王子様の兄弟1
ヤクトが従者になり、四年が過ぎた。アズサは八歳になり、魔法使いとしての実力を幼いながらも着々とつけてきた頃、四年間毎日側にいたヤクトが王であるアスカの命令により、とある国へと出張に行かされることになってしまった。
四年が経った今でも相変わらずたくさんのぬいぐるみに囲まれながら、ヤクトの口からそれを聞かされたアズサは涙目になる。……一度も一人にされたことないのに、とブツブツと呟くアズサに対して慌てたような声で……、
「アズサ様が一人にならないように、ゼンにアズサ様を見ててもらうように頼んでおきましたから、どうかお泣きにならないで下さい! このヤクト、直ぐに戻って参りますから……」
泣きそうになるアズサを宥める。
ヤクトの親友、ゼンは第三王子であるアースの従者をしていた。
ゼンがアースの従者になったのは今から二年前のことである、貴族をあまり好まない彼が王族の従者になるなど、誰も予想はしていなかったはずで。
ましてや王族兄弟の中でも変わり者であり、腕っぷしの強く、周りにとっては妙だと感じるこだわりがあるアースだ、振り回せられるはずなのにゼンは“第三王子”の従者であることを続けている。続けている理由としては皆が気づかない、志を持っていたから。
「アース様とゼンの側に居て下さい、どの兄弟の側にいるよりも安全です」
アースは王座など興味なく、第一王子が王となると決まっている今、それでも王になろうと抗おうとする他の兄弟とは違い、同じく王を目指そうとしていないアズサを可愛がり、味方をしてくれている。ゼンも嫌うことなく、むしろ味方とも言える状態だ。
魔法を使えるようになり、一部の国民から支持を受けるようになった今、アズサを一人にする訳にはいなかった。いつ、暗殺者を雇われるかもわからないため、なるべくならば側から離れたくなったヤクトだったが、アスカの命令とあれば断る訳にもいかず、一番信頼出来る二人であり、実力も備わっていると言うのもあり、自分の主を失わないように影から手を回す。
アズサが王に向いていないのは、従者であるヤクトが一番良くわかってる。
だからヤクトは、アズサを公には出さないように影から手を回すのだ。
「過保護すぎだよ」
「お前もな」
アズサをゼンに預け、出発しようとした時、王子二人には聞こえないように小声でそう会話を交わし、早足でアスカに命じられた地へと歩み始めるヤクト。
アズサはそんなヤクトの背中を眺めながら、その広い背中の持ち主から貰った今も愛用している杖を握りしめながら姿が見えなくなるまで見送っていれば、優しい笑顔で王城へ入るように言った後、コクンと頷いて素直に王城へと入っていくのだった。
そんなアズサは知らない、アースが何故見送ることを遮ってまで王城へと入るように言ったのかを。
そんなアズサは知らない、視線だけでゼンに指示を送り、知らず知らずのうちに命を助けられていたことを。
「誰からの依頼だ、クソガキ。そんな狂った目をして、暗殺者と言うより殺人鬼みたいじゃないか。……誰を殺すつもりだった? お兄さんに教えなさい」
身軽で、無駄な動きがない“殺すための技”を身に付けている暗殺者でさえも上回る的確で、全く無駄がない動きで間合いをつめ、首筋のギリギリに小刀を当てるゼン。その動きに、心を見透かしたようなその言葉に冷や汗を掻き始めた暗殺者は初めて、自分はもしかして死ぬかもしれないと言う感覚に襲われた。
そんな心情を抱いているとは知らず、急に抵抗しないで、身体の力を抜き始めた暗殺者にゼンは怪訝そうな顔をしながらも、地面に崩れるように座り込みそうになる暗殺者の腰を支え、何かを言い出すのを待った。
「もうひとつの人格が俺を狂わせる。殺せと、夢の中で誘惑されて身体を乗っ取られ、暗殺者と言う立場を利用してアイツは狂った欲求を満たしている。
依頼主はわからない、暗殺の仕事をアイツがこなしている時は記憶がないから。……ごめん、だからアイツが誰を狙って殺そうとしたのかもわからない、アンタは自分より強いからって精神の奥底まで隠れて出てこないから聞くことも出来ないから役に立てなくてごめんなさい」
そう謝罪する暗殺者の目はまるで別人のように純粋で、素直だった。
嘘を言っているようではなかったから拘束していた身体を離し、
「……おい、誰かを殺したってソイツのためにならないぞ」
その呟きに暗殺者は訳がわからず、どういうことかと聞こうとした。
が、ゼンは王城から離れろとそう言って、そう聞く前にアース達を追って入って行ってしまった。
その言葉の意味がわかったのはたった一人だけだった、……暗殺者の精神の奥底で眠るもう一人の暗殺者だけ。
「お兄様、ゼン遅いね」
「アイツは気まぐれで猫みたいだからな、さんぽじゃねぇーの」
アースの自室に一足先に着いた二人は、周りが聞けばほんわかしそうな会話を交わした後、今日の相棒である針ネズミのぬいぐるみを強く抱きしめながら信頼出来る兄に寄りかかる。
「強い魔法使いになっても随分と甘えん坊のままだな、アズサ」
可愛らしい態度を見せるアズサを、アースは愛しそうな顔で見つめていた。




