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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第4章 街での新しい暮らし

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閑話:ヘルミーネ視点 新しい生徒 1

ヘルミーネ視点に付き、男性キャラの愛称が全滅中。

アルフ→アルフレッド様

レオナルド→ドゥプレ氏

 女児の家庭教師を探している、という話をアルフレッド様がわたくしのもとへお手紙くださったのは秋の中頃だった。

 友人の妹の家庭教師を探しているのだ、と。

 アルフレッド様が公言している友人といえば、一人しかいない。

 数年前に王都で醜聞の的になった、あの男のことだ。


 婚約中の姫君を妊娠させて戦場へ向かい、戦場から戻ればそれは誰の子だ、と姫君の不実を責め、婚約を破棄し、自身は娼館遊びに耽るといった女性の敵の代表格。

 何故かこの醜聞は姫君一人が泥を被り、姫君を妊娠させたということにされた白騎士が姫君を娶ることになって収まったが、私はまったく納得ができていない。

 納得はできていないが、このような無体を働く黒騎士になど嫁ぐよりは、白騎士へ嫁いだ方が姫君の未来は明るいものになるだろう。

 この噂は、ここだけが救いだった。


 ……まあ、お兄様であるアルフレッド様が未だに友人だと言っているのですから、噂はあくまで噂なのでしょう。


 醜聞にばかり耳を傾けて、真実を見ようとしないのは愚か者のすることだ。

 女性の敵だとは思っているが、噂の人物を近くで知ることができるというのは、私にとって良い経験になるかもしれない。


 ……それに、血の繋がらない少女を妹として育てる、というのが気になります。


 女性関係で醜聞のあった男だ。

 無垢な少女が年頃になって美しく花開く頃、兄と信じて慕った男に裏切られて傷つくことになるのではないか、と思えば心配にもなってくるというものだ。

 むしろ、それを心配してアルフレッド様は私にこの話を持ってきたのではないだろうか。

 そう考えると、雇用主に対しては気乗りしなかったが、行かねばならないという使命感に駆られる。


 了承の手紙を送ると、何度か雇用主となるレオナルド・ドゥプレと手紙のやり取りをすることになった。

 筆跡と文面からは誠実な人柄が見え隠れしていたが、彼の印象は姫君との醜聞が一番強い。

 そのため、どうしても見て取れる情報からの人柄は信用することができなかった。


「……ティナさん、ですか?」


「ああ。ティナのことは本名ではなく、ティナと呼んでほしい」


 馬車に揺られて訪れたグルノール砦の一室で、早速生徒の名前を確認したところ、教えられたままに本名を読み上げれば、おかしな注文をされた。


「お言葉ですが、私は教育者です。生徒に対して愛称を使うような間柄である必要はありません」


「いや、愛称は愛称であるのだが……ティナの場合は本名でもある」


「愛称を本名として使うのですか? 妹様は貴族のご令嬢でしょう」


 グルノールの街へ来る前に、いくらかの事情は説明されている。

 病で滅んだ村の生き残りであり、恩人の娘であることからドゥプレ氏が引き取ることにしたのだと。

 その恩人の身分が本来は貴族であったため、妹として引き取った恩人の娘もまた貴族という身分にいる。


「ティナが貴族に戻るのではなく、俺の妹として暮らしていくことを望んだ」


 ……望ませた、もしくは無理矢理言わせた、の間違いでは?


