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「......誰?」

 背後の扉に立てかけていたバットが落ちた音に、コウタは厳しい目を向ける。俺は服の下に隠した銃を押さえた。

「......! ......、......、............おれ、ですよ」

 おとなしく両手を上げて、現れたのはあの少年だった。

「ああ、君か。ナナちゃんの様子はどうだった?」

「もう落ち着きまして、今は図書室でこれからの事を考えていますよ。まぁ、代表になるには消極的なようなので貴方がたの敵にはならないかと」

 コウタの質問に慇懃な様子で少年が答えた。それを聞くか聞かないかで、すでにコウタは少年に背を向けたが、少年の笑顔は変わらない。

 ただ、その笑顔が......なんか怖い。俺は押さえた銃を、服の上から握りしめる。

 少年の目は細められ、口はたしかに弧を描いていた。......しかし、その顔は妙に不機嫌そうだ。肩を怒らせしきりに瞬き。彼が着ているセーラー服は、もともとオランダの水兵服だ。今でもセーラー服は海軍の象徴。それがあいまっているのか、少年が幼い兵士に見える。癇癪もちの人殺し。堪忍袋の緒は短く脆い。

 ふーッ、と軽く息をしてから、少年はコウタに再び話しかけた。

「貴方がたは、きっとおれが立場を違えている事に気づいていることでしょう」

 しかし、コウタは全く聞く耳を持たない。少年の方向を向かず、祭壇を上下左右全方位からじろじろ見て、ヒントを探り出している。

 コウタがとうとう見るだけじゃ飽き足らなくなったか、祭壇の仏花の群れに手を無遠慮に突っ込んだ。がさがさと耳障りな音を立て、菊は花弁や葉を落とす。

 ふーッ、ふーッ、と深呼吸してから、少年は話を続けた。

「......そう、おれはどちらかといえば、あの、地蔵様側に立っているんです。ゲームマスター側、と言った方が分かりますかね」

 ぶちぶち。コウタが祭壇の仏花を手折りはじめた。奴は罰当たりな事に抜いた仏花を背後に投げ捨て、祭壇に上りはじめ......もうやめよう。罰当たりを見ていると自分の方もおかしくなりそうだ。俺はそっと、コウタの代わりに少年を見やる。

 少年は顔を紅潮させていた。まるで本当に堪忍袋の緒が切れそうな感じだ。

 ふーッ、ふーッ、ふーッ、と息を整えてから、少年は話を続けようとした。

「......その、おれが、来たのはアンタら......いえ、貴方がたにヒントを与えに」

「ホラさん、降りれなくなったからちょっと手ぇ貸してー。そこの柩がちょうどいい足場に」

「やめろよ!!」

 コウタの暴言に、とうとう少年の化けの皮が剥がれた。

 視界から少年が消え、コウタがいる方向でガッ、と音。顔を上げると、飛び上がった少年が力いっぱい奴の頭に向かってバットを振り下ろした所だった。コウタは横に転がって避け、バットは祭壇に残っていた最後の花を散らす。

 少年はそのまま祭壇に乗って、見覚えのあるバットを握り直した。そういえばあれはコウタが戸口に立てかけていたバット。コウタが用心の為に頼っていた護身武器。しかし少年の手に渡った今、それはコウタに牙を向く。位置エネルギーを運動エネルギーに変換しながら、少年は祭壇から飛び降りてコウタに殴り掛かる。奴はひらりと攻撃をかわした。

「ぐぅぅぅぅ、......! ぐぅるるるぅ、ンタ......うううううッ!」

 ケモノじみた声は歯ぎしりしながら無理に喋ろうとしているからだ。俺はいつの間にか身を引いていた。狂人と狼少年の戦いに巻き込まれたくない。唸る少年が振りかぶるバットを、コウタはひらりひらりと嫌味な程に華麗に避ける。「あははははッ! 元いじめられっ子ナメんなよ!」とか言ってるけどなんなんだ。

 しばらくすると、コウタは再び祭壇に乗って大きな遺影を盾にした。

 少年はまるで、手の届かない所に獲物がある猟犬のように、祭壇の周りをぐるぐる回った。しかし追いかけっこで疲れたか、登る勇気はないらしい。下から殴るにしても、遺影に当たりそうだ。諦めた少年に、コウタがからかうようにいう。

