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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第4章 街での新しい暮らし

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タンプ村とメイユ村

 夏のはじめに仕立屋で注文した秋冬物の服が、次々と館へ届き始めた。

 レオナルドの趣味かヒラヒラとしたフリルは相変わらず多いのだが、防寒という意味でこれからの季節はありがたい。

 そんな理由わけで私の服装も秋物に変わってきた。


「レオにゃルドさん、何かご用れすか?」


 ほとんどの服は館へと届けられるのだが、レオナルドが仕上がりを確認したいものは砦へと届けられる。

 レオナルドがいつ館に居るかは判断が難しいため、はじめから砦へと届けることにしておく方が効率的なのだ。

 あとは最後の確認として、館から私を呼ぶだけでいい。


 そろそろ慣れてきたレオナルドの執務室へと足を踏み入れ、長椅子に積み上げられた箱を見る。

 横に衝立ついたても用意されていたので、ここで着心地を試させられるようだ。

 ご丁寧なことに、着付けを手伝うためか仕立屋と女性のお手伝いまでが用意されていた。


「……似合いましゅか?」


 お手伝いさんに着付けられた服は、いつかの和ゴスロリだ。

 着物風に仕立てられた深紅の上着と、黒いスカートが相変わらずのグルノール騎士団仕様である。

 固い質感の帯もあったが、この色の着物であれば夏にあつらえてもらった甚平の兵児へこ帯と合わせても良いかもしれない。

 袖口のフリルが少々邪魔に思えたが、普通こういったお洒落重視の服装をする身分の人間は家事などしないのだから、問題はないのかもしれなかった。


 その場でくるりと回って見せると、レオナルドは満足気に頷いたあと、私を手招く。

 呼ばれるままに近づくと、猫耳のついたカチューシャを嵌められた。


「へ? なんれすか?」


「前に猫耳を気にしていただろう。少し早いが、神王祭用の仮装を用意しておいた」


 頭部の違和感に、取り外さないまでも手をやって物を確認する。

 モフモフとした柔らかい毛並みに、手触りの良さだけは間違いがない。


 ……これ、もしかして本物の毛皮で作りましたか?


 もしかしなくとも、猫耳の仮装のためだけに大した出費であろう。

 和ゴスロリの幼女が猫耳を付けているとなると、傍目には十分に目の保養だ。


 ……私だって、猫耳付けてるのが私じゃなかったら、素直に萌え転がるよ。


 内心は気恥ずかしいながら、注文通りの服を作っただけの仕立屋に罪はない。

 注文通りの仕様か、着心地は大丈夫かと聞かれるたびに返答し、商品の引渡しはスムーズに終わった。

 レオナルドに挨拶をして退室する仕立屋を見送ったあとで、和ゴスロリを着たままであったことに気がついたぐらいが今日の失敗だろうか。

 短い距離とはいえ、和ゴスロリに猫耳姿で館まで歩いて帰ることになってしまった。


「……他のも見ていいれすか?」


「いいぞ。全部ティナの服だしな」


 レオナルドに一応の確認をしてから、長椅子に積み上げられた箱を開ける。

 同じ仕立屋が持ってきたものだったのか、和ゴスロリの色違いや髪飾り、毛皮の襟巻きなどが入っていた。


「……あれ? ズボンれす」


 自分で注文した覚えはないのだから、このズボンはレオナルドが注文したもののはずだ。

 ヒラヒラ多めのスカートを着せたがるレオナルドにしては、珍しいチョイスである。


「レオにゃルドさん、ズボンが入ってましゅ。注文間違いれすか?」


「いや、そのズボンは俺の注文品だ。馬に乗る時に必要だろう」


「……わたし、馬に乗るんれすか?」


 最近ようやく少しだけ噛む頻度が減った気がするしゃべりで聞いてみると、レオナルドは少しだけ考え込むような仕草を見せた。


 ……あれ? 違うの?


 馬に乗る時に必要だと言うのなら、乗馬でも学ばせる気かと思ったのだが、指摘されて考え込むとなると違うらしい。

 いったい何を思ってレオナルドは馬に乗る時に、とズボンを注文したのだろうか。


「……ティナがもう少し大きくなったら馬術を教えるのもいいが、とりあえずは俺と一緒に乗る時のズボンだな」


 スカートでは横座りで乗るか、膝丸出しで鞍に跨るしかない。

 ワイヤック谷へ移動する時はスカートを気にしながら鞍に跨っていたので、その時の様子を覚えていてくれたのだろう。


「レオにゃルドさんと馬でお出かけすりゅ用事なんて、ありましらっけ?」


「今年の冬はマンデーズだからな。ティナ、冬の神王祭はマンデーズの街へ旅行にいこう」


「わたしはお留守番してましゅ、っていいましらよ」


 いつだったか、神王祭の季節には砦で軍神ヘルケイレスを奉る行事があると聞いた。

 その祭祀(さいし)は砦の主が務めることになっているのだが、レオナルドはグルノール砦を含む四つの砦の主である。

 日時をずらすわけにもいかない祭祀は、レオナルドのいない砦では副団長が務めることになっているのだが、グルノール砦だけ毎年団長が祭祀を務めるのは不平等であるとのことで、レオナルドは毎年冬に小旅行をするはめになっているらしい。

