迷子の後始末
結局、レオナルドはそのまま夕方までバルコニーに居座った。
メンヒシュミ教会としては、街で一番強い騎士が精霊の寵児の護衛についているようなものなので、特に問題はないらしい。
暑い夏に一日中屋外で過ごすことを心配されていたが、用意されていた日除けや水分のお陰で熱中症になることもなかった。
多少の疲れは感じているが、あと数時間で終わると思えば耐えられるだろう。
……昨年も思ったけど?
古風な衣装を着たレオナルドはカッコいい。
普段は当てにならないところもある保護者なのだが、体の線が出る衣装を着ると鍛え抜かれた筋肉が見て取れるし、前髪を上げると精悍な顔立ちがよく見える。
館の中では妹可愛さに外に出せない顔でデレデレとしていることもあるが、さすがに外ではそんな顔を見せない。
その結果として、今年も舞台の前方は若いお嬢様方で埋まっていた。
……春華祭で妹馬鹿っぷりを広めたけど、あんまり効果なかったみたいだね。
女性避けに使われたはずなのだが、レオナルドのファンが減った様子はない。
それどころか、気のせいでなければ昨年よりも数が増えている気さえした。
……もしかして、あれかな? 昨年の最後のヤツ。
昨年は黒騎士が取っておいてくれた広場の特等席から祭祀を見たのだが、私がいる場所がわかっていたからか、祭祀の終わりにレオナルドは私の方へと笑みを寄こした。
その際に、周囲にいた娘さんたちが萌え苦しんでいたのを覚えている。
……今年もあるとしたら、中央辺りじゃないかな?
精霊の寵児に、と用意された席があるのは舞台から見てほぼ正面だ。
今年もレオナルドが微笑むとすれば、この席へ向かってだろう。
着替えの終わったレオナルドは、祭祀の始まるギリギリまでバルコニーで過ごしていた。
追想祭の衣装とはいえ、古風な格好をした人間が三人もいるので、バルコニーだけ年代がおかしく感じる。
しかし、同じ場にいるカリーサは夏服として生地こそ薄いがメイド服を着ているので、やはり仮装の域をでない。
来年はカリーサも古風な侍女衣装を、と思ったが、カリーサがいるのは一年だけの予定だ。
来年この場にいるとしたら、それはサリーサの方になるだろう。
やがて日が沈んで祭祀の時間になると、レオナルドはバルコニーから離れた。
そろそろ祭祀が始まるのだろうと舞台を見守っていると、司祭に先導されてレオナルドが舞台袖から上がってくるのが見える。
……なんだか、変な気分だね。
昨年とは違い、メンヒシュミ教会で神話の概要を学んだし、昼間の劇も見ている。
そのため、レオナルドの読みあげる祝詞の意味もなんとなく理解できるのだが、追想祭の元となっている神話が一つの出来事として頭の中で纏まってくれなかった。
……だって、本当の神王様は女の人を探してたんだよ? 自分の存在に悲しんで姿を隠した、ってなにか変じゃない?
劇の中に出てきた女性にしても、罪を犯した若者の妹や幼馴染といった脇役はいたが、ヒロインになりそうな役どころは女神イツラテルぐらいしかいなかった。
いつか探した『イツラテルの騎士』はこの若者と女神イツラテルを恋仲にした物語なのだが、神話での女神イツラテルは若者の両手足を切り落としている。
とてもではないが、恋仲の若者にする所業とは思えなかった。
……神王様は、誰を探しているんだろうね?
神々の選んだ人の王は、人と精霊の間を取り持つために選ばれた存在だ。
その役目を放棄してまで探している女性なのに、神話に影も形もないのはおかしい。
朗々と読み上げられていた祝詞が終わると、昨年同様に司祭が松明をレオナルドへと手渡す。
レオナルドが積み上げられた劇の衣装や小道具へ松明の火をつければ、祭祀は終了だ。
……あれ?
てっきり昨年のようにレオナルドがこちらへ微笑みの一つでも寄こすかと思っていたのだが、意外なことに今年はなにもなかった。
これで役目は終わったとばかりにレオナルドは舞台をおり、早々に姿を消す。
舞台前方に陣取っていたお嬢様方の、落胆の溜息がここまで聞こえてきそうだ。
……ところで、もうお仕事は終わりってことでいいのかな?
