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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第11章 閑章:帝都トラルバッハ

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ジャン=ジャック視点 二人の行方

 崖下へと降りられる場所を探している間に、空が明るくなってしまった。

 レオナルドとティナを探しに来たのだが、あまり時間はかけられそうにない。

 空が明るくなった以上は、ティナを連れ出されたと知った皇城から次々と捜索の兵が出てくるだろう。

 レオナルドとティナを捜索できる時間は、兵たちがつり橋の崩壊に気付き、その崖下が怪しいと兵を差し向けられるまでだ。

 それまでに二人を見つけなければならない。


 ……見事な串刺しだな。


 エドガーの遺体はすぐに見つかった。

 つり橋の下には氷柱つららがいくつもできていたようで、そのうちの一本が赤黒い血を滴らせている。

 氷柱の根元は濁った臙脂えんじ色をしていたが、エドガーの体からはまだわずかに新しく血が流れ出ているようだ。

 氷柱は上にいくほどに鮮やかな赤を纏っていた。


 ……生きていたとしても、助からんだろ、これ。


 ティナの被った心身の傷を思えばあっけなさすぎる死だが、死体を殴る趣味はない。

 せいぜいこれ以上何かをしてやれることがあるとすれば、氷柱から下ろした上で野に放置し、獣の餌にする程度だろう。

 多少の溜飲は下がるかもしれないが、そんなことのために時間を割く余裕はないし、エドガーの血で汚れたくもない。

 むしろ遺体をこのままにし、獣にたかられる方がむごたらしい目にあうだろう。


 ……まあ、その前に帝国の兵士が働き者だったら、見つけてくれンだろうよ。


「チャック! これだろ。そいつが手から火を出す時に持ってたのは」


「見つけたのか?」


「崖の側に落ちてた」


 これだろう、と渡された筒は、奇妙な形をしていた。

 形状としては、ボーガンに見えなくもない気がする。

 握り手がついていて、ボーガンであれば弦と矢をつがえる突起があるのだが、弦はないのでこの突起はボーガンと同じ使い方をするわけではないのだろう。


 ……たしか、火を噴く前にこの突起を後ろに倒してたんだよな。


 遠目にチラリと見たエドガーの動きを思いだし、慎重に筒を観察する。

 火を噴かれても困るので、扱いには細心の注意が必要だった。


 ……動きそうだ。


 中心部と思われる部位に触れると、ここはどうやら回るようにできているようだ。

 他にも動く気がして横へ押すと、中心部が丸ごと出てきた。

 中には穴が開いていて、その一つひとつに小さな筒が詰まっている。

 木の実のような形状の金属が詰まった筒と、奇妙な臭いがするが金属の詰まっていない筒があった。

 察するに、火を噴く筒は、火を噴きながらこの木の実のような形の金属を飛ばしていたのだろう。

 奇妙な臭いのする筒は、先ほど使ったから中身が詰まっていないのだ。


 ……ってことは、筒は抜いておいた方が安心か。


 使い方が判らない以上は、使えないようにしておいた方が安全だろう。


 ほかに何か判ることはないだろうか、と火を噴く筒を観察する。

 握り手は木製で、落下の衝撃のためか大きくひびが入っていた。

 火を噴いていた部分を見てみると、元は丸だと思われる火噴き口がへしゃげて曲がっている。

 もしかしたら、これはもう壊れて使い物にはならないのかもしれない。


 ……まあ、土産の一つにゃ、なるだろ。


 転生者カミロの遺品であれば、壊れていてもそれなりの価値はあるはずだ。

 これを渡された側が死蔵させるも、研究するのも、一騎士でしかない俺が考えることではない。


 念のために確保、と火を噴く筒と、その中から出てきた筒とを別の袋へ入れ、レオナルドとティナの捜索を再開する。

 あの高さから落ちた以上、無事だとは考え難いのだが、どんな形であれ形跡は残っているはずだ。

 死体であれば動かないし、生きていればどこかへと移動した足跡でも残っているだろう。


