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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第4章 街での新しい暮らし

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慰霊祭 1

 駆けつけた黒騎士に連行されることとなったひげ男は「誤解だ」「俺は何もしていない」と何度も訴えていたが、誰もそれを聞き入れなかった。

 私が叫んだ時点で人の注目を集めていたので、髭男の行動を目撃していた人間は多い。

 叫んだ私の口を塞ごうとしたこと、嫌がっているのに肩を掴んだこともしっかりと記憶され、それを黒騎士へと訴える人間が大半だ。

 当然、叫び声を挙げた私も事情を聞かれ、正直に答える。


 身の危険を感じたので叫んだ、と。


 ただ、現時点では髭男が私にしたことは『明確に拒否をしている女児の肩を掴んだだけ』であるし、その証言も女児と、女児が叫んだあとから場面をみていた周囲の人間からに限られている。

 何らかの罰を与えて連行するのも難しい、と首を捻る黒騎士に、最初から全てを見ていたニルスがこう付け加えた。

 私が会話を終了しようとしたところ、突然肩を掴んで、甘いものでも奢ってやるから、と連れ去ろうとしたのだ、と。


「お菓子をやるからオッサンと一緒に行こう、とか誘拐の常套句じゃないか」


「偉いぞ、ティナちゃん。ちゃんと引っかからなかったな」


 何一つ嘘を言っていないニルスの証言で、髭男の扱いが決まった。

 未然に防がれただけで、これは誘拐事件一歩手前であった、と。


「……そういえあ、その人、カーヤの知り合いみたいれすよ。カーヤはろうしたのかって、わたしの聞いてきましら」


 手際よく髭男へと縄をかける黒騎士に、追加の報告をしておく。

 カーヤのことを聞きたい、と髭男に絡まれたのだ。

 一晩ぐらい牢屋で反省することになるかもしれない髭男に、知りたかったカーヤの話を聞かせてやってほしい気もした。


「カーヤ?」


「夏に館で家庭教師をしていれ、せっとーで掴まった人れす」


 名前だけではすぐに思いだせないようだったので、情報を少し足してみる。

 黒騎士はそれで誰のことか思いだせたのか、納得のいった顔になった。


「あの女の知人か。そりゃ、ホントにティナちゃんの判断は正しかったな。あの女は詐欺、強請ゆすり、たかり、窃盗……なんでもやってたからな」


「貴族が引き取りに来るまでの間しばらく地下牢に入れておいたんだが、ボロボロ余罪が出てきて団長も頭を抱えてたな。こんな女を家庭教師と信じて雇っていたのか、って。まあ、今頃は……」


 と言葉を区切り、黒騎士たちは顔を見合わせたあと、苦笑いを浮かべる。

 どうやら私に聞かせるような話ではないらしい。

 子どもに聞かせる内容でないのなら、私だって聞きたいとは思わない。


「……そののことを知っているようれしたら、その人に聞かせてあげてくらさい」


 気にしているようだったので、と話を切り上げて、黒騎士と連行されていく髭男を見送る。

 下手に逆恨みなどしてこなければ良いが、カーヤの知人となるとどうだろう。

 しばらくは街を歩く時には周囲を警戒した方が良いかもしれない。







 せっかくのお祭り気分だったのだが、髭男のせいで台無しだ。

 気を取り直して、とルシオやエルケが色々な催しをやっている場所へと案内してくれたのだが、さっぱり楽しい気分になれない。

 旅芸人の演奏や、職人が精魂こめて作ったという豊穣の女神を掘り込んだ山車など、楽しいものや綺麗なものが溢れているのだが、髭男の太い指で掴まれた肩がズキズキと痛んで気分が沈む。

