商人との打ち合わせ
「材木の種類など、わたくしには判らないのですが……?」
「そういった場合は、使用用途に合わせて職人が選びます。特にこだわりがないようでしたら用途だけでも問題ありませんが、色の好みぐらいは入れておくといいでしょう」
黒木、白木、木目が美しいもの、ニスや艶出しをしてあるもの、材質もそうだが、色だけでもかなりの種類がある。
素人が文字だけで注文するのは無理があるため、用途を書いておけば相応しい物を職人の側で選んでくれるそうだ。
……職人さんって、すごいね。
材質については職人が判断してくれるということで、私は用途を書き出していく。
簡易の炬燵として使いたいのだが、要は机だ。
天板の上で行われる作業など決まっている。
……あれ? でもテーブル部分から作ってもらうんなら、脚の長いテーブル型でもよくない?
冬の聖人ユウタ・ヒラガの研究資料読み込み作業も暖かく過ごしたい、という話だった気がするのだが、段々欲が出てきた。
本当に炬燵と近いものができるのなら、ヘルミーネとの授業にも座っていたい。
……冬に畳を使うのは諦めて、テーブル型の炬燵にしようかなぁ?
畳を使う・使わないに限らず、聖人ユウタ・ヒラガの研究資料を取り扱うことを思えば、暖炉の火から離れることだけは確定しているようなものだ。
それならば、ヘルミーネも使うように脚の長いテーブルにした方が良いかもしれない。
……じゃあ、座椅子でも入れるように、少し脚の長い炬燵にしよう。
前世での一般的な炬燵は正座をして入るものだったが、生活様式の変化や高齢化の影響か、座椅子や椅子に座って入れる脚の長い炬燵もあった。
物を読むのに使うと思えば、書見台のような角度があると嬉しい。
付け足すのなら、紙に物を書く際にも角度があると書きやすかったりする。
……天板に角度が付けれる仕掛けとかあったら、便利かもね。
書見台を使えば済む話なのだが、できたらいいな、と注文書の端にメモを書く。
二重構造の折りたたみ式で、私としては勝手な案を書き込むだけなので少々どころではなく楽しい。
しかし、一般的なテーブルとは違いすぎるものを注文すると判る私に、ヘルミーネは難しげに眉を寄せた。
「これは……やはり職人と相談をした方が良いかもしれません」
「布団と座椅子カバーは、どう考えても特注になりますしね」
「特殊なのはカバーだけではございませんよ。……カバー? テーブルクロスではなく、カバーをするのですか?」
「炬燵モドキを作ろうと思っていますので、テーブルクロスではなく、炬燵布団と座椅子カバーです」
座椅子カバーは布団と座椅子との隙間を埋めるための工夫を凝らし、中の空気を逃がさない予定だ。
炬燵本体についてはとりあえず横に置き、炬燵布団についてヘルミーネに説明する。
炬燵本体の形に合わせた布団を作ってもいいのだが、人が入った時に綿の詰まった布団が腹部に集まる。
腹部の布団の厚みでテーブルと微妙に距離ができ、結果として猫背で作業をすることになると考えれば、布団はやめた方がいいかもしれない。
「書き物をするご予定もあるのでしょう? それでしたら、インクを零した時に洗えるよう、布団よりは毛布の方が良いかもしれません」
「そうですね。うっかりは誰にでもありますから、考えておいた方がいいかもしれません」
天板としてテーブルを乗せるのなら、テーブル部分の安定を考えても布団はやめた方がいいかもしれない、とヘルミーネは言う。
洗濯の都合と炬燵本体の形状に合わせた形、淑女が使うということも考慮に加え、炬燵布団改め炬燵カバーは三重構造の布をたっぷりと使う贅沢仕様になった。
最上部は飲み物やインクを零した時に拭きやすいように、となめした皮を使う。
布団が腹部に集まるのは動き難くなる、と避けたかったため、皮の部分の丈は短い。
真ん中は毛布の四隅へとスリットを入れて使い、こちらは足元までの丈と、けっこう長い。
やはり腹部に布が集まることになるが、布団や皮を使うことを思えば薄いはずなので、そこは仕方がない部分と諦めた。
一番内側になる三段目は、厚めの布をフリルたっぷりに使う。
毛布と皮は四隅にスリットが入っているのだが、この布はそこから漏れる空気を閉じ込めるために使われる。
布がたっぷりと使われているため、気にしている腹部に布が溜まるように思えるのだが、こちらは毛布で隠されることになる側面部分にスリットが入っており、脚を入れる際に布は横へと流れる。
ついでに座椅子との隙間をその布が補って中の空気を逃がさない予定だ。
「……なんだか、テーブルがドレスを着ているようですね」
