春華祭 1
セドヴァラ教会の検閲は気にしなくてもいい、ということになったので、アルフに相談しつつオレリアへの手紙を書く。
手紙を書き終わると今度はヘルミーネによって英語に直され、私の授業教材となった。
最後に教材となった英語の手紙を私の手で清書して、オレリアへの手紙が完成する。
内容はこれまでと大差ない。
私の近況と、街に移り住む気はないか、という打診だ。
「……これは、プリンのレシピか?」
「カリーサに書いてもらいました。オレリアさん、お料理苦手みたいですからね」
これで美味しいプリンを食べたらいいです、と一応手紙の中身を確認するレオナルドに嘯く。
レシピを手紙に入れた本当の理由は、薬の処方箋を潜ませる方法を思いついた時に、『以前から料理のレシピを送っていた』という実績が必要になると思ったのだ。
突然怪しい材料名のレシピを入れたら怪しまれると思うので、その下準備である。
……まあ、暗号を送るだなんて、打ち合わせもなしには出来ないって判っているけどね。
それでもいつか何かの役には立つかもしれないので、少しずつ行動はしておいた方がいい。
こうして無事レオナルドの確認を終えた手紙は封がなされ、オレリアの元へと届けられることになった。
オレリアへ手紙を書いたり、メンヒシュミ教会へと通ったりしているうちに、陽気はますます春めいてきた。
薄手のコートも完全に必要なくなり、身動きも取りやすくなる。
とはいえ、私の服は基本的にはレオナルドが選んでいるため、レースやリボンで飾られていてもとから動き難い。
そんな私の今日の衣装は、薄いピンク色のワンピースだ。
カリーサが昨年着ていた中古服を見て、私の好みを研究して作ってくれたワンピースなので、レースやリボンは控えめになっている。
しかし布はたっぷりと使われているので、貧相な印象はない。
上品で可愛らしいワンピースだと思う。
「オレリアさんのリボン付けてください」
「……はい」
猫耳の取れた髪をカリーサがハーフアップに編みこみ、そこにリボンを絡ませる。
オレリアのリボンは可愛くてお気に入りなので、お祭だとか特別な日に使いたい。
「やっと猫耳が取れましたっ!」
春華祭を迎えて、ようやくレオナルドからも仮装を解くお許しがでた。
これで精霊に攫われた子が、精霊による再度の誘拐を警戒する期間は終了だ。
鏡に映る自分の頭に猫耳がないことを確認し、満面の笑みを浮かべる。
猫耳はあれで可愛いのだが、やはり神王祭でもないのに仮装というのはどうしても少し抵抗があった。
それが無事に春華祭を迎えるにあたって、ようやく仮装から開放されたのだ。
にやけてしまうのも仕方がないだろう。
「……可愛かったのに、残念です」
「やっぱり仮装はお祭りの日だけがいいですよ」
特別感が違います、と猫耳が取れて残念がるカリーサを慰めながら階段を降りる。
一階の食堂へ降りる前にレオナルドの部屋へ寄ると、レオナルドも身支度を整えているところだった。
「レオ、レオ! 見てください! カリーサが刺繍してくれました!」
ワンピースを縫ってくれたのもカリーサなのだが、このワンピースの最大の魅力は襟にある。
白い丸襟に、小さく黒い仔犬が刺繍されているのだ。
「コクまろですよ! 可愛いでしょう?」
ついでに言うと、ヘルミーネからは不細工猫枕改を貰っている。
最初に私が作った物とはまるで違い、素材から縫製技術までこだわって作られているため、故意に不細工な猫であることが申し訳なくなるぐらいだ。
これはもう物が良すぎて仔犬の玩具にはできない、とベッドの上でジンベーと並べて飾った。
それにともない、これまでは私と兼用していた不細工猫枕は正式にコクまろの物となる。
コクまろのベッドとして、末永く愛用してもらいたいものだ。
「俺のシャツは可愛い妹の刺繍入りだぞ」
そう言って、レオナルドは私が刺繍を入れたシャツの袖を自慢してくる。
兄馬鹿だなとは思ったが、家族に春華祭の刺繍をもらえる日なんて、一生ないと思っていたなどと言われては、無粋な突っ込みなど出来なかった。
孤児のレオナルドには、刺繍を入れてくれる家族などいなかったのだ。
……ここで「お嫁さんを貰えば?」なんて言いませんよ。