 とくに汚れているわけではないのが、服を脱いで濡らしたタオルと石鹸で肩を気が済むまで洗いたい気分だ。

 とにかく気分が悪い。


「どうしました、お嬢さん?」


 私の不調に気づいたのか、ルシオが足を止めて振り返った。

 ミルシェやペトロナも、私の顔を覗きこみ、顔色が悪いと言い始める。


「……お祭りに興奮しすぎれ、疲れたみたいれす」


 髭男のことなど速やかに忘れたいので、理由としてはあえて伏せる。

 他に子どもらしい不調の理由を考えてみたら、出てきたのがこれだ。

 興奮のし過ぎで疲れた。

 他の理由など、あえて語る必要はない。


 一人で帰るから、皆は祭り見学を続けてくれ、と離脱しようとしたら、ニルスとルシオが「館まで送る」と言ってついてくる。

 テオだけで女の子たちを放置するのは心配だ、と言うと、ニルスが子どもたちの輪に戻ることになった。

 護衛としての役割では、お勉強のできるニルスよりもルシオの方が信頼できるらしい。


 ルシオに送られて館へ戻る途中、自分とニルスは私の護衛にと依頼されて一緒にいたので、他の子どもを気にする必要はなかった、とちょっと怒られた。

 街の子どもは私よりも普段から危機感を持って生活をしているので、逃げるべき時はすぐに逃げることができる。

 お祭りだからといって、そんなに心配をする必要はないのだ、と。


 正門まで送ってもらい、ルシオと別れて館に戻る。

 帰ってきたことを知らせる必要があるのでノッカーを叩こうと手を伸ばしたら、中から扉が開かれた。


「おかえり、ティナ。早かったな」


「ただいまれす」


 何故かレオナルドに出迎えられて、驚く。

 それからすぐに抱きつきたくなって、少し腰を落としてもらった。

 ねだれるままに腰を落としたレオナルドの太い首に抱きつくと、肩から力が抜ける。

 知らず知らずのうちに、緊張していたらしい。

 ホッと息を吐いて首筋に顔を埋めると、レオナルドに抱き上げられた。


「……初めての友だちとのお祭りで、少し疲れたか?」


「それもありましゅけど、カーヤの知り合いに会いましら」


「報告は来ている」


 背中を優しく叩くレオナルドの手に、ああ、慰められているのか、と実感する。

 本来慰霊祭の準備で忙しいはずのレオナルドが館にいたのは、私が早めに帰ってくるのが予想できていたのかもしれない。


「何か酷いことを言われたり、されたりしたか?」


「肩を掴まれたかりゃ、噛んでやりましら」


 そのあと人攫いと叫んだら周囲の大人が助けてくれ、ついでにいつもの黒い犬が髭男の股間に噛み付いて助けてくれた、という報告もする。

 レオナルドは思わず犬に股間を噛まれる想像でもしてしまったのだろう。

 レオナルドの顔がなんとも言えないような、気の毒そうな顔になった。


「疲れたのれ、少し寝ましゅ」


 少し落ち着いたので下ろしてもらい、自分で歩く。

 夜の慰霊祭には出たかったので、昼寝のために帰ってきたと思えば良い時間だろう。

 いつものように屋根裏部屋へ向かおうとして、やはり三階の自室へと足を運ぶ。

 今日はなんとなく、ジンベーのお腹を枕に眠りたい気分だった。







 嫌な笑い方をする髭男の手が伸びてきて、どこまで逃げても追いかけてくる。

 ついに肩が掴まれて、髭男のもとへと引き寄せられたところで目が覚めた。

 最悪な寝起きである。

 寝汗で首にべっとりと髪が張り付いて気持ち悪い。


 ……とりあえず、顔を洗って、濡れタオルで寝汗を拭こう。


 水をもらいに一階へと下りると、レオナルドが何かを抱えながら帰宅したところだった。

 なにやらここまで漂ってくる甘い匂いに、水を取りに来たことも忘れてフラフラとレオナルドに近づく。


「なんれすか、それ?」


 もしかしなくても食べ物ですよね? と期待を込めて見上げると、レオナルドは苦笑いを浮かべる。

 ティナは鼻がいいなと笑いながら、先に汗を流しておいで、と追い払われてしまった。


 せっかくなので汗を流して中古服から服を着替えると、居間の長椅子に座るレオナルドの隣へと腰をおろす。

 脇に置かれた甘い匂いのする包みについて聞いてみると、ニルスが買って届けてくれたのだと教えてくれた。

 私が帰りに買う予定で後回しにした、三羽烏さんばがらす亭の皿焼きだ。

 豆皿サイズの生地に餡を挟んだという皿焼きは、どら焼きにしか見えないのだが、サイズは一回り小さい。


「……いっぱいれすね。ニルスにお金を払わにゃいと」


 私が欲しかったものを代わりに買ってきてくれたので、これは立て替えてくれたと考えた方がいいだろう。

 三羽烏亭のお菓子は、子どもの小遣いで買うには少々高い。

 それが九つも入っているのだから、ニルスの財布には大打撃だったはずだ。


「ニルスには俺が払っておいたよ」


 お遣いの駄賃と考えて、色をつけて払っておいてくれたらしい。

 それならば次に会った時にでもお礼を言えば良いか、と遠慮なく皿焼きをいただく。


 どら焼きより一回り小さいサイズの皿焼きは、食べてみたら味が三種類あった。

 粒餡とカスタードと生クリームの三種で、最初に食べたものは生クリームで一瞬だけガッカリした。