私としては中に温かい空気を閉じ込めたかった、という程度の構想図なのだが、いろいろと考慮した結果を反映させると、炬燵というよりはドレスを着たテーブルだ。
淑女が使う家具としてはかえって良いのかもしれないが、元のイメージが炬燵なだけに、なんとも微妙な気分だった。
「これでしたら、私もご一緒させていただきたいと思います」
「え? 本当ですか?」
「靴を脱ぐことには抵抗がございますので、そこは布の靴を履くということでしたら……」
「ああ、それは良さそうですね」
冬は靴下だけで行動をするのは寒そうであったし、皮や木の靴ではせっかくの湯たんぽのぬくもりも感じにくい。
それを考えると、たしかに布の靴を履くというのは良い考えなのかもしれなかった。
ヘルミーネも付き合ってくれるということで、炬燵の脚の長さは座椅子用から一般的なテーブルの高さへと変更する。
畳を傷つけないようにと、椅子の脚への工夫を求める注文書を作ることも忘れない。
「職人を離宮へ呼ぶことは……」
「商人を通して職人へ伝える方が良いでしょう。ティナさんはこれを機会に、侍女を間に挟んで商人へ注文を出す練習をいたしましょう」
「……はい」
冬のぬくもりを確保したかっただけなのだが、なんとなく課題を増やされた気がする。
が、よく考えなくとも冬の部屋を自分で整える、という課題が出ていたので、これはその延長か応用編だ。
家庭教師が丁寧に教えてくれるので、しっかり学んでおかなければならない。
商人が離宮へとやって来たのは、注文書を作った翌々日だった。
もしかしなくとも、恐ろしく早い。
やはり第八王女が突然いなくなった影響で、すぐにでも新しいお得意様が欲しいところだったのだろう。
……グルノールの商人とは、服装から違うね。
グルノールの街の商人たちも、私の前では良い物を着ていたが、王都の商人、それも王城へと来ることを許された商人となると、着るものが一段と上物になる。
さすがに王や貴族ほど上質なものは顧客を立てるという意味で身につけることはできないが、上着の飾りボタンや、袖口から覗くレース、ベルトのバックルなど、さりげない所までお洒落に気合が入っているのが判った。
……今日は少し退屈だね。
商人と会話をするのは事前に打ち合わせをした侍女の役割なので、私は見学をしているだけだ。
商人は新しい金蔓である私と繋がりを持ちたそうにしているが、最初に挨拶をしたぐらいでヴァレーリエの説明を聞いている。
さすがは王城まで入れる商人、といったところか。
いつかのしつこく私に付き纏った旅の商人とは違い、弁えるべきは弁えている。
……とりあえず、私が見習うべきはヴァレーリエ?
今は私の侍女をしているヴァレーリエだが、杖爵家の娘だ。
貴族令嬢といって間違いはなく、姿勢や所作、立ち居振る舞いのすべてが洗練された淑女だと思う。
「お嬢様、商人が課題を求めておりますが、いかがいたしましょう」
「課題、ですか?」
はて、なんのことだろう? とヴァレーリエと頭を下げている商人を見比べたあと、ヘルミーネに解説を求める。
商人が求める『課題』とはなんだろう。
「お嬢様はこちらの商人に初めて仕事を任せられるので、配下の職人たちの腕をお見せし、注文以上の物を作りたいと言っているのですよ」
……つまり、注文書以上の物を作るから、次も仕事をくれ、ってことですね。
旅商人のような迷惑行為はしてこないが、商人にできる失礼にならない方法でのアピールが課題だったのだろう。
商人の方から「課題が欲しい」と頭を悩ませたがってくれるのなら、私としても遠慮はしない。
チラリと『欲しいな』とは思ったが、私の頭では設計図が作れなかったものがある。
「……では、椅子の座面部分を回転できるようにしてください」
打ち合わせにないことなので、これは私が話すしかないだろう。
そう座っていた椅子から下りて商人へと渡された注文書を受け取ろうと思ったのだが、椅子から下りる前にヘルミーネに肩を押えられた。
あくまで淑女の方から動いてはいけないらしい。
「お嬢様、商人への説明は私が行ないます」
商人から椅子の注文書を受け取り、ヴァレーリエが私の元へとやってくる。
淑女って面倒だな、とチラリと思っただけなのだが、ヘルミーネには内心を見透かされたようだ。
あとで反省会をいたしましょう、と小声で囁かれた。
畳に足跡がつかないように工夫をしてほしい。
そうとだけ書かれていた注文書に、ヴァレーリエの美麗な筆跡で私の思いつきが次々と書き込まれていく。
畳を傷つけたくない、と脚に工夫をしてもらいたかったのだが、座面が回転できればそもそも椅子を引く回数が減るはずだ。
……大丈夫かな?
