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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第5章 再会と別離

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オレリアへの手紙

 精霊の寵児は転生者である、という話は、一応考える価値のある言葉として受け入れられたようだ。

 レオナルドとメンヒシュミ教会が過去の記録を調べて、猫耳をつけた老婆へと辿りつき、その話を聞くことができた。


 老婆は精霊に攫われた時のことはほとんど覚えていなかったが、確かに幸運続きの人生を歩んできたらしい。

 しかし特に異世界の記憶がある、というような話は出てこなかったようだ。

 精霊の寵児はすべて異世界の魂であるという話はともかくとして、精霊の寵児すべてが転生者と考えるには無理がある、という結論にレオナルドとメンヒシュミ教会は達した。

 私からしてみれば異世界の魂をもった人間はすべて転生者だと思うのだが、レオナルドたちの求める転生者は『異世界の知識を持った人間』だ。

 魂の来歴など関係がない。

 そんな理由から、精霊の寵児と転生者を結びつけることはやめたとのことだった。


 ……そして私が転生者です、って話も、レオの中では精霊の寵児の特徴の一つってことで片付いた、と。


 変な方向から情報が入ってレオナルドに疑われるよりは、と逆にこちらから言ってみたのだが、なかなか良いところに落ち着いた気がする。

 とくに、転生者には異世界の知識が残った者と、完全に消えた者がいる、という二つの可能性があるということを認識してくれたのは大きい。

 これで私が何かボロを出したとしても、知識が残った方の転生者とは考え難くなっただろう。


 ……でも、簡単に探せる方法、試さないのかな?


 精霊の寵児を見極める簡単な方法として、寵児にはどうしても聞き取ることができない言葉がある。

 それを確認するだけで精霊の寵児は故意に見つけ出すことができると思ったのだが、この方法はメンヒシュミ教会によって事前に禁じられたらしい。

 精霊の寵児はあとから考えればそうだった、だとか、ニルスのようにたまたま気づかれた以外で故意に探そうとすると、それをおこなった者に災厄が降りかかる。

 もともと精霊が好意で幸運を運ぶのだから、その精霊に愛される寵児に不心得者が近づこうとすれば精霊に攻撃を受けるのは当然かもしれない。


 精霊の寵児の幸運は、あくまで当人にもたらされるものであり、それを他者が利用しようとすれは精霊の怒りを買うことになる。

 具体例としてアラベラが教えてくれたのは、ニルスの生家だ。

 ニルスの持つ幸運に父親であるシードルは早くから気がついたが、ニルスの幸運を商売に利用したところ、大きく家を傾かせた。

 そこで商人ではなく、メンヒシュミ教会で学びたい、学者になりたいのだ、と言うニルスの希望を組んで家から出したところ、ブレンドレル家はなんとか持ち直し、今に至るのだとか。


 ……やっぱ調子にのったら、ダメだった。


 今回の誘拐は誘拐犯が私の猫耳を外したからこそ、幸運を授かったのだろう。

 どうせ精霊が守ってくれるから、と最初から自分で猫耳を外しているような精霊ひとを当てにした無警戒っぷりだったら、精霊は助けてくれなかった気がする。


 ……妖精や精霊は、働き者な正直者が好きだ、って昔から言うしね?


 御伽噺で妖精や精霊から幸運を授かった者を思い返せば、みんな正直者であったり働き者であったりする。

 ニルスが精霊に寵愛されるのは、異世界の魂の持ち主ということもあるだろうが、その性格が一番大きい気がした。

 ニルスは誰から見ても正直者で、働き者だ。







 ……さて、どうしようかな?


 精霊の寵児にまつわるレオナルドたちの動きが落ち着き、白い便箋を見下ろしてしばし思案する。

 前回の手紙は完膚なきままに検閲という名で改悪され、送り主からは相当お怒りと判る返信をもらっている。

 今回も思うままに手紙を書けば、またセドヴァラ教会で検閲という名の下に改悪をされると思って間違いはないはずだ。


 ……そうは判るんだけど、思ってもいないことは書きたくないし、街で暮らそうって誘うにしても段階を踏むのは大事だと思うんだよね。


 なんとかセドヴァラ教会の余計なテコ入れを防ぐ手立てはないものだろうか。

 そう頭を悩ませながらも、結局は私の近況と前回の手紙は検閲されて内容がほとんど伝わっていない、という愚痴に仕上がった。


 ……愚痴はどうかと思うんだけど、これ、まず見るのは検閲する人だしね?


