ぬいぐるみに囲まれた王子様は魔法使い3
吸血鬼は願った。
――もう、人を殺したくはないと。
力が強い吸血鬼は、自分を生かすために誰かを殺してしまう。
申し訳なさで涙を流しながら、動物の血を飲んで生きてきたけれど、年々強くなる血を飲みたいと思う自分の欲求を……、理性では抑えたいと願っても身体がそれを求める。
そんな自分を嫌になった吸血鬼は、血だらけになるまで身体を傷つけるが、直ぐになかったことにするかのように消えていくその傷が治っていくたびに……、心が儚く壊れていくような表情になっていった。
吸血鬼は死についてしか見えなくなり、近づいてくる足音が聴こえなくなっていた。……誰かを傷つけて生きるくらいなら自分が犠牲になった方がマシだ、とそう考えながらもう一度自分に剣を向けた。
その瞬間、枝を踏んだような足音が聴こえて、ぎこちない動きでその音が聞こえてきた方向へと顔を向けて、その人物が腰に装備していた“吸血鬼を狩るための剣”を見て、今にも消えてしまいそうになる声で吸血鬼は息を吐き出した。
「……殺してくれ、他人を犠牲してまでも生きたいとは望まない……。
もう、動物の苦しそうに亡くなる姿など見たくはない。その剣で貫いて、殺してくれ。俺はもう人の血を飲まないように理性で押さえ込むのは無理なんだ」
心が壊れる寸前の吸血鬼は、殺してくれと敵であるはずの人物に請う。
それほどまで吸血鬼は、理性では押さえられないその衝動に追い詰められていた。……どうして自分は吸血鬼として産まれてしまったんだと恨みながら。
そんな吸血鬼の表情に圧倒される、狩る側であるその人物。
そしてフッと笑い、その剣を捨てた。
「この剣はただの飾りなんだ、ただこの世はどんな世界だろうかを確認しにきただけだから……、申し訳ないけど俺は君を殺すことは出来ない。
でも、君みたいな男を殺しては罪悪感が残る。たった一人に忠誠を誓い、その者を闇に落とさないように守り抜けば君をその主が命つきるまで人間として生かし、人間として死なせてあげよう。もし、どんなに探しても見つけられなくて不老不死の状態で生きられてても困るし、君が五十になるまでに主を見つけられなければ君は人として死に、俺の部下として死後、問答無用に忠誠を誓って従うと言う条件で“優しすぎる”君を人間にしてあげよう」
その人物の言葉に、心が壊れかけている吸血鬼は騙されても良いから何かにすがりたい思いで、直ぐにその契約の返事を首を縦に振ることで返事をした。
その言葉に、その人物は契約成立だなと呟いた後、何かを唱えたのだった。
その呪文を唱え終わった途端、吸血鬼は理性ではどうしようもないくらいのとても強い眠気に襲われてた後、気絶するかのように眠りについたのだった。
そして気がつけば、何処かもわからないの騎士訓練所の前で倒れ込んでいるところを、その時たまたま入隊の日だった何れは親友となる男と出会い、人間になったとは言え、超人的な戦闘のセンスを持っているのは吸血鬼のなごりであり、騎士見習いの段階で未来に出来るであろう主のために多種多様な術を身につけたのだ。
自分が望む主に出会うため、元吸血鬼は貴族をあまり好まない騎士をとある王子と出会うまでその演技を貫き通し続し、どんな相手だろうが従者になることを断り続けたのだった。
「それが君の従者、ヤクト ハルサクの過去だ。それでも君は恐れずにヤクトを従者として側に居続けろと望むのかい? それともこの過去を知って、ヤクトを突き放すことを選択するのか、どんな選択を選んでも俺は君を責めないよ」
吸血鬼を人間にした人物は、夢の中にいるアズサにそう言葉を掛けた。
◇◆◇◆◇◆
「アズサ様も俺の過去、あの人から夢で教えられたんですね……」
アズサはぬいぐるみが囲むように置いてあるベッドから上半身を起き上がらせ、にこりと微笑んで、
「吸血鬼だった頃のヤクトも、とてもとても優しかったんだね」
そしてこの言葉に続けてアズサは……、
「僕を主に選んでくれてありがとう」
そう感謝の気持ちをヤクトに伝えたことに、そう言われた本人は驚きのあまり目を見開き、感謝を伝えたいのはこっちの方なのに……と内心で考えた後、
「こちらこそ。アズサ様、産まれてきてくれてありがとうございます」
アズサが産まれてきたことを、本心からヤクトは感謝の気持ちを伝えた。
「なら、生きるために魔法頑張る」
アズサはこの出来事以降、熱心に鍛練を重ねていったのだった。
――産まれてきたことに感謝してくれたヤクトのためにも、頑張らないと。
その一心で苦しい鍛練にも、アズサはひたすらに耐えたのだった。