王子様の姉1
「ひょわあああ!」
ワンピースくらいの長さがあるワイシャツを着て、短めの半ズボンに黒色のタイツを履いた姿をしたアズサは、黒うさぎのぬいぐるみを抱えながら奇妙な叫び声を上げながら救いの手であるヤクトを探し回る。そんな彼を追い回すのは……、一番上の姉であるアルでSっ気のある彼女は時折思い出したように追いかけ回してくるのだ。
どんなに魔法使いとして優秀だろうと、城内では魔法は使えないため、もう涙目でいつ涙が零れ落ちてもおかしくない状態だったが、アズサはぐっと堪えていたけれど……、脚がもつれて勢い良く転んで、呆気なく泣かないと言う決意は崩れてしまった。
大声でアズサが泣いた瞬間、細やかな魔法の操作が得意なヤクトは移動魔法で瞬時に現れ、位の違いなど気にもせずに睨み付け、何時もより低い声で、
「アズサ様をいじめないでくださいと言ったはずですが、貴方は随分と聞き分けが悪いのですね?」
そう言えば、売り言葉に買い言葉のごとくアルはこう言い返す。
「ヤクトは過保護過ぎません? いじめられたくなければアズサにそんな可愛らしい格好をさせなければ良いんじゃありませんか? 似合ってしまうから余計にいじめがいがあるのよね」
ヤクトとアルの相性は良くもあり、時に最悪なものでもある。
アズサにはけして見せない腹黒さがあるヤクトと、腹黒さを隠しもしないアルは似たような性格だ。
ダボダボとした格好を好んで着ているのはアズサの好みであり、主を貶されるようなことを言われるのが一番苛立ちに感じるヤクトにとっては愛想笑いを浮かべながら言い返す。
「アズサ様の好みを貶さないで頂きたいですね。アズサ様はその格好が似合っているんですから、貴女に言われる筋合いはないと思いますが……?
アズサ様は女性を怖がっています、これ以上症状を悪化させるようなことを血縁の立場である貴女がするのはおかしなことだと思いますけれど……?」
「あら? 荒治療ですわ、何処かの従者が甘やかし過ぎているから」
視線がぶつかり合い、お互いに睨み合う姿を涙を拭いながら眺めるアズサ。
しばらく経った後、決着するのを諦めたのがヤクトで、未だに泣いているアズサを宥めながら、アルの存在など気にもせずに自分の主を抱えて、満面の笑みでご機嫌伺いをしていた。
「何でアズサの従者になることを選んだんだか、私には貴方が良くわからないわ」
ボソリとそう呟いた一言が聞こえていたのか、ヤクトは目元だけを細めて、
「アズサ様だけが俺のことを認めてくれたからです。肯定してくれたから、だから俺もどんな状況になってもこの人の味方でいたいと思ったからです」
微笑みながらそう言い、ヤクトはアズサの部屋に向かって歩き出した。
そんな背中を眺めながらアルは、はあと小さくため息をついて……、
「振られちゃったわ」
意味深な発言をしつつ、綺麗な金髪の髪を掻き上げながら、見惚れるくらいに綺麗な動作で身体の向きを変えて悲しそうに微笑みつつ、アルは足音も立てずに歩き出した。
そうヤクトが答えた次の日。その一週間後、アルは隣国の第二王子とのお見合いをすることになった。
「あんなに見合いするのを嫌がっていたのに……、女性の気の代わり様には驚きを感じますね」
「……うーん、本当に気紛れでお見合いはお姉様がしないよ。きっと何か吹っ切れてお見合いすることにしたんだと思う。安易に気分で決める人じゃないから」
ヤクトの呟きに対して、アズサはそう意味深な発言を返した。
人の心の変化に察しやすいアズサは、アルの気持ちに気付いていた。
――お姉様はヤクトのことが好きだったんだよ? だから頑なにお見合い話を断ってきたんだよ。
内心でそう考えながらもその言葉を言わない。あえてアルが告白しなかったのをわかっているから。
ハムスターのごとく、頬を膨らませながらクッキーを食べた後、アズサは、
「ヤクト、お姉様にこのぬいぐるみを渡してきてくれないかな?」
雪豹のぬいぐるみを指差しながら、間接的にアルと会うように仕掛けた。
そう言う関係の話に疎いヤクトは、簡単にその話を了承した。