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異世界の物語

「この箱と、この箱と、この箱」


 と、自室として使う予定の部屋から運び出した箱を教える。

 それを聞いた白衣の男たちはレオナルドの顔色を窺ったあと、それぞれの箱の蓋をずらして中身を確認しはじめた。


「あと、あの本は、この机の上の」


 レオナルドに渡した本と一緒に縛ってあった本やメモを指差すと、白衣の男たちの顔が変わる。

 木箱をあさる手を止め、机の周りへと群がった。


 ……素直な反応だ。


 あの本に仲間がないかと探しにきたので、あの本と一緒に縛られていた物への興味が強いのだろう。

 他にもないかと思うのなら箱の中身も確認するべきだと思うのだが、我先にと机の上にあるメモや本に群がる様子を見ると、箱への関心は消え失せたようだ。


 ……もう戻っていいかな? 案内は終わったみたいだし。


 机に群がる男たちの足の間をすり抜けて、レオナルドの元へと戻る。

 ホッと息を吐いて顔をあげると、一人だけ木箱の中を確認している男がいた。

 白衣の男たちはみんなメモや本に夢中なのだが、ジャスパーだけは黙々と箱の中身を確認している。


 ……白衣のおじさんたちよりは落ち着きのある人だね、ジャスパーさん。


 真剣に何かを探している視線に、それまでは無関心だった木箱の中身が気になりはじめた。

 少し覗いてみようかな、と近づくと、脇に手を差し入れられてレオナルドに抱き上げられる。


 ……邪魔をするな、ってこと?


 レオナルドの顔を見上げると、レオナルドは難しい顔をしてジャスパーを見ていた。

 あまり見たことのない顔をしている。

 心中複雑、といったところか。

 私を怒鳴りつけた白衣の一団に向ける無表情とはまるで違う。


「……あった」


 ジャスパーが木箱の中から数冊の薄い本を取り出し、床へと並べる。

 私には読むことができないが、タイトルをみた白衣の一人が机から戻ってきた。


「これはガリレオ・ロッコの作った趣味本の原本じゃな」


「ああ、あの誤訳が氾濫してるという……」


「近年の研究では誤訳とされたが、当時はこれが限りなく正解に近い翻訳書だと思われていた。今でもニホン語研究を始める者の入門書あつかいじゃ」


「少し理解できるようになると、誤訳だらけなことに気づくんですけどね」


 パラパラとページを捲り、よく解らない会話が繰り広げられる。

 レオナルドの腕の中から覗いてみたが、すぐに本が閉じられてしまったので、見つけられた本に日本語があるのかどうかは判らなかった。


「……見てみるか?」


「いいの?」


 会話の意味が解らず、不満顔をしていた私に気が付いたジャスパーが一冊の本を手渡してくれた。

 探し出した大事な本だと思うのだが、こんな幼女に渡しても良いものなのだろうか。

 そうは思ったが白衣の男との会話がまったくわからず、しかし気にはなっていたので遠慮なく本を受け取る。


 ……見てすぐに思ったけど、薄い本だね。


 所謂いわゆる同人誌的な薄さではないが、本と考えるには薄い。

 タイトルは、もちろん読めない。

 著者名らしきものもあるが、これも読めない。


 ……日本語なんてないじゃん?


 首を傾げながら表紙をめくると、中の文字は全てが日本語で書かれていた。


 ……え? なんで日本語?


