はじめてのお出かけ 2
大通りに面した仕立屋で、レオナルドがいくつかの服を注文する。
一応私の好みも聞かれたのだが、選ぶ色が地味すぎるだとか、安い布ばかりを選ぶだとかのダメだしをくらい、最後にはデザイン画だけを見せられるようになった。
好みのデザインを指定すれば、あとはそれに合わせた生地や色をレオナルドと仕立屋が相談して決める、という流れだ。
……それ、一着いくらになるんですか? 怖くて着れません……っ。
レオナルドが店長と思われる男性と話をしているのを尻目に、女性店員にジュースなどでもてなされながら外の通りを眺める。
一見よくある中世ファンタジーといった服装の人間が多いのだが、よく見ると猫耳をつけている老女や、実用性が理解できないデザイン重視の不思議な服装をしている青年がいたりする。
……服装に決まりとか、ないのかな?
身分でスカートの丈が変わったり、女性はズボンを穿かなかったりというようなタブーは存在していないようだ。
大通りを眺めているだけなのだが、ホットパンツやミニスカートとズボンを組み合わせている少女など、実に様々な服装の人間がいた。
……そういえば、髪型も自由っぽい?
男性は髪を短く、逆に女性は長く、といった暗黙のルールのようなものもないようだ。
両親で言えば、父のサロの髪が長く、母の髪は短かった。
さすがに丸坊主にしている女性は見かけないが、現代日本では二次元でしか見かけないような奇抜な髪形をした人間もそこかしこにいる。
……でも、ピンクとか青い髪の人とかはいないみたい。
猫耳をつけた人がいたり、アシンメトリーな髪型にした人がいたりと、軽くコスプレ会場を覗いているような気分になるのだが、違和感を覚えるような髪色をした人間はいない。
「何か面白いものが見えますか?」
余程暇をしているように見えたのだろう。
焼き菓子を運んできてくれた別の女性店員が話しかけてくれたのだが、彼女に視線を向けた途端、思わず目が点になった。
……なんで和風メイド!?
前世ではコスプレか、特殊な店にでも行かなければ見られない女性店員の服装に、頭の中が疑問符でいっぱいになった。
この世界の服装は、いったいどうなっているのか。
……あ、もしかして、これも転生者の影響……とか?
どう質問をすれば私が転生者と気づかれることなく、この服装のある意味で乱れまくった町並みについての疑問を解消できるのだろうか。
いくら考えても言葉が見つからず、じっと和風メイド服の女性店員を見つめる。
私の熱視線に、女性店員は自分の服装に興味があると思ってくれたらしい。
女性店員が自分の着ている衣装に触れさせてくれた。
……着物っぽく見えればいいや、って安い布で作ったコスプレ衣装っぽい。
着物と思って触れれば違和感のある質だが、手触りの良い布なので安い物ではないだろう。
女性店員がはにかみながら触らせてくれたので、もしかしたら自慢の一品という可能性もある。
私としては好奇心と違和感で頭がいっぱいになりながら観察させてもらっていたのだが、女性店員にはかなり真剣に見ていると思われたようだ。
ひとしきり服の観察をしおえて開放すると、女性店員はレオナルドの元へと向かい、何事かを囁いていた。
注文が終わって店を出ると、すぐさまレオナルドに抱き上げられて別の店へと連れ込まれる。
そこは和服モドキとヒラヒラ多めの衣装を取り扱う、別の仕立屋だった。
……和ゴスってやつですね。異世界に転生してまで見るとは思わなかったです。
そして悟る。
さきほどの女性店員がレオナルドの元で何を言ったのか、を。
自分の衣装を私が気に入ったようだ、と伝えたのだろう。
レオナルドは値段を抑えようという意見は黙殺するが、デザインについては好きに選ばせてくれる。
もちろん、私が選ぶ以上にヒラヒラ多めの服をレオナルドが注文するのだが。
和ゴスについても、女性店員から私が好きそうだと聞いてそのまま直行したに違いない。
……さすがにこの歳でコスプレする度胸はないです……っ!
そう内心で突っ込みを入れ、思いだす。
今生の私はまだ幼女と呼べる年齢なので、多少きらびやかなコスプレをしたところで周囲は好意的に受け止めてくれるはずだ。
幼女が灰かぶり姫のドレスを着ている。可愛らしいわね、ぐらいの生暖かさで受け入れられるだろう。
私が勇気さえ出せば、今の私は和ゴスを纏うことも許される。
幸いなことに、今生の私の顔は大変愛らしい。
多少突飛な衣装であっても、着こなせるぐらいには。
結局、丁重に辞退したのだが、それを遠慮と受け取られ、レオナルドが和ゴスまで注文してしまった。
夏服の注文が立て込んでおり、完成するのは秋らしい。
そんな理由から、生地は少し厚めの秋物を選んだ――レオナルドが。
……レオナルドさん、親戚が見つかったらお別れだって、忘れてない!?