 この愚痴は検閲している人間にこそ伝えたいので、仕方がない。

 書きあがった手紙をアルフに見せて文法の間違い等を直してもらうと、さすがのアルフもこの愚痴には苦笑いを浮かべた。


「……これは検閲に出す前から消されるってわかって書いているだろ」


「文句を言いたいのは検閲する人に、だからいいんですよ」


 本心からオレリアに街へ住んでほしいと思っているのなら、前回の言い訳ぐらい通すのではないかと言ってみたところ、アルフには難しい顔をされてしまった。

 セドヴァラ教会はそんなに愚者ばか揃いなのだろうか。


 ……医師や薬師くすしだから、馬鹿じゃないはずなんだけど。


 というよりも、他者の健康を預かる医師や薬師が馬鹿では困る。

 知識を溜め込むという意味では勤勉だが、蓄えた知識を活かす力がないという意味では阿呆というパターンだろうか。

 お勉強だけできても、世の中生きてはいけない。


「ところで、刺繍は追加してくれたかい?」


「ばっちりですよ。確認してください」


 問われたので、仕上がったばかりのハンカチをアルフに手渡す。

 ヘルミーネのデザインした華やかな図案の他に、あとからアルフの注文でオレリアの名前を模様に隠して端へと刺繍したのだ。

 もともと豪華なハンカチだったが、端に模様が入ったことでさらに豪華になった。


「でも、これオレリアさん喜んでくれますかね? 少し派手すぎませんか?」


 最初の段階では少し華やかだか、まだ可愛いといえるハンカチだった。

 けれど今は、アルフが模様用にと持ってきた金糸の縁取りで華やかを通り越して派手派手しい。

 豪華というよりも、すでに下品な領域に片足を突っ込んでいた。


「下品なぐらいで丁度いいんだよ、これは」


「そうですか?」


 アルフがそう言うのだから、これでいいのだろう。

 オレリアとの付き合いはアルフの方が長いのだし、私の好みとオレリアの好みが違ってもなんら不思議はない。

 アルフからの仕上がりの確認もいただけたので、ハンカチを綺麗にたたんで手紙と一緒に封筒へと入れた。


「……そういえば、なにか考えがあるようなことを言ってましたけど?」


 最初の手紙のほとんどを改悪されたと知った時に、アルフがそう慰めてくれたはずだ。

 自分に考えがある、と。

 それは実行されたのだろうか。

 丁度思いだしたので聞いてみたところ、アルフはにっこりと綺麗な微笑を浮かべた。


「ティナが頑張ってくれたからね。この出来なら簡単に釣れるだろう」


 ……あ、この派手すぎる刺繍が仕込みのうちなんですね。わかりました。


 オレリアにと一生懸命縫った刺繍がどのように使われるのかは判らなかったが、アルフが自信ありげに笑っているので、きっと大丈夫なのだろう。

 手紙の検閲はともかくとして、改悪をされるのは本当に困るのだ。

 刺繍ぐらいで本当にセドヴァラ教会の愚行が改善されるのなら、それでいい。







 オレリアからの返信が届いたのは、春のはじめだった。

 前回は黒騎士による口頭での返信だったのだが、今回は英語で書かれた手紙が届く。

 封が破られているあたり、セドヴァラ教会での検閲はあったようなのだが、見た限りでは塗りつぶされても、切り取られてもいない。


「……読めません」


 私が読めないと承知で送られてきた英語の手紙は、オレリアなりの意趣返しだろうか。

 手紙なんて送ってくるな、という。


 裏返しても目を細めても読めない手紙に困っていると、返事が届いたと砦で聞いたらしいアルフが館にやってきた。

 とくに隠すものではないし、オレリアへの手紙はアルフにも確認してもらったので、返事を見せることにも抵抗はない。


「私には読めないので、アルフさん読んでください」


 少しだけ唇を尖らせながら手紙を差し出すと、苦笑を浮かべたアルフが受け取り、すぐに手紙へと視線を走らせた。

 端から端へと走る視線に、アルフが手紙を読みあげてくれるのを待っていたのだが、いつまで待ってもアルフは手紙を読んでくれない。

 ぷくっと頬を膨らませて抗議したら、上機嫌に微笑んだアルフには「英語の勉強をしようか?」と返されてしまった。


「まだ普段使う言葉をお勉強中なので、英語までは無理です!」


