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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第5章 再会と別離

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レオナルドの相談事

 油絵は影から塗って徐々に明るい色にしていく、と聞いたことがある気がする。

 逆に水彩絵の具は薄いところから塗って徐々に濃くする、とも聞いたことがあった。

 とはいえ、画材の性質からくる使い方というものは確かにあるだろうが、結局は使い手の使いやすい方法で描けばいいと思う。


 ……それに、私が使うのは絵の具でもインクでもなく、刺繍糸だしね?


 むしろ思うがままにやるしかない、というのが私の場合は正しい。

 刺繍の方法や複雑な模様の作り方はヘルミーネから教わったが、一面を刺繍で描くコツなど、さすがにヘルミーネの管轄外だ。

 一度刺繍で絵画を描いた画家のアドバイスを受けたい気はするが、私の場合はあくまで趣味のお遊びの範囲なので、自分の思いつくままにやっても問題はない。

 子どもが書いた家族の似顔絵を、家族に贈るようなものなのだ。


 ……下絵はジェミヤン様に協力していただいたから、ホントの意味では子どもが描いた似顔絵じゃないけど。


 手芸屋で教えてもらった計算方法で必要になる糸の量はわかった。

 余裕を持って少し多めに糸を注文し、支払いはいつかのハンカチの代金で足りる。

 広範囲ではない、既製品の刺繍糸だけで足りる箇所から縫い取り始めると、少しずつでも下絵に色が付いてくるのが楽しい。


 ……オスカー?