 普段は報告だけで済まされている各砦を見回ることができる機会だと思えば悪い話ではないが、いっそ一年ごとに移動すれば良いと思った言葉ツッコミは飲み込む。

 実行されてしまえば、一年ごとに引越しを余儀なくされるのは私も同じだ。

 どちらかと言えばインドア派な私としては、一年毎の引越しはもちろん、小旅行でさえも出来ればお断りしたい。


「……やっぱり一緒に行きたい、って思うかもしれないだろ?」


 可能性の話ならば確かにゼロとは言えないが、冬にわざわざ旅行をしたいだなどと、自分が思うとは考えられなかった。

 あえてツッコミをいれずに聞き流していると、レオナルドも脈がないと諦めたようだ。

 気が変わったらいつでも言ってくれ、とマンデーズ行きの話は一先ひとまず終わる。


「まあ、マンデーズ行きについてはあと三ヶ月あるからいいとして……近々開拓村の視察に行こうとは思っている」


「かいたく村って……ジャン=ジャックたちが行ってるとこりょれすか?」


「そうだ。ワーズ病の感染者が感染力を失うまでの一年間、隔離されて暮らしている村だ。久しぶりにジャン=ジャックの顔を見てみたくないか?」


「ジャン=ジャックはどうでもいいれすが、他の人たちは元気にしてりゅか、会いたいれすね」


 思い返してみれば、ジャン=ジャックは最初から若干意地悪な発言が目立ち、ワーズ病から回復してきたと思ったらミイラ男スタイルで「フランケン男だぞ」と追い回されるなど、ろくな思い出がなかった。

