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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第8章 箱庭の天聖邪

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ドゥプレ孤児院 2

 ……綺麗な建物だね。子どもがいっぱいだから、あちこち汚れてるのかと思ったけど。


 ジュードの案内で孤児院内へと足を踏み入れ、興味を引かれて周囲へと視線をめぐらせる。

 清潔だ、という意味で綺麗な建物だった。

 築何年ぐらい経っているのかは判らないが、そういった意味では古いのだと思う。

 雨漏りを修復した箇所は見当たるのだが、壁にひびや染みはついていない。

 下町にあるとレオナルドは言っていたのだが、下町の建物と考えるにはグルノールのものよりやや頑強に作られている気がした。


 ……メイユ村の家より綺麗で立派だ。


 改めて考えてみると、あの村はどれぐらい貧しかったのだろうか。

 村長の家ですらも、周囲の家に比べて少し広く、頑丈に作ってあるといった程度だった。


 ……女の子が少ない気がする?


 時折角から子どもたちが顔を覗かせているのだが、みな年齢はバラバラで、気のせいか男の子の方が多い気がする。

 好奇心を丸出しにこちらを窺いにくるのが男の子だ、というだけなのか、本当に女の子が少ないのかは謎だ。


 ……この世界では跡取りは女の子の方がいい、って話だしね? 女の子は引き取り手があるのかな。


 きっかけは神話にまで遡るらしいのだが、この世界では男を跡継ぎに据えて子孫の数を増やすことよりも、女を跡継ぎとして確実に家の血を受け継ぐことを尊ぶ。

 前世では跡取りといえば男の子、孤児を養子にするのならできれば赤ん坊の段階で、という考え方があった気がするが、前提条件が少し違うので、需要も変わってくるのだろう。

 なにも知らない赤ん坊の方が家に馴染むだろうが、幼児の死亡率は前世よりも高い。

 それを踏まえるのなら、ある程度健康に育った女の子の方に引取り手が見つかるであろうことは想像できる。


「……女の子は少ないのですね」


 感じたことをそのまま伝えたのだが、レオナルドは僅かに眉を寄せた。

 なにか変なことを言っただろうか、と少し不安に思ったところで、レオナルドは確認をするように周囲へと目を向ける。

 廊下の角からこちらを見ている男の子、台所へと続く廊下からこちらを覗いている男の子、窓から食堂を覗いている二人の男の子と女の子が一人。

 不自然に思って確認をしてみれば、たしかに女の子の数が少ない。


「ジュードさん、女の子の数が少なすぎないか?」


 孤児になってしまう確率など男女比で出せるものではないが、生まれる子どもの可能性としては二分の一だ。

 どちらかに偏るということはない。


「心配しなくてもいいよ。前孤児院長のようなことをしているわけじゃない」


 前孤児院長がどんな人物なのかは判らなかったが、目に見えてレオナルドの肩から力が抜けたので、あまり面白い話ではないのだろう。

 以前レオナルドから聞いた孤児院の実態から想像すれば、前孤児院長がしていたことと、女の子が少ないことについては繋げることができる。


「数年前から親切な紳士がここの孤児たちに目をかけてくれていてね。十歳……というか、分別のつく年齢になると、女の子を引き取って教育してくれているんだ」


 引き取られた先で女の子たちは女中メイドや料理人、針子として本人の個性に適した職に必要となる教育を施され、より条件の良い職場へ就けるように、と後見人の役割まで果たしてくれるのだそうだ。


