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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第5章 再会と別離

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テオのいない闘技大会

 レオナルド対ベルトランの夢の対決があるかもしれない、とニルスを闘技大会へと誘ったところ、意外にも非常に喜ばれた。

 見るからにおとなしそうなニルスはあまり剣術になど興味はないのかな、と思っていたのだが、違ったようだ。

 向き不向きに関係なく、男の子は黒騎士に憧れているものらしい。

 性格的にはルシオの方が喜ぶかと思ったのだが、こちらはあまり黒騎士に興味がないようだった。

 が、ミルシェの気分転換になら付き合う、と言っていたので、本当に興味がないのか、ミルシェを気にかけてくれているだけなのかは微妙なところだ。


 ……ミルシェちゃんは誘った方がいいのか、悪いのか、判断が難しいけどね?


 私の目を通じてレオナルドに見張られている、と両親に印象づけるためには誘った方がいいが、テオは昨年の闘技大会に来ていた。

 もしかしなくとも、ミルシェには闘技大会でのテオとの思い出がある可能性がある。

 ミルシェがテオを思いだして悲しむ可能性があると考えれば、誘わないという選択肢もあっていいかもしれない。


 ……テオがいなくなって、もうひと月以上経つんだね。


 レオナルドが少しだけ調べてくれたが、テオを買った商人は南西の町や村で確認されたらしい。

 そこまでは消息を掴むことができたのだが、進んだ方角から察するに、テオは隣の帝国で商品として売られるのだろう。

 その後の消息を掴むのは難しい、とレオナルドには謝られてしまった。







 昨年テオにいきなり髪を引っ張られたことを受けて、今年は裏門から砦へと入る許可を貰う。

 基本的に黒騎士の家族以外の者は、観客席が空いていたら闘技大会会場へ入れることになっていた。

 黒騎士の家族枠である私は正門から並ばずに堂々と入っていけるのだが、それは避けた方がいいだろう、となんとなく思う。

 もとからそういうものであると承知していても、やはり並ばずに正門をくぐっていく子どもがいれば、並んでいる側の人間が面白くないのは道理である。


 ……それに、今年はおまけが多いしね。


 ニルスはベルトランのファンなので誘った。

 ニルスと同じ敷地内にいるのでルシオも誘った。

 ルシオがミルシェを気にかけていたので、こちらも悩みはしたが誘っている。


 ここまでは想定内だ。


 想定外なのは、エルケとペトロナも闘技大会を見たい、と言いはじめたことだ。

 恋とお洒落に興味津々な二人が、黒騎士の闘技大会のような汗と血の臭いしかしないであろうものを見たがるとは思いもしなかった。


 ……ま、聞いてみたら理由は判ったけどね。


 恋に恋するおませなエルケは素敵な男性を求めて、お洒落に関心のあるペトロナは、黒騎士目当てに集まるお嬢様方のお洒落を観察したい、というのが理由だった。

 どちらも闘技自体にはまるで興味がない。


 ……闘技大会自体には興味がない、っていうのは私とそう変わらないけど。


 不純な動機で席が埋まるのは、他の人に悪い気がする。

 黒騎士目当てのお嬢様方は他にもいるが、闘技大会には黒騎士に憧れる男の子たちも来るのだ。

 闘技大会そのものに興味がないのなら、他の人のために席は空けておいてあげたい。


 こんな感じで人数が少し増えたが、今日の待ち合わせ場所は騎士の住宅区入り口だ。

 ここでミルシェたちと合流し、一度城主の館へと入る。

 砦の正門からは逆方向に進むことになるが、闘技大会の会場となっている砦の中庭へは実はこちらの道の方が近い。


 砦の中庭に移動すると、今年も中央に六つ、柵で闘技場が作られていた。

 柵を囲む観客席も、昨年と同じように作られている。


 観客席へと行きたがったエルケとペトロナとは早々に別れ、レオナルドのいる天幕を探す。

 すでに黒騎士には私の顔を知られているので、どこへ顔を出すのもフリーパスだ。


 ……うう、やっぱり来るんじゃなかったかも。


 歩いているだけなのだが、時折聞こえる剣戟の高い音に驚いてつい肩が震える。

 闘技場からの距離は十分にあるのだが、なにかの間違いで弾き飛ばされた剣や剣先が飛んでくるのではないかと想像してしまって怖い。


 ……でも、今日誘ったのは私だからね。怖くても我慢、がまん。


 ミルシェの手を引きながら人の間を縫うように歩き、昨年と同じ場所に設営されていた天幕に辿りつく。

 声をかけてから中に入ると、やはりレオナルドがいた。


「レオナルドさん、来ましたよ」


 昨年同様、レオナルドは鎧で全身を包んでいる。

 あまり見慣れない姿なので格好良く見えるのだが、それをそのまま伝えたら外へしばらく出せない顔になることは解っているのであえて言わない。

 レオナルドは黙っていればカッコいいのだ。


 ……中身は結構残念だけどね。


 子どもたちの人数をかぞえ、最後にレオナルドはミルシェの頭を撫でた。

 レオナルドを見上げるミルシェの瞳が一瞬だけ揺れたので、あとでレオナルドに特注靴の洗礼を浴びせようと思う。

 たぶんでしかないのだが、ミルシェは身近く見たレオナルドに、テオなら喜んだだろう、と思ってしまったのだ。


 ……連れて来たの、失敗だったかな?


