サンルームの襲撃者 その顛末
支配人から話を聞きたい、と言ったレオナルドが案内されたのは、別棟の応接室だった。
本館は宿泊施設として開放されているが、別棟は支配人であるシードルの執務室や従業員の休憩室等として使われているようだ。
もともと屋敷を改装して宿泊施設にしてあるため、内装にはほとんど差異がない。
ただ仕事部屋という目的のためか、華美さは抑えられている印象があった。
「本来はこちらから事情説明に伺うべきだったのですが……」
「先に妹の顔を見ることを優先したのはこちらだ。あなたの落ち度ではない」
謝罪から入ったシードルを制し、レオナルドが本題へと促す。
挨拶の省略など相手が貴族や王族であれば問題のある行動かもしれなかったが、シードルは商人で、レオナルドは騎士ではあっても平民だ。
挨拶に時間を割く方が無駄だ、との考えが一致するのだろう。
二人して早々に挨拶を切り上げ、椅子へと腰を下ろした。
「……お嬢様にも聞かせるのですか?」
レオナルドの隣へと座る私を見て、シードルが訝しげに眉を寄せる。
セドヴァラ教会の薬師から安静にしているようにと言われていたため部屋でおとなしくしていたが、その後の捜査状況がまったく私の元へと届かなかったのは年齢か何かが理由だったらしい。
確かに、普通に考えたら九歳の子どもに聞かせるような話ではないかもしれない。
「本人が聞きたいと言うので連れてきた」
「さようでございますか」
あとは大人同士で会話が進む。
基本的には子どもの相槌など邪魔にしかならないので、私はおとなしく二人の話しを聞くだけにした。
たまに話しを振られたり、同意を求められたりした時に発言をするぐらいだ。
サンルームで不審者に抱き上げられ、すぐにカリーサが私を取り戻したところから話が始まり、私が意識を失っていた間の話に移る。
逃走する犯人を護衛の黒騎士とホテルの警備員が追いかけ、その間に私は部屋へと運ばれた。
セドヴァラ教会から薬師が到着する頃になってディートを連れたエセルがサンルームに姿を現し、騒動を知ってエセルが隠密行動を得意とする御供のヤハチとオキンを貸してくれたらしい。
……やっぱりいたんだ。風車の人と、お風呂担当の人。
体力や武力には自信のある黒騎士と警備員だったが、繋がりの複雑な裏路地へと逃げ込まれては犯人を捕まえることが出来なかったらしい。
ラガレットに住んでいる警備員はともかくとして、土地勘のない黒騎士に犯人の追跡は難しかったようだ。
結局、犯人と思われる青年を見つけたのは、エセルの御供だった。
腕の骨が折れた遺体が川に浮かんでいるのを、一晩中犯人を探していたヤハチが見つけた。
同じ頃、ヤハチとは別行動で聞き込み捜査をしていたオキンが遺体の青年の身元に辿りついていたそうだ。
青年は宿泊施設のレストランへと肉を卸していた店に勤めていたらしい。
店長の証言によれば、青年は勤務態度も真面目で、とても人攫いに手を出すような人間ではなかったようだ。
では、そんな青年が何故――となるところだが、青年の婚約者が前日から家に帰っていなかったらしい。
その婚約者も、暴行の痕跡が残る遺体として路地裏のゴミ箱に捨てられていた。
……婚約者を人質に、誘拐に手を貸させられた、とか?
