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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第4章 街での新しい暮らし

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レオナルド不在の館

 袖口への刺繍が一着分完成する頃、レオナルドが神王祭のため東にあるマンデーズ砦へと向かう時期がやってきた。

 マンデーズ砦はグルノールの街ほど大きくはないが、やはり砦周辺に街が出来ているらしい。

 団長であるレオナルドにはグルノール砦と同様に館が与えられていて、衣類などを滞在用に準備する必要はないそうだ。

 四年に一度の長期滞在用に、あちらの館には生活必需品が全て用意されているとのことだった。

 もちろん、館の管理人も常に配置されている。

 本当にレオナルドは身一つで移動すれば滞在できるように準備されていた。


「……やっぱり、一緒に行かないか?」


「ヘルミーネ先生をお留守番に雇ったのはレオにゃルドさんれすよ?」


 いよいよマンデーズ砦に向けて出かける、という段階になってレオナルドが悪あがきをみせた。

 旅行には付いていかない、と夏から言っているというのに、諦めが悪い。


 ……や、ちょっとは付いていこうかな? って思ったけどね。


 館で留守番をすると家庭教師としてヘルミーネが様々なことを授けてくれるし、コクまろはいるし、タビサとバルトもいるしで、館に残る私が寂しくないよう至れり尽くせりの準備がされている。

 ここまで準備が整えられていて、留守番ができませんと言う方が恥ずかしい。

 それに、事前に長期滞在の準備の整えられているレオナルドと私とは違う。

 私が予定外に付いて行くことにしたら、食料や衣類などの準備が必要になるのだ。

 本当に付いて行こうとしたら、ひと月は前にマンデーズの館へと連絡をしておいた方が良い。


「ちゃんとお留守番できましゅから、レオにゃルドさんは安心してお仕事をしてきてくらさい」


 そう言って背中には手が届かなかったので、レオナルドの腰を押す。

 わたしに仕事へと追いやられるレオナルドの姿に、だいだいの刺し色が入った黒い制服を着た迎えの黒騎士が苦笑を浮かべた。

 団長という肩書きのあるレオナルドの移動なので馬車を用意しても良かったのだが、できるだけ出発を遅らせて私と過ごすため、レオナルドは旅程の快適さよりもスピードで勝る馬を選んだようだ。

 馬で稼げる日程を、出発を遅らせることにてているらしい。


 何度も振り返りながらマンデーズ砦へと向かうレオナルドを見送り、姿が見えなくなったところで館の中へと戻る。

 延々レオナルドが振り返るため、それに付き合っていたら少し体が冷えた。


 ……早く暖炉で暖まろ。


 微妙に可愛く修正された不細工猫枕をお尻に敷き、暖炉の前に陣取る。

 ヘルミーネの授業は午後からなので、今はまだ自由時間だ。

 のんびり二着目の刺繍をすることができた。







 レオナルドのいない館は、普段とあまり変わらない。

 秋にアルフレッドが聖人ユウタ・ヒラガの研究資料原本を運んできて以来、原本の警護のため常にレオナルドが館にいたが、その前は館にいる方が珍しいという生活だったのだ。

 アルフレッドが来る前の生活に戻っただけである。

 そして、写本作業が終われば戻ってくる生活でもある。


 ……レオナルドさんの代わりにアルフさんが泊まるようになったぐらい? 変わったことって。


 原本の警護に館へ留まっていたレオナルドが不在なため、警護の引継ぎとしてアルフが館へ滞在するようになった。

 さすがに兄として振舞わないアルフのベッドに潜り込むような真似はできないが、付き合いだけならレオナルドと同じぐらい長いし、信頼もしている。

 そのため、ありがたいことにレオナルドの不在はそれほど寂しいと感じずに済んでいた。


 ……このままホームシックも完治するがいいよ!


 朝起きて、朝食を準備するタビサを観察し、朝食を食べる。食後に仔犬と遊び、飽きたら刺繍をして、午後はヘルミーネの授業がある。授業が終わるとヘルミーネが盤上遊戯で遊んでくれて、それにも飽きたらまた刺繍や読書をする。夕食を食べたら、あとは眠くなるまでコクまろと遊んだり、刺繍をしたりとまた遊び、夜回りのバルトにおやすみなさいを言って眠る。

 実に気楽な生活だ。


 ……おかげで冬の間中でやろうと思っていた刺繍が、すぐに終わりそうです。


 一着目は簡単なワンポイント刺繍を、二着目は色こそ深紅一色だが袖口をぐるりと一周、といろいろ趣向を変えていたのだが、三着目は少しだけ凝ったものを縫い取ろうかと思う。

 主に、刺繍作業を長引かせるという目的で。


 ……どうしよう。刺繍が意外に楽しくて、暇は感じないんだけど、すぐに終わっちゃいそう。


 刺繍を終わらせないために、ヘルミーネとのセークの時間を長めに取ってみた。

 最初は棋譜きふ通りに並べることにどんな意味があるのかと思っていたが、数多く棋譜を並べるうちに、ゲームの流れのようなものが見えてきた。

 理論セオリーが解り始めた、とでも言うのかもしれない。

 リバーシをすぐに覚えたアルフはセークも得意なようで、ヘルミーネと互角の勝負を見せてくれる。

 二人のゲームを覗いていると、いつの間にか私の授業になっていることがあるので、本当はあまり覗かない方が良いのかもしれない。

 ヘルミーネの講義はコマの動かし方から始まって戦略や過去の試合記録の解説が主なのだが、アルフの講義は本物の兵法と合わせての解説になっているので、解りやすくて面白い。