 そう気分が沈みはじめたのだが、ルシオがフォローのためかレオナルドに別の話題を振ったため、ミルシェの顔がそれ以上曇ることはなかった。


 ……もしかしなくとも、テオよりいいお兄ちゃんしてるね、ルシオ。


 ついでに言うのなら、うちの兄よりもいい兄であろう。


「そういえば、他の砦の副団長さんと試合するって、レオナルドさんだけ一人で四試合するんですか?」


 ベルトランの申請も書類に不備がなかったため、通っている。

 レオナルドとベルトランの試合は、特別枠として闘技大会のラストに行う予定になっているのだとか。


「さすがに一人で四砦の副団長と連続で試合をするのは疲れるからな。俺の相手はアルフとルグミラマの新しい副団長だ」


 残る二人の副団長は、グルノール砦の副団長であるアルフが相手をするらしい。

 アルフはグルノール砦でレオナルドの次に強いので、アルフに勝てない時点でレオナルドよりも弱い、という証明になるのだ。

 その代わり、どちらかの副団長、あるいは両名がアルフに勝てば、やはりレオナルドは追加で試合を行なうことになる。


「今年の俺とアルフの試合はもう終わったから……次の試合はルグミラマのルミールとだな」


「ルミールさんって、この間ラガレットからの荷物を届けてくれた……?」


「そのルミールだ。ルミールは今年のルグミラマ砦で行なわれた闘技大会で前副団長を倒し、見事優勝したらしい。今日俺に勝てば、晴れてルグミラマ砦の団長に就任だ」


 毎年レオナルドと試合ができる一枠を賭けて三砦の副団長同士が争うらしいのだが、今年はルグミラマ砦の副団長が新しく変わった、ということで紳士的に一枠が譲られることになった。

 誰しも一度は戦いたいのがレオナルドという騎士なのだとか。


 ……外での高すぎる評価と、兄としてのポンコツっぷりが一致しないよ。


 兄としては妹の話は聞き流すし、他所の子の味方をするしと残念すぎるレオナルドなのだが、騎士としての評価は聞いていて胡散臭いほどに高い。

 胡散臭い、と思ってしまうのは、私がレオナルドを身内だと認識しているからだ。

 身内として残念な部分も多く見ているので、理想的な騎士だとレオナルドを崇める気にはなれない。







 折角来たのだし、とやはりまだ雰囲気に慣れないながらも観客席に座る。

 柵のすぐ近くで見ている人間よりは、安全な距離のはずだ。


 遠目に見る黒騎士たちの真剣な試合は、やはり怖い。

 剣と剣のぶつかる鍔迫り合いの音、剣戟、盾と剣がぶつかる音、それらすべてがお腹に直接響いてくる気がした。


 ……でも、昨年よりは平気かも?