 不意に階段の下から、黒犬オスカーの吠える声がした。

 一度だけ吠える鳴き方は、レオナルドが屋根裏部屋へと近づいている、と私に報せるためのものだ。

 近頃は刺繍をする時に屋根裏部屋へと私が籠るため、カリーサはその時間には違う仕事をしている。

 人間とは違って別の仕事などできないオスカーは常に許された範囲で私の近くにいるので、階段で屋根裏部屋へと人が近づこうとした時の見張りをさせていた。

 ちなみに、吠えるのはレオナルドの接近で、他の人物の時は屋根裏まで来て扉を前足で引っ掻くだけである。

 そう注文をつけたところ、黒犬は注文通りに行動を分けてくれたので、本当によく躾けられた犬だと思う。


 ……なぜか最近は主人を間違えているみたいだけどね。


 なにはともあれ、レオナルドが屋根裏部屋に接近してきている、ということはわかった。

 早々にこの見つかってはまずい刺繍を隠さねばならない。


 ベッドの下から籠を取り出し、その中へと針を刺したままの布を突っ込む。

 すぐにまたベッドの下へと籠を押し込むと、タイミングよく扉がノックされた。


「あ、開いてますよ」


 勝手に入って来てください、と答えながら、立ち上がって扉へと振り返る。

 なんとなく居心地が悪くて腰の後ろへと手を隠すと、扉を開けて部屋へと入ってきたレオナルドにはなにか疚しいことがある、と思われたようだ。

 少しだけ黒い目を見開いたかと思ったら、苦笑いを浮かべた。


「……なにを隠したんだ?」


「レオナルドさんには内緒の刺繍です」


 完成するまで見ちゃダメです、とそっぽを向いて宣言する。

 レオナルドのような上に馬鹿の付く正直者には、こちらも正直に言っておいた方がいい。

 下手に隠すより、堂々と「秘密だ」と言っておいた方が、もし万が一にでも刺繍が視界に入りそうになった時に自分から目を背けるだろう。

 レオナルドという男は、そのぐらいの正直者だと思っている。


 そして、レオナルドは私の目論見どおりに受け止めてくれた。


「内緒だから、屋根裏で作業か」


「はいです」


 ならこれ以上は聞かない、とでも言うようにレオナルドは一度だけ頷いて、ベッドへと腰を下ろした。

 なにか座る必要がある程度には、私に用事があるらしい。


「なにかご用ですか?」


 レオナルドの隣に座ると、古いベッドなのでギシリと軋む。

 子どもである私の体重だけならば普段はなんともいわないベッドだったが、大柄なレオナルドの体重を支えるのは辛いようだ。


「ティナに少し相談があってな」


「レオナルドさんが一人で決める前に相談してくれるって、珍しいですね」


「最近はそうでもないだろう……」


 まだ信用がないのか、とがっくり肩を落とすレオナルドに、内心でだけこっそり舌を出す。

 一度失った信頼など、簡単には取り戻せないのだ。


「……あー、まず、オレリアの様子なんだが」


「オレリアさんですか?」


 オレリアの様子など、なにも私に聞かなくともレオナルドは知っているはずだ。

 オレリアからの手紙も、私からオレリアへと送る手紙も、学習の成果と新たな課題としてレオナルドも目を通している。

 オレリアに対する情報なら、私もレオナルドも同量しか持ってはいない。


「セドヴァラ教会からの依頼があっただろう? オレリアに街へ住むように説得してほしい、と」


「ありましたね」


「どんな様子だ?」


「どんなと聞かれましても……?」


 なんでこんなことを聞かれるのだろう、とは思ったが、最近のオレリアからの手紙の内容へと思いをめぐらせる。

 挨拶と近況、季節の移り代わりに体調の変化など気をつけて、といった内容が私とオレリアの手紙には多い。

 セドヴァラ教会からは確かにオレリアを説得するように、という依頼があった気はするが、わかりやすく私がそれを勧めたことはなかった。

 オレリアが街に住めばいいな、とは思うが、オレリアの事情を少しでも知っていれば、セドヴァラ教会の言うままに街へ引っ越すように勧める気にもなれない。


「……意外に弟子の人たちと仲良くやっているみたいだな、とは思います」


 これは本音の感想だ。

 手紙の文面は弟子二人に対する愚痴やダメだしも多いが、その反面、手応えを感じて喜んでいるのがみて取れた。


「オレリアが街に来る気になると思うか?」


「微妙だと思います」


 人の気持ちはいつか変わることもあるので、絶対にないとは言い切れないが。

 オレリア自身は谷での生活に不自由も不満も感じていない。

 ただ私が、老齢のオレリアに谷での一人暮らしよりも、なにかあった時に周囲がすぐ助けの手を差し伸べることができる距離に住んでほしい、と望んでいるだけだ。


 ……今はパウラとバルバラがいるから、一人暮らしじゃなくなったしね。


 これまでほど緊急性は感じていないので、セドヴァラ教会が望むままにオレリアをせかす気にはならない。


「ティナは、オレリアと暮らしたいか?」


 少しだけ緊張しているとわかる低い声に、一瞬なにを言っているのかが理解できなかった。

 けれど、ゆっくりと脳がレオナルドの言葉を理解しはじめると、私の頬がムズムズとうずく。


「それは、わたしが谷へお引越し……?」


 まずい。

 頬に力を入れなければ、だらしなくにやけてしまいそうだ。


