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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第5章 再会と別離

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春華祭 2

 現在館へ滞在中の白銀の騎士への配達を終えて玄関ホールに戻ると、最後のひとつと言ってバルトがアネモネに似た赤い花が植えられた小さな鉢をくれた。

 今度は誰のところへ届けるんですか、と聞いたら、エノメナという名のこの花はレオナルドから私への贈り物らしい。

 刺繍は女性の家族から贈られるものなので、男性の家族は花を贈るようだ。


「カリーサ、これ、わたしのお部屋に飾ってください」


 外出用の身支度を終えて降りてきたカリーサに、貰ったばかりの鉢植えを任せる。

 私はレオナルドにお礼を言ってきます、と二階へと階段を駆け上がった。


「レオ、お花、ありがとうございます!」


 用件はお礼を言うことだけなので、部屋の中までは入らず、入り口から顔を覗かせる。

 執務机に向かって書類を読んでいたレオナルドは、突然声をかけられて何事かと少しだけ考える素振りをみせたが、すぐになにを言っているのかは理解できたようだ。

 まなじりを僅かに下げて笑った。


「ティナがしてくれた刺繍のお返しだからな。気にしなくていい」


「レオでもお菓子以外を贈る、って考えることがあるんですね」


 レオナルドからの私へのお土産や贈り物はほとんどがお菓子なので、少し見直しました、とからかってみると、レオナルド自身は私へは花よりもお菓子と思っている、と逆にからかわれてしまう。

 今日花を贈ったのは、あくまで春華祭しゅんかさいだからであり、私はまだまだお菓子で喜ぶ子どもだ、と。


「いつまでもお菓子で喜ぶ子どもじゃないですよ?」


 食いしん坊は自分でも認めていることなので、強く否定はできない。

 そのため、自信なさげに一応の抗議すると、レオナルドは今度こそ声に出して笑った。

 やはり花を贈るのは早かったか、と。







 春華祭は単純に春のお祭りだと思っていた。

 花の咲き始める季節に、冬の終わりと春の訪れを祝うお祭りなのだと。

 けれど、この思い込みは少し間違いだったらしい。

 意外にも春華祭見学へと付き合ってくれることになったヘルミーネが、春華祭は商業系の教会が取りしきる、商売の繁盛を願う祭りなのだと教えてくれた。


 ……そう言われてみれば、そうなのかもね?


 新しい服を下ろしたり、家族へ花を贈ったりする習慣があるのなら、生地屋や仕立屋、花屋の収益は大きいはずだ。

 レオナルドは私に花をくれたが、贈り物といえは花だけではないので、他の店だって稼ぎ時のはずである。

 指摘されてみれば、たしかに商売っ気の強いお祭りだ。


 ……でも、微妙にヘルミーネ先生が「バレンタインなどお菓子メーカーの策略っ!!」とか言ってる人と同じ顔してるのが気になるんだよね。


 なんとなくヘルミーネの表情が気になるのだが、その理由は大通りに足を踏み入れたらすぐに理解できた。

 春華祭という名の通り、大通りには沢山の花が溢れている。

 今日のために整えられたと判る街路樹と、その足元を飾る花の咲いた鉢植え。通りに面した店の入り口にも綺麗に寄せ植えされた花が飾られ、通りを歩く人の服装も明るい色をしていた。


 ……なんていうか?