 もしかしたら、隣にミルシェがいるため年長者としてみっともない姿は見せられない、と意地を張れているだけなのかもしれないが。

 それでも昨年の自分よりかはマシなはずだ。

 昨年はたしか、観客席まで来ることは来たが、周囲の雰囲気が怖くてずっとレオナルドの後ろに隠れていた。

 今年も勿論大人カリーサが一緒だというのに、抱きつきも、後ろに隠れもしていない。

 少しずつだが、この雰囲気に慣れてきているのだと思う。


 ……マントがないと、誰だか判らないね。


 目の前の闘技場で兜を被って深紅のマントをしたレオナルドと、濃紺の短めのマントをした黒騎士の試合が始まる。

 マントの色からすると、対戦相手はルグミラマ砦のルミールだ。


「ひっ!?」


 他の試合はまだなんとか見ることができたのだが、自分の兄に向って剣が振り下ろされるというのは、また違った恐怖があった。

 レオナルドはすべてを綺麗に受け流しているのだが、ルミールの剣が振り下ろされるたびに私の寿命が縮む気がする。

 きゅっと心臓を掴まれたような気がして、落ちつかない。


 結局、レオナルドの試合は途中までしか見ていられなかった。

 故意に視界から追い出し、早く終わることだけを願っていたので、レオナルドには申し訳のないことをした気がする。

 試合を見ることはできなかったが、ミルシェやニルスが解説してくれたので、試合結果は知ることができた。

 ルグミラマ砦の新しい副団長は、善戦むなしくレオナルドに敗れたらしい。

 今年もルグミラマ砦の主はレオナルドに決定したのだ。


 レオナルドの天幕へ戻ると、鎧に身を包んだベルトランが満面の笑みを浮かべてやってくる。

 ベルトランの剣と鎧は、今日のために自分の領地から運んでこさせたのだと、アルフが教えてくれた。

 やはり剣も鎧も、使い慣れた物がよい、と。


 全戦全勝したぞ、と息切れ一つしていないベルトランの姿が少し恐ろしい。

 たしかベルトランは五十をすぎた年齢のはずなのだが、体力的には全盛期であるはずの若い黒騎士を何人も相手にしてきて、まるで疲れた様子がない。

 レオナルドと試合を組むという話は出ていたが、元英雄とはいえ贔屓はよくない、と他の黒騎士との試合にもでることを条件として提示した。

 他の黒騎士の中から勝ち抜き、見事決勝まで残ったのならレオナルドとの試合を用意しよう、という話になっていたはずだ。

 それらに見事勝ち抜いたということは、このあとレオナルドとの特別試合が組まれることになるし、今年もグルノール砦の三位は空位ということになる。


 ……このままベルトラン様が現役復帰して、砦の三位に納まるってこともあるかもね?


 そんなことを考えていたら、室内を見渡していたベルトランの目が私のすぐ横で止まった。

 ミルシェには一度会ったことがあるので、覚えていたのだろう。

 豪胆な方法でテオの誕生日を祝ってくれたベルトランは、あの日と同じような不意打ちで、見事にミルシェの地雷を踏んだ。


「ああ、あの時の女児か。テオはどうした? 一緒ではないのか?」


 ……それ、禁句っ!


 止める間などなかった。

 あえてテオの話題は避けていたのだが、会うのが久しぶりになるベルトランには当然のようにテオの身に起こったことを話していない。

 そもそもベルトランとミルシェは、普通であれば再会することすらないはずだったのだ。


 ……ベルトラン様がテオとミルシェの顔を覚えているとは思わなかった!


 こんなことがあった、と大雑把に子どもの存在を覚えていたとしても、子どもの顔一人ひとりを覚えているとは思わなかった。

 さて、どうやってベルトランの口を閉ざさせよう、といい考えが浮かぶより先に、ミルシェの顔がくしゃりと歪む。

 せっかく近頃はまた笑顔を見せてくれるようになってきていたミルシェが、ベルトランの悪意のない一言でポロポロと泣き始めてしまった。


「ベルトラン様、退場です!」


「は?」


 突然泣きはじめたミルシェに瞬いていたベルトランは、これまた突然怒りはじめた私に瞬き、それでも自分が原因であるとは察せられたのだろう。

 本来なら私の力などではびくともしないはずなのだが、素直に天幕から押し出されてくれた。


「レオ、絶対ベルトラン様を倒してください!」


 怒りに任せて頬を膨らませたままレオナルドを振り返り、ビシッと注文を突きつける。

 化け物並みの体力があると証明されたようなベルトランを相手に、レオナルドがどこまでやれるのかは正直判らなかったが、なにがなんでも今日だけは勝ってほしい。


「……善処する」


「そこは格好良く『俺に任せておけ』って言ってください!」


 怒りに任せてレオナルドも天幕から押し出す。

 どうせ怖くて試合なんて見ていられないのだし、と天幕にミルシェと残ることにしたら、ルシオとニルスも付き合ってくれた。

 ニルスはベルトランとレオナルドの試合を楽しみにしていたはずなのだが、ミルシェに付き添うことを選んでくれた。

 他の試合でベルトランの雄姿は見たので、泣いている友人を優先したい、と。


 試合結果は、アルフが教えてくれた。

 アルフは私が試合を怖がると知っているので、結果だけを簡潔に教えてくれる。


 老いのせいか、実力の差かは判らないが、レオナルド対ベルトランという夢の新旧英雄対決は、現役のレオナルドの勝利で終わった。

 ベルトランは自分がもう少し若ければ、と悔やんでいたそうだ。


「……あー、ミルシェ。知らぬこととはいえ、無神経なことを言ったな。この通り、許してほしい」


 試合後、天幕へと戻ってきたベルトランは、事情を誰かから聞いたのかミルシェにちゃんと頭をさげて謝罪する。

 ミルシェはベルトランの謝罪に対し、自分の方こそ突然泣き出して迷惑をかけた、ごめんなさい、とこの謝罪を受け入れていた。

誤字脱字はまた後日。

誤字脱字、見つけたものは修正しました。


3月7日の更新はお休みします。

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