何着も新しい服を用意されても、それが無駄になる可能性があるのだが、レオナルドはそれを考慮する素振りがまったくない。
さらに何着かを注文しようとするレオナルドを引きとめ、気を逸らすために中古服をねだってみる。
子どもはすぐに成長してサイズが変わるし、いい服は汚してしまいそうで怖いのだと訴えれば、しぶしぶながらも中古用品店へと案内してくれた。
中古用品店にて数着の服を買ってもらい、これだけは外せないという目的が達成されたようで、レオナルドの歩みがゆっくりになった。
ようやく私も地面へと降ろされるかと思ったのだが、結局抱き運ばれ続けている。
女児が一人で歩いても安全な道を教えられ、他の道は通ってはいけない、と禁止された。
当然、裏道などは言う間でもなく禁止だ。
「子どもが一人れ歩きゅのは危険れすか?」
「人攫いは親権者以外が人を売れなくなってから減ったが……まあ、弱者をいたぶる趣味の奴はどこにでもいる」
その手の人種にとって、とくに理由は必要ない。
ただそこに自分の憂さが晴らせそうな弱者――自分が反撃されることがなさそうだと安心していたぶれる対象――がいたら、それだけが理由になるのだ。
一人歩きの女児など、格好の餌食であろう。
「わかりましりゃ。レオにゃルドさんの教えてくえた安全にゃ道か、誰かろ一緒の時らけお出かけしましゅ」
そう約束をすると、レオナルドはどこか不安そうな顔をした。
館にいるはずの私が、よりにもよって砦の隔離区画にいた、などという前例があるので、あまり私の発言は信用できないのかもしれない。
店の中以外ではずっと私を抱き上げていたので疲れたのか、単純に小腹が空いたのか、レオナルドはテラス席のあるレストランへと入った。
食事を提供する施設と思えば大衆食堂と言うのかもしれないが、雰囲気が違う。
庶民が気軽に入れそうにない雰囲気というか、客層の服装からいって、ここは富裕層が利用する店なのだろう。
若い女性客が混ざっているのも不思議だが、良い店はそれだけ防犯面にも気を遣っている。
女性だけで訪れても安全な店だ、と信頼されているのだろう。
たまの贅沢として入る高級店と言った雰囲気だ。
雰囲気なのだが。
「おまたせいたしましにゃ。カラメルたっぷりアナナブオムレットと甘さ控えめ南瓜のモンブランになりますにゃ」
突っ込みたいところは多々ある。
まず、アナナブはバナナのことらしい。
まだ食べていないので断言はできないが、見た目が前世で見たバナナそのものだ。
モンブランは前世で見たモンブランケーキと同じ姿をしている。
モンブランケーキの由来はたしか山の名前だと聞いたことがあるので、この世界のモンブランケーキがモンブランと呼ばれているのはおかしい。
が、知れば知るほど転生者の影響と思わしきものがあるこの世界なら、どこかで転生者がモンブランと名付けているのもありそうな気はした。
そして、とどめはこの女給である。
女給の服装がミニスカ猫耳メイドであることから気になるのだが、接客業で『にゃ』などと語尾につけても良いものだろうか。
それとも、ここはそういった特殊な店なのだろうか。
しかし、猫耳メイド女給に驚いているのは私だけなようで、他の客もレオナルドも特に何らかの反応はしていない。
……気にする私がおかしいの? 教えて、オレリアさんっ!?
