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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第4章 街での新しい暮らし

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新しい家庭教師

 秋にメンヒシュミ教会へ通ったことで、少し文字が読めるようになった。

 日本で言えば全てひらがなで書かれた絵本が読めるようになった程度の進歩ではあったが、文字が読めるようになったことは純粋に嬉しい。

 塗板こくばんを持って館中を歩いて回ったので、館に置かれている家具や備品の名前は書けるようになったし、覚えた。

 次は文書の書き方を覚えて、物語の本なども読めるようになりたい。


 ……まあ、その辺は春になってからだけどね。


 文章の書き方や、長めの文章の読み方はメンヒシュミ教会で教えてくれる基礎知識2の範囲だ。

 私が教わった基礎知識1の授業では、基本文字を覚えたり、書いたり、日常生活で使われる単語や簡単な文章の読み方を身に付けた程度だ。

 まだ流暢に文字を扱うことはできない。


 とはいえ、文字が読めることには違いがなくなったので、アルフが私に幼児向けの本をくれた。

 これはギリギリ今の私にも読めるレベルの本で、なかなか勉強になる。

 どうしても読めないところは、館にいる大人を捕まえて教えてもらえばすぐに解決した。

 仕事中の彼等を引き止めるのは少々気が引けたが、暇には勝てなかったのだ。


 ……レオナルドさんが探すって言ってた家庭教師、いつになったら見つけてくるんだろうね?


 館にいる誰に聞いても私の疑問は解けるが、彼等は基本的に仕事で館に詰めている。

 タビサやバルトはもちろんのこと、レオナルドも白銀の騎士も貴重な本の護衛として館に滞在していた。

 仕事中の彼等に、読めないところがあるから、と何度も質問に行くのは申し訳ない気もする。

 結局解らないところはまとめておいて、食事時や休憩時間を狙って聞きに行くようにしたので、本を読む進度としては遅すぎた。


 ……家庭教師、まだですか。


 そうは思うのだが、おそらくは今の館に新しく人間を引き入れることはできない。

 貴重本の護衛に白銀の騎士が滞在しているのだ。

 身元の不確かな人間など、館に入れない方が良いだろう。

 すでに前任の不良家庭教師カーヤが盗難事件を起こしたという前例がある。


 ……寒くてもメンヒシュミ教会に通う、とか?


 メンヒシュミ教会の教室は近くの農村から通ってくる子どもたちで溢れているが、図書室はそうでもないはずだ。

 ニルスを借りることができれば、図書室での自習は可能だと思われる。


 ……レオナルドさんに相談してみよう。


 そんなことを考えていたら、久しぶりの来客があった。

 さすがにお客様の前でレオナルドにべったりと張り付いているわけにもいかないので、居間では半分コクまろのベッドになっている不細工猫枕を抱いて部屋から退散する。

 コクまろも短い足でトテトテと私に続いて居間から出てきた。


「……あれ? ティナはどこへ行った?」


 来客が帰ったらまたレオナルドに引っ付こうと逆側のドアで聞き耳を立てていたのだが、中で私を呼んでいる声が聞こえる。

 どうやら気を利かせて部屋を出る必要はなかったようだ。


 ……誰だろう?


 ニルスやミルシェでも遊びに来てくれたのだろうか。

 そう思って居間へ戻ると、レオナルドの背後に姿勢の良い見知らぬ女性がいた。

 茶色の髪をきっちりと複雑に編みこんで上げている女性は、少しきつめの顔をしていたのだが、私に続いて居間へと入ってきた仔犬を目の端に留めると、ほんの少しだけ目じりが下がった気がする。


