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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第7章 王都プロヴァル

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離宮の設計図

 昼食の時間になると、私の体調も少し戻ってきた。

 朝食で残さなかった唯一のものだからか、昼食にも出てきた果物のジュースが美味しい。

 ジュースで口を湿らせつつ、簡単に摘めるようにと用意された玉子サンドを口へと運ぶ。

 離宮の料理人が私の好みなど知っているわけはないので、ヘルミーネが手を回してくれたのだろう。

 貴族である侍女四人には女中ヘルミーネに相談する、という発想がないようなのだが、平民である使用人たちは違う。

 主の意に沿わぬ行動をすれば直ぐにでも解雇されると解っているので、新しい主の好みを知ろうと自ら積極的に動き、ヘルミーネに相談を持ちかけたようだ。


 ……洗濯女中ランドリーメイドが八人、料理人が二人、その助手が八人、家女中ハウスメイドが七人、庭師が一人、その助手が二人……あれ? 三人?


 ノラカムを使って得た情報を頭の中で整理する。

 アルフレッドは必要最低限の人数と言っていた気がするのだが、城主の館と比べると使用人の数がとにかく多い。

 途中でノラカムの数が足りなくなって、旅の途中にレオナルドが買ってくれたお菓子を配ったぐらいだ。

 カリーサとサリーサが来るまで館の雑事をすべて二人で行っていたバルトとタビサは、もしかしたらブラック企業にでも捕まっているのかもしれない。


 ……もしくは、ここの人が多すぎるだけ?


 普段のマンデーズ館はイリダルと三姉妹で管理しているが、レオナルドが滞在する期間は街の人間を雇って使用人を増やしていると聞いたことがある。

 ここがお城の一部であることを考えれば、やはりこのぐらいの人数で丁度良いのかもしれない。


 ……城主の館も、もう少し人を増やした方がいいかもね。


 まだまだ健康そうに見えるが、バルトとタビサもいい歳だ。

 いつ体に無理が来るかはわからない。

 カリーサかサリーサのどちらかが一年の期間限定ではなく、グルノールに移り住んでくれないものだろうか。


 午後はヘルミーネによる授業だ。

 せっかくなので、と今日は離宮の図書室へと移動した。

 たくさんの本が詰まった素敵な図書室なのだが、前の主はあまり利用したことがなかったらしい。

 それでは誰の蔵書なのかと気になったのだが、前の主のさらに前に離宮の主だった人物の蔵書なのだとか。

 離宮は未成年や王爵を得ていない王族に与えられる場所だとも聞いているので、前の前の主も王族だったはずだ。


 ……うん? 私、王族じゃないけど離宮にいていいの?


 ナディーンとしては、私は国王クリストフの大切なお客様、という認識らしい。

 侍女の四人はナディーンから説明を受けるので、ナディーンと同じ理解だ。

 どこの誰かはわかっていないが、礼を欠けば国王の怒りに触れると思っている。


 ところが下働きといった上からの情報を待つだけの立場になると、想像と妄想で情報を補完するしかない。

 離宮を与えられたことから国王の庶子だとか、以前に離宮を使っていた王族の落とし種だとか、アルフレッドがエスコートをしていたことからアルフレッドの新しい婚約者だとか、実にさまざまな認識をされていた。

 すべて自分についての噂なのだが、見事に一ミリもかすっていないところが、人の噂の恐ろしいところだ。


「それでは、まずは昨日の茶会の反省をいたしましょう」


 こんな言葉から始まったヘルミーネの授業は、いつもとあまり変わらない。

 茶会の反省は、アルフレッドが指摘してくれたことへの捕捉が主な内容だった。

 それから今朝のノラカム行脚の話へと移り、侍女や使用人の扱い方が、主として間違っている、とお叱りをいただく。

 私としては早く顔と名前を一致させて離宮に慣れたかったのだが、普通の主が名前を覚えているのはお気に入りの使用人ぐらいらしい。

 すべての使用人の顔と名前を把握しておくのは家令や家政婦の仕事で、この離宮ではディートフリートの乳母をしていたというナディーンの仕事だ。

 彼女が侍女や使用人の中で一番身分が高く、離宮での権力を握っている。

 そうなると本当に、使用人の顔と名前を覚えるということは、私の仕事ではない。


わたくしは九歳の頃からティナさんを見てきました。そのため、ティナさんが何をどう考えて行動したのかはわかります。早く慣れたいと、周囲のことを知ろうとするのも良い傾向だとは思います」