私が感じているような疑問は転生者特有のものなのか、と考えて、私が知っている転生者に心の中で救いを求める。
そんなことをしても答えなどあるわけが無いのだが。
「……どうした、ティナ。アナナブは嫌いか?」
「食べたことないきゃら、わかりまえん」
脳内がツッコミ祭り開催中で忙しく、それどころではなかったのだが、メニューを選んだレオナルドには私が食べられないものを選んでしまったかと心配させてしまったようだ。
文字の読めない私にメニューから食べたいものが選べるはずはなく、レオナルドに適当なものを選んでもらった。
見た目はバナナなのだから、と女給に感じる疑問をひとまず頭の片隅に追いやり、一口サイズに切って口へと運ぶ。
……あ、味もバナナだね。完全にアナナブはバナナだ。
薄く焼いたスポンジケーキに生クリームとバナナを挟み込み、カラメルをトッピングしたもの、と考えてみれば美味しくないわけがない。
自然に緩む口元に、レオナルドがどこかホッとした顔をした。
「美味しいか?」
「はいれす」
しばし無言でオムレットを楽しむ。
気になったのでレオナルドの南瓜のモンブランを少し分けてもらおうとしたら、もう一つ注文されそうになったので止めた。
少し味見をしてみたかっただけで、今の幼女サイズの体では、ケーキ二つを食べることは難しい。
そう説明をしたら、今度はモンブランクリームをひと匙だけ掬って食べさせてくれた。
「女給さんの服、可愛いれすね。猫の耳とか尻尾ついてる」
あと語尾の『にゃ』について、特に反応しているお客さんがいないのも気になります。
ここではあれが普通なのだろうか。
「……ああいうのが付けたいなら、仕立屋に戻るか? 神王祭にはまだ早いが、付けたい奴は一年中つけているしな」
「神王祭って、街れは猫の耳とかつけりゅんれすか?」
神王祭とは、簡単に言ってしまえば大晦日とか元旦のようなものだ。
冬の中頃にあって、新年を寿ぐお祭りをする。
メイユ村では新年を祝って親戚や近所の人と集まり食事会をする日だったのだが、当然村八分にあっていた我が家ではダルトワ夫妻と一緒に食事をするだけの日だった。
とくにお年玉が貰えたり、神社を詣でたりするようなイベントはない。
「村と街では違うのか? 神王祭の夜は精霊に攫われないよう、大人も子どもも動物の仮装をするものと決まってるんだが……」
……仮装っていうと、ハロウィンみたいだね。あんまり詳しくは知らないけど。
少し調べれば西洋のお盆のようなものらしいのだが、多くの日本人にとってはおばけの仮装をして夜に馬鹿騒ぎをする日、という印象だろう。
これに加え、子どもであればお菓子を貰い歩く日となる。
「神王祭は砦でも軍神ヘルケイレスを奉る行事があるんだが……今年はマンデーズに行く予定だな。ティナ、冬は一緒にマンデーズへ旅行しよう」
「嫌」
ほとんど反射でそう返答した。
冷静に考えても、冬に旅行などわざわざ出かけたくはない。
何やらショックを受けた顔をしているレオナルドには申し訳ないが、そんなにコロコロと住処を替えられては落ち着くこともできないだろう。
「レオにゃルドさんがお出かけすりゅなら、わたしはおるしゅ番してましゅ」
だから安心してお出かけしてください、と言うと、レオナルドも少し気分を持ち直したようだ。
私に留守番を任せる、と言って、しかしまだ諦めきれないのか「一緒に行きたくなったらいつでも言っていい」と追加した。
「……そういえば、ティナはこれからどうしたい? もちろん孤児院は却下するが、親戚が見つかるまで、ティナは館でどう過ごしたい?」
「どう過ごしらいか、れすか?」
急に真面目な話を振られ、少し考える。
将来のことなどまだ判らないが、レオナルドの元でどう過ごしたいか、なら簡単だ。
「レオにゃルドさんにただ養われりゅらけはいごこちが悪いれす。何かわたしにお手伝いれきることがあえばいいんれすが……」
幼女の身では出来る手伝いなど、本当に限られている。
そして、そのできる僅かな手伝いでさえも、レオナルドの館にはタビサとバルトという使用人がいる。
私に手伝えることなど、本当はないのだ。
「……あろ、文字を覚えらいれす。館のしょしゃいには本がいっぱいありゅけど、字が読めないのれ読めましぇん」
「文字を覚えたい、か……。となると読み書きはメンヒシュミ教会で、英語は家庭教師を雇うか」
「えいごはいらないれすよ?」
前世でも身に付かなかったものを、今さら覚えられる気はしない。
確かに英語を身に付ければオレリアと会話が出来るとかチラリと思った気もするが、オレリアは実のところこの世界の言葉も話せるのだ。
今さら頑張って英語を身に付ける必要はない。
きっぱりとお断りすると、レオナルドは困ったように眉を寄せた。
「英語は教養の一つだぞ?」
「貴族の教養ら、ってオレリアさんの家でレオにゃルドさんが言ってましら。わたしは貴族らありましぇん」
英語など、覚えなくても良いのなら、勉強したくはない。
前世で日本人であった私には、生まれ変わっても拭い去れない英語への苦手意識が染み付いていた。
「貴族でなくとも、黒騎士も身に付けているぞ」