 おそらくはナパジ独自のお菓子を広めることと、この国の人にも親しみやすい味を模索しているのだろう。


 ……私は餡子だけでいいですけどね。


 欲を言えばあんも食べたかった。

 どうせ味が三種類あるのなら、粒餡、漉し餡、白餡が良かったのだが、そこまで求めるのはさすがに贅沢すぎるだろう。

 生クリームは最初の印象が悪いが、カスタードは美味しくいただけた。

 レオナルドは餡子を変な顔をして食べていたので、甘い豆に違和感があるのかもしれない。


 二人並んで皿焼きを食べている間に、日が傾いてきた。

 慰霊祭は日が沈んでから行われるということで、軽く夕食を食べて出かける予定だったが、皿焼きが食事代わりになってしまいそうだ。

 美味しかったので仕方がないが、タビサが用意してくれていた夕食は戻ってから、冷めたものを食べることになる。

 少し残念だが、食べてしまったものは仕方がない。


 ……粒餡の皿焼き美味しかったです。


 これだけ美味しかったら、お財布の中身全てを皿焼きにかえてしまっても良かった気がする。

 明日はきっと売っていないと思えば、なおさら惜しい。







 風邪を引かないように、と厚手のコートを着て出かけたのは、街外れの墓地だった。

 夜の墓地など普段であれば避けて通りたい場所なのだが、今夜はところどころにランタンやランプが置かれていてほんのりと明るい。


 マントと礼服を着込んだレオナルドと手を繋いで歩いていると、墓地の一角に用意された祭壇の前に到着する。

 葬式の手配などはソプデジャニア教会の管轄だが、祭祀を行うのは死の神ウアクスの司祭らしい。

 死を運ぶ神としてウアクスは恐れられているが、死んでしまえば全ての命は死の神ウアクスの民として守護を受けることになる。

 安らかな眠りを守るのも、生前の後悔や悲しみを魂から洗い流してくれるのも、死の神ウアクスだ。


 夏の間は忙しくて行うことができなかったワーズ病犠牲者の集団葬儀を、慰霊祭という名で今夜執り行う。

 本当なら一人ひとり埋葬してやりたかったが、街で死んだ人間は大きな一つの穴に埋められた。

 メイユ村では感染が遅かった両親たちがいたため個別で埋められたが、他の全滅した村は黒騎士たちが同じように埋葬したと聞いている。


 装飾がレオナルドより少ないマントと礼服を着た男性は、みな黒騎士だ。

 犠牲者の遺族も来ているが、犠牲者の主な職業が娼婦だったということで来ない遺族もいるのだろう。

 黒騎士の数の方が多いようだった。


「ここで何をするんれすか? 司祭さまがお祈りして終わりれすか?」


「鎮魂の祈りを捧げたりもするが、主なことは魂鎮たましずめのが消えるまで見守ることだな」


「たましずめのひ?」


 聞いたことのない単語だった。

 ただ、祭壇の上に沢山の蝋燭が用意されているので、あれが『魂鎮めの灯』なのだろうとは思う。

 司祭とそれを補佐している教会の人間が、沢山の蝋燭に火をつけては参列者に手渡している。


「司祭様の渡している蝋燭が魂鎮めの灯だ。蝋燭に犠牲者の名前が書いてあって、蝋燭の火は彼らの魂。彼らが安らかに眠れるように祈りながら火が消えるまで見守って、その間に生前の彼らについての思い出話をしたりするんだ」


 明るく見送ってやろう、ということで、魂鎮めの灯を見守る遺族の席には酒や料理が用意される。


 ……火葬場で宴会するようなもの?


 さすがに宴会は言いすぎな気もしたが。

 酒や料理が並ぶ席で思い出話に花を咲かせると聞けば、私の貧相な想像ではこうなってしまった。


「おいで、ティナ」


「はいれす」


 レオナルドに祭壇の前で手招かれ、そちらへと近づくと二本の蝋燭を渡された。

 何か意味があるのか、赤い塗料でそれぞれに『ロイネ』と『テオ』と書かれている。


「ロイネさんの魂鎮めの灯れすね。でも、『テオ』って誰れすか?」


 まさかメンヒシュミ教会の悪童テオはまだ生きている。

 今日も昼間に一緒に行動をしたばかりだ。魂鎮めのともされるにしては早すぎる。


「テオはよくある名前だからな。ロイネの子どもの名前だ」


 その説明だけで、なんとなく察することができた。

 ロイネは娼婦だ。

 子どもの父親は判らないだろうし、夫もいないと考えた方が自然だろう。

 今夜の参列者の中に、遺族がいないとしても不思議はない。


「ロイネさんのテオはわたし知りましぇんけど、魂鎮めの灯を見守っていいんれすか?」


「母子一緒の方がいいだろう」


「……そうれすね」


 私が二本の蝋燭を同時に持つのは危険なので、テオの蝋燭はレオナルドに運んで貰う。

 お酒の代わりに果物のジュースやお菓子の準備された席があったので、もしかしたら私のために予め用意されていたのかもしれない。

 クッションで高さの調整された席に着くと、目の前にロイネとテオの蝋燭が並ぶ。


 慰霊祭はまだ始まったばかりだった。

想定より長くなったので続きます。


誤字脱字は後日。


誤字脱字、みつけた箇所は修正しました。

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