 ヘルミーネは九歳の私の延長として十一歳の私を見ているので、その行動の真意もわかるが、昨日から十一歳の私に仕えることとなった使用人たちは違う。

 未成年の主とはいえ、私の行動は十一歳としては奇妙なものに見えたようだ。

 普通の主ならば、身の回りの世話をする侍女にならばまだしも、使用人のいるところまで歩いてきてお菓子を配ったりはしない。


「ヘンテコな主人で、使用人が困ってしまったんですね」


「奇妙な主人だと、使用人が困惑している、です」


 少し乱れた言葉を訂正されつつ、反省をした。

 私としては初めての場所で早く慣れたい、と離宮中を回ったのだが、使用人の側からしてみれば、扱い方もわからない新しい主に抜き打ちで面接を行われたようなものだ。

 たしかに肝も冷えるし、戸惑うことだろう。


「……ですが、侍女や使用人の素性を知っておくことは大切なことだとも思います。ナディーンに資料を用意させましたので、読み込んでおいてください」


 残りの授業は、渡された資料を読み込む時間に当てられた。

 この資料はレオナルドも初めて見るようで、二人で回し読みをしながら気になることを頭へと叩き込む。


 ……やっぱり、爵位や家名を教えてくれなかった人は、華爵出身の人ばかりだね。


 ジゼルの資料も混ざっていたので、少し詳しく読み込む。

 華爵家の三代目で、末の娘だ。

 上に兄弟が三人いるようだが、パッと目を引く才覚を持つ者はいない。

 叔父に散財癖があるらしく、叔父の作った借金をジゼルの父親が一生懸命返済しているらしい。

 そんな父親を見て育った兄弟は、父親を助けるどころか浪費に走り、仕事らしい仕事についているのはジゼルだけだ。

 ジゼルが唯一、功績を立てるチャンスを掴んだ立場にいるとも言えた。


 ……や、でもレオナルドさんはあげませんよ。私のお兄ちゃんです。


 ジゼルが取れる一番簡単な家の建て直し方法が、レオナルドを婿に迎えることである。

 資料を見る限りでは、騙されやすいレオナルドには最悪の相手でしかなかった。


 ……ダメだ。ジゼルのところへレオナルドさんが婿入りしたら、借金王やダメ息子が改善するどころか悪化するだけだ。


 ほかにも侍女四人や料理人の資料を読み込んでいたのだが、飽きを感じて顔をあげる。

 すでに資料を読み終えていたレオナルドは、今度は図書室の本を読み始めていたようだ。


「なんの本ですか?」


 授業の延長で資料を読み込んでいたため、授業中の私語としてヘルミーネに叱られないように声を潜める。

 レオナルドは本から顔をあげると、私にも見えるように本を傾けてくれた。


「離宮とその周辺の見取り図だ」


 アーロンの説明で前日に離宮の中を案内はされているが、自分でも資料を読んで把握しておきたいのだ、とレオナルドは言う。

 せっかく私にも見えるようにと本を傾けてくれたので、私も見取り図の記載された本へと視線を向けた。


「……あれ? 見取り図の描かれた年と、離宮の建設された年が違うみたいですよ?」


「そのようだな。改築かなにかで、新しくなった見取り図がこれだろう」


 一番古いものにも目を通しておきたいな、とレオナルドが図書室内を探し始めたところで、ヘルミーネの授業時間は終了した。







「……ティナお嬢様、こちらをどうぞ」


 夕食のあと、レオナルドとセークをして過ごし、程よく脳が疲れてきたので寝ようと思っていたのだが、ジゼルが古い巻物を持って自室へとやってきた。

 てっきり護衛用の部屋で休んでいるものと思っていたのだが、ジゼルは王城にある図書館へと行っていたらしい。


「なんですか?」


「図書館の、一般には閲覧が禁止されている区画に納められていた、離宮の資料になります」


 王城内に図書館があることにも驚いたが、一般人お断り区画から資料を持ち出してきたことにも驚いた。

 資料を借りに行ったジゼルは華爵とはいえ貴族の娘だが、それを見る予定の私は平民だ。

 一応は貴族の娘でもあるらしいのだが、祖父に引き取られる予定はないので、平民として数えて間違いない。


「……わたくしは一般人の方に分類されると思うのですが、見てもよろしいのでしょうか?」


「離宮の主が建築当時の設計図を見たがっていると相談したら、司書が出してきてくれました」


 離宮の主ということになっているので、一平民ではあるが特別待遇のようだ。

 本当に良いのだろうか、とは思うが、悪用する予定はないので、ありがたく好意を受け取っておく。

 離宮の間取りについて把握しておくことは、護衛にも、離宮の主としても必要なことだ。


 ……それに、お城とかの建物って、秘密の抜け穴がつき物だしね。