 独特の雰囲気を感じるお祭りだ。

 お祭りのためかオープンテラスが設けられており、どの席も埋まっているのだが、少し違和感がある。

 追想祭や収穫祭では大通りの店は比較的富豪層の奥様たちが休憩をしている、といった雰囲気だったのだが、今日は客層が違った。

 主な客は若い男女だ。

 それも男女一人ずつで席についているのではなく、幾人ずつかのグループになって席を埋めていた。


「いつもと客層が違いますね?」


 疑問をそのまま口に出したところ、カリーサとヘルミーネがその理由を教えてくれる。


「……今日は、春華祭。恋の花咲く季節……?」


「あの男女は、あのようにして集団でお見合いをしているのですよ」


 自信なさげに首を傾げるカリーサと、憮然とした顔で呟くヘルミーネが実に対照的だ。

 私はというと、二人の説明から彼等の集まりが所謂いわゆる合コンであると知る。

 どんな世界でも、若者のすることは変わらないようだ。


 ……そして、ヘルミーネ先生が不機嫌な理由も解った。


 先ほどバレンタインに水を差す人間に似ていると思ったのは、そのままで間違いなかったのだ。

 男嫌いのヘルミーネは、もしかしたら春華祭自体が嫌いなのかもしれない。


 ……それなのに私の外出に付き合ってくれるとか、ヘルミーネ先生は付き合いがいいね。


 店の一角を占拠して集団見合いに興じる若者たちを尻目に、大通りを抜ける。

 中央通と交わる広場に到着すると、また人の層が変わった。


「広場は女の人が多いですね」


 なんでだろう? とよく目を凝らしてみると、人ごみの中に時折古めかしい衣装を着た女性の姿が見える。

 綺麗に結い上げた髪に花を挿し、手には花がいっぱい詰まった籠を持っていた。


「女の人が、花を配っていますね」


「彼女たちは花の女神メンヒリヤの六人の娘です」


 六人の娘、というだけあって、確かに探してみたら色の違う衣装を纏った女性が六人いる。

 微笑を浮かべた娘たちは、どういった基準なのかは判らなかったが、道行く女性に籠の中の花を手渡していた。

 花を受け取った女性は、顔を赤らめたり、幸せそうにうっとりと微笑んだりとしている。

 どうやら広場に女性が多いのは、この花を求めてのことらしい。


「メンヒリヤの娘から花を授けられると、夫のいる女性ならば妊娠の前兆、恋人のいない女性なら今年中に良い人が現れる、そのような迷信がございます」


 ヘルミーネがそんな解説をしてくれている間に、黄緑色の衣装を着たメンヒリヤの娘が目の前に現れる。

 びっくりして思わずカリーサの後ろへと隠れると、微笑みを浮かべたメンヒリヤの娘はヘルミーネに白い花を手渡した。


 ……ヘルミーネ先生の頬が引きつった瞬間を見ちゃった。


 お祭りの行事だから、とヘルミーネも花を突き返すような真似はしなかったが、男嫌いを公言するヘルミーネにメンヒリヤの娘からの花は必要のないものかもしれない。


 カリーサの後ろから覗く広場には、メンヒリヤの娘の他にも頭に花冠を載せ、背中には蝶のはねをつけた子どもが何人もいた。

 おそらくは、あれが春華祭の子どもがする仮装なのだろう。

 蝶の翅をつけていることを思えば、春の精霊といったところか。


「……はなを、女性から男性へ、男性から女性へ送る、愛の告白。あなたに恋しました」


 その告白のお手伝いをするのが、春の精霊に扮した子どもだ、とカリーサが教えてくれた。

 バルトは男性の家族が花を贈ると言っていたが、家族以外に花を贈る場合は愛の告白になるらしい。

 なんとも女性が喜びそうなお祭りである。


 ……まあ、男嫌いのヘルミーネ先生と、人見知りなカリーサにはいまいちピンと来ないお祭りみたいだけどね?


 そしてまだまだお子様である私には、当分関係のないお祭りだ。


 広場を抜けて中央通へと入り、すっかり足が覚えた道筋を歩いて角を曲がる。

 そうすると、すぐにお馴染みの三羽烏亭の店先が見えた。

 春華祭限定の商品がないかと今日もやって来たのだが、なぜか手前でヘルミーネの足が止まる。


「……ヘルミーネ先生?」


「手を、繋ぎましょう。また迷子になられては困りますから」


 少しだけ堅くなったヘルミーネの声に、そういえば神王祭はこの場所ではぐれたのだ、と思いだした。

 食欲だけで三羽烏亭ここまで来てしまったが、ヘルミーネを連れてきたのは失敗だったかもしれない。

 突然すぐ傍にいたはずの子どもを見失った場所だ。

 トラウマになっていても、不思議はない。


「今日は大丈夫ですよ。神王祭じゃなくて、春華祭ですから」


 もう突然消えていなくなることはないですよ、と言いながらヘルミーネと手を繋ぐ。

 慰めるようにヘルミーネの顔を見上げれば、空いた逆の手をカリーサが握ってきた。

 こうやって二人と手を繋いでいるのだから、そう簡単には迷子にもなるまい。


「ヘルミーネ先生、読んでください」


「今日の限定商品はアルカス餅というようです。豆を甘く煮た餡を薄紅色に色づけした餅を薄く延ばして焼いたもので包み、塩漬けしたアルカスの葉で包んだ物と書かれています」


 ……それってつまり桜餅っ!?