 わざわざ会いに行くほど親しいわけでもないのだが、ワーズ病については多少の罪悪感もあるので一度様子を見に行くのは良いかもしれない。

 まだそれほど寒くない秋口ならば、馬に乗った小旅行も悪くはないだろう。







 ワーズ病感染者が一年間隔離されるための開拓村は、グルノールの街から馬で片道一日といった距離にあった。

 馬が一日でどのぐらいの距離を進めるかを私は知らないので、街からの正確な距離は判らない。

 片道に一日かかるとなると、当然のように夜営をする必要もでてきて、久しぶりの野宿にレオナルド作の野菜スープと、なんだか懐かしい気分になった。

 気分的にのんびりとしつつ、レオナルドと他二人の黒騎士が開拓村に到着したのは、翌日の昼前だ。


「ついたぞ、ティナ」


「んぁ?」


 ずっと馬に揺られていたため、心地よい振動にうつらうつらと舟を漕いでいたらしい。

 レオナルドの声に、ついビクリと肩を震わせてしまった。


「ここれすか? なんて名前の村れす?」


「タンプという名の村だったんだが……今はただの開拓村だな」


「タンプ村じゃないんれすか?」


「一度滅びた村だからな。次は別の名前がいいだろう」


 それに、新しく村ができるかどうかも決まっていない、とレオナルドは苦笑いを浮かべた。

 今の開拓村は『開拓』とは名ばかりで、ワーズ病感染者の持つ感染力が消えるまでの一年間、人里から離しておくための生活の場だ。

 元々街に住んでいた人間が多いので、一年間の隔離期間を終えたら街へ戻りたがる者が当然いるだろう。

 このまま村に定着して、新しい村ができるとは考え難い。


 レオナルドからそんな説明を受けつつ、開拓村を見渡す。

 あちこちの地面が黒いのは、一度村を焼き払った跡だろう。

 家の数は少ない。

 村の中心に大きな家があり、その周辺に二軒の新しい家があるだけだ。


「家が少ないれすね」


「一時的に住むだけかもしれない村だからな。最初は大きな建物を作って、そこで全員で暮らしているはずだ」


 伝染病で全滅した村は一度綺麗に焼き払われた。

 何もない場所に感染者たちが住めるわけはなく、最初は騎士団が用意した天幕で暮らし、みんなで一つの大きな建物を作り、天幕生活が終わる。

 続いて大きな建物を生活の基盤にし、畑を耕してみたり、村に定着する予定の者には個人宅を作ったりと、毎日作業に追われるのがこの村での暮らしだと教えてくれた。


 ……プライバシーとか、大変だね。


 特に女性は着替えなどで男性の目が気になるだろう。

 中に入ってみなければ判らないが、あの大きな建物には個室が用意されているのだろうか。


 ……でも、冬場の薪は少なく済みそう。


 一軒一軒で薪を集めて暖をとるよりも、一箇所大きな建物に集まって薪を燃やす方が全体としてはたぶん薪が少なく済む。

 村での生活に慣れていない街の人間には、薪を拾う時間が少なく済むのなら、多少は冬の生活が楽になるだろう。


 土地が痩せているのか、畑の耕し方など知らない街の人間が世話をしているからか、小さな実りしかない畑を眺めていると、脱走を防ぐための見張りとして付けられていた黒騎士が近況の報告にやって来た。


「……やはり自力で冬を越すのは不可能か」


「はい。元々村人だった者も何人かいますが、ほとんどが街の人間で、最初はくわの握り方も覚束ない様子で……畑も耕してみましたが、ご覧の有様です」


「冬の間の支援も必要だな」


 ただでさえ今年の税収は村がいくつも消えて下がるというのに、病の収束のために薬を用意するのにも大金を投じている。

 私はオレリアが薬を作るところを見ていただけなので、あまり大金が動いているという自覚はなかったのだが、レオナルドが頭を抱えたくなるぐらいには打撃があったようだ。


「……無駄づかいを止めたらどうれすか?」


 レオナルドを見上げて、そう提案をしてみる。

 レオナルドの無駄使いといえば、私に対する支出が主だ。

 着るものなど古着で十分だというのに、レオナルドは何着も私に新しく服を作ってくれる。

 私は誂えてもらったばかりのコートの裾を摘んで、レオナルドの無駄使い部分をアピールしてみた。


「俺はティナの服を無駄遣いだとは思わないが、税収にダメージがあるのはグルノールの街としてだから、俺の財布は関係がないぞ」


 砦の金を私に使ったことはない、とレオナルドは呆れ顔で言いながら、むにっと私の頬を摘んだ。

 私の衣装代を抑えたところで、砦が使える金額に違いはないらしい。







 馬から下してもらって村のあちらこちらを覗くと、時折元・隔離区画の住民から声をかけられた。

 慣れない村での暮らしに不自由があると思うのだが、みんなそれなりに元気そうにやっているようで少し安心する。

 同病相憐れむと言うのか、単純に近くにいたからか、何組かのカップルが村で生まれているらしい。

 お互いに相談して一年後街へ戻るか、このまま開拓村に残るかの話し合いをしているそうだ。


「おおーい! ティナっこっ!」


「あ、ジャン=チャックだ」


「ジャン=ジャック様、だ! ジャン=ジャック!」


 私の姿を認め、走り寄ってきたジャン=ジャックといつもの挨拶をする。

 街で別れた時と同じで、ジャン=ジャックは相変わらず全身が包帯に包まれていた。


「ジャン=チャック、元気そうらね」


「ティナっこは相変わらずちっこい……いや、ちょっとデカくなったか?」


「え、ホント?」


 背が伸びたのなら素直に嬉しい。

 つい素で聞き返したら、ジャン=ジャックが包帯の下でにやりと笑った気がする。


「……横にな」


 横に大きくなる=太ったである。

 レオナルドを含む黒騎士からのお菓子攻撃プレゼントに、常々気をつけねばと自分でも思っていたが、他人に、それもジャン=ジャックに指摘されると面白くない。

 ムッと頬を膨らませてやりたいところだが我慢し、逆ににっこりと笑って靴を自慢することにした。


「ジャン=チャック、見てみて。レオにゃルドさんに作ってもらった靴なんれすよ」


「うん?」


 可愛いでしょう? と笑いながら片足を持ち上げて、ゆらゆらと足を振る。

 可愛らしいが丈夫な靴は、靴屋が特別に作ってくれた一品だ。

 もちろん、つま先が特注部分にあたる、いつもの靴である。


 可愛い靴のをジャン=ジャックに味わってもらっていると、脛を押さえたジャン=ジャックがふと真面目な顔になった。

 包帯のせいで表情はほとんど判らないのだが、なんとなく雰囲気で解る。


「あのよ、なんつーか……悪かったな」


「何がれすか?」


「団長から聞かなかったか? 俺がおまえの……」


 父親の指輪を売り払った、とジャン=ジャックは気まずそうに、でもはっきりと声に出してそう言った。

 真面目に謝ってくれているのが、失礼ながら新鮮な気がする。


「……レオにゃルドさんから聞きましら」


「そうか。悪かったな、ホントに。ちょっと魔が差したつーか……。いや、悪いで済む話じゃねェんだが……」


 素直に謝り慣れていないのか、ジャン=ジャックは気恥ずかしそうに頭を掻き毟った。

 一応はそのフケにも感染力があるはずなので、もう少し気をつけてほしい。


「もういいれすよ。レオにゃルドさんにも殴っれもらったし、犬に掘り返されてらお父さんのお墓を埋めなおしてくれた、ってのも聞いてましゅから」


「……そうか。まあ、なんか困ったことがあったら、俺に言えよ。詫びってわけじゃねーが、助けてやっからサ」


 まだあと一年は街へ戻れねーけどな、とジャン=ジャックが笑うので、先日の闘技大会でのことを相談してみた。

 まさか特注靴の餌食にするわけにはいかないと思うが、突然女の子の髪を引っ張ってくるような悪童あくどうへの対処法が知りたかったのだ。

 秋からのメンヒシュミ教会にはいないはずだとレオナルドは言っていたが、街に行く以上はどこかで遭遇する可能性がある。


 悪童のぎょし方をジャン=ジャックから聞いてレオナルドの元へと戻ると、レオナルドは南の空を見ていた。

 何が見えるのだろう、と同じ方角を見てみると、大きな手で頭を撫でられる。


「なに見てるんれすか?」


「いや……メイユ村まで、馬を走らせれば往復三時間ぐらいか、と思ってな」


「結構近かったんれすね」


 何日も馬に揺られて移動したはずだったが、身軽な状態であれば馬で一日と少しの距離だったらしい。

 来る時は荷馬車を引いていて、戻る時は馬に乗り慣れない子どもを乗せていた。

 そのために速度が出せなかったのだろう。


「……気になるか?」


「お墓まいりぐらいはしたいかにゃ、って思いましゅが……」


 街に住んでいると、ほとんど街から出ることがなくなる。

 村に住んでいた時のように薪を拾いに山へ入る必要もないし、必要な物はすべて街の中で買うことができるのだ。

 わざわざ獣や山賊に襲われる危険をおかしてまで、街の外にでる必要がない。

 そんな生活をしていると、次にメイユ村の近くまで来るのはいつになるか判らなかったが、レオナルドは仕事でこの村まで来ているので、私一人が勝手に出歩くわけにはいかない。

 それに馬の足なら今日中に行って帰って来られる距離だとしても、私の足ではそうはいかないはずだ。


「今日この村に泊まることにすれば、墓の様子を見てくるぐらいはできるぞ」


「レオにゃルドさんの帰りの予定が遅くなったら、アルフさんが困りましゅ」


 だから気にしなくていい、と辞退したつもりなのだが、結局はレオナルドに押し切られてしまった。

 一緒に来た黒騎士も、私の故郷が近いという話を聞いたら快く送り出してくれた。


 仕事の邪魔をしてしまったようで申し訳ないな、と思いつつも、やはりどこか嬉しい。

 嬉しくて、淋しくて、悲しい。


 約半年ぶりの故郷は、何も残ってはいなかった。

 開拓村と同じで、所々に黒い地面があり、その場所に建っていたかつての村人の家が思いだされる。

 開拓村と違うのは、ここにはもう誰も住んでいないということだろうか。

 人が歩く開拓村の地面は雑草が踏みしめられて少なかったが、たった半年とはいえ人が歩くことのなくなった地面には雑草が伸び放題になっていた。

 遠目に見える畑も雑草が伸び、荒れている。

 もちろん私の家も例外ではなく、黒い地面しか残っていなかった。


 生き返ろうとしている開拓村を見たあとで、死に絶えた故郷を見るのは少し辛い。


 早くこの場所から離れたくなって、レオナルドの手を引っ張って墓地へと歩く。

 さすがに墓地には火をかけなかったらしく、いくつもの墓標が残っていた。

 両親の墓の位置は、まだ覚えている。

 レオナルドに言われて作った石の印はなくなっていたが、土はレオナルドが盛ってくれた時よりも高くなっていた。


 ……ジャン=ジャックが埋めなおしてくれた、って言ってたの、本当だったんだね。


 開拓村に戻ったらちゃんとお礼を言おうと心に決めて、両親の墓へと短い黙祷を捧げる。

 もちろん、ダルトワ夫妻の墓の前でも冥福を祈り、夫妻と知人だったらしいジャスパーと知り合ったことを報告した。

ティナの噛み言葉が少し改善しました。


誤字脱字はまた後日……


誤字脱字、見つけたところは修正しました。

12日の更新はおやすみします。

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