現時点で出てきた情報から、私が考えられることはこの程度だ。
とくに捻った展開もなにもない。
ただ確実に一つだけ判ることがある。
……本当の犯人はまた別にいる、ってことだよね? これ。
肉屋の青年が生きていれば、彼の単独犯とも考えられたかもしれないが。
青年が死に、その婚約者が死んでいるとなると、利用するだけ利用されて口封じに殺された、と考える方がしっくりとくる。
この考え自体、真犯人の誘導という可能性もあるかもしれないが。
むうっと眉を寄せる私が不安がっているとでも思ったのだろう。
レオナルドの大きな手が伸びてきて抱き寄せられたので、遠慮なく甘えることにした。
「……結局、ティナが狙われた理由は不明なままか」
「正確には、誰が狙われたのか自体が不明です。あのサンルームは数日前よりお嬢様たちの遊び場になっておりましたので」
「あの女の子も、誘拐の可能性があるような家の子なのか?」
不思議そうに首を傾げたレオナルドに、この話題なら私も口を挟める、と顔をあげる。
領主本人が言っていたので、これは間違いがない。
「バシリアちゃんは、ラガレットの御領主様の娘だそうですよ」
「正確には、愛人に産ませた娘です」
私の簡単すぎる説明に、シードルが情報を追加してくれる。
平民の愛人に養育費を払う程度でバシリアはほとんど父親から放置されていたが、ディートフリート王子と年回りが近かったため、最近になって本宅へと引き取られ、貴族令嬢としての教育が始まったばかりなのだとか。
そのため、まだまだ平民として育った癖や言動といった物が色濃く残っており、多少粗暴な娘である、と。
「確かにバシリアちゃんは少し……少し? 粗暴かもしれませんけど、最近はそれほどでもないような……?」
なんだか散々なシードル評に、ついバシリアの肩を持つ。
言うほど粗暴ではない、と否定してやりたいところなのだが、まず真っ先に思いだされたのが初対面での水ぶっかけ事件で、お世辞にもお淑やかな女児とは言えなかった。
思わず難しい顔をして黙り込んでしまった私に、レオナルドも何か感じるものがあったのだろう。
何かされたのか、と聞いてきた。
「……カリーサが庇ってくれたから、わたしは無事でしたよ? ちゃんとやり返して、泣いて謝らせてもいますし」
「泣かせたのか……」
ティナはどこにいても、いつもどおりだな、とレオナルドは軽く頭を抱えた。
たしかに誉められるような行動ではない気がするが、呆れられるのはまた違う気がする。
さてなんと言ってやろうか、と考えていると、横へと逸れはじめた話題をシードルが軌道修正してくれた。
「娘が狙われたかもしれない、ということで御領主様も犯人を捜しています」
「……放置していたんじゃないんですか?」
愛人の子、と放置していたと聞いたあとに、バシリアが狙われたかもしれない、と犯人捜しに力を入れるというのは、少し違和感がある。
そう首を捻っていると、シードルが領主は大らかな人物であるが、自分に歯向かう者には容赦をしない性質である、と教えてくれた。
もちろん、安全が売りであった自分の宿泊施設に泥を塗ってくれた犯人を、シードル自身も逃すつもりはない、とも。
絶対に犯人と背後関係を突き止める、との心強い宣言に、引き続いての捜査をお願いして応接室をあとにした。
部屋に戻ると、ディートとバシリアの姿はなかった。
二人の相手を任せていたカリーサによると、レオナルドが戻ったことで無理矢理部屋に居座る必要もなくなった、と帰ったらしい。
ようやくこの部屋が私にとって本当の意味で気を抜ける空間になった瞬間だった。
これまでは保護者が不在だとか、気の合わない子どもに居座られるだとかで、心から安心して寛げる空間ではなかったのだ。
旅の埃と汗を流すレオナルドを待ち構えて、居間へ戻ってきたところへ力いっぱいハグをする。
また左肩から腕にかけて痛みが走ったので、片手でのハグだ。
とにかく『おかえりなさい』という気分が爆発していて、我ながら呆れるぐらいの浮かれっぷりだと思う。
ひとしきりハグをして落ち着くと、長椅子へと腰を下ろすレオナルドにぴったりと張り付くように隣へと座る。
私のこれまでにない甘えっぷりに、さすがのレオナルドも苦笑いを浮かべた。
「……留守の間、どんな風に過ごしていたんだ?」
「おおむねディートに押しかけられて迷惑していました?」
レオナルド不在の滞在期間に思いを馳せると、恐ろしいほどにディートのことしか思いだせない。
レオナルドを見送った直後に遭遇し、以来毎日のように姿を見せている。
二日ほど姿を見せなかった日もあることにはあるが、その後はまたずっと顔を見せていたので、ほとんど毎日だ。
「そういえば、ディートから逃げるために街の画廊へ行ったんですけど、そこでバシリアちゃんのお父さんに会いました」
なんだかしつこく屋敷へと誘われたことを思いだし、ついでに報告をする。
もちろんちゃんと誘いは断った、と。
「レオの知り合いだ、って言ってましたけど、お知り合いですか?」
「……一応知人ではあるな」
一応、と言葉を濁したのが気になって聞いてみたところ、王都にいた頃にいろいろとあったようだ。
ジークヴァルトと競い合ってレオナルドを養子に、と揉めたこともあるのだとか。
……王都にいた頃のレオっていうと、人間関係が面倒になってグルノールに逃げ出すキッカケになった頃?
婚約者の裏切りがトドメだった気がするが、ジークヴァルトもレオナルドを養子に、と思っていたようなので、本気で人間関係が面倒になったのだろう。
単純に考えて、養父候補が二人も現れるのは困惑ものだ。
それも、片や白銀の騎士で当時騎士団長、もう片方は大都市を領地にもつ領主ともなれば、当人たち以外の目論見やなにやらもありそうである。
……レオは悪い意味でもモテモテだね。
少しだけ気の毒になったので、カリーサの作ったプリンをスプーンで掬って口まで運んであげた。
誤字脱字はまた後日……
誤字脱字、見つけたものは修正しました。




