収穫祭とウェミシュヴァラ・コンテスト 2
「……飛び入り参加って、みんな困りませんか?」
人見知りを発揮してしまったカリーサに代わり、カリーサの主として私が話しかけてきた男との会話を引き継ぐ。
背中に庇ったカリーサからは、男に対して警戒心がむき出しになった視線が発せられているのを感じた。
「その、逆だよ。……飛び入りじゃないから、むしろ出てくれないと困る」
ようやく息の整ってきた男の説明によると、この美人コンテストの出場者は他薦で選ばれるらしい。
追想祭のあと、広場に用意された箱へと街の住人が美人だと思った人間の名前を書いて入れる。
美人コンテストに出たいから、と親戚や知人を使っての組織票も可能ではあるが、ある程度の票数を集めるのは親類縁者の数程度では難しいし、正規の方法で選ばれた出場者との落差に自分が惨めになるだけなので、実行する者は意外にいないのだとか。
「それだと、カリーサはいろんな人から投票があった、ってことですか?」
「黒髪の少女のお付き女中さん、赤毛の女中、おっぱ……胸の大きな女児付きの女中……名前はないけど、同一人物だろうな、という投票が多数寄せられているよ」
目撃情報はあるものの、誰も名前を知らないし、住んでいる場所も知らないし、でカリーサのことを探していたらしい。
街中を探しても見つからなかったカリーサが、まさか当日に広場で見つけられるとは思わなかった、と一通りの説明を終えた男がホッと息を吐く。
「……改めまして、今年のウェミシュヴァラ・コンテストへご出場願えませんか?」
「お断りいたします」
呼吸の整った男が、居住まいを正して改めてカリーサへと出場を打診したのだが、カリーサの答えは変わらなかった。
一瞬も考える素振りをみせず、男の申し出を切って捨てる。
……これ、春華祭で見たことあるよ。パールさんが振られた時と一緒。
あの時も一刀両断だったはずだ。
理由はたしか「職場恋愛は後々の禍根になる」だった。
ということは、今回も大差ない理由でお断りしているのだろう。
「そ、そんなこと言わずに。ウェミシュヴァラ・コンテストですよ? 街一番の美女を決める……」
「私は仕事中ですので」
男はなんとかカリーサの首を縦に振らせようとしているのだが、カリーサには取り付く島もない。
一度お断りと決めたカリーサは、再考する価値もないと判断しているのだろう。
男の話を最後まで聞かず、なにを言っても「お断りします」「仕事中ですので」で流していた。
「……お、お嬢さんも自分のトコの女中がウェミシュヴァラ・コンテストに出場できたら、鼻が高いだろう?」
……あ、こっちにきた。
カリーサは説得できないと諦めたのか、男の視線が主である私へと下りてくる。
仕事中を理由に断るのなら、仕事の一環にしてしまえば断れない、と考えたのかもしれない。
……甘いよ、お兄さん。
「うちのカリーサは大事な預かり者ですので、ウェミシュヴァラ・コンテストになんて出して、変な虫がついたら困ります」
名前が知られていなくとも一定数の投票が集まったというカリーサだ。
よくわからない美人コンテストになんて出場させて、名前と職場が街中の男に知られる危険は排除しておいた方がいい。
「カリーサが出たい、って言うなら出しますけど、カリーサがお断りしてるんですから、お断りです」
薄い胸を張り、カリーサの主として男に正式なお断りをする。
我が家のカリーサは私が守る、と宣言すると、男はようやく諦めてくれたようだった。
去っていく男を見送り、天幕から出てきたペトロナたちと観客席のある広場へと移動する。
全員が並んで座れる場所を見つけると、そこへ座って美人コンテストを観戦した。
出場者は他薦で選ばれるという性質から、この美人コンテストの出場者は軒並みレベルの高い美女ばかりだ。
容姿もさることながら、出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。
カリーサも出場を打診されていたが、きっと出場していれば胸のバランスの悪さで優勝は逃していただろう。
カリーサは可愛くておっぱいも大きな美人さんだが、バランスを考えれば少々どころではなく胸が大きすぎる。
「あれ? あの人、今年の追想祭で女神イツラテル役をやってた人じゃないですか?」
メンヒシュミ教会と館を往復するだけの私の生活圏内で、美女の知り合いなどできるはずもないのだが、一人だけ見覚えのある美女がいた。
オレンジに近い赤毛の美女は、夏の追想祭で女神イツラテルに扮して劇へ参加していた女性だ。
「ウェミシュヴァラ・コンテストの優勝者が、追想祭で女神イツラテル役を演じることになっていますからね。ティナお嬢さんの記憶にあってもおかしくはありませんよ」
ニルスの解説によると、彼女は二年連続でこのコンテストに優勝しているらしい。
そして会場の雰囲気を見る限り、今年の優勝も彼女で決まりだろう。
みんな選りすぐりの美女ばかりなのだが、彼女だけ群を抜いて美しい。
雰囲気があるというのだろうか。
この中から一人を選べといわれれば、みんなの目が自然に向かう先にいるのが彼女だ。
「今年も彼女の優勝ですね」
コンテスト開始前にカリーサへと声をかけてきた男が、花束を持って赤毛の女性の横に立つ。
あの花束を渡された女性がコンテストの優勝者だ。
……ペトロナの従姉妹は、残念だったね。
優勝は逃してしまったが、このコンテストに出場できたというだけでも、選ばれし美女と認められたことになる。
それを考えれば出場できただけでも栄誉なことだろう。
……カリーサも本当は出たかったのかな?