 第一印象が悪いせいで、どうしてもドゥプレ氏の言葉を邪推してしまう。

 良くないことだとは解っているので、生徒になる少女には保護者の目のないところで一度じっくりと話を聞いてみた方が良いだろう。


 妹が望むので自分の手元で育てるが、騎士という職業はいつ何が起こるか判らない。

 そのため、自分の身に何かあった場合、いつでも妹が貴族の親戚の元へと戻れるように。

 戻った時に妹が苦労をしないように、と今から淑女としての教育を施しておきたいのだ、とドゥプレ氏は言う。


 ……考えがあるのか、阿呆あほうなのか、判りませんね。


 ドゥプレ氏の主張は一応筋の通ったものではあったが、正解ではない。

 正解は、少女を速やかに祖父母の元へと送り届け、自身は身を引くことだ。


 いかに白銀の騎士に籍をおく人物とはいえ、本物の貴族でも、家族でも、女児の養育過程において絶対に必要になる女性の家族がいるわけでもない。

 むしろ女児を養育する家庭としては、最悪の環境ともいえるだろう。

 子育て経験も、結婚経験もない歳若い独身男性に、二親を失った少女が育てられることになるのだ。

 少女を淑女として育て上げることは、普通に考えて不可能に近い。


 結局、生徒の呼び方についてはアルフレッド様の取り成しもあって『ティナ』という愛称を使うことに同意した。

 両親がずっとそう呼んでいたらしく、本人がきっと本名を呼ばれても理解できないと言われてしまえば仕方がない。


 ……いずれ貴族に戻るのなら、今から慣れさせておくべきだと思いますけどね。


 ドゥプレ氏に妹として養育されている少女は、とにかく可愛らしい少女だった。

 ドゥプレ氏が呼ぶと奥の扉から顔を出し、とてとてと部屋の中へと入って来て、私の存在に気が付くと驚いてドゥプレ氏の影へと隠れてしまう。

 その足元に、続いて入ってきた仔犬が寄り添っているのもまた愛らしかった。


 ……これは早々に引き離さなくては。


 幼い現時点でこれだけ愛らしい少女だ。

 成長すれば、美少女になることは間違いない。

 そして、その養育者は下半身がだらしないと醜聞のある男だ。

 これは早急に引き離さなければ、少女が不幸な目にあってしまうだろう。


 決意を新たに少女と向き合うと、ドゥプレ氏に少女へと紹介された。


「ヘルミーネ・ハルトマン女史だ」


 自己紹介なので仕方がないことなのだが、ドゥプレ氏に名を呼ばれて不快感から眉が引きつりそうになったが、気合で抑える。

 初対面の挨拶で眉尻を引きつらせている大人など、幼女には恐怖でしかないだろう。


「ヘルミーネです、ティナさん。国語と外国語をお教えすることができますが、お兄様からは主に礼儀作法の講師をしてほしい、とご依頼を受けております」


 これから自分はこの少女の手本として振舞わなければならない。

 その自負が、ドゥプレ氏への嫌悪感に勝った。

 頭のてっぺんから指先まで神経を尖らせ、優雅に礼をする。

 そうすると少女は一瞬だけポカンとした表情で私を見つめた。


 ……どうやら心は掴めたようですね。


 ほんのりと頬を上気させ、少女ははにかみながら私に「ティナです」と名乗ってくれた。

 少し舌っ足らずな部分が気になるが、発音は綺麗だ。

 根気良く練習すれば、すぐに問題なく話せるようになるだろう。







 辺鄙な村で保護されたと聞いていたので、どんな山猿娘を淑女に矯正させられるのかと思えば、ティナは普通の貴族の子どもよりも行儀の良い少女だった。

 容姿の愛らしさもあるが、仕草の一つひとつが可愛らしい。

 ドゥプレ氏にべったりなのは淑女を目指す者として早急に直さなければならない欠点ではあったが、コクまろと名付けられた仔犬と並んで暖炉の前に座る姿や、使用人にも『さん』と敬称をつけ、「ありがとう」や「ごめんなさい」といった言葉を素直に言えるのは素晴らしい。


 ……嫌われた、でしょうね。


 完全に嫌われた。

 そう確信している。

 聞けば、ドゥプレ氏がティナを引き取ったものの、仕事を理由に館へと放置し続け、春先に引き取られたはずなのにメンヒシュミ教会へと通い始めたのは秋のはじめで、それまでは二人の使用人がほとんどティナの相手をしていたらしい。