 ……あ、いい人だ。


 直感的にそう思った。

 この女性は犬好きの良い人だ、と。

 もちろん直感なので、間違いという場合もあるだろう。

 ただ、第一印象は良い。

 ひと目で苦手と感じたカーヤとはまるで違う。


「ヘルミーネ・ハルトマン女史だ。ティナがよければ、家庭教師として働いてもらいたいと思っている」


 そうレオナルドに紹介されたヘルミーネは、優雅な所作で一礼した。


「ヘルミーネです、ティナさん。国語と外国語をお教えすることができますが、お兄様からは主に礼儀作法の講師をしてほしい、とご依頼を受けております」


 上品に微笑むヘルミーネに、思わず見惚みとれてしまう。

 カーヤとは比べること自体失礼なのだが、まるで違った。

 この女性の所作や物腰であれば、対価を払ってでも学ぶ価値があるだろう。


「えっと……ティナ、です。ヘルミーネしぇんせい」


 見惚れるほど美しい所作を見せてくれたヘルミーネに、こちらも出来る限り上品に返したかったのだが、付け焼刃すぎた。

 多少お行儀良くは出来るが、この世界の礼儀作法など学んではこなかったし、話すのは未だに不慣れだ。

 相変わらず噛んで舌っ足らずなのが、ヘルミーネの前ではなんとなく気恥ずかしかった。


「ヘルミーネせんせいが、家庭教師なんれすか?」


「家庭教師がいれば、ティナは遠慮せずにわからない単語や文章を読んでもらえるだろう? 今は館に大勢大人がいるが、ティナの相手を出来る人間は少ないからな」


 私と気が合いそうならば雇いたい、とレオナルドは言う。

 私の感想としては所作の綺麗な人だと思うし、少し厳しそうな雰囲気ではあるがすでに半分以上気に入っている。

 こんな人が自分の家庭教師として作法や勉強を教えてくれるのならば、はっきりいって心強い。

 そうは思うのだが、一つ気になることがある。


「……レオにゃルドさんの女運を考えりゅと、大丈夫なんれすか?」


 声を潜めて、つい本音で聞いてしまった。

 こればかりは最近聞いたレオナルドの過去話を考えても、どうにも信用ならない。

 良い人そうに見えて実はカーヤより酷い本性を隠していた、なんてことがあったら目も当てられない結果になるだろう。


「今回はアルフの紹介で選んだ。冬はひと月以上俺が留守になるからな」


 レオナルドが留守をするひと月半の間、私が一人で留守番をすることになるので、その保護者として家庭教師を用意したらしい。

 タビサとバルトはあくまで使用人なので、私の保護者としては扱わないようだ。

 それを踏まえたうえで、アルフが私をひと月半預けても大丈夫だと思える人材を紹介してくれたとのことだった。


 ……そういえば、ちょっとだけ旅行について行ってもいいかな、って思ったことは話してなかったっけ?


 ほんの少しだけ旅行について行こうかとも思っていたが、留守の間の準備をしてくれたのなら、当初の予定どおり留守番をした方がいいだろう。

 まだ少しホームシックを引きずってはいるが、いつまでも甘えん坊の子どもではいられない。

 早く持ち直さなければ、私もレオナルドも困ってしまう。


 ……それに、今回はアルフさんの紹介らしいしね?