 アルカスという植物を見たことはないが、説明を聞いた限りは桜餅としか思えない。

 桜餅といっても関東と関西で違うだとか何種類かあったはずだが、ナパジ料理として目の前に並んでいるのは所謂『桜餅』だ。道明寺ではない。


 早速レオナルドたちのお土産分も含めて買おうとしたら、ヘルミーネに止められた。

 まずは味見をして、口に合うかどうかを確かめてからにした方がいい、と。


 ……神王祭のオミアムタスの甘ダレは口にあっていたみたいなんだけど。


 ヘルミーネは慎重派だ。

 一度口に合うものを食べたからといって、異国料理であるナパジのお菓子すべてに飛びつくことはできないのだろう。

 ならば、とまずは三人分アルカス餅を購入する。

 代金を支払って受け取るアルカス餅は、やはりどこからどう見ても桜餅に見えた。


「これで季節四つ分の限定商品制覇ですね」


 追想祭の甘辛団子、収穫祭の皿焼き、神王祭のオミアムタスの甘ダレ、春華祭のアルカス餅、と指を折って数える。

 細かい催しごとは他にもあるが、大きなお祭りはこの四つだ。

 お祭りのたびに三羽烏亭の限定商品を食べてきたので、やはり季節の限定商品をすべて食べたことになったのかもしれない。


「あれ? お嬢ちゃんがうちの店に来るようになって、そんなに経ったか?」


「経ちましたよ。初めて来たのは、夏にレオと一緒にメンヒシュミ教会を見学した帰りでした」


 三羽烏亭の店主も、そろそろ私の顔を覚えてくれている。

 決め手となったのは、神王祭の迷子事件だ。

 迷子になった私をヘルミーネと共に必死になって探してくれた、と聞いていたので街へ帰って来たあとにお礼を言いに行ったら、盛大に泣いて無事を喜ばれた。

 三羽烏亭の店主は、顔は強面こわもてなのだが泣き上戸である、とご近所に知れ渡っているのは半分私のせいである。

 その後、追想祭で甘辛団子を沢山買った、という話になると、店主も私が三羽烏亭へ通い始めて一年経った、と実感したようだ。

 確かに立派な常連だ、と言いながら店の裏を指差した。


「なんですか? 何かあるんですか?」


「うちの常連限定で、春には庭へ案内してるんだよ。寄ってきな。丁度アルカスの花も咲きはじめだ」


「アルカスあるんですか? どんな花ですか?」


「見てみりゃ一発で解るよ」


 誘われるままに裏庭へとお邪魔して、庭に植えられたアルカスの木を見る。

 まだ私の足よりも細い幹だったが、木なのだから私より年上だろう。

 可愛らしいピンク色の小さな花が咲いていた。


 ……アルカスって、やっぱり桜だね。


 じっと小さな花を観察すると、花びらが幾重にも重なっている。

 普通の桜はたしか花びらが五枚だった気がするので、八重桜かもしれない。


アルカスきれい……っ」


 満開にはまだ少し早かったが、花見をするには十分な花が咲いている。

 嬉しくなって上を見上げたまま木の下でくるくると回っていると、視界の端に他の常連らしい人影が見えた。

 なんとなく笑われた気がして足を止める。

 突然幼女が現れて木の下で回りはじめれば、誰でも驚くだろう。

 まずは驚かせてしまったことを詫びようと人影へと向き直り、愛嬌を振りまこうと視線を下げ、固まった。

 視線の先には、今日この場にいるはずのない人間が佇んでいたのだ。


「……なんでエセル様がいるんですか!?」


 ゲッと思わず飛び出しかけた言葉を、途中で綺麗に飲み込めた自分を誉めてあげたい。

 それほどまでに油断していた。

春華祭はほのぼのしていたら無駄に長くなります……orz


誤字脱字はまた後日。

誤字脱字、みつけたものは修正しました。

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