 表紙のタイトルは読めなかったのだが、中に書かれたタイトルは解る。

 氏物語だ。

 ご丁寧に「原作:紫式部」と書いてあり、何故か「ニホン語訳:我里獅子・六虎」とついている。


 ……もしかして、獅子レオ六虎ロッコって読むの? そんな馬鹿な。


 タイトルからして意味が解らなかったのだが、中身はもっと謎だった。

 内容は『おそらく』源氏物語だ。

 源氏物語を機械翻訳で英語にし、その英語をまた機械翻訳で日本語に直したらこうなるのではなかろうか、といった具合に端々の言葉がおかしい。


 ……これは確かに誤訳の氾濫かもね。タイトルからして間違ってるし。


 間違いだらけの日本語に、まともに読むと目が疲れる。

 すぐに読むことを諦め、本を閉じて目頭を押さえた。


 ……ちょっと頭が痛くなった。


 目頭をぐりぐりとマッサージしながら、ジャスパーに聞いてみる。

 表紙を見て何の本かすぐにわかった彼ならば、これがどういった本なのかを説明してくれるだろう。


「これ、なぁに?」


「ニホン語研究の元・第一人者ガリレオ・ロッコが書いた趣味本だよ」


「趣味本?」


「自分の趣味で作った本。当時の研究者たちにガリレオ自身が配った冊数しか存在しない、幻の本でもある」


 ……つまり、同人誌ですね。


 おおよその理解としては、これで良いのだろう。

 ジャスパーが簡単に説明してくれたことを纏めると、こんな感じだ。

 昔、ガリレオ・ロッコという日本語の研究者がいた。

 日本語研究が趣味で、その集大成として日本語翻訳本を作ったのだとか。


 ……あれですね、英語を習い始めた中学生がやたらと英単語を使いたがったり、翻訳された洋書原作モノに嵌った人がわざわざ洋書原作を取り寄せて英語の辞書を片手に翻訳に挑んだりする、的な。


 世界が違っても似たようなことをする人間はいるらしい。

 ちなみに源氏物語がこの世界にあるのは、別の転生者が行ったことだそうだ。

 なんでも本好きの転生者が、前世での世界中の名作を綴り、この世界に広めたのだとか。


 ……それ、著作権的に微妙だと思うよ。


 作者の作り出した物語を、異世界とはいえ別の人間が広めるのはどうなのだろうか。

 褒められたことではない、とつい不快な顔を表に出してしまったのだが、それに気づいたのかは判らないがジャスパーが説明を追加してくれた。

 異世界の物語を広めた転生者には、一応著作権意識があったらしい。

 自分が収益を受け取るわけにはいかないので、と全ての異世界の物語で得られる利益をメンヒシュミ教会に寄付する決まりを作ったのだとか。

 その収益のおかげで、メンヒシュミ教会にいけば家が貧しくとも文字や計算を習うことができるようになった、とのことだった。

 

 ……セドヴァラ教会も、メンヒシュミ教会も、昔の転生者とかかわりがあるんだね。


 そんな話をしているうちに、白衣の男たちはあらかたの確認を終えたらしい。

 何冊かの本とメモの束を両手で抱きかかえて、爛々と輝く目でレオナルドを見つめた。


「レオナルド殿、これらの素晴らしい研究資料を、是非ともセドヴァラ教会に寄付していただきたいのだが」


 ……え? 誤訳だらけなんじゃないの?