 アルフの紹介であるのなら、レオナルドが選んで連れてくるよりも安心できる。

 アルフの女運が悪いという話は聞かないし、場合によってはレオナルドよりも頼りになると確信していた。


 ……でもひと月半も一緒に住むことになるんなら、しっかり人となりを確認しないとね。


 最低レオナルドが留守をするひと月半。

 私と気が合えば、そのまま家庭教師として館に住み込んでくれるらしい。

 レオナルドが留守にするひと月半は、お互いにお試し期間ということになる。


「お留守番は解りましらけど、館に新しく人を入れて良かったんれすか?」


 白銀の騎士が貴重本の警備として館に詰めているというのに、新たに人を入れても大丈夫なのだろうか。

 そう心配を告げたところ、すでにジークヴァルトには相談済みである、と太鼓判を押された。

 館の警備に関することは、私が心配をするようなことは無かったようだ。


 いくつかの疑問と心配事をレオナルドにぶつけ、それらが解消されると、改めてヘルミーネと向き合い挨拶をする。

 これからよろしくお願いします、と頭を下げた私にヘルミーネが最初に教えてくれたことは、淑女らしい内緒話の仕方だった。


 ……そうだよね。本人を目の前にする会話じゃなかったよね。


 主に、レオナルドの女運からくるヘルミーネの人となりへの不安など、本人の目の前でする会話ではなかった。

 ただ、さほど気を悪くした様子もなかったので、神経質そうな顔をしていても案外豪胆な性格なのかもしれない。







 お互いにお互いを知るため、さっそく授業が行われることになった。

 ヘルミーネの授業は、当然のことながらカーヤの授業とも思えない授業とはまるで違うものだ。

 女性らしく美しい字を書く練習であったり、女性らしい装飾文字の書き方であったりと、知識だけではないものが豊富だ。

 最初の挨拶で噛んだ私に、すぐに話すことが苦手だと悟ったヘルミーネは、音読の授業を取り入れた。

 読まされるのは絵本や物語ではなく、詩集だ。

 淑女にはこういった感性も必要だとかで、ヘルミーネが書斎から探し出してきたのだ。


 ……詩集これって、絶対私やレオナルドさんは読まないジャンルだよね。


 なんでそんなものが書斎にとは思うのだが、城主の館はグルノール砦の主が変わるたびに主人が変わる。

 前の主人が集めたものか、寄付金のお礼としてメンヒシュミ教会から送られてきた物なのだろう。


「次は、使用人の呼び方の練習をいたしましょう」


 何度も詩を読んだ私に、喉が渇いただろうとタビサがお茶を運んできてくれた。

 それに対していつものようにお礼を言ったのだが、そうしたらヘルミーネがこう言い始めた。

 主筋の娘がする話し方ではない、と。


「……ありがとう、タビサ」


 年上の人間を呼び捨てにするなんて、とどうしても内心で抵抗があったため、実行するまでにたっぷりと時間がかかった。

 本来はお礼を言う必要すらないらしいのだが、これにはさすがに従えない。

 ただ、名前から『さん』を取ることについては、館に来た最初の日にも言われていたことなので、ついに直される日が来たのかと思う程度ではあった。

 どうしても抵抗感はあるが。


「先生、質問れす」


 使用人に『さん』を付ける必要がないというのなら、家庭教師はどうなのだろうか。

 素直に思ったままを聞いたところ、私の判断に任せると答えられてしまった。

 雇用されているという意味では使用人と同じだが、師としては上の立場の人間である、と。

 ヘルミーネの青い瞳がじっと私の目を捉え、私がどんな答えを出すのかを待っているのが判った。

 お試し期間なのは、お互い様だ。

 ヘルミーネが信頼にたる人物なのかどうか私が見ているように、ヘルミーネもまた私に学を授ける価値があるかどうかを見定めている。

 そんなところだろう。


「……わたしは教わる側の立場なのれ、ヘルミーネせんせいとお呼びしましゅ」


「それがよろしいでしょう。人は下の人間と見ている者の言には耳を傾け難いものです。ティナさんの判断は、学ぶ者として正しいと評価します」


 ヘルミーネの青い目がほんの少し細められる。

 もしかしたら、私の答えに満足して微笑んでいるのかもしれなかった。


 ……これ、答え間違ったらおまえになんて教えるだけ無駄だ、って私がお断りされる側でしたか? もしかして。


 さすがはアルフの紹介で来た家庭教師である。

 生半可ではなく厳しい。


「貴女の、誰にでも敬意を持つ姿勢は美徳だとは思います。ですが、使用人を使用人と扱わねばならない場面はどこにでもあります。そういった場で使い分けができるのなら、館の中でのみ使用人に『さん』を付けて呼ぶのも良いでしょう」


 貴女には場による使い分けができますか、とヘルミーネに問われ、私はゆるく首を振る。

 そんな器用な真似が、私にできるとは思えなかった。


 いつかは必ず直されたことだ。

 それがたまたま今日だった、というだけのことなのだろう。







 ヘルミーネの滞在は本来二階の客間を使ってもらう予定だったのだが、現在の館は二階を使っている男性の客が多い。

 そのことにヘルミーネが難色を示したので、急きょ三階の余っている部屋を宛がうことになった。

 三階は完全に家族のスペースとなっているのだが、ヘルミーネを入れることには抵抗がない。

 カーヤの授業では、カーヤを自室に入れることすら嫌で居間を使っていたのに、だ。


 ……なんでヘルミーネ先生は平気なんだろうね?