 それは懐く。

 ティナでなくとも懐くだろう。

 引き取った保護者よりも、自分の世話をしてくれる使用人の方に。


 そんなティナの心の支えであっただろう使用人に対し、自分は「使用人に敬称は必要ない」「礼などわざわざ言わなくて良い」と言い聞かせたのだ。

 理由を懇々と語ればティナも納得し、最後にはしぶしぶながら敬称を取って呼び始めていたが、内心で葛藤があったことは判る。

 本当に辛そうな顔をして呼び捨てに直していたのだ。


 教え子は容姿も仕草も最高に可愛らしい少女だった。

 が、それに嫌われるのが自分の仕事である。

 きつい顔つきをしているという自覚のある私に、ティナは奇跡のように初対面から何故か気に入ってくれていたようだったが、さすがに今日の指導で嫌われただろう。

 使用人に『さん』を付ける必要がないのなら、家庭教師はどうなのか、と聞かれた。

 その答えを、私はティナに任せた。

 私を使用人と考えるか、師と考えるのか。

 ティナの出した答えは、とても九歳の女の子とは思えない理性的なものだった。

 自分は教わる側の人間なので、師として扱う、と。


 その後もティナには厳しく接することが多い。

 なにしろ、これまで自由といえば聞こえが良いが、放置されてきた子どもだ。

 平民の子としては行儀の良い子どもだったが、淑女としては教育が足りなすぎる。

 音を立てて階段を下りてはいけない、怖い夢を見たからといって男性であるドゥプレ氏の寝室に入ってはいけない、そろそろ保護者の膝に座るような年齢ではない、と様々なことを禁止した。