 そうは思うのだが、もちろん余計な口は挟まない。

 レオナルドに抱っこされたまま、レオナルドと白衣の男たちの顔を見比べた。


「聖人ユウタ・ヒラガの秘術復活は私個人としても、イヴィジア王国としても願っていることだ。それらの資料が役に立つのなら、どうぞお持ちください」


 ……この国、イヴィジア王国って言うのか。初めて聞いた。


 改まった口調で繰り広げられてはいるが、要は「この資料欲しいな」「いいよ」といった内容である。

 半分以上聞き流しているうちに、レオナルドたちの会話は終わった。







「……あ」


 白衣の集団を見送り、門を閉めたところで思いだした。

 ジャスパーに手渡された誤訳だらけの氏物語を、返すのを忘れていた。


「これ、どうしよう?」


 私の足では今から追いかけていって届けるのは無理だったし、街の何処かにあるらしいセドヴァラ教会の位置も知らない。

 もともと館にあった本だし、誤訳だらけらしいので日本語研究の役には立たないかもしれないので、わざわざ届ける必要もないのかもしれなかった。

 とはいえ、私一人の考えで放置するのもどうかと思い、手にした本をレオナルドに見せる。

 レオナルドから見れば誤訳だらけの本であろうとも、そもそもの重要性が理解できない。

 そのため、無駄になるとしてもセドヴァラ教会へ届けることにしたようだった。

 私から本を受け取ると、それをバルトに言付けた。


 騒がしい急な来客たちが帰り、レオナルドも砦へと戻る。

 門番もようやく本来の業務へと戻っていった。

 セドヴァラ教会へと遣いにでたバルトを見送り、夕食の下拵えをするタビサを覗く。

 スープ鍋をかき混ぜるといった、お手伝いとも言えないような仕事は手伝わせてもらえるが、刃物を使う下拵えなどは当分させてもらえそうにない。


 ……芋の皮むきぐらいはできるんだけどね。


 タビサのさばいた魚の腹に、芋とパプリカを詰め込む。

 これが今日のお手伝いだ。

 本当にお手伝いとは言えないレベルの手伝いで、情けない。


 ……でも、前世含めて食べたことのない料理だね。どんな味がするんだろう?


 前世ではレストランで食べられる料理なら、外国の料理も食べていた。

 今生うまれたメイユ村では、基本的に村で取れるものを簡単な味付けで料理するぐらいだった。

 オレリアの家では前世での体験を頼りにシチューモドキや生パスタを自分で作って食べていた。

 異世界で料理人の手による料理など、タビサが作るものが初めてだ。

 作業工程を見ているだけでも楽しいが、味が想像できないという意味でも楽しい。


 セドヴァラ教会からバルトが戻ると、夕食になった。

 あいかわらずレオナルドがいない日は私一人だけで食事を摂るのだが、近頃は食事中に談笑ぐらいはしてくれるようになっている。

 ほとんどの時間を一人で過ごす私に、タビサたちもレオナルドに対して思うことがあるのだろう。

 本来の主従関係では考えられないことらしいのだが、ここでの暮らしに慣れるまでは、とレオナルドがタビサたちに言ってくれたらしい。


 ……いつかはちゃんと主従をわきまえること、って言うのが条件だったけどね。


 一口サイズに切った魚に、芋とパプリカを載せて口へと運ぶ。

 美味しいと思うより先に、こういう味になるのか、とまず思った。

 もともと初めて食べる料理なので、美味い不味いの判断がつかないとも言う。

 和食では決してあじわえない味だ。


「……結局、あの人たち、誰だったですか?」


「あの人たち……というと、昼間のセドヴァラ教会の薬師くすしたちですか?」


「くすし?」


「白衣を着たセドヴァラ教会の方々は薬師、嬢様とお話をしていたグレーの服を着ていた方は学者様です」


 服の違いには気がついていたが、ジャスパーと白衣の男たちは同じセドヴァラ教会の人間であっても役割が違うらしい。

 薬師はつまり医者で、学者様はヒラガユウタの残した日本語の研究資料を解読するために日夜研究を続けているのだとか。


 ……まあ、日本語は複雑だしね?


 たとえば薬師という漢字一つ取っても『やくし』と読んだり『くすし』と読んだりする。

 さらに別の読み方もあるので、日本人であっても難解なのが日本語だ。


 ……でも、そうすると本来研究する人のはずのジャスパーより、白衣のおじさんたちが大興奮だったのは少し不思議だね。


 もしかしたら白衣の男たちが興奮しすぎて、本来大興奮するはずのジャスパーは冷静になれたのかもしれない。

 対面する相手が興奮状態にあると、対する自分は冷静になるというのは聞いたことがある話だ。


「……あの本、役に立つといい、ね」


 そう呟いて、二口めとなる魚を口へと運ぶ。

 一度味を知ってから改めて食べる魚料理は、とても美味しいと感じた。

はたしてこの世界に「光源氏作戦」という概念はあるのか。


誤字脱字はまた後日……orz


誤字脱字、発見したものは修正しました。

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