閑話:フェリシア視点 お茶会の裏側 1
今日はクリスティーナが友人を招いてお茶会をしている。
マルコフ家の庶子が招かれているが、クリスティーナに言わせれば友人を招いてのお茶会は課題の一つでしかないらしい。
澄ました顔で難しい、難しいと言っていたが、いつも以上に口を開いていたので、内心ではやはり友人を歓迎して浮かれているのだろう。
クリスティーナはバシリアを『ツンデレ』と評していたが、私から見ればクリスティーナも立派に『ツン』としつつ『デレ』ていた。
……貴族になりたくはない、と言うわりには、出された課題はこなすのよね、あの子。
本当に嫌ならば引き籠ればいいし、それによって生じる不都合などクリスティーナはいくらでも捻じ曲げられる。
クリスティーナに気分良く働いてもらうためには父王が後見に立つし、あと二・三十年は先だと思うのだが、代が変わっても次の王がクリスティーナの後見を名乗るはずだ。
煩わしい貴族同士の付き合いなど、本当に嫌ならすべて遠ざけてやれる。
……あの子は嫌だ、嫌だと言いつつも、ちゃんと生まれと向き合うのでしょう。
今は祖父を拒絶しているが、根は真面目でお人好しだ。
加齢とともにベルトランが衰えを見せればどうしても気になってくるだろうし、領民のことを思えば足枷にもなるだろう。
いざ跡取りになにか起これば、祖父との別居を条件にでもしてカンタール家に入ることを選ぶ。
クリスティーナとは、そんな子だ。
……やる気のある子は好きよ。
見込みのある子どもは、もっと好きだ。
転生者と聞いていたので、幼い姿をしていても大人と変わらない振る舞いをするのかと思っていたら、クリスティーナは外見どおりの少女だった。
体格が小さいせいで実年齢より幼く見えるが、男児と比べて女児は心の成長が早い。
そのことを踏まえて見るクリスティーナは、およそ実年齢どおりか、少し幼いぐらいの性格をしていた。
……私もクリスティーナのお茶会に出たかったわ。
趣向については事前に相談もされたが、クリスティーナは面白そうなことを考えていた。
私も飛び入りで参加したかったのだが、バシリアのあの様子では無理だろう。
初対面の人間は私を前にすると、大概は人形になってしまう。
今でこそ普通に話せているクリスティーナも、初対面では可愛いお人形になっていた。
初対面でも動じずに私と話せた家族以外の人間など、レオナルドぐらいだ。
あの顔と公私を使い分ける胆力については、王族由来のものだと思うのだが、レオナルドの家族は現在も見つかっておらず、身に覚えのある王族も、子を誘拐等で失った王族もいない。
それゆえに、レオナルドの顔がどれだけ父親の面影を宿したものであるとしても、平民の孤児として扱われる。
父王にできることとしては、お気に入りの騎士として時折側へと呼び、その顔を眺めることぐらいだ。
「フェリシア様、梟の姫君より、贈り物が届きました」
「クリスティーナから? 今はお茶会の最中のはずでしょう」
「そのお茶会の趣向として、フェリシア様へケーキを作られたようですよ」
手にしていた書類から顔をあげると、侍女がワゴンを押してやってくる。
ワゴンの上に書類ではなく茶器が乗せられていることを思えば、贈り物を理由に私へ休憩を促すつもりなのだろう。
アルフレッドに頼まれてクリスティーナの守護についているため、私の仕事はすべて離宮へ持ち込んで行っている。
役所棟からの書類のやり取りに距離が開いたため、少し手間が増えていた。
……それにしても、『妹』って可愛かったのね。
ミミズクをモチーフに描いたと判るチョコレートのケーキに、これを作った少女の顔を思い浮かべる。
クリスティーナのために増えた手間ではあったが、あの可愛らしい少女を思えばこのぐらいの手間はなんということはない。
自前の妹たちはみな可愛げというものがなかったのだが、クリスティーナのような可愛い妹ならば、もう一人か二人いても良い気がする。
……こんな可愛い妹ができるなら、レオナルドを夫にするのもいいかもしれないわね。
そうすれば可愛い妹が付いてくるのだ。
実に素敵な思いつきである。
……まあ、あちらが嫌がりそうなのだけど。
レオナルドを婿にする以外でクリスティーナを手に入れようと思えば、弟と結婚させるのも良いかもしれない。
アルフレッドとは年が離れすぎているが、一番下の弟とは大人になれば気にならない年齢差だ。
クリスティーナが自己申告するように二十歳を成人とするのなら、アンセルムが十五歳で成人すれば弟の成人をほとんど待つことなく婚姻させることができる。
問題があるとすれば、アンセルムは異母弟のため、少しだけ遠い妹になることぐらいだ。
「もういいわ。切ってちょうだい」
「はい。……少し、切ってしまうのが勿体無い気がいたしますね」
「そうは言っても食べ物なのだから、いつかは切らなければならなくてよ?」
可愛らしいミミズクをしばし堪能し、ケーキ本来の楽しみ方をしようと侍女を促す。
やはり侍女もこのミミズクの絵にはナイフを入れ難いようで、苦笑いを浮かべていた。
では、と改めて一言断り、侍女がミミズクの顔へとナイフを切り入れる。
ミミズクの顔が左右に切り開かれると、ふわりとブランデーの香りが広がった。
「良い趣向ね。チョコレートでブランデーの香りを閉じ込めるだなんて」
狙ってやっているのだとしたら、あとでクリスティーナの家庭教師に報告するのも良いかもしれない。
この演出は加点要素になるだろう。
お茶会のお菓子ということで、休憩ではあるのだがクリスティーナの作品を採点する。
羽角まで表現されたミミズクは愛らしかったので、見た目は満点だ。
次は味が重要になってくるのだが、これはこれから口に入れることで採点をする。
「……あら?」
切り分けられたケーキが小皿に載せられ、目の前へと置かれる。
先程より近くから香るブランデーに、かすかに違う臭いが混ざっていた。
「いかがされました?」
「いえ、気のせいかしら……?」
念のため、とケーキをフォークで小さく切り、口へと運ぶ。
甘さを控えたチョコレートとプサルベリーのジャムの味に混ざって、記憶に引っかかる味が僅かにした。
「……お茶はイセクコッドの葉に替えてくれるかしら」
「は? あ、はい! ただちに!」
用意していた茶器を放り出し、侍女が一人新しく茶を入れるために下がる。
イセクコッドの葉とは、毒消しの効能を持つ茶葉だ。
何にでも効く万能の毒消し、というわけではないが、それでも気休めぐらいにはなるので、暗殺を恐れる人間はイセクコッドの葉を普段から愛飲している。
人によってはイセクコッドの茶と毒を少量ずつ体に入れることで、何年もかけて毒に強い体を作りあげたりもするようだ。
「ナイフにはなんの問題もありません。ケーキに毒が仕掛けられていたのなら……」
ケーキに毒が仕掛けられていたのなら、まず疑うべきはケーキを用意したクリスティーナということになる。
あの少女を疑うことは馬鹿馬鹿しいとしか思えないが、最初から可能性を否定することはできない。
「クリスティーナ様をすぐに捕縛してまいります」
「毒消しだけでいいわ。まずはお茶会を無事に終わらせてあげましょう」
「しかし……っ」
「もう少し調べてからでも遅くはないわ」
ケーキに毒物が仕掛けられていることは判るが、どこにどのようにして仕掛けられているのか、それを調べる必要がある。
誰が毒を仕掛けたのかはともかくとして、やり口を調べて無駄にはならないはずだ。
「おやめください、フェリシア様。私たちが調べます」
ケーキを細かく崩しながら、どこに毒が仕掛けられているのかを探す。
目で見て判るようなものなら良かったのだが、そんな判りやすい毒をしかける馬鹿はいない。
一つひとつ臭いや味を確認する必要があったので、自分の舌で調査を行なう。
侍女はやめてくれと制止してくるが、こういったことは自分の舌が一番信頼できる。
大事なことは、他人に任せたりはしない。
「すぐに毒消しを飲むから、心配はいらなくてよ」
「毒消しといいましても、イセクコッドは万能薬ではございません。フェリシア様ご自身の身を自ら危険に晒すような真似はおやめください」
「……今さらこの程度の毒でどうにかなる体はしていないわ」
食べてすぐ判るような御粗末な毒だ。
味でピンと来たように、一度は試した物だという確信もあった。
「これはクリスティーナには見せられないわね。折角作ってくれたのに」
「そのクリスティーナ様が容疑者ですよ」
毒の在処を探そうと、調べるためにボロボロに崩してしまった小皿のケーキを見下ろす。
折角作ってくれたのに、と残念に思うのだが、侍女はさっさと調べ終わった皿を私の目の前から取り上げた。
お茶会が終わった頃を見計らって侍女を送ると、クリスティーナはすぐにやって来た。
ニコニコと笑っているところを見ると、お茶会は特に問題なく終わったのだろう。
……私の視界からは、にっこり笑顔のクリスティーナと、その背後の侍女が対照的だけどね。
クリスティーナの背後に控えた侍女は、彼女を呼びにいった私の侍女だ。
クリスティーナが私に毒を盛ったと考えているので、警戒心が表情に出ている。
「ミミズクのケーキはいかがでしたか?」
さて、どう話題を切り出そうか。
会話を誘導するつもりでお茶会について聞いていたのだが、クリスティーナの方から聞きたい内容を振ってきた。
それとなくケーキの味について答えると、クリスティーナの目は好奇心で輝く。
……ごめんね、クリスティーナ。
内心でそう詫びて、まずは一つ罠を張る。
これをしなければ、クリスティーナの背後に立つ侍女の視線が痛いのだ。
「まだ半分残っているけど、味を見てみる?」
「いいんですか? ぜひっ!」
毒入りケーキを食べてみるか、と話を振れば、クリスティーナは見事に釣られた。
クリスティーナがパッと顔を輝かせて喜ぶと、背後の侍女もパッと顔を輝かせる。
クリスティーナの笑顔は可愛いが、背後の侍女の笑顔はこれで堂々とクリスティーナへ毒入りケーキが出せる、という顔だ。
見目の良い侍女ではあるが、あまりよろしい笑顔ではない。
「いただきまーす」
「クリスティーナ」
用意されたケーキを躊躇いなくフォークで口へと運ぶクリスティーナに、名前を呼んで制止をかける。
ボロボロになるまで調べつくしたので、毒がどこに潜んでいるのかはもう判っていた。
クリスティーナはザックリと一口大にケーキを切ったが、毒が潜んでいる場所も、その切り取られた中には入っている。
クリスティーナが故意にケーキへと毒を入れたのなら、躊躇いなくケーキを食べることなどできないはずだ。
はずなのだが、一瞬の迷いもなく毒を食べようとしたクリスティーナに、背後の侍女の疑念も晴れた。
青い顔をして、背後でクリスティーナのためにイセクコッド茶を淹れ始めている。
まずはクリスティーナの疑いが晴れたので、目の前のケーキから気を逸らそうと茶会の話題を振る。
まさか自分の作ったケーキが毒入りだなどと知らないクリスティーナは、少しでも会話が途切れるとケーキの載った皿へと手を伸ばした。
その度に名前を呼んで制止したので、意地悪をされていると思ったのかもしれない。
だんだんと青い目に不満を滲ませてきた。
……クリスティーナの話を聞くと、毒物はおそらく料理人のナイフの片面に仕掛けられていたのでしょうね。
崩したケーキから判ったことだが、毒はプサルジャムの下についていた。
ジャムに毒が混入されていたのなら、毒はジャムを挟んだ上下のスポンジについているはずなのだが、下のスポンジからしか毒はみつかっていない。
お茶会ではバシリアの作ったケーキを食べたそうなのだが、私のケーキとクリスティーナのケーキを切ったあとで、ナイフにはほとんど毒が残っていなかったのだろう。
偶然でしかないのだが、クリスティーナがバシリア宛のケーキをモザイク柄にしたことも功を奏しているようだ。
スポンジをより多く切ることで、毒が確実にスポンジへとふき取られていった。
口にするものと考えれば毒がつくのは致命的だったが、毒をふき取るという意味ではこれ以上はない。
念のために毒消しは飲ませておいた方が良い、と侍女に目配せをすると、クリスティーナの目の前へとカップが置かれる。
しゃべり疲れたのか、特に誘導することもなくクリスティーナはカップの中身を口へと含んだ。
……慣れないと、苦いのよね、イセクコッド茶。
グッと一瞬だけ寄ったクリスティーナの眉に、確実に毒消しを飲んだのだと判って安心する。
甘いお菓子が好きなクリスティーナには、辛い苦味なのだろう。
……予備のケーキがあるとわかったのは僥倖ね。
あとで使用人に振舞われるという話だったが、使用人の自由時間など、主人たちが寝静まった時間だ。
急いで確保する必要はあるが、椅子を蹴って立ち上がるほどではない。
優雅にお茶会を終わらせて、クリスティーナには何も気取らせずに部屋へと帰らせたかった。
……意外に食いしん坊ね、この子。
目を離すと毒入りケーキの載った皿へと手を伸ばすクリスティーナに、ついに耐え切れなくなった侍女が皿を取り上げる。
甘えた声でクリスティーナが不満を訴えたが、どんなに可愛くおねだりをされようとも毒が入っていると承知で食べさせることなどできない。
口が寂しいのならお茶を飲め、と毒消しを飲むように誘導したら、クリスティーナは苦いと文句を言いながらもこれに従った。
疑いもなく毒入りケーキを食べようとした時にはヒヤリとしたが、この素直さは本当に愛おしいと思う。
あと少しなのですが、時間切れ。
明日に続きます。
誤字脱字はまた後日。