 有事の際の脱出用に自分が使うのなら問題はないが、誰かが悪用してこないとも限らない。

 主が変わったというのなら、玄関の鍵の取替えは常識だ。

 離宮の住人としては隠し通路があるのなら把握をしておくべきだし、鍵が付いているのであれば取り替えておきたい。


 セーク盤の片づけをヘルミーネに任せ、テーブルの上に古い巻物を広げる。

 早速離宮の設計図を確認し始めると、パッと見ただけでも大分印象が変わった。


「『忍者屋敷』みたいですね」


「ニンジャ……?」


 不思議そうな顔するジゼルと、そろそろ私の口から不意に日本語が飛び出してくることに慣れてきたレオナルドが対照的だ。

 ヘルミーネも聞こえたはずだが、彼女は私の淑女教育の先生だ。

 驚いていたとしても、淑女の仮面をして自分の感情など表へは出さないだろう。


「ティナ、『ニンジャヤシキ』とは?」


「えっと……隠し通路とか、仕掛けがいっぱいあるお屋敷のことです」


「なるほど、仕掛け屋敷か。たしかに、こちらの古い設計図には隠し通路のようなものが幾つかあるようだが……」


 難しい顔をしてレオナルドが古い設計図を睨む。

 紙に直接触れないように指を動かして動きを確認しているのだが、何を確認しているのか私にはさっぱりわからなかった。


「昨日歩いた限りでは、ここに記載されている冬の部屋へと続く回廊の柱に隠された扉は塞がれていたな」


「え? そのようなこと、いつ確認してきたのですか?」


「確認はしていない。昨日離宮の中を歩き回っただろう。その時に気になる柱があったのだが、気になった理由がこの設計図を見てわかった」


 隠し扉があったために違和感があったのだろう、とレオナルドが回廊の柱を指差す。

 柱の中には階段らしき記号が記されているが、どこへ通じる階段かまでは書かれていない。


「春の衣裳部屋の床にある通路も、先日確認したおりには塞がれていました」


 なにかおかしいということには、アーロンも気づいていたようだ。

 設計図と見比べてみれば、そういえばあそこが、と思い当たる場所が多々出てくる。

 どうやら図書室にあった設計図は、これらの隠し扉を塞いだ時に作られたもののようだ。


「王族の離宮って、普通こんなに隠し扉だらけなのですか?」


「普通は本当にいざという時のためだけの物が、あっても二つぐらいだが……」


 目的があってしたことか、離宮の建設を決めた王族の気まぐれかは謎である。

 離宮が作られた年から当時の王やその性格を調べることもできるが、そこまでする必要はさすがに感じられなかった。

 要は数ある隠し扉や階段を、現在の主である私とその護衛が把握できればいいのだ。


 レオナルドとアーロンの頭の中には昼間見た現在の見取り図が完璧に入っているようで、私にはよくわからないうちに話が進んで行く。

 ここは塞がれていた、ここも塞がれているとの確認作業が進められていくのを、私とジゼルは横で眺めているだけだ。


「……春の部屋の暖炉は特に違和感はありませんでしたが」


「しかし、これによると暖炉にも隠し扉があることになっているな」


 一度確認をしておく必要がある。

 そうレオナルドとアーロンの間で話が纏まったようだったので、元気良く立候補してみた。


「では、早速確認に行きましょう」


「ティナはそろそろ寝る時間だ。こういった確認は護衛の仕事だろ。ティナの仕事じゃないぞ」


 伸ばした手をやんわりとレオナルドに下され、そろそろ就寝の時間である、と促される。

 目はすっかり冴えてしまったのだが、昨夜の睡眠時間が短かったということはレオナルドも知っているので、夜更かしをさせるより早めに寝かせたいのだろう。


「どうせすぐには寝つけませんよ。先に探検をして、少し疲れたら眠れるような気がします」


「なんでこんな時にばかり子どもらしさを発揮するんだ……」


 呆れて頭を抱えはじめるレオナルドに、もう一押しだ、と確信した。

 なにか致命的な一撃を入れることができれば、夜更かしで離宮の中を探索に出かけられる。


 ……どうせ眠れないから、寝落ちるまで遊ぶ作戦ですよ。


 保護者とはいえ、そろそろ一緒に寝てはいけないと言われるのなら、睡魔に負けて強制終了するまで一緒に遊んでいればいい。

 夜更かしで探索とはいえ、所詮は屋内のことだ。

 どこで寝落ちても、それほど問題はない。


 ……淑女としては大問題な気もするけどね。


 さて、なんと言ってレオナルドを口説き落とそうか。

 思案する私の肩に、そっとセーク盤を片付けて戻ってきたヘルミーネの手が添えられた。


 ……しまったっ!? 怒られる?


