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ライミリアンとギルディアス  作者: ことづき
第1話*華の街
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2・街議会

2・街議会





余計な装飾を嫌う彼の部屋は、いたってシンプルだ。

コート掛けは、扉からテーブルまでの無駄のない動線上に。

そのテーブルには、冷めてしまってはいるが甘めの紅茶を入れたカップが。

必要な物が必要な場所に用意されている。


いつもならこれで、何の問題もない。

が、ライミリアンはカップに手を伸ばしながらボヤいた。


「ったく、勝手に人の家を探索してないだろうな」


出かける前に、家を出るなとは固く脅してあるのだが、果たしてちゃんと着替えて用意しているのか。

喉を潤したら、今度は彼を引きずって出かけねばならない。そう考え、口を付けたところで。




『…イア、ライア…こえるか…』


突然ノイズに混じりながら聞こえた呼び掛けに思わず咽せた。




喉の下を叩きながら立ち上がって、発信源を探す。向かう先はテーブルを挟んで向かいの棚だ。

怪しい音を辿っていく手が、手のひらサイズのロボットの前で止まって取り上げた。


「・・・」


特に意味もなく飾っていた置物だった。大人しかったはずのそれが、今は何故か不快な機械音を鳴らしている。





「今の聞こえたか、ライア!」


バァンと勢いよく扉が開いた。


「…おい、何だこれは。俺の物に何をしてくれた」


「名付けて伝書ロボだ!」


もう既に会話が成り立っていない。

ライミリアンは眩暈を覚える。


「この間の"向こうの音を聞く"機能を応用してだな、今度は"向こうに音を伝える"機械にしてみた」


ギルディアスは自身が持っている機械を口に当てる。

そちらもご丁寧にロボット風の形をしていた。


『わざわざ電話線繋ぐのめんどーじゃん?これなら見た目にも可愛い』


「いや怖い怖い怖い。何かカタカタしてるしこいつからお前の声が聞こえるし殺意しか湧かない」

「容赦ない!」


発明品の凄さを認めてもらおうと、彼は遮るように説明を始める。ライミリアンが持つロボットの頭部に触れ、カチリと部品を動かした。


「スイッチをこうすれば、今度はライア側からも話ができるんだ」


つまり、と身を乗り出す。


「両方がスイッチを入れれば双方向に話ができる。片方だけなら一方通行だからプライバシーも守られる!」


「成る程それなら未来永劫一方通行だな」


「待って伝わってない」


ライミリアンは有無を言わさずロボットを元の場所に戻し、時計を見やった。

戯言に付き合っている時間はなかった。相手の服装に視線を移して、深く溜息をつく。


「着替えてはいるが何だその着方は。今からどこに行くのか分かっているのか」





襟は立ってるしネクタイは緩みっぱなし。

このふざけた仕掛け作りに時間を費やしたことは、一目で分かる。


「…街議会」


今回に至っては、欠席すると目立ちすぎる議会である。長年の放浪者は、ここにきてついに御用となった。


あからさまにテンションを下げるギルディアスを文字通り引きずるようにして、街の鐘は午後を報せた。









「…であるからして、予算の割合はこちらに比重を置き…」


「おい、寝るな」


机の下でギルディアスの足を蹴りながら、街長は手元に厳しい視線を落とし続ける。

一見問題はないように見える書類の内容が、彼の眉間に負荷をかけていることには誰も気付かない。


『…今回はこれで良い。が、このままでいくと次の予算で孤児院の配分が無くなるな』


街議会の真っ最中。彼の思考は一人、十歩先を進む。

話の区切りで整理し、再考しようと結論付けたその時。




「橋の建設が必須でしょう」




発言をした男の声に、ライミリアンは咄嗟に顔を上げた。

その僅かな表情の変化を、ギルディアスだけが机に突っ伏したまま片目で見ていた。


「老官長殿」


「かつてチェンバレンの象徴の一つであった、あの橋を復活させるんですよ。交通の面でも確実に益を生む」


議会は僅かに騒めくが、それだけだ。

表立っての統治者でなくとも「老官」が嘗てチェンバレンの併合を食い止めたメンバーであることを知らぬ者はいない。

歴史に組み込まれた、無言の権力なのだ。





「…お気持ちは分かりますが、予算の都合がつきません」


その男に発言する、いや出来るのは街長。

老官の保守派という役割自体は必要であり、ライミリアンとて敵視するつもりはない。

…ただ行き過ぎたそれを持つ、老官長という人間は別の話だった。


「他に削れるものはあると思いますよ、ライミリアン街長」


有無を言わせぬ瞳で、老官長は微笑を絶やさない。


「それとも若き街長は、新しきを進め古きを切り捨てるお考えかな?」


わざとこちらの分が悪くなる問い方だ。

表情こそ変えぬも、ライミリアンの指に力が篭る。







『この街を、変えよう』


あの言葉の、本当の意味。

それは最初から、甘やかな希望に溢れたものではなかったから。


前に進まない限り、根絶やしに出来ない。


この街の【不透明】を。







保守か革新かの議論に持っていくわけにはいかない。

どう切り返そうか、といつもより慎重に考えているその時。


「いやぁ、あそこは駄目ですよ」


突然沈黙を破った男に、皆の視線が集まった。彼は想定外の切り口で話し始める。