「ハルトマン女史は、英語も教えられるはずだよ。お行儀の授業に追加して英語も習ったらどうだい?」


「二つの言葉を同時にお勉強なんて、混ざっちゃいますよ」


 結局、押しても引いてもアルフはオレリアからの手紙を読んではくれなかった。

 ただ恐ろしく上機嫌な様子で砦へ戻って行ったので、なにか良いことが書いてあるのかもしれない。


 ……アルフさんが読んでくれなくたって、いいですよ! 私にはレオがいますからね!


 引き続きジャスパーによる写本作業中の聖人ユウタ・ヒラガの研究資料警護のため、レオナルドは基本的には城主の館に滞在している。

 いつでも好きな時に好きなだけ押しかけていけるところが素敵だ。


 ……や、もちろん普段はお仕事中には絶対に近づかないけどね。


 今日は特別、と自分に言い訳をしながら二階のレオナルドの部屋を覗き込む。

 レオナルドは砦の執務机にも負けない大きな机で、報告書のような物を読んでいた。


「レオ、オレリアさんのお手紙読んでください」


「手紙? ティナだって、そろそろ文字は……」


「全部英語で書かれていました」


 見てください、と手紙を差し出すと、レオナルドは確かにびっしりと綴られている英文に苦笑いを浮かべる。

 現在文字を勉強中の私には、英語を読むことなどまだまだ不可能だと判っているのだ。


「……読んでやってもいいが、一つ俺のお願いを聞いてくれるか?」


「なんですか?」


 レオナルドが私になにかを要求することなど、ほとんどない。

 養われている身なので、なにかレオナルドに希望があるのなら叶える努力をするのはやぶさかではなかった。

 考えるまでもないこととして了承し、先を促すとイイ笑顔で「英語の勉強をしよう」と言われてしまった。


 ……また英語のお勉強ですか。


 アルフにも言われたばかりなので、少しだけ面白くない。

 面白くはないが、背に腹は代えられないので、「いいですよ」と答えておいた。


 ……いつかは、きっと、勉強します。


 もともとそんな約束をしていた気もする。

 ただ少し、レオナルドの思っている時期とはずれるかもしれないだけだ。

 いつかは、きっと、勉強する。


「……素直だな。いつもはもっと嫌がるだろう?」


「前からレオが言ってたじゃないですか。英語の勉強もしろ、って」


「言っていたが……」


 なんか変だな? 素直すぎる、といぶかしげるレオナルドを無視して膝の上に座る。

 机の上へとオレリアの手紙を広げれば、読みあげてもらう準備は万端だ。

 早く読んでください、と見上げると、不思議がりながらもレオナルドは手紙を読んでくれた。


 ……あれ? 変だね?


 レオナルドの読みあげた手紙の内容は、当たり障りのない近況だった。

 セドヴァラ教会から新しく弟子が二人も送り込まれてきた、というところは驚くべきだろうか。

 とにかく淡々とした仕事の報告書のような内容だった。

 なんの感情も窺えない。


 ……ハンカチにはノーコメントですか?


 一方的に贈ったものなので、お礼や褒め言葉がほしかったわけではないのだが。

 だからといって、まったく触れられていないのは不自然な気がする。

 ありがとうというお礼も、派手すぎるという文句も、ヘタクソという評価の一言もないのは不自然だ。


 ……ただ、全部英語なのが私への嫌がらせなのは解った。


 最後に一言、「読めるものなら読んでみろ」と実に挑戦的な言葉が書かれていた。

 私が英語を苦手としているのを知っての挑戦だ。


 ……英語のお勉強、やっぱした方がいいかなぁ?


 前世の記憶のせいで苦手意識が強いのだが。

 毎回オレリアの手紙を読んでもらおうと他者ひとを頼るたびに「英語を勉強しろ」と言われるのは少しだけ億劫だ。

 これは一度本当に「いつかは、きっと」などと逃げずに勉強をした方が良いかもしれなかった。

ティナ、気づけ。

有能家令イリダルに育てられたカリーサなら、たぶん英語読めるぞ……っ!


誤字脱字はまた後日。

誤字脱字、みつけたところは修正しました。

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