 反射的に肩を竦めたのだが、ヘルミーネの口から出てきた言葉はお説教とも小言とも違うものだ。

 一瞬理解ができなくて、思わず瞬いてしまう程に意外な言葉でもある。


「ティナお嬢様が今すぐおやすみになられるのなら、今夜控えの間で扉を守護する任にお兄様がお付になるそうですよ」


 同じ部屋で寝かせるわけにはいかないが、護衛として扉一枚挟んだ場所にいることは認める。

 ヘルミーネはそう言っていた。

 私に対する、珍しいほどに甘い対応だ。


「ホントですか? 本当にレオナルドお兄様が扉のところにいてくれるんですか?」


「ん? ああ。ティナがそうしてほしいって言うんだったら、それでいいぞ」


 結果として、私はヘルミーネの策に、ものの見事に釣られた。

 保護者と一緒には寝られないが、呼べばすぐに返事がある場所にいてくれるというのは大きい。


「探索は明日しましょう! わたくしは今すぐおやすみします!」


 解散を宣言して、レオナルドたちを部屋から追い出す。

 寝ると決めたからには、寝巻きに着替えなければならない。


「レオナルドお兄様は部屋に帰ったらダメですよ?」


 レオナルドを部屋の出口まで押し出したあと、一応はちゃんと引き止めておく。

 解散ついでに帰られてしまっては、今夜も寝られそうになくて困る。


「一度部屋に戻って羽織るものを取ってくるぐらいは許してくれ」


「仕方ありませんね。そのぐらいなら行ってきてもいいです」


 そのかわり早く戻ってきてくださいね、と薄い胸を張って故意にふてぶてしく宣言すると、レオナルドは苦笑いを浮かべて小走りに部屋へと戻っていった。







 ……やっぱり眠れない。


 灯りの落とされた夏の部屋は、やはり広くて寂しい。

 つい先ほどまではレオナルドたちが一緒にいて古い巻物を広げては騒いでいたので、余計に静かに感じた。

 寝返りを打つことにも飽きてきて、のそのそとベッドを降りる。

 今夜は扉の外にレオナルドがいるはずなのだ。


 ……本当にレオナルドさんがいるか、確認は大事だよね。


 あのレオナルドが約束を破るとは思えないのだが、どんなことでも確認は大切だ。

 もしも扉のむこうにレオナルドの姿がなければ、この裏切り者め、と堂々とレオナルドの部屋へと夜襲がかけられるかもしれない。


「……レオ、ちゃんといますか?」


 少しだけ悩んで、扉は開けずにノックをしてみた。

 返事はすぐにやってくる。


「なにかあったのか?」


「ホントにいるのか、確認しただけです」


 どうやら口約束だけではなく、本当に今夜はレオナルドが扉のむこうにいてくれるようだ。

 これならば、たしかに安心して眠れるかもしれない。


 ……そうだ。いいこと考えた。


 ベッドに戻って枕と掛け布を取ってくる。

 そのまま扉の前へと戻って、枕を置いて掛け布へと包まった。


 ……で寝ればいいんだよ。


 これならば、扉に挟まれているが、すぐ近くに保護者レオナルドがいる。

 呼べばすぐに返事が返ってくる場所にレオナルドがいると思えば、知らない場所でもよく眠れる気がした。


 よく眠れる気がして、たしかにぐっすりと眠れもしたのだが。

 安心しすぎたのか、翌日私はしっかり熱を出した。

 移動の翌日に寝込まないだけ、少しは強くなったかと思っていたのだが、単純に初めての場所で緊張していて寝込むだけの心の余裕がなかっただけだ。

 タイミングは少しだけずれたが、今回も私はしっかり寝込むこととなった。

家政婦は女の使用人で一番偉いらしい……よっ!

家●婦は見たの印象で、しがない雇われ召使って印象が強いけど。


誤字脱字はまた後日。

誤字脱字、みつけたものは修正しました。

23日の更新はおやすみします。

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