 そのたびに今度こそ嫌われただろう、と覚悟を決めるのだが、不思議なことにティナが私に対して怯えや嫌悪を見せることはなかった。

 どうしても理解できなかったので、一度聞いてみてもいる。

 私が嫌いではないのか、と。

 そうしたらティナは、程よい厳しさが逆に良い、と少し悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。

 甘すぎる兄貴分がいるので、家庭教師は厳しめな人の方がバランスは取れているだろう、と。


 ……つくづく、変わった子ですね。


 私のきつめの顔にも動じず、厳しい指導にも葛藤はあっても飲み込んでいた。

 実に不思議な子どもだ。

 最初から姿勢が良く、矯正する必要がないのも不思議だった。

 父親が貴族出身だと聞いていたので、父親の躾だろうか。

 少なくとも、ドゥプレ氏の教育でないことは確かだろう。

 あの男は妹を躾けるどころか、甘やかせることしかしない。

 とうの妹が不安を感じ、他人に厳しさを求めるぐらいには甘い。

 とにかく甘い。


 ……子どものお小遣いに金貨を渡すだなんて、非常識な。


 この話を最初にティナから聞かされた時、あまりの考えのなさに頭痛がした。

 それから、それを私に話して聞かせたティナが、このただただ甘い保護者に不安を感じ、厳しい自分を歓迎している理由が良く理解できた。


 ……この生活が普通だと認識してしまっては、貴族の子にも、平民の子にも戻れませんからね。


 金貨など子どもに持たせていい金額ではない。

 逆に危険だ、とドゥプレ氏に文句を言ったあと、部屋から退室すると走り去るティナの後ろ姿が見えた。

 どうやら自分の兄が叱られているのを盗み聞きしていたようである。

 雇用主であることも忘れてつい本気で怒ってしまったのだが、何故かティナからは信頼されたようだった。

 ドゥプレ氏を叱れる人間が、周囲にいなかったためだろう。


 ……つまり、私の生徒はこの兄と妹ということですか、アルフレッド様。


 指導すればする程に嫌われるだろう、と思っていたティナからは好かれ、ドゥプレ氏からは苦手意識を持たれた気がする。

 普通の家庭とは真逆の状態だった。







 むしろ兄の方を躾けるのが私の仕事だろうか。

 そう気が付いてしまえば、そうとしか思えなかった。

 なにしろ生徒であるはずのティナはほとんど手がかからないのだ。

 言いつけは守るし、教えたことはすぐに覚える。

 勉強からも逃げ出さないし、むしろ自分から本を持ってきては読めない部分を教えてくれ、と言ってくるほどに意欲的な生徒だった。

 これほど教えるのが楽しい子どもは珍しい。


 ただ気になるのは、彼女がいつもお尻の下に敷く不細工な猫の枕だ。

 暇つぶしに彼女自身が作ったらしいのだが、みすぼらしい布をざっくりと縫っただけのクッションともぬいぐるみとも言えないものをティナが持ち歩くのが許しがたい。

 上等な服を着た可愛らしい女の子が、ボロ布を抱いているように見えるのだ。

 その一点だけがみすぼらしくて、いただけない。


 しかし、この猫枕の使い方を見ていると、古ぼけた生地と雑な作りには納得がいく。

 不細工な猫枕は、ティナが暖炉のより近くへと座りたい時に床へ直接置かれたり、仔犬のベッドとしても使われていたりする。

 とくに仔犬が使う時には端を噛んだり、引っ張ったりと、扱いが乱暴だ。

 だからこそ、雑に扱ってもいいよう古い布を使ってあるのだろう。


 ……仔犬の玩具用と思えば雑なのも解りますが、裁縫も一通り教えておいた方が良いでしょうね。


 淑女の趣味には刺繍も含まれる。

 淑女教育としても、職業訓練としても裁縫はティナの役に立つはずだ。


 裁縫を教えてみると、ティナは綺麗に布を縫い合わせてみせる。

 本当にこの雑な猫枕を作った人物と同じ人間の仕事なのか、と不思議になるぐらいだ。

 正直に疑問をぶつけたところ、不細工な猫枕は故意に不細工に作ってあるので、作りも雑なのだ。この方が味わい深いだろう、と答えられてしまった。

 この愛らしい幼女は、どうやら美的センスに難があるようだ。


 やらせてみれば縫製にも問題がなかったので、今度は刺繍を教えるその横で猫枕を改修してみた。


「ヘルミーネ先生、目はわざと大きさふぞろいにしたにょで、揃えたらダメれす」


 刺繍に集中しているようなので、横でこっそり猫枕を修正しようとしたのだが、見つかってしまった。

 頬をぷくっと膨らませて不満を訴える顔が可愛いのだが、行儀の良いことではなかったので注意して改めさせる。

 本人に気づかれてしまったので目の大きさを揃えることは諦め、雑な作りだけを修正することにした。

 縫い目は揃えてデコボコとしていた耳の形を整える。

 せっかくなので前足を刺繍で縫い取ってみた。

 とにかく顔に見えればいいや、という仕事だったのか、ほとんど線だったひげや目を刺繍でしっかりと刺繍し直し、ティナの作った原型を崩さない程度に改修ができた。

 材質の改良はさすがに作り直しになるので諦めるしかない。


「出来ましら。ヘルミーネ先生、確認してくらさい」


 猫枕の改修が終わると、ティナの刺繍も完成したようだ。

 綺麗に刺繍された布を提出され、その出来栄えに目を見張る。

 とても先ほどまでの不細工猫枕の製作者とは思えない、見事な刺繍のできだった。


「……お上手ですね」


「ちゃんと出来ていましゅか?」


「ええ、とてもこの猫枕を作ったようには……?」


 猫枕と刺繍の出来が違いすぎて、首を傾げずにはいられない。

 こんな素晴らしい刺繍ができる人間が、あんなみすぼらしい猫枕を作っただなどと。


 ……どうやら、本当に猫枕は故意に作ったようですね。


 本当によく出来ていたので褒めれば、ティナは恥ずかしそうに「人に喜んでもらえるぐらい上手か」と聞いてきたので、ピンときた。


「お兄様に何か贈り物を、ということでしょうか?」


 そう指摘すると、ティナははにかんだ照れ笑いをみせる。

 本当に可愛らしい少女だった。

 慕っているらしい兄があの醜聞男でなければ、私も素直に微笑ましく見守れるのだが。


 ……私もまだまだですね。醜聞など、所詮は噂でしかありませんのに。


 どうしても姫君との醜聞が頭にチラつき、当人をまっさらな気持ちで見ることができない。


 贈り物については、春華祭の刺繍を贈ってはどうかと提案してみた。

終わらないので分けます。

ヘルミーネ先生は男嫌いの男性不信。

あと、子ども好きなのに厳しい先生なので子どもには嫌われるタイプ。


誤字脱字はまた後日。


誤字脱字、見つけたところは修正しました。

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