「奇特な紳士もいたものだな」


「女の子だけ、っておかしくないですか?」


 感心したように呟くレオナルドに、私としては紳士への疑念が湧く。

 本当に親切心から孤児の世話をしてくれるというのなら、女の子だけというのはおかしい。


「もちろん、男の子だって預かってくださることがあるよ。ただ、男の子は……」


 と、ジュードが言葉を区切ったところで食堂へと男の子が一山雪崩れ込んできた。

 こっそり覗いていたつもりだとは思うのだが、人が集まりすぎて前の方の子どもが押し出されてしまったようだ。


「……このように、分別の付く男の子はなかなかいないんだ」


「納得しました」


 同じ年齢であっても、男の子と女の子では心の生育具合がまるで違う。

 これは男女の役割の違いからくるものかもしれないが、三歳でも女の子は『女』だが、三歳の男の子は『野猿』だ。

 言葉で教育ができる女の子と、言葉を聞かない男の子では扱いが違っても仕方がない。

 もちろん個人差はあるので、分別がついていると紳士に判断されれば、男の子でも世話をみてくれるのだろう。


「ジュードさんっ! その人レオナルドじゃねっ!? 俺、闘技大会で見たよ!」


「馬鹿っ! 騎士には『様』をつけるんだよ! レオナルド様、だ!」


「その人が飴くれたんだけど、食べていいっ!?」


「なんでレオナルドがここにいんの?」


 覗き見がばれた、と男の子たちは開き直ることにしたようだ。

 口々に騒ぎたててジュードへと迫り、少しどころではなくうるさい。


「この方は白銀の騎士のレオナルド様で、騎士へは敬意を込めて『様』をつけましょう。お土産はみんなが揃ってからいただこう。ここにレオナルド様がいるのは、ここがレオナルド様の家だからだよ」


 騒がしい男の子たちの疑問に一つひとつ答え、ジュードはレオナルドを男の子たちへと紹介する。

 男の子たちはレオナルドが同じ孤児院出身の自分たちの兄だと知って騒ぎ、白銀の騎士であることに騒ぎ、先日の闘技大会の勝利についても騒いだ。

 全部で二十五人いるという子どもたちの一部しかいないはずなのだが、とにかく騒がしい。


 ……テオがいっぱいいるみたい。


 かなりの騒音だ。

 そうは思うのだが、テオはレオナルドという憧れの人の前では比較的おとなしくなる部類の男の子だった。

 孤児院ここの男の子たちほどうるさくは騒がない。

 身近な男児といえば他にニルスとルシオも含まれるのだが、あの二人は年長で、ついでに言うのならすでに社会へと出て働いている。

 孤児院の男の子たちのように、無駄に騒ぐということをしなかった。

 ジュード風に言うのなら『分別のつく』男の子だ。


 ……戦略的撤退です。


 あまりの騒音に耐えかねて、耳を両手で押さえて席を立つ。

 三歩も離れればレオナルドに呼び止められたが、気が付かない振りをして食堂から逃げ出した。







 ……さて、どうしようかな?


 あまりの騒がしさに逃げてきてしまったが、これといって行く宛てはない。

 レオナルドが帰る気になるまで馬車で待っていてもいいのだが、それではまるで「早く帰ろう」と催促しているようで、あまりにも子どもらしい行動だ。

 かといってあの騒音に耐えられる気はしないので、困ってしまう。


「孤児院の中を散策でもされますか?」


「勝手に見て歩いても良いものでしょうか?」


「むしろ、突然来て隠さねばならないものがある方が問題です」


 レオナルドを食堂に残し、ジゼルが追いかけてきた。

 近頃はジゼルに経験を積ませようとしているのか、アーロンはレオナルドがいる場では護衛をジゼルに任せることがある。

 今日は建物の中ということもあって、アーロンは入り口で警護をしていた。


「では少し覗かせていただきましょう」


 廊下から裏庭を眺めると、庭一杯にシーツや服が干されている。

 周囲には洗い桶を片付けている子どもが数人いたので、洗濯は子どもたちが自分でやっているようだ。

 もしかしたら、当番制なのかもしれない。


 裏庭を眺めつつ廊下を抜け、広間というよりは談話室といった椅子と机の並んだ部屋に足を踏み入れる。

 ここはなんの部屋だろうと周囲を観察していると、男の子三人に引っ付かれたレオナルドが追いついて来た。


 ……それ、私の兄なんですけどっ!