なにか他にいい方法があれば私の案など無視してくれて構わないのだが、こうすれば回転するのではないだろうか、と思いつくままが書き足された注文書を見た商人の頬が僅かに引きつる。
本当に僅かだったので、次の瞬間には綺麗な営業スマイルに戻っていた。
……え? 課題が欲しいって言い出したの、商人側だよね? 大丈夫ですか? 難しすぎましたか?
「む……ぐぅ?」
無理だったら、やっぱりいいです。最初の注文どおりに作ってください。
そう課題を引っ込めようとしたのだが、これは完全にダメだったようだ。
椅子を下りようとした時には肩を押えられたが、今回は口を手で塞がれている。
反省会の内容が増えたことだけは判ったのだが、なぜ止められたのかはわからない。
ただ商人の顔が青くなり、注文書を背に隠すようにして姿勢を正したので、本当に洒落にならない失敗をしたようだ。
「必ずやご注文以上の品物をお持ちいたしますので、ご期待ください」
長い口上を早口に捲くし立て、逃げるように商人が離宮から去って行く。
ヴァレーリエが商人を玄関まで見送りに退室すると、早速ヘルミーネ主催の反省会が始まった。
椅子を下りようとしたことについては、少しの注意で終わる。
あくまで私があの場の主であったため、私が自分から商人に近づいてはいけなかったようだ。
これは直接話しをしないように、と間に侍女が挟まれていることを考えれば当然かもしれない。
すぐに理解もできたので、それだけだ。
問題は、青ざめた商人である。
……「無理ならいいです」が禁句だなんて思いませんでしたっ!
商人は自分から課題を求めてきた。
だから私も諦めていた要望を出してみたのだが、私の要望は商人としては想定外過ぎたようで頭を悩ませることになってしまった。
私としては商人が困惑していたようなので要望を取り下げようとしたのだが、自分から課題を求めておいて「無理なのでやめます」とは商人の側としては言えない。
そんなことを言ってしまえば、顧客の要求にも応えられない無能である、と自分で認めてしまうことになるからだ。
さらに付け加えるのなら、自分から無理と認めるのはまだ良いらしい。
顧客の側から「無理だったようだな」と要望を取り下げるのは、商人に対して「この無能め。今後一切おまえの店は利用しない」という意味になるのだとか。
……うん。そりゃ、商人さんも顔真っ青にして逃げ出すわけだ。
第八王女の穴を埋める新たな顧客を求めているのに、初仕事からして見切りを付けられそうになってしまえば、慌てて注文書を持って逃げ帰るだろう。
ヘルミーネが少々どころではなく無作法な方法を持って私を黙らせたことには、ちゃんと理由があったのだ。
……侍女を通して注文を出す、って大事だね。
少なくとも、完全にヴァレーリエに任せてしまえば、商人は肝の冷える思いをして逃げ帰ることにはならなかっただろう。
まだまだ完璧な淑女には程遠い私の補佐として、侍女と家庭教師は絶対に必要だ。
商人には悪いことをした。
そう思ったので、ヘルミーネに相談しつつ、座面が回転する椅子については納期を設けないことを手紙にしたためて届けてもらう。
少なくとも、この手紙があれば今後の付き合いをなしとする旨の発言ではなかった、と安心してもらえるはずだ。
……お嬢様って、難しい!
誤字脱字はまた後日。