「あの場所に橋が無くなった理由をお忘れですか?氾濫した時に流されたのは、あの時だからじゃない。地形と川の流れの問題だ、必ず繰り返しますよ」


「…おい、ギール…」


彼にしか聞こえない声で制するが、ギルディアスは素知らぬ顔で立ち上がる。


「おや…発明家殿もおられたのですか。偉く"静か"だったもので分かりませんでしたよ」


「こうして立ったら目立つでしょう?」


剽軽に肩を竦める様子に、くすくすと笑い声が聞こえ、空気が緩み始めた。


「発明家殿は、そういった分野にもお詳しいので?」


「いいえ、どちらかというと詳しい人間と親しいほうで」




ギルディアスが話すだけで、皆の視線は彼に集まる。好感を持って受け入れられているのは一目瞭然。

【人望】

それが彼の、

ギルディアスが身に付けた武器だ。




「それだけと言うのなら、」


「分野でないのなら口を挟まないでください、ギルディアス殿」


老官長が言おうとした言葉を、ぴしゃりと言い放ったのはライミリアンだ。


「ある意味分野ですよ、俺は交通の安全係ですから」


そんな係を作った覚えはない、飼育係みたいに言うな。

口に出すことこそ我慢したが、もうこうなれば止められないと、ライミリアンも静かに腹を括った。

老官長は両手を机の上で組み、口を開く。


「それでは、貴方の発明費用はそのような地質問題には充てられないのでしょうか」


案の定、向いた矛先。

部屋の空気が僅かに張り詰める。


「充てられません」


しかしギルディアスは両手を机につき、はっきりと答えた。

そして、


「代わりに、俺の全労力を充てましょうか」


朗々と、まるで演説のように。


「ただ、ここの街長は厳しい。中途半端な安全性では納得しないでしょう。皆さんのお力をお借りしたい」




彼の笑顔につられるように、一人、また一人と自らの分野を持ち寄って口を開いた。









ーーーーーー

ーーーー

ーー


「っあー疲れた」


通りはすっかり暮れてしまった。

街議会を終え、別々に出て行ったはずの二人は道が同じであるが故に途中での合流を余儀なくされた。


「馬鹿の極みだ」


「何が?「 お 前 が 」


何処となく疲れた様子で、ライミリアンは溜息をついた。


「ったく軽々しく引き受けてくれたな。この程度で大人しくなる奴じゃない。とりあえず十日後に進捗として…」


「ライア」


ふと名前を呼ばれ、彼は言葉を区切る。


「ほんとお前ってお人好しな」


「何だいきなり」


喧嘩を売っているのかと盛大に眉を顰めるも、ギルディアスは楽しそうに笑った。


「お前にしちゃ、言葉選び過ぎだかんなぁ」




彼があの瞬間、言い淀んだ理由を指して。

勢い良くライミリアンの肩を一つ叩く。


「俺は進むための駒だ。ライアの思う通り使ってくれたらいい」







肩を押さえていた手を離し、ライミリアンはふと足を止めた。

それにつられて振り返ったギルディアスだったが、突然ステッキを腹に食らう。


「だっ!おま…っ鳩尾…」


「…俺は実力で街長になった」


ギルディアスは思わず口を噤んだ。

理性と計算の鎧を纏った、公の場での彼ではなかった。怯むほどにひどく真っ直ぐな視線に、若い時の姿が重なる。


堅物ばかりの中で、年若い彼がその地位を保つということ。それは確かに、運では成し得ないことで。


ライミリアンは、相手の鼻先に人差し指を突き付けた。絶妙に止まった、その距離僅か一センチ。


「何の犠牲も必要ない。俺を見くびる暇があったらさっさと取り掛かれ」


スタスタと歩き出した背中を、呼び止めることはなかった。













自宅に戻ったライミリアンは、首元を緩めて椅子に座り込んだ。


これからまた、忙しくなる。

段取りは既に組み立てられつつあったが、仕事の件とあの男の件は、別の注意が必要だった。


「…何が駒だ」


老官長の、あの心を逆撫でるような視線を思い出す。その瞳が、彼に向かないように。


何かを始めるのも終わらせるのも、いつの世も一人の天才だから。




"先代のように"、彼を殺させはしない。




「言った本人が約束を破りに走るとは、いい度胸だな」


ぼそりと呟いた言葉はどこか静かで、いつもの厳しさはなかった。

ただ、守るために街長になったこの身は。


「…もう少しは俺を信じろ」








コートを脱ぎ捨てた途端、鈍い音がした。

ギルディアスは慌てて転げ落ちた機械を拾う。

昼間に彼の家へ持ち込んだ、伝書ロボットの片割れだ。スイッチを入れてライミリアンへ繋げようか、と考えて動きを止める。


「…?」


機械から、ノイズが発されてる。

耳に当てて調節すると、男の声が聞こえた。


『…何が駒だ』


あ、しまった。

あっちのスイッチを切り忘れてた。


気付いた時にはもう遅く。


「…」


そのまま暫く耳を当てていたギルディアスだったが、次の瞬間、ノイズと共に聞こえた言葉に目を丸くした。


無意識に浮かぶ笑みを抑えきれずに、拳を口に当てる。






『それ、本気なの?ギール』


『そうだ。俺とライアで、この街を変えよう』






約束は、一言一句に至るまで。

これほどに律儀な男を、信用できない訳がなかった。


「…"二人で"、が約束だったな」













さて、どうやって彼に気付かれず、伝書ロボのスイッチを消すか。

数分ののち、彼はその問題に直面する。



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