトの口癖だった。

組織から動かすためには、その構造を熟知せねばならない。そうでないと、老官に敵わないのだと。

集めた知識は当然、裏に関することが多くなった。その結果、自分の命が危険に晒されることを知りながら。



《本当は、君には足を踏み入れて欲しくない。僕の存在が君にそうさせているのなら、僕は死ぬに死に切れない。だから、こんなに回りくどいことをした。

これを解いた時点で、君の意志は定まっているのだろうから。

心から誇りに思うよ。君なら成し遂げる。僕の自慢の息子、ギルディアス》




彼らしい締め括りを読み終え、二人は顔を見合わせた。


「…おじさんらしいな」


ライミリアンも、ギルディアスと同様彼と過ごしてきた幼少期がある。

ギルディアスの意志を、尊重するための壮大な仕掛け。彼は本当に、天才だったのだ。


「これを解く間、何度も『親父が俺に遊びながら教えた仕掛け』が出てきてさ。俺しか解けねぇじゃんって思ったんだけど」


自分の意志を継いでもらうことは目的ではなかったから。意図的に、たった一人にしか解けないようにして。


「あ、続きがある」



《追伸:もう一つの手紙は、今のチェンバレンの街長へ渡しなさい。書庫へ行くには、街長さんの許可がいるからね。上手く書いておいたから役に立つと思う》



「…だってさ」


「そりゃどうも」


目の前にいるという、まさかの最短ルートで手紙を受け取る。

ギルディアスも緊張していたのだろう、少し肩の力を抜くと、静かに笑った。


「なーんか喉渇いたな。水もらってもいい?」


「勝手に使え」


そりゃあんなに叫べば喉も渇くだろう。取りに行く背中を見送って、ライミリアンはこっそりと微笑んだ。




羨ましいとは思わない。養子であるのは確かにギルディアスだ。やはり最期まで、考えるのは彼のことだったのだろう。


街長に充てられた手紙の紐に指を掛けた。

これを自分が見れるだけでも、自分が選んで進んできたものが間違いではなかったと思える。


しゅるりと解いて、その紙を開く。







そんなことを考えていただけだったから。


何も予期していなかったから、ライミリアンは次の衝撃に、暫く呼吸を忘れた。





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