 基本的に私は自分のことを人見知りする性質だと思っている。

 それなのに今日会ったばかりの、それも少し厳しめだと感じている人物が自分の生活スペースに入ることに対して何も感じていない。

 それが不思議でならなかった。


 夕食の時間が近づいてきたので一階へと下りる。

 私のせいですっかり居間に仕事を持ち込むようになってしまっていたレオナルドは、足元にコクまろを侍らせながら何かの書類に目を走らせていた。


「……ハルトマン女史はどうだった?」


「ハルトマン……誰れしたっけ?」


 すぐに思いだせずに聞き返すと、ヘルミーネの姓がハルトマンだと教えられた。

 どうやらレオナルドは事前にヘルミーネから名前で呼ぶことをお断りされていたらしい。

 何か失礼なことでもしたのでは、と聞いたところ、ヘルミーネの性質によるものらしかった。

 アルフ推薦の女運最悪なレオナルドでも普通に付き合える見立てがあるヘルミーナは、男嫌いの独身主義者だった。

 レオナルドに対して色気を見せない相手であれば、友人知人として付き合う分には何の問題もないだろう、というのがアルフの下した判断だ。


 ……ああ、うん。たぶんそれだ。


 説明されてしまえば、納得の一言だった。

 レオナルド目当ての女たちからしてみればわたしは邪魔者でしかないが、レオナルドに興味のない家庭教師からしてみれば私はただの生徒だ。

 カーヤのように私に対して邪魔だとかの攻撃的意識を持っていないから、私もヘルミーネに対して苦手意識を持たないのだろう。


「それで、ハルトマン女史の感想は?」


「使用人には『さん』は必要ないっれ、直されましら」


「……そうか」


「少し厳しい人な気がしましゅけど、わたしは好きれす」


 年長者を呼び捨てにさせるなんて、と思うこともあるが、やはり必要なことでもあった。

 ヘルミーネは、言い難いことであっても言わねばならないことならば、ちゃんと教え諭してくれる人なのだろう。

 そんな厳しさと誠実さのある人だと思う。


「どの辺が気にいったんだ?」


「レオさんが初めてくれたお小遣いの話をしたんれす」


「……小遣い? ティナが俺に財布を買ってくれた時の話か?」


「はいれす。レオさんがお小遣いに金貨をくれたってお話したりゃ、あとでレオさんにお話があるそうれす」


「……それでか」


 頭を抱えたレオナルドは、どうやらすでにヘルミーネから呼び出しを受けていたらしい。

 子どもに持たせる金額としては多すぎると思いヘルミーネに話してみたのだが、金銭感覚的に私とヘルミーネは気が合いそうだ。

 子どもに金貨は持たせすぎだ、とどうやらレオナルドに苦言を呈してくれるようである。


 ……悪いと思ったら雇用主にもちゃんと意見してくれる人っぽいね、ヘルミーネさん。


「わたしは好きれすよ、ヘルミーネ先生」


「ティナが気にいったんなら、それでいい。俺はおとなしく怒られてくることにするよ」


 肩を竦めるレオナルドに、元気を出して、と頬にキスをしてみた。

 これだけで機嫌が直るのだから、レオナルドは単純だ。

 そして、私の気分も少し上向いた気がする。


 ……私はしっかり、ヘルミーネ先生からレオナルドさんの躾け方を学びます。


 こんなことを考えているということは、さすがに秘密だ。

祝100話達成。

いや、祝いでもなんでもないですが。4章はひたすらのんびりモードが長いですね。

4章だけでそろそろ50話行きそうです。


100話記念として、一週間ほど更新お休みします。(記念とは)

溜めてしまった誤字脱字の確認と、すっかり寝る時間がズレこんで体調崩しそうなのを立て直そうかと思います。


誤字脱字はまた後日。

次の更新は16日です。


誤字脱字、見つけた所は修正しました。

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