王子様は可愛いものが好き1
――男が可愛いものが好きだったら……、何かいけないんだろうか?
人に対してトラウマを抱えるこの青年は、唯一出歩く理由である手芸店の帰路を歩いていた。
男の癖にぬいぐるみが好きだなんて……! と幼い時、いじめられていたことがある青年はすっかりと引きこもりになってしまい、体力だって同年代の半分以下になってしまった。
特に女性は苦手だった。男子生徒は庇ってくれたが、女子生徒は容赦なく青年を追い込んだのだ。
そんなことをする人ばかりではないと青年はわかってはいたものの……、頭ではそう思えるのだが、いざ目の前にすればそうな風には考えられなくