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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第4章 街での新しい暮らし

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レオとテオとジンベー

 巨大な熊のぬいぐるみを背もたれに、うつらうつらと舟をこぐ。


 朝食で満腹になったお腹が落ち着くまでの、近頃の日課だ。

 非常識な大きさをした熊のぬいぐるみではあったが、こうしてお腹部分を背もたれにすると寝心地が良い。

 冷静に考えると、この巨体だ。いったいいくらぐらいしたのかと気が遠くなるので、あえて値段については考えないことにした。

 日本とは物価が違うし、それ以前に値の付き方もなんだか違う。

 日本では輸入食品は安かったが、ここでは高い。

 季節の野菜はお手ごろ価格だが、本や服は日本のように子どもが小遣いをためて買えるような値段ではない。

 お菓子だってレオナルドや黒騎士がほいほいくれるので有り難味を忘れそうになってしまうが、メイユ村にはそもそもお菓子屋なんてものがなかった。

 つい前世の常識で見てしまう私の感覚は、ここでは通じてくれない。


 ……手触りのいい布、芯があるっぽいけど細部まで詰められた綿、そもそもの巨体……もしかしなくても高い。絶対高い。


 ショーウインドウのディスプレイ用の人形を無理やり買ってきました、と言われたら信じてしまいそうな非常識サイズだ。

 きっと私が想像できる値段の上を行く。


 ……シーツ代わりに服でも着せた方がいいかもしれない。


 毛皮ではないから丸洗いも可能かもしれないが、そんなことをすれば巨体すぎていつ中の綿が乾くかわからない。

 だったら最初から触れる部分にはシーツ代わりに服でも着せて、服だけ洗い替える方が良いだろう。


 ……や、このサイズに服って言ったら、それこそ布代が凄いことになりそうだけど。


 半分眠りながら、そんなことを考える。

 この全身を包み込んで支えてくれるサイズ感が、お気に入りの理由だ。


 ……少し、寂しいのかもしれない。


 気が付けばこのぬいぐるみの近くに来て、ぴったりと張り付いている気がする。

 両親とダルトワ夫妻がことあるごとに抱きしめたり、頭を撫でてくれたりとしていた生活が失われたのは、まだたった数ヶ月前だ。

 現在私にそういったぬくもりをくれる人間ほごしゃであるはずのレオナルドは仕事でほとんど館にいないし、館に常駐しているタビサたちは使用人であると分を弁えている。

 主筋の私がハグをしてほしい、頭を撫でてほしいと要求したところで、それは使用人のすることではない、と断られるだろう。

 その点、このぬいぐるみは良い。

 自室に来さえすれば、いつだってここに座っているのだ。

 寂しくなったら寂しいだけ抱きついていても、仕事の時間や立場の差など考える必要はない。


 ……名前でも付けようかな。いつまでも熊じゃあんまりだよね。


 前世でも、子どもの頃はぬいぐるみに名前を付けていた。

 好きだったアニメのキャラクターの名前だったり、好物の名前だったりと、名付けセンスはがっかりだったが。


 ……食べ物の名前はどうかと思うし、漫画やアニメのキャラの名前を付けるような歳でもないしなぁ……?


 いっそレオナルドがくれたのだから、『レオ』でも良いだろうか。


 ……いやいや、熊なのに獅子レオとか、意味わかんないから。


 それに、自分の名前には未だに『さん』が付くのに、ぬいぐるみを『レオ』と呼べばさすがのレオナルドもあまり良い気分はしないだろう。

 何か良い名前はないか、と考えていると、下の階から私を呼ぶ声が聞こえた。







「何かご用れすか?」


 声の聞こえた二階へと下り、レオナルドの私室の扉を開ける。

 レオナルドに呼ばれたのだから、中にいるのはレオナルドだと判っていたのだが、その姿を見て目を丸くせずにはいられなかった。


 ……なんでレオナルドさん甚平じんべい着てるの!?


 レオナルドが着ている服は、前世の夏に見かけた着物の一種に似ている。

 似ているというより、記憶にある限りはほぼ同じ物だろう。

 何故そんな物がここにと考えて、すぐにいくつかの可能性に気が付いた。


 ……ヒラガユウタさんか、他の転生者か、何故か醤油とか味噌がある神秘の国ナパジか。


 そろそろ前世で見た物との不意の遭遇にも慣れてきた気がする。

 となれば、あとは冷静に遭遇物それがこの世界で当たり前の物なのか、なんと呼ばれているのかなどの情報を引き出すだけだ。


「……涼しそうれすね」


 ベルトで腰を締めていないし、半ズボンだし、袖は大きく開いて紐で止められているし、で涼しそうであることには間違いがない。

 失言をしないよう慎重に言葉を探したら、出てきた言葉は見たままの感想だった。


「涼しくて夏場はお勧めだな。甚平と言ってな、ティナの好きなナパジの夏の服装だ」


「ナパジ……味噌オシミを作ってりゅ国れしたよね?」


 味噌と醤油を輸出しているナパジ国は、どうやら和風なお国柄と考えてよさそうだ。

 海外旅行をしたいだなんて大それたことは考えないが、他にどんな食材があるのか等は一度詳しく調べた方が良いかもしれない。

 そして、甚平は『じんべい』で良いらしい。

 日本語そのままであったり、独自の言葉であったり、本当に混在していて危険だ。


「……それで、バルトさんとタビサさんは、なんれ喧嘩してりゅんれすか?」


「喧嘩というほどではないが……」


 レオナルドの夏服として甚平を出す際に、私の分の甚平がないことに気が付いたらしい。

 それで一から誂えることに決めたのだが、浴衣を作るか、甚平を作るかでタビサとバルトの意見が分かれたとのことだった。


 ……浴衣もあるんだね、ナパジ。


 場合によっては成人して自立をしたあとに、引っ越しても良いかもしれない。


 ……いや、江戸時代的な文化だったら、住めないか。調味料の輸入だけにしておこう。


 そんなことを考えている目の前で、タビサとバルトによる静かな戦いが続いていた。

 喧嘩や戦いと言っても、それぞれの推す浴衣や甚平のどこがお勧めポイントなのか、のセールス合戦である。

 じつに平和だ。


 ……そのうち面倒になったレオナルドさんが両方、とか言って解決するんだろうな。


 などと他人事として聞き流していたのだが、突然決定権が私へと丸投げされた。


「ティナは浴衣と甚平、どっちがいい?」


「え? わたしが決めれいいんれすか?」


 どうせいつものようにレオナルドが決めると思っていたので、少し驚く。

 シンプルな服が良い、ヒラヒラとした布が多すぎるのはちょっと、とこれまで一応の抵抗はしているのだが、全てオプションという名でレオナルドに魔改造されてきた。


 ……いや、きっとどっちを選んでも裾からレースがびっちりとか魔改造される。そんな気がする。


 騙されない。

 私はちゃんと学習しているのだ。


「ティナ嬢様、甚平にいたしましょう。可愛らしいですよ」


「女の子はやっぱり浴衣ですよ、嬢様。帯がこう……ヒラヒラとしていて、可愛いらしいです」


 バルトはひらひらと手を動かし、もどかしそうに浴衣を推す。

 浴衣を知らないはずの私へのアピールとして、懸命に知恵をしぼって言葉を探しているのだろう。

 現物をレオナルドが着ている甚平と違って、浴衣派のバルトは若干分が悪い。


 ……ひらひらの可愛い帯って、もしかして兵児へこ帯?


 手の動きがなんとなく兵児帯を表現している気がするのだが、この国に兵児帯なんてあるのだろうか。


 ……ナパジの服って言うし、ナパジにはあるのかな、兵児帯。


 醤油と味噌があって、甚平まであるのだ。

 兵児帯ぐらいあるのかもしれない。


「……女の子は浴衣、って決まりがありゅんれすか?」


 常識が判らないので、選択権を私へと丸投げしたレオナルドに聞いてみる。

 日本では甚平は男性が着る物だという雰囲気が、なんとなくだがあった。


「ナパジではどうか知らないが、この辺りではみんな着たい方を着ているな」


 ……なるほど、ミニスカメイドがいたりしますもんね、この辺り。


 服装については本当に決まりがないようだ。

 服装に決まりがなくて、本当に選択権を私が持っているのなら、私が選ぶのは決まっている。


「レオにゃルドさんとおそろいがいいれす!」


 どちらを着ても良いのなら、遠慮なく着たい方を選ばせてもらう。

 前世ではなんとなく男の子が着る物という雰囲気だったので、甚平を着てみたくとも着られなかったのだ。


 ……ちょっと憧れてたんだよね、甚平可愛くて。


 あとから「やっぱり女の子だから」と浴衣にされないよう、言葉は選ぶ。

 保護者レオナルドと同じ物が良い、と言っておけば、被保護者わたしの希望を蹴るような真似はしにくくなるだろう。

 レオナルドと『お揃い』と予防線をはれば、裾からレースがびっしりと覗いているような魔改造も避けられるかもしれない。


「では、ティナ嬢様の甚平をお作りしますね」


「お願いしましゅ」


 生地はどうしましょうか、という話になるかと思ったが、先にレオナルドとお揃いでと言っておいたので、レオナルドの甚平と似たものを作ることになった。

 レオナルドの甚平は、黒い生地の所々に深紅が刺し色として入っている。

 グルノール砦の騎士と同じ色合いだ。


 ……好きな色合いなのか、職業病か、どっちかな。


 どちらにせよ、似合っているのだから問題はない。


「……そうだ。レオにゃルドさん、おねだりしてもいいれすか?」


 浴衣か甚平かに決着がつき、解散ムードになっていたレオナルドの腕を捕まえた。

 おねだりをするつもりなのだから、私だってゴマぐらいはする。


「なんだ? やっぱり浴衣も欲しいって言うんなら、二着作っても……」


「わたしの服じゃらくて、ジンベーの服作ってくらさい」


「……ジンベー? 誰だ?」


 そんな名前の友だちができたのか、と首を傾げるレオナルドに、まだ友だちなどできていない、と否定する。


「ジンベーは、レオにゃルドさんがくれた熊のぬいぐりゅみれすよ。今なまえを決めましら」


「ああ、あの熊の……なんで甚平なんだ? 他にも良い名前ぐらいあるだろう」


「レオでもいいれすよ」


 レオナルドがくれたので、レオでも良い。

 そう由来を説明すると、レオナルドは予想どおり眉をひそめた。


「俺だってまだ『レオにゃルドさん』なのに、熊のぬいぐるみが『レオ』か? それだったら『テオ』でいいだろう。『テオ』でどうだ」


 レオとテオで音が似ているから、親しみも持てるだろう、とレオナルドが名づけ案を修正する。

 そこまで本気で名前をつけるつもりなどなかったのだが、私の中で『テオ』という名前とあの熊のぬいぐるみのイメージが一致しない。

 なんとなくしっくりこなかった。


「……テオは弱そうだから嫌れす。レオがダメなら、やっぱりジンベーがいいれす」


 なんとなく『ベー』の音が強そうに感じる。

 本当にただ何となくでしかない理由なのだが、そう力説すると、レオナルドは渋々ながら『ジンベー』で良い、と認めた。

 ぬいぐるみを先に『レオ』と呼ばれるよりは良いと思ったのだろう。

 テオは弱そう、とレオナルドの名づけにダメだしをしたのも効いているようだ。

 どこか拗ねたような顔をしたレオナルドに、どんな服が良いのかはタビサと好きに話し合えばいい、と部屋から追い出されてしまった。


 ……そんなにテオって付けたかったのかな?

テオはレオナルドの名づけ案その一でした。

響きが好きなんだけど、なんとなく弱そう、って理由で音の似たレオになって、レオじゃ短すぎる、とレオが愛称になるレオナルドになりました。

他にもデュークとか、デュランとかも候補だったり。

たぶん、濁点に私が強さを感じる(思い込み)


誤字脱字はまた後日……


誤字脱字、見つけたところは修正しました。

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