 街へ引っ越したがらないオレリアと暮らすということは、つまり私が谷へ引っ越すということだろう。

 王都へ連れて行かれて見ず知らずの新しい養父母を付けられるよりは頼りなくともレオナルドを選ぶが、レオナルドとオレリアだったら私はオレリアを選びたい。

 私に対してただただ甘いレオナルドより、少し厳しくともオレリアの方が保護者として頼りになる気がするのだ。


「ティナが引っ越すんじゃないぞ。オレリアがグルノールの街へと引っ越してこないか、という話だ」


「……なんだ、わたしがお引越しするんじゃないんですか」


 私の引越しであればレオナルドの許可さえあればすぐにでも移動できるが、オレリアを街へ引っ越す気にさせるのは難しいだろう。


 ……喜んで損した。


 唇を尖らせて拗ねてみせたら、十歳になったのだから、唇を尖らせて拗ねるのもやめると言っていただろう、とその唇を摘まれた。

 少しだけ痛い。


 ……オレリアさんがグルノールの街に、か。


 とりあえず、アルフは喜ぶ。

 私も喜ぶ。

 思惑はどうあれ、セドヴァラ教会も喜ぶだろう。

 ただ、オレリアが喜ぶかどうかはわからないし、オレリアが嫌だと言うのならやはり引越しは勧めたくない。


「ティナとオレリアさえ良ければ、この館にオレリアの部屋を用意してもいい」


「え? ホントですか!?」


「嘘をついてどうする。ティナはオレリアが大好きだからな。ほとんど祖母かなにかみたいに好いているだろ?」


「はい、オレリアさん大好きです!」


 間髪いれずに薄い胸を張って宣言する。

 レオナルドはどこか複雑そうな顔をしていたが、どうせ自分とオレリアのどちらが好きか、とか考えているのだろう。

 そんな顔をしていたので、気づかない振りをした。


「……パウラさんたちが育ったら、って条件で口説けませんかね?」


「オレリアを口説くのはティナに任せるよ」


 女性は口説くよりも怒らせる方が得意だからな、と自重するレオナルドは、ようやく自覚が出てきたらしい。

 街へ出れば街娘が振り返るほどモテるのに、なぜかレオナルドには恋人がいない。

 近づいてくるのはレオナルドの地位やお金に目がくらんだ、少々困った性質たちの悪い女ばかりだ。

 そんな欲に目がくらんだ女でも長く関係が続かないのだから、普通のお嬢様方がレオナルドの鈍感っぷりに耐えられるわけがない。


「自覚が出てきただけ、進歩ですね」


 座っていたベッドから立ち上がり、レオナルドの頭を撫でる。

 いい子、いい子、と誉める振りをして整えられた髪を乱してやった。


「……これ以上、妹に嫌われたくはないからな」


 髪を乱されても苦笑いを浮かべたままのレオナルドに、少しだけ考える。

 ここしばらく故意に態度を悪く、レオナルドをチクチクと苛めてきたのだが、そろそろ許してもいい気がした。

 本当に僅かずつではあるのだが、レオナルドが私に歩み寄って来てくれていると感じるのだ。


 ……私、このままこの人に黙っていてもいいのかな?


 たまにとんでもない失敗をする保護者ではあるが、彼なりに真摯に私と向き合っていることは知っている。

 見当外れであったり、理不尽に叱られて腹の立つこともあったりするが、基本的には正直者の善人なのがレオナルドだ。

 たぶん、私が相談をすれば、どんな内容であっても真剣に悩んで一緒に考えてくれる。

 そのぐらいの確信は持てていた。


 ……日本語が読めますって言って、レオナルドさんに協力してもらったら早そうなんだけど。


 なんとかオレリアに聖人ユウタ・ヒラガの研究資料の内容を伝えようと悩むのも、レオナルドを巻き込めれば問題は即解決する。

 秋の終わりからずっと写本作業をしているジャスパーだって、私が横で研究資料を読みあげれば、その場でこの国の言葉に直して写し取ることができるのだ。


 ……それに、日本人の転生者ってことになっても、それほど悪い扱いになるわけじゃないみたいだしね?


 理想としては、レオナルドに日本語が読めると伝えたあとは、その情報を伏せてほしいのだが。

 性格上、レオナルドは馬鹿正直に王都へと報告するだろう。

 日本人の転生者が生きていた、もしくは、保護しているとでも。


 ……王都への引越しは嫌だなぁ。


 そう考えると、あらゆる方面に益のある話ではあるのだが、レオナルドに打ち明けることができない。

 悪い扱いを受けないとは説明されていても、一年暮らして慣れてしまったグルノールを離れてもいいと思えるものではなかった。


 ……これもオレリアさんに相談したいな。


 なにはともあれ、オレリアに引越しを勧めることから始めなければならない。

 あれもこれもと欲張っては、なにをしたらいいか判らなくて混乱してしまう。


 ……なにか、こっそりお手紙できる方法ないかな?


 そのまえに、英語を自由に書けるようにならなければならない。

 レオナルドやヘルミーネに英語へと直してもらっている今のままでは、とてもではないが内緒の手紙など書けるわけがなかった。

ここまでで昨日は1話の予定でした。

だから今日は短い。


誤字脱字はまた後日。

誤字脱字、みつけたものは修正しました。

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