追想祭は劇で使った小道具や衣装へ松明で火をつけたら終了のはずだ。
あとは火を囲んでの宴会場となり、祭祀らしいものは行われないはずである。
もう帰ってもいいのかな、と席に座ったまま周囲を見渡すと、舞台の方からざわめきが近づいてきた。
よく耳を澄ませなくとも、ざわめきが女性の声によるものだとすぐに判る。
ざわめきは真っ直ぐにバルコニーの下まで移動してくると、一度静かになった。
「ティナ、おいで」
「あれ? なんで衣装のままなんですか?」
バルコニーへと続く室内から出てきたレオナルドに、とりあえずざわめきの正体はわかった。
衣装を着たまま舞台をおりて移動するレオナルドに合わせて、娘さんたちが騒いでいたのだろう。
レオナルドは大股で私の元へと近づいてくると、止める間もなく私の体を抱き上げる。
「抱っこは禁止ですよ!」
「今日は目立った方がいいから、抱き上げていないと」
「目立つ?」
はて、まだなにか役目があっただろうか? と記憶を探っているうちに、レオナルドはカリーサを呼び寄せる。
カリーサは抱き上げられた私の衣装の皺を伸ばしたり、少し乱れた髪を整えたりとすると、満足気に笑った。
「ティナは神王祭で街のみんなに心配をかけただろう?」
捜索やら、それにまつわる検問などで迷惑をかけた街の住民に、私は謝罪もお礼も言っていない。
アラベラは追想祭で精霊の寵児として働いて返せばいい、と言っていたが、やはり挨拶の一つもしておいた方がいいだろう。
街の人間すべてにお礼を言って回るのは不可能に近いが、こうした舞台を借りて一度に済ませるのは確かに良い方法だと思った。
レオナルドに抱き運ばれていると、周囲にいる女性からの視線が痛い。
私がまだ子どもだと判る年齢だから視線が痛いだけで済んでいるが、年頃の娘であれば視線が痛いだなどとのん気に考えてはいられないだろう。
もちろん、年頃になってまでレオナルドに抱き運ばれる予定はない。
再び舞台に上がったレオナルドを、舞台前列を固めるお嬢様方が羨望の眼差しで見つめる。
その腕に抱かれた私へと注がれる視線は、大雑把に分けて二種類。
女性特有の嫉妬から「なに、あの子?」というチクチクとした視線と、「揃いの古風な衣装が可愛らしい」といった単純な好意の視線だ。
……目がいっぱいで、怖い。
前方の女性から注がれる嫉妬と羨望、好意の混ざった視線も怖かったが、その後ろにいる様々な人間の視線も怖い。
広場にいるすべての視線が自分に注がれているような気がして、そんなはずはないのだが息が詰まる。
心細くなってレオナルドへと身を寄せると、レオナルドは一瞬だけ私へ視線を落とし、すぐに前方へと視線を戻した。
舞台の上のレオナルドは人目に晒されることに慣れているのか、実に堂々としたものだ。
視線が怖いと怯える私とは、まるで違う。
考えてみれば、大勢の騎士を束ねる騎士団長様なのだから、大勢の前での演説など慣れていて当たり前なのかもしれない。
……今日はレオナルドさんがカッコよく見える日だよ!
たまにこのポンコツ保護者め、と頼りなく思うこともあるが。
段上で胸を張って大勢の視線に怯むことなく演説ができるレオナルドは、素直にカッコイイと思う。
「これは俺からの個人的な報告と礼になるが――」
こんな出だしで始まったレオナルドの演説は、神王祭での私の迷子とその捜索活動、検問への協力に対する街の住民へのお礼の言葉が続く。
妹は精霊に攫われたが無事に暖炉へと帰還し、今日は精霊の寵児として追想祭を見守っていた、と。
「ティナ、みんなにお礼を」
「えっと……ご迷惑をおかけしました。探してくれてありがとうございます」
レオナルドに挨拶をと促されたが、腕からおろしてはくれなかったので、抱き上げられたままの格好で聴衆に頭を下げる。
お礼を言う立場としてこの姿勢はどうなのだろう、と思うのだが、この場に一人で立てる気もしなかったので、行儀は悪いがレオナルドに甘えた。
……あ、少しだけ視線が緩くなった。
妹、と説明されたからだろう。
舞台周辺を固めるお嬢様方からの嫉妬の視線が、幾分か和らいだ気がした。
演説の終わりに、レオナルドが酒と料理を用意したと言うと、宴会目当てで集まっていた聴衆から歓声が上がる。
広場に入りきらない人のためにも、と各教会の前庭を借りて料理と酒を振舞う予定である、と。
それが自分からの礼である。
妹の捜索への協力に感謝する、と言葉を結んで、レオナルドは舞台を下りた。
今度こそ、私の仕事も終わりだ。
天幕で衣装から着替えるレオナルドを待っている間に、いろいろな人間に話しかけられた。
そのたびにカリーサの袖を掴んだり、黒犬を間に挟んだりとしながら愛嬌を振りまく。
今夜の私はお礼を言っている側なので、初対面の人が苦手だからと言って逃げ出すわけにはいかない。
着替えが終わったレオナルドが天幕から出てくると、待っていましたとばかりに抱きつく。
レオナルドの傍にいれば、私へ話しかけてくる人間はみんなレオナルドへと向うはずなので、今夜ばかりは『抱っこ禁止』は棚に置いた。
レオナルドを盾にして、あとはもう休みたい。
はりきって愛嬌を振りまいた翌日、私はまた熱を出して寝込んだ。
やはり一日を屋外で活動をするのは疲れたらしい。
来年は先に提案されていたように、ニルスと交代制で臨もうと思う。
今日は短めです。
誤字脱字はまた後日。
誤字脱字、見つけたものは修正しました。