「これだな」


 死体か瀕死の重傷で動けずにいるレオナルドか、と探していたのだが、そのどちらでもない『形跡』を見つける。

 とても上から人が転落してできた跡だとは思えないのだが、レオナルドと一緒にティナが落ちている。

 ティナに関われば、多少の不思議な現象ぐらいは起こるかもしれない。

 足元に、不自然に血の跡が途切れた氷を見つけた。


「何があったんだ……?」


 崖下には川が流れていたようだ。

 場所が場所なので、表面は厚い氷に覆われていて普通に大人が歩くこともできるのだが、『薄い』氷の下に流れている水が見える。

 厚い氷で覆われている一面に、一部だけ薄い氷が。

 これこそが、あっても不思議はないと考える、不思議な痕跡で間違いない。


「こりゃ、探すだけ無駄っぽいな」


 厚い氷の一部だけが、丸く窪んでいる。

 おそらくは、ここへティナが落ちたのだろう。

 その時には周囲と変わらずに、ここへも厚い氷があったはずだ。

 ただ、この場所へティナが落ち、精霊か何かがティナを助けるために連れ去ったのだと思う。

 氷はその時に溶けたか、一緒に連れ攫われたか、だ。


 精霊がレオナルドとティナの二人を攫ったのなら、無理にこの場で捜索を続ける意味はない。

 相手が精霊であれは、人間には手も足も出せないのだ。


 捜索をしていた山賊たちへと合図を送り、撤収準備に入る。

 皇城から兵がやって来る前に、この場を去りたい。


 レオナルドたちを見つけ出すことはできなかったが、崖下には黒犬オスカーがいた。

 さすがの訓練された犬も、この高さでは無傷とは行かなかったようだ。

 どこか骨でも折ったようで、岩壁の隅で丸くなって座り込んでいた。


 回収できたものは、火を噴く筒と黒犬だけだ。







 崖下を直接捜索することは切り上げ、代わりに皇城と捜索のために皇城から出てきた兵の一団を見張らせる。

 黒犬を連れてカルロッタ邸へと戻ると、老淑女に出迎えられた。


「皇城で騒ぎがあったようだけど、クリスティーナさんは無事なの?」


「無事は無事だと思うんスけど、どこに行ったかまでは……」


 それでどうして無事だと思えるのか、と問い質されたので、ティナにまつわる不思議話をいくつか聞かせる。

 ティナが精霊に攫われて一晩でとんでもない距離を移動したり、追想祭へと出るたびに精霊に攫われたりとしたことは、王都では有名な話になっていた。

 これだけ精霊に愛された少女なのだから、いつか精霊に攫われて帰ってこなくなるのではないか、とまで心配されている。

 このままティナがイヴィジア王国へと帰れなければ、ティナは精霊に攫われたとして忘れられていくことだろう。

 ティナと身近く接した者と、ニホン語の読める転生者を失うことになるセドヴァラ教会以外では。


「ティナっこはうちの親分がしっかり抱え込んでたから、心配しなくても大丈夫ですヨ。精霊が何かしたっぽい形跡はあったから……まあ、なんとか? たぶん?」


 今すぐ見つけ出すことは難しいかもしれないが、精霊が関わっているのならティナは無事なはずだ。

 助けるために攫ったのなら、必ずティナは生きているはずである。

 おそらくは、一緒にいるはずのレオナルドも無事だ。


「精霊に攫われるだなんて……そんなことが本当にあるのかしら?」


帝国こっちでは迷信でも、ティナっこが精霊に攫われるってのは、これが初めてじゃねーですからね」


 これについては心配するだけ無駄である。

 そのうちひょっこり顔を出すか、連絡を寄こすだろう。

 その時に備え、こちらも即行動できるよう準備を整えておくぐらいしかできることはない。

 探す場所に心当たりがあるとすれば、レオナルドの近くか精霊にまつわる場所だ。

 今回はそのレオナルドとともに消えているのだから、探しようがない。

 うっかりしたら、そのままグルノールの館に戻っている可能性だってあるのだ。


 ……王子とアルフにゃ、一応連絡ぐらい入れといた方がいいな。


 アルフへの連絡は、この後レオナルドの代わりに山賊たちを解散させる予定があるので、その時にでもマルコ山賊団へと手紙を届けさせればいい。

 マルコへと手紙を届ければ、そのままアルフへと手紙を届けてくれるはずだ。


「ティナっこの女中メイドはどんな様子で?」


「薬師が手を尽くしてくれたわ。手当ては終わったけど……油断はできないそうよ」


 今のところなんとか生きてはいるが、確実に快方へ向かうと断言はできないらしい。

 発見されてから回収されるまでに、血も体温も失いすぎている。

 手当て自体は終わったが、足りない血はどうにもならない。

 体温だけなら暖炉や薪ストーブで体を温めてやることができるが、それだって微々たる助けだ。

 薬師が手を尽くしたというのなら、あとはジゼルが自分で生き抜くしかない。


「……ほとぼりが冷めたら、御大の領地へ寄せてもらっていいスか? 親分が向かうとしたら、帝都よりそっちだと思うンで」


「もちろんよ」


 ジゼルが動かせる状態にまで回復したら領地へと移動するという話で纏まって、今度はレオナルドの代わり山賊たちへと解散を指示する。

 もともとレオナルドの妹探しに協力する、という目的で集まっていた山賊は素直に各自の村へと戻ることになったのだが、『山賊のジン親分』と力比べをして負けた者たちは解散を渋った。

 なぜ親分ではなく、おまえの命令を聞かなければならないのだ、とごねる相手は拳で黙らせる。

 力比べでレオナルドにくだった連中なので、上下関係は力で叩き込むことが可能だ。


「……んじゃ、先の連中と同じ手筈で頼む」


 村へと帰りつつも情報収集。

 何かあったら知らせてくれ、と山賊たちを送りだす。

 力比べで配下になった若干名は帰る村などないということで、このまま付き合わせることになった。

 もしもイヴィジア王国まで連れて行くことになったら、レオナルドが責任を持って更生させることだろう。

 山賊のジン親分でいられるのは、ズーガリー帝国にいる間だけだ。

 イヴィジア王国の黒騎士レオナルドは、山賊を取り締まる側の人間である。


「精霊に攫われると、ホントにどこに現れるかわからんからなァ……。どっかにないか? 精霊にまつわるなんかがあるとこ」


 精霊といえば、近年思いだされるものは『精霊の座』だろう。

 その破壊の可否についての報告書を運んだことがある。

 『精霊の座』の破壊については、ティナが発端となって始まったことだったはずだ。

 護衛対象ティナの情報ということで、俺もその詳細を記した報告書へと目を通したことがある。

 『精霊の座』とは、巨大な水晶で出来た長方形の箱のようなものなのだとか。


「その『精霊の座』かどうかはわかんねーけどよ、なんか、でっかいお宝が黎明の塔に運び込まれたつー話なら聞いたことがあるぜ」


「ああ、あったな。五、六年前の話か? 帝都近くの氷の湖から、巨大な水晶が発見されたつー噂があった気がする」


 噂によると、氷の湖で発見された巨大な水晶は、黎明の塔へと運ばれたらしい。

 近頃よく耳にする名だな、と南東の空を見上げる。

 帝都からは南東の方角に巨大な塔があるはずなのだが、いつも空が灰色に曇っていて、塔の陰すら見えたことはない。


「……そーいや、その頃からじゃなかったか? 塔のあたりがいつも吹雪き始めたのは」


「そら、さすがに出来すぎだろ。黎明の塔にゃ、近づいただけで反逆罪だって聞いたことならあるぞ」


「反逆罪とか、山賊にゃ今さらすぎっけどな」


 そのあともポロポロと出てくる噂は、ティナと知り合っていなければただの与太話であっただろう。

 しかし、残念なことに俺はティナを知っている。

 精霊にホイホイと攫われ、謎の移動手段を用いて別の場所へと現れるティナがいたおかげで、摩訶不思議な出来事も、俺にとっては『あり得ない』話ではなく、『あり得るかもしれない』話だ。

 エラース山脈の麓で消えた男が、遠く離れた森の中で発見されたという噂話ですら、ティナであれば『あり得る』話になる。


 ……ってことは、ティナっこを探しに行くとしたら、まずは黎明の塔か?

12章のつもりでしたが、後始末を入れた方がいいかな、と11章に追加です。

次回はたぶんアルフレッド視点で12章です。


誤字脱字はまた後日。

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