 男の子三人に引っ付かれても物ともせず歩くレオナルドに、男の子たちは面白がっているようだが、私はまったく面白くない。

 それは私の兄だ、勝手に乗るな、と全員を蹴り飛ばしたいのが本当のところだ。


 ……でも我慢。私の方がどう見ても『お姉さん』だしね。


 自分より小さいと判る幼児のすることなので、と内心の苛立ちは腹の底へと押し込む。

 年長者の余裕というやつだ。


「ティナ、一人で勝手にどこかへ行ったらダ……ぐふっ!?」


 男の子たちへの制裁は我慢しようと思ったが、レオナルドへの制裁は我慢しようとは思わない。

 予備動作なしに左足へと特注靴の洗礼を浴びせると、レオナルドの顔が痛みに引きつった。


「このお部屋はなんのお部屋ですか? レオナルド『お兄様』は知っていますか?」


 お兄様という部分が必要以上に強調されてしまい、私がヤキモチを焼いていると解ったのだろう。

 痛みを堪えていたはずのレオナルドの顔がだらしなく緩んだので、右足へも洗礼を浴びせる。

 結構痛かったと思うのだが、レオナルドは表情を緩めたままだ。


「……この部屋は、仕事部屋だな。孤児院の費用捻出のため、子どもたちの手に職を就けるため、職業訓練の場も兼ねている」


 見てごらん、とうながされたので部屋の隅へと視線を向けると、壁際に設置された棚の中には裁縫道具や大工道具といったさまざまな道具や素材が詰め込まれていた。


「俺がいた頃は料理好きの女の子が積極的に手伝っていたが……」


 そんな解説を聞きながら覗いた台所には、ふくよかな女性と男女の区別なく五人の子どもがいて、夕食の仕込みをしている。

 孤児院の運営費に余裕はないが、人手だけはあるので、子どもたちが口にするパンは毎日手作りなのだとか。

 毎日大量に必要になるため、材料を買って自分たちで作る方が安くなるらしい。


 台所を出て食堂を覗くと、先ほど雪崩れ込んできた男の子たちがジュードに怒られているのが見えた。

 どうやらレオナルドにくっついて来た男の子たちは、雪崩の中にはいなかった子どものようだ。

 一階は軽く覗けたので、と二階に上がる。

 三階は女の子たちの部屋で、二階は男の子たちの部屋があるらしかった。


「ここが俺の使っていた部屋だが……」


 そういって案内された部屋には、ベッドと机が二つずつあるだけの部屋だ。

 レオナルドが使っていた部屋といっても、最後に使っていた部屋というだけのことで、レオナルドの私室ではない。

 誰かとの二人部屋だ。

 その前は三人の年少者と、年長者を一人組み合わせた四人部屋だったらしい。


「私物がありませんね」


「まあ、基本的には孤児院の物はみんなで共同に使うからな。私物といえば、前の家から持ってこれる物があれば、それが私物になる……のか?」


 前の家から持ち込んだものが私物だと言うのなら、レオナルドは私物をなにも持たずにこの部屋を使っていたのだろう。

 親に売られたというレオナルドが慰みにでも玩具などを持たされていたとは思えないし、そんな物があったとしても生みの親が付けた名前を捨てたレオナルドが大切に取っておくとも思えない。


 ……子どもの頃、なんにも持ってなかったから、私にはなんでも与えるんだね、レオナルドさん。


 裏を返せば、私に与えられるものはすべて少年時代のレオナルドが欲しかったものなのだろう。

 食べきれないほどのお菓子や真新しい服、巨大なぬいぐるみや仔犬までレオナルドは私に与えた。

 兄と妹という家族関係に拘るのだって、自分の家族が欲しかったからだろう。


 ……ううっ、乱暴者な妹でごめんなさい。これからは、もう少し兄を大事にして、足を蹴るのも我慢します。


 一人でこっそり反省する私を他所に、暇を持て余して窓から外を見ていた男の子の一人が声をあげる。


「帰ってきた! お菓子の時間だっ!!」


 そう大声を出したかと思うと、男の子は部屋から飛び出していった。

 誰が帰ってきたのかと窓の外を覗くと、門から入ってくる三人の子どもの姿が見える。

 帰ってきた、というのはあの子たちのことなのだろう。


「メンヒシュミ教会から帰ってきたんだろう。俺の頃も、午前と午後に分けて数人ずつ通っていた」


 孤児院の運営に子どもたちの手も携わっているため、全員をメンヒシュミ教会へと通わせることはできない。

 そのため、分別の付く年頃になると数人ずつ午前と午後に分けてメンヒシュミ教会の世話になっているのだ、とレオナルドが教えてくれた。


 二階の窓から帰宅した子どもたちを覗いてみると、子どもたちは孤児院の建物へは入らずにまず裏庭に回る。

 迎えに出てきた年少の子どもたちに塗板こくばん白墨チョークの詰まったバッグを渡すと、裏庭に干されたすでに乾いている洗濯物を取り込み始めた。


 ……これが、レオナルドさんに出会ってすぐに私が望んだ暮らしなんだね。


 父親のサロモンが、私が送ると想定した暮らしでもある。

 偶然とはいえレオナルドに引き取られたことから、孤児院こことはまったく違う生活を送ることになったので、なんだかとても不思議な気分だった。

あと少しなのですが、頑張っても切りよく終わらない気がするので、今日はここまで。


そんなわけで、連載1周年です。

特に何もしませんが、一周年です。

全11~13章で終わる予定なので、折り返しは過ぎました。

2周年を迎える前には終わるはずです。


誤字脱字はまた後日。

誤字脱字、みつけたものは修正しました。

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