「絶対に覚えなきゃダメっていうんにゃら努力ちましゅけど、そうでないにょならこの国にょ言葉らけでいいれす」
あまり勉学に自信はない。
ちゃんと身に付けたいここの文字も理解していないうちに、さらに解らない英語を詰め込もうとして混乱したくはなかった。
どうしても学ばなければいけないと言うのなら、一つずつでお願いしたい。
「……英語は学んでおけ」
考え込むように少し間が空いたあと、レオナルドはポツリとそう言った。
私が「嫌だ」と答えたものに対して、断定口調でそれを却下するのは珍しい気がする。
不思議に思ってレオナルドを見上げると、レオナルドは僅かに視線を彷徨わせた。
「英語を身に付けると、転生者と話すことができて便利だぞ。オレリアとだって話しができる」
黒騎士相手には英語以外を使わなかったが、オレリアはちゃんとこちらの言葉で話すことができる。
私が英語を覚える理由としては、少し弱い。
「……覚えなきゃらめれすか?」
「なんでそんなに嫌がるんだ?」
何故と言われても、強いて理由を探すのなら、前世で身に付かなかったからだろうか。
今生この国で使われている言葉でさえ、発音に自信がなくてうまく話せないというのに、英語まで手を出している精神的余裕はない。
が、これら全ての理由を正直に話すわけにはいかない。
転生者とばれないように気をつけろ、とオレリアに教えられているのだ。
「一度にふたちゅの言葉お覚えようろしたら、覚えられりゅ自信がありましぇん」
「……じゃあ、この国の言葉を覚えてから、な。それならいいだろ?」
本音を言えば、あまり良くはないが。
確かに、このあたりが落としどころだろう。
「ティナが覚えられないって言うなら、後回しにするか……他に覚えることもあるしな」
「他に覚えりゅこと、れすか?」
まだ何かありますか、と首を傾げる。
一般教養として、この国の簡単な歴史や宗教についてなら確かに知っておいた方が良いかもしれない。
そう思ったのだが、レオナルドの想定している『他に覚えること』はまったく違うものだった。
「話し方とか、礼儀作法とか、およそ女の子が身に付けるべき作法全て」
教師はどう探せばいいかな、と腕を組んで考え始めるレオナルドに驚く。
女の子が身に付けるべき作法の全てなどと、孤児を一時的に預かっている人間の考えることではない。
それこそ、父親や母親の考えるべき事柄だろう。
「レオにゃルドさんは、わたしをろこまで育てりゅつもりれすか?」
「どこに嫁に出しても恥かしくない淑女まで、か? サロモン様が生きておられたら、ティナに与えたであろう教育の全てを与えたいと思っているし、親戚が見つかったならちゃんと親戚の下まで届けたいと思っている」
すでに妹と思っているので手放すのは辛くもあるが、それが私の幸せに繋がると思える相手であれば、ちゃんと手放す覚悟はあるらしい。
服を何着も買い込んだり、お菓子を山のように買い与えたりと、若干行き過ぎた可愛がり方をしているので、本当に手放せるのかは怪しい気もするが。
「……その見つけら親戚がわたしおいらにゃい、って言ったりゃ?」
「それはそれで望むところだ。俺の妹として成人まで面倒を見るから、安心していい」
成人したあとも、自立するまで、結婚するまでは面倒を見るつもりでいる、とレオナルドは言う。
引き取ったと思ったら季節一つぶん放置することになり、少々考えと計画性が足りないところもあるのだが、レオナルドの誠意だけは信じられる気がした。
……私もそろそろ覚悟を決めた方がいいかもしれないね。
いつまでも孤児だとか、他所のお兄さんだとか言っていないで、レオナルドを本当の家族として、甘えたり頼ったり支えた方がいいのかもしれない。
レオナルドが私を妹と呼んで、受け入れてくれているのだから。
そうは思うのだが、やはりまだ少しレオナルドは他人だという意識が強い。
……家族って、どうやったらなれるの?
前世の記憶があるせいか、今生うまれてすぐは両親を家族とは思えなかった。
毛色の違う外国人を、今日から貴女の家族ですよ、と用意された感じだったとでも言おうか。
死別するまでの八年間ずっと一緒にいて、家族だと思えるようになったのは片言ながら言葉を交わせるようになった頃だ。
父と母だと慕わしく思うようになったのは、ダルトワ夫妻という他の家族と交流を持つようになり、夫妻を祖父母のように思い始めた頃だった。
……時間がかかりそうだね、私の場合。
レオナルドは父の『妹』という一言で私を家族として受け入れてくれたようだが。
私は『兄』と紹介されても、すぐに家族だとは思えない。
……とりあえず、形から入ってみようかな?
今の私にできる範囲での歩みより方法を考えて、姿勢を正す。
少しだけ勇気を振り絞って、レオナルドの名前から『さん』を取って呼んでみた。
誤字脱字は後日修正します。
次はジャン=ジャック視点の閑話の予定だったのですが、レオナルド視点の閑話がぶち込まれる可能性もございます。
ティナからの初めての歩みよりに、レオナルドのネジが吹き飛ぶ気がします。
誤字脱字、見つけたところは修正しました。