 ヘルミーネに話したように「平原で王様まで出向いて両軍の兵力が同じ戦いなんておかしい」と言ってみたところ、アルフには納得されてしまった。

 調子にのって地形効果やら、会心の一撃、攻撃を避けるといった要素を語ったところ、なにやらセーク盤の改良を考え始めていた気もする。

 そのうちサイコロでも導入した、より戦略的なセークを開発してくるかもしれない。


 アルフが館へ滞在するのに慣れてきた頃、王都から木箱が届けられた。

 白銀の騎士が中身を確認したところ、私宛の手紙と箱一杯に生姜が詰まっていたらしい。


「ええっと?」


 差出人はアルフレッドだった。

 台風のように賑やかなアルフレッドだったが、幼女わたしへの配慮がすばらしい。

 簡単な単語と短い文章で、私が自力で読める手紙を書いてくれていた。


 内容としては、秋の滞在についてのお礼状だと思われる。

 滞在中は世話になった、という誉め言葉が簡潔に、そして竜田揚げへの賛辞が紙面のほとんどを埋めていた。


「竜田揚げ、気にいってたんれすね」


 ……そういえば、一人で全部食べちゃった前科があったな、アルフレッド様。


 大量の生姜と竜田揚げへの賛辞がしたためられた手紙に、扱いに困ってアルフに相談する。

 アルフレッドのことならばアルフに相談。

 これが一番確実で、下手に悩むより早く片付くと、アルフレッドの短い滞在期間に学んだ。


 手紙を持ってアルフが滞在している客間へと相談しにいくと、アルフレッドの意図は竜田揚げのレシピを送れということだろう、と教えてくれた。

 大量の生姜については、アルフレッドが城主の館を初めて訪れた日に、私が味見と言っていたのを覚えていたためだろう、と。

 改良中の物なので、満足の行くものに仕上げて完成品のレシピを送れ。

 そのための先行投資といったところか。


 ……久しぶりに作ってみようかな?


 竜田揚げの改良は、実に美味しい作業だった。

 今は館に沢山のがあるので、分量別に何種類かのタレを作れば揚げる作業自体は一度で終わる。

 大量に竜田揚げが出来上がってしまっても、食べてくれる口があるのだ。


 ……ついでにニンニクをいっぱい入れた甘辛タレとかも試してみました!


 竜田揚げは概ね評判が良かったが、白銀の騎士たちはニンニクを入れた甘辛タレがお気に入りのようだった。

 竜田揚げは味醂が入っていても美味しいが、やはり抜いた方がしっくりくる。


 結論から言うと、アルフレッドが望むような完成したレシピはできなかった。

 味の好みはみんなバラバラで、味醂入りが良いという騎士や、生姜よりもニンニクが良いと言い出す騎士もいた。


 ……基本として味醂なしのレシピを書いて、あとはアレンジ案としていくつか書けばいいかな?


 味醂を入れるにしても、抜くにしても、竜田揚げには醤油が必要になる。

 醤油は今のところナパジからの輸入品に頼るしかない。

 うっかり王族であるアルフレッドがナパジの調味料に嵌ってくれれば、王都でナパジブームが起こり、輸入量が増えてちょっとお安く買えるようになってくれないかな、などと少しだけ考えている。

 もちろん、実現するだなどとは思っていない。

 ちょっとだけ、こうなったらいいな、と思っただけだ。


 あて先がまさか王子さまだ、などとは言えず、ヘルミーネの監修を受けながらレシピと生姜のお礼を綴る。

 もちろん、文字はヘルミーネに教わった淑女らしい綺麗な字になるよう、細心の注意を払って書いた。

 書くというより、描いたという気分なのは、写本作業に似ている。


 最後にアルフにも確認をしてもらい、封をした。

 あとは王族への手紙の出し方など知らないので、アルフに預けることにする。

 アルフ経由で手紙を送れば、多少の失敗があったとしてもアルフレッドは綺麗に流してくれるだろう。

 アルフの手を介している、という一点において。


「……ティナは、刺繍が得意だったんだよな?」


「刺繍は楽しくて好きれすよ」


 それがどうかしましたか、と封のされた手紙をしげしげと眺めていたアルフに聞き返す。

 アルフもずっと館にいるので、私がレオナルド用のシャツの袖に刺繍をしているのを知っているし、見てもいた。


「オレリアに刺繍を贈ったらどうだろう」


「それはいい考えれすね!」


 刺繍は上手だとヘルミーネに誉められた。

 刺繍ならば今からお針子になれるぐらいに上手だと。

 だとしたら刺繍を贈り物にしても、受け取った側が恥をかかないレベルのものが作れるのだろう。

 そしてなにより、三着目の刺繍が終わっても、新たに作るものが出来た。

 セークや料理の改良で故意に刺繍の時間を減らさなくても良いところが素晴らしい。


 オレリアへの贈り物は、アルフがお金を出してくれることになった。

 アルフからの贈り物はオレリアが素直に受け取ってくれないので、せめて材料費ぐらいは、とのことだ。

 私は刺繍ができて嬉しい。

 アルフはオレリアに贈り物ができて嬉しい。

 相互に得のある、実に素晴らしい提案だった。


 ただ一つ、不安もある。


「この前のお手紙みたいに、オレリアさんにちゃんと届けられないんじゃないれすかね?」


 以前の手紙のように、セドヴァラ教会での検閲と称してまったく違うものに入れ替えられたりしないだろうか。

 そんな不安があったのだが、アルフは頼もしい笑顔で頷く。


「大丈夫だ。セドヴァラ教会対策はもう考えてあるから、私に任せてくれていいよ」

3回連続で短いですが、キリがよかっただけです。たぶん。

次回がレオナルドの閑話だったら、きっとすごいドナドナ状態です。

そして、そんな予定はございません。

次回は神王祭な予定です。


誤字脱字はまた今度。

22日の更新はおやすみします。


誤字脱字、見つけたところは修正しました。

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