少しだけ悪いことをした気がして、背後に立つカリーサへと振り返る。
振り返った私と目が合うと、カリーサは不思議そうに首を傾げた。
……あ、これ心配する必要なかったね。舞台をいいな、って見つめてる顔じゃなかった。
舞台上は別世界であり、自分とはまったくかかわりのない世界だ、とでも言うように、カリーサの目にはなんの感慨も浮かんでいない。
もしかしなくともカリーサにとっては美人コンテストなど他人事で、降って湧いた災厄でしかなかったのだろう。
よく考えれば、人見知りをするカリーサに一人で舞台へ上がれ、という方が酷な話かもしれなかった。
……少しだけ残念な気がするけどね。
美人コンテストを覗いたあとは、山車を見たり、芸を披露する旅芸人を冷やかしたりとして中央通りを進む。
中央通から少し道を入れば、私のお目当ての三羽烏亭があった。
「皿焼きを銀貨一枚で買えるだけくださーい!」
「買い占めるつもりかっ!?」
元気よく軒先で皿焼きを焼いている店主にそう声をかけたら、これまた元気よく返される。
さすがに銀貨一枚分は買いすぎだろうか。
……でも美味しいんだよね、どら焼き。
前世のどら焼きよりも一回り小さい皿焼きは、子どもの私でも二つは食べられる。
となれば、大人であるレオナルドたちのお土産にするにはもっと多くが必要なはずだ。
……やっぱり、銀貨で買えるだけでいいんじゃない?
そんなことを考えていると、店の奥からミルシェが出てきた。
普段は『ティナおねえちゃん』と呼んでくれるのだが、働いている時間は『お客さま』と呼ばれるのが少しくすぐったい。
「お客さま、誰に、いくつ必要ですか?」
「えっと……」
指折り数えて土産の必要な人数を計算する。
全員に全種の皿焼きを買って帰るにしても、やはり銀貨一枚分は買いすぎだった。
そして、いかに客とはいえ、一度に大量に買って在庫を空にすることは、やはり店側には迷惑であろう。
結局、軒先で食べる分を購入し、人数分と少し余分にお土産用を焼いてもらいながら待つことにした。
店主に断ってミルシェの分も購入し、休憩と称して一緒に皿焼きを食べる。
今年のミルシェとの収穫祭の思い出は、軒先で皿焼きを食べた、で終わりそうだ。
「ティナおねえちゃん、オスカーは?」
最近では遠慮なく私にくっついて移動していた黒犬の姿がないことに疑問を感じたのだろう。
周囲を見回して黒犬を探しながらミルシェが言った。
「オスカーなら、少し前にベルトラン様とお家に帰りましたよ」
「え? それは……」
……うん?
黒犬はもう街にはいない。
そう事実だけを答えたのだが、ミルシェと店主は顔を見合わせて少し困ったような顔をする。
お互いの中で、なにか了解済みの事柄があったのだろう。
しばし無言で目配せをしあったかと思ったら、神妙な顔をした店主が言いにくそうに口を開いた。
「なんか……ここいらじゃ見かけねェ商人が、お嬢ちゃんのことを探しているみたいなんだが」
心当たりはあるか? と問われれば、一人思いだされる人物がいる。
少し前にオレリアのレースを売ってくれ、としつこかったあの商人だ。
「お嬢ちゃんのコトは、いつもあの犬が番をしてるから大丈夫かと思ったんだが……」
飼い主の元へ帰ってしまったのなら心配だな、と店主は続ける。
黒犬がいれば怪しい商人など私に近づけないが、いないとなれば不安がある、と。
「オスカーはいませんけど、カリーサが強いから大丈夫ですよ」
いざとなったら、前回のように黒騎士を頼るので大丈夫だ、とも。
グルノールは砦の街でもあるので、他の街に比べて黒騎士の数が多い。
不審者がいればすぐに通報できるし、普通の子どもとは違って私の顔を知らない黒騎士はいなかった。
黒騎士のトップが私の保護者なので、私の訴えは真摯に受け止めてもらえる。
不審者に追いかけられて怖いと訴えれば、気のせいとは片付けられず、不審者の足止めや拘束ぐらいはしてもらえるだろう。
……でも、嫌な予感がするね?
そして、嫌な予感というものは大抵が当る。
キリが良さそうなので、この辺で一度切ります。
ティナは可愛い設定だけど、まだ子どもなので美人コンテストはお呼びじゃないです。
誤字脱字はまた後日。
誤字脱字、みつけたものは修正しました。