レオナルドに対して結婚に関する話題は禁句だと、城主の館に来たその日にバルトから釘を刺されている。
結婚してお嫁さんができれば、そのあとは子どもや妻の親族という形で家族が増えるのだが、レオナルドは結婚どころか恋人を作る段階で躓く。
変な女に好かれる女運の悪さもあるが、私というコブつきになってしまった現在はますます恋人という存在には縁遠い。
……いつか私がお嫁に行くことになっても、レオには毎年刺繍の贈り物をしなきゃだね。
そんなことを考えながら、一緒に食堂へと移動した。
「レオは今日もお仕事ですか?」
「うん? 春華祭に連れて行ってほしいのか?」
「……レオがお仕事ならいいです」
カリーサかヘルミーネに連れて行ってもらいます、と言って食事の手を止め、背後に控えているカリーサを振り返る。
カリーサは私と目が合うとニコッと笑ってくれたので、ヘルミーネに振られてもカリーサだけは私を外へ連れ出してくれるだろう。
「ミルシェたちと約束はしていないのか?」
「お祭りの一日目は忙しい、って言ってました」
「そうか。ミルシェやテオには、春華祭は稼ぎ時だったな」
「稼ぎ時?」
お祭りの日に子どもが働くのか、とレオナルドに聞くと、春華祭の子どもは恋の仲立人として大忙しらしい。
春華祭は春に新しい服をおろす習慣の他にも、冬の終わりと春の訪れを祝ったり、恋の花咲く季節を喜ぶものなのだとか。
その恋の応援として、子どもたちが精霊に扮して恋のメッセンジャーを務めることになる。
……やっと猫耳から開放されたのに、また仮装ですか?
それはさすがにちょっと、と思っていると、レオナルドも私の反応は予想できていたらしく、無理に仮装をさせる気はないようだ。
一応カリーサに用意はさせたが、気が向かないのなら仮装はしなくていい、とありがたい言葉をいただけた。
夕方からなら一緒に出かけてやれるが、というレオナルドに、夜の祭りは酔っ払いがいるから嫌だ、と正直に辞退する。
華のお祭りでもあるので、やはり昼間の方がよく見えるだろうとも。
カリーサとヘルミーネの外出準備を待っていると、玄関ホールでバルトに呼ばれた。
少し仕事を手伝ってほしいという珍しい誘いを受け、バルトの持っていた箱を受け取る。
「なんですか、これ?」
「ジークヴァルト様の奥様から、春華祭の贈り物です。嬢様がジークヴァルト様へ届けてくださいますか?」
「わかりました。春華祭の、子どものお仕事ですね!」
お任せください、と薄い胸を叩く。
相変わらず二階の客間でジャスパーが写本作業をしているため、聖人ユウタ・ヒラガの研究資料護衛のために白銀の騎士が館に詰めている。
昨年の秋からずっといるので、当然のことながら彼らは家族の顔すら見ることができない生活が続いているのだ。
家族からの贈り物には、ジークヴァルトたちも心が慰められることだろう。
「ジーク様、奥様から贈り物が届いていますよ!」
「なに? 俺の女神からだと?」
仕事中だということも忘れて、ジークヴァルトは愛おしそうに箱を受け取る。
妻を女神と呼び、強面をくしゃくしゃにして喜ぶジークヴァルトは、ひとしきり幸せオーラを撒き散らしたあと、顔をキリリと引き締めて私にお礼だと言って飴の包みをくれた。
「……玄関から運んできただけなので、ご褒美なんていりませんよ?」
私の労働など、本当に玄関でバルトから箱を受け取り、階段をのぼり、二階にある客間の扉前まで運んできただけだ。
とてもご褒美が貰えるような立派なお手伝いではない。
「今日は子どもが精霊の仮装をして恋の仲立人をする日だろう」
恋の仲介へのお礼として、子どもたちにはお菓子や小額のお金が渡されるのだ、とジークヴァルトが教えてくれた。
どうりで、ミルシェやテオにとって稼ぎ時だ、とレオナルドが言うわけである。
街を歩いて恋に悩む若者の仲立をし、そのお礼としてお菓子やお金を得ることができるのなら、子どもには大歓迎なお祭りであろう。
……それで今日は誰も予定が空いてないんですね。
メンヒシュミ教会で会う友人たちと、収穫祭の時のように一緒に春華祭を回る相談をしたのだが、珍しくもニルス以外の全員が難色を示していた。
それはこれが理由だったのだ。
誤字脱字はまた後日。
誤字脱字、みつけたものは修正しました。