「......さて、君はちょっとカルシウムとか人間の自覚が足りないんじゃないかな」

「アンタが、高橋くんに、この部屋にめちゃくちゃするからじゃねえか......!」

 唸るように反論する少年は慇懃な様子を失い、代わりに誰の目にも明らかな、怒りのための視野狭窄に陥っていた。俺に目を向ける事もない。

「ふうん、この僕のそっくりさんはタカハシクンって言うんだ。じゃあ僕は生きているんだね、ああよかった。......だよね?僕と彼とは違う」

「アンタが、高橋ヒカルくんを騙るな!」

 コウタの仮説を、食い気味な少年の言葉が証明した。

「アンタが、アンタが、アンタが、アンタが! 高橋くんを全部忘れておれを沈めて、でも一人じゃ何も出来ないからって人格分けて頭ん中散らかして! 地蔵様に言われたからここまで連れてきたけどアンタ嫌なくらい高橋くんに似てる、でも高橋くんはそんなへらへらしないし絶対ちゃんとおれを見てくれるし話を聞くし、おれをおれをおれをおれを!」

「うるさい、黙れ」

 コウタの声が、不思議にはっきり広がって、少年の慟哭が不自然に止まる。

 少年は真っ赤な顔で口をぱくぱく開け閉めするがーーーーーーどうやら、声が、出ないらしい。じだんだを踏んでバットで床を叩いてから、彼は諦めたようにぐにゃぐにゃ座り込んで口を閉じた。その隙に俺がバットを奪取し、両腕をまとめて掴んで拘束した。少年は抵抗せず、俺が押さえるまま床に伏せる。

 静かになった葬式会場。コウタは祭壇の上で訥々と語る。

「もしも僕らが人格だとして、そんなに|高橋くん(死んだ子)に執着しているような奴、切り捨てられても仕方ないじゃん。何のために、脳は人格を分けると思っているの? よりよく体が生活するためじゃあないか。大人の面を使って仕事し、こどもの面で周りに頼る。みんな誰でもしている事だよ。そう......多重人格だって、他人にどうこう言われる事はない......あの地蔵、何様だよ......」

 地蔵様だろう。俺はつまらない受け答えを思い浮かべた。

「......イッシュ様、らしいですよ」

 落ち着いてきたのか、少年の言葉に慇懃さが戻ってきた。

「ふうん、ISH(イッシュ)? まぁ、いいや確かめようがないし。でも、分裂人格だって 『Inside-Self-Helper』 だよな......個人の問題解決に来る『守護天使』......うさん臭さが過ぎるよ......」

 独り言を繰り出すコウタは、軽く祭壇から飛び降りて、少年のすぐ正面に立ち、しゃがみ込んで目線を合わせた。

「僕に話を聞いて欲しけりゃ、君は僕の仲間になるべきだった。タカハシクンはどうか知らないけど、得体の知れないゲームマスターなんか、僕は警戒しまくるよ。ちょっとふざけただけで殴り掛かって来るしさ。ヒントだなんて、油断させる常套句にしか聞こえなかったよ。ホラさんに伝えて僕に伝言させた方がまだ騙されたよ。僕も、ホラさんからの情報で殺されるんなら本望だったさ。でも、少年お前は駄目だ」

「?」

「......ま、まぁ、ピンと来ないならスルーしてよ。そして、いろいろ教えてもらって、あわよくば人質になってもらって......」

 つらつらと展望を語るコウタは、少年の変化に気付かなかった。

 ぐにゃぐにゃだった手足に芯が通り、だんだん力が貯まっていく。

 へたり込んでいるのではない、しゃがみ込んで準備している。

 俺は、押さえ付ける力を強め......その瞬間に少年は地を蹴った。

 少年がびよんと前に飛び出した。俺はバランスを崩してみっともなく転んで手を離す。両手が自由になった少年は、目の前にいるコウタにぶつかって押し倒した。

「......今です、ナナさん!」

 鋭い声、勝者の声。

 その声に合わせて、俺達のすぐ横にあった引き戸ががらりと開いた。

 そこには、真っ青な顔をした少女ナナちゃんが、見せつけるように手榴弾を、ピンを抜かずに持っていた。

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