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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第5章 再会と別離

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誘拐事件 それぞれのその後

 目が覚めたら昼近い時間だった。

 一緒に寝たはずのレオナルドの姿は当然ない。

 昨日の気分を引きずっているのか、ベッドから降りて最初にしたことは、レオナルドの姿を探すことだった。


 寝間着のまま寝室を出て居間を覗くと、何故かレオナルドが食事の用意をしている。

 カリーサはその横に張り付いてなにやらメモを取ったり、頷いたりとしていた。


「おはよーございます」


「おはよう、ティナ。もうお昼だぞ」


「昨日は気疲れしましたからね。たっぷり寝て、回復しました」


 むぎゅーとレオナルドにおはようのハグをすると、まだ回復はしていないようだ、と言いながら頭を撫でてくれた。

 確かに、まだ甘え足りないようだ。

 無意識に体がハグをしていた。


「着替えておいで。食事にしよう」


「なんだか、わたしの好きなものばかりですね」


 背伸びをしてテーブルを見渡せば、昨夜カリーサにリクエストをしたナッサヲルクサンドと野菜スープが並んでいる。

 とくに野菜スープの具はゴロゴロと大きめに切られていて、レオナルドが作ったとひと目で判った。

 何故レオナルドが作ったのか、と聞いてみたら、そういう注文リクエストだっただろう? と逆に不思議そうにレオナルドが首を傾げる。

 どうやらレオナルドの作った野菜スープが食べたい、と以前に零したのが伝わったようだ。

 次からは同じ味を自分でも作れるように、とカリーサに横へと張り付かれ、野菜を切っては大きさを測られ、適当に塩を入れようとしては腕を掴まれて秤で分量を量らされたらしい。


 ……カリーサ、気持ちは嬉しいけど、たぶん違う。レオが作るから、『レオの作った野菜スープ』なんだよ。


 味をそっくり同じに作ったとしても、同じ満足は得られないだろう。

 レオナルドの作った野菜スープが食べたいというのは、イコールで考えれば私が甘えたい気分である、ということだ。


 ローストビーフのナッサヲルクサンドを食べていると、急に三羽烏さんばがらす亭の照り焼き鶏サンドが食べたくなってきた。

 これはもう、完全なホームシックだ。

 保護者レオナルドは一緒にいるが、グルノールではない。

 そのせいでホームシックになっているのだろう。

 レオナルドに引き取られてやっと一年経つかどうかといったところだったが、私の中ではもうレオナルドが保護者で、グルノールの館が帰るべき家になっているようだ。

 自分でも意外な変化だった。







 食事が終われば、レオナルドとお出かけだ。

 さすがに昨日の今日で画廊にはいないだろう、と郊外にあるジェミヤンの本宅を訪ねたのだが、驚くべきか呆れるべきか、ジェミヤンはやはり街の画廊に寝泊りしていたようだ。

 娘のバシリアも怖い思いをしたはずなのだが、気遣って傍にいてやる、ということはしないらしい。


 ……基本的には放置なレオが、すごくいい保護者に思えてくるね。


 これは比べる相手が悪いのかもしれないが。


 せっかく来たのだから、とバシリアを見舞って行くことにしたのだが、案内されたバシリアの部屋は離れにあった。

 離れで数人の使用人と家庭教師、今回怪我を負った子守女中ナースメイドとで暮らしているらしい。

 見舞った時のバシリアは、子守女中の部屋にいた。

 彼女はバシリアだけではなく、私のことも守ろうと必死になってくれたのを覚えている。

 セドヴァラ教会で買った軟膏を渡すと、とても喜んでくれた。


 ……貴族のお嬢様が、子守女中へのお見舞いが軟膏で喜ぶ、って少し変じゃない?


 花や御菓子はジェミヤンが当然用意するだろうから、と実用性で軟膏を選んだのだが、意外にも好評で戸惑っている。

 と言うよりも、生活に不自由はなさそうなのだが、なにかバシリアの周囲はおかしい。

 そもそも娘だけが離れで暮らしていること自体が不自然だった。


 ……娘のバシリアちゃんより、他人のはずな絵描きの方が大切にされている気がするんだけど?


 バシリアを見舞ったあと、改めて画廊を訪ねたのだが、画廊には昨日の絵描きの少年のために部屋が用意されており、部屋の中には両手を痛ましい包帯で巻かれた少年がいた。

 誘拐犯たちに両腕を深く切られ、しばらくは絵が描けないと嘆く少年だったが、彼に対するジェミヤンの保護はバシリアとは比べ物にならない程に手厚い。

 娘のバシリアは放置、私とバシリアを守ろうとして怪我をした子守女中には薬師くすしを用意したが診察と調薬で終了。

 対する絵描きの少年には看護のための使用人が四人も付けられ、セドヴァラ教会の医師と薬師を常駐させるほどの徹底っぷりだ。


 ……芸術品が好き、なんだっけ?


 ジェミヤンの嗜好は絵画や彫像といった芸術品にあるとレオナルドが言っていた。

 そのかたよった愛情は、こんな時でも発揮されるらしい。

 レオナルドも娘との扱いの差に驚いているのか、先ほどからずっと無言だ。


「……可愛く描けているな」


 ……違った。レオは他所のご家庭になんて興味なかった。さっきから私の素描デッサンに夢中だ。


 昨日描かれた素描は誘拐犯の襲撃時に床へ散らばったそうなのだが、綺麗に集められてこの部屋に置かれていた。

 それを見つけたレオナルドが何気なく見始めて、今に至る。

 ちなみに、くだんのヌードデッサンもレオナルドの目に触れることになったが、特に反応はなかった。

 服の皺から筋肉の付き方がここまで判るのか、とむしろ感心していたぐらいだ。


 ……勝手に裸を描かれて嫌だ、とかないのかな?


 疑問に思って聞いたところ、想像で裸を描かれるぐらいはなんともないらしい。

 なんでも、王都にいた頃は断れない筋からの依頼でヌードモデルをさせられたこともあるのだとか。


 ……全裸な十代のレオが壷持った噴水って、見たいような、見たくないような。


 そんな愉快な噴水が、第八王女の離宮中庭にあるらしい。

 どうやら王都という場所は、なかなかに魔境なようだ。


 ……まあ、一生近づくことなんてないだろうけど。


 私がまだ見ぬ王都に漠然とした不安を感じている横で、レオナルドは私の素描を少年から買ったようだ。

 そんなに簡単に売ってしまって良かったのか、と聞いたら、やはり描いた時点で少年は満足しているとのことだった。

 新しい紙が買えればそれでいい、という少年にレオナルドは紙代には多すぎる金額を払い、私の素描を皺にならないようクルクルと巻いて懐にしまった。


 ……うん、たしかに似た者兄妹きょうだいだ。


 素描を手に入れてからの行動が、まったく同じである。

 少年も素描を手にした私が取った行動とレオナルドの行動が同じだとすぐに気がついて、指摘してきた。

 レオナルドは私が自分の素描を持っているとは聞いていなかったので、驚いたあと、さらに少年へ紙代を渡す。

 こんなに紙代を渡されても当分はなにも描けない、と少年が寂しそうだったので、口や足を使って描いてはどうか、と話してみた。

 前世では、そういった方法で絵を描く画家がいた気がする。


 早速絵を描こうとする少年と試行錯誤していると、ジェミヤンがやって来た。

 本題として、捕縛した誘拐犯の取り扱いや、他に仲間がいないかといった調査がまだ行なわれるらしいことが聞けた。


 画廊を出ると、せっかく街に出たのだし、とレオナルドと買い物をする。

 そろそろグルノールの街へ帰ることになるので、タビサやミルシェにお土産を買うといい、と。


「……レオ、物で埋め合わせしようとするのは止めてください」


 あれもこれも、と飴や焼き菓子を買おうとするレオナルドに釘を刺す。

 最初はタビサたちへの土産を選んでいたはずなのだが、途中から明らかに目的が変わっている。

 私の友人・知人に配る土産としては、数が多すぎるのだ。


「そういうつもりじゃ、ないんだが……」


「絶対に違う、って言い切れるんならいいですよ?」


 相変わらず抱き上げられたままの姿勢でジッとレオナルドの黒い目を見つめて問うと、レオナルドはしばし沈黙したあと、手にしていた飴の缶を下す。

 やはり『埋め合わせ』と指摘されれば、完全に違うとは言い切れないのだろう。


「わたし、ちゃんと言いましたよ。レオが騎士として正しい判断をして安心した、って」


「それは聞いた。しかしだな、兄としてはやはりどうかと……」


「しつこいですね」


 目の前にあったので、ムニッとレオナルドの鼻をつまむ。

 本当は頬を抓りたいのだが、レオナルドの頬は子どもの頬とは違って摘まめるほどの厚みがない。


「……いつか、なにか本当に困った選択を迫られた時に、何をおいても私を選んでくれたらいいですよ」


「何をおいても、は約束できない」


 難しい顔をして固まってしまったレオナルドに、内容としては酷い言われようなのだが、少しだけ面白くなってきた。

 たぶん、レオナルドのこういう融通の利かなさをエセルや国王は買い、国内の兵力の三分の一がレオナルドに集中していても任せておけるのだ。

 レオナルドであれば、絶対に国に仇なすような真似はしない、と。


 ……私もレオの、この誠実さを買います。







 宿泊施設ホテルに戻ってもう一泊すると、いよいよグルノールの街へと帰ることになった。

 そんな義理はないよね? と一応少し考えはしたが、ディートにはグルノールへ帰る旨を伝えなかった。

 伝えなかったのだが、どこから漏れたのかキュウベェ経由でディートに帰還予定がバレてしまい、「帰るな」「まだ一度もリバーシで勝っていない」と散々ごねられることになってしまった。


 ……おのれ、うっかりキュウベェめ。


 最後のひと勝負と、馬車の準備をしている間にリバーシをねだられ、やっぱり一回では終わらずに二回、三回と回数が増えていく。

 一日三回までなら、と言ってしまったのは私だが、三回という回数が守られたことはない。


 ……こういうの、『注意一秒、怪我一生』って言うんだっけ?


 微妙に間違っている気がしないでもないが、「一日三回までなら遊ぶ」と先に言質を与えてしまったせいで、ずっとディートに付き纏われている。


 ……まあ、いいか。グルノールの街に帰ったら、もう一生会うこともないはずだしね。


 馬車の準備が終わるまで、と乞われるままにリバーシの相手をしてやる。

 結局、最後の最後まで私に負けたディートは、「次は絶対に勝ってやるからな!」と捨て台詞を言って部屋へと帰っていった。

 私もそこまで鬼ではないので、「次はないですよ」という現実は突きつけないでおく。


 ……ホントに、どっちが年上かわからないね。

時間的に限界なので、ここまでで。


誤字脱字は後日修正します。

誤字脱字、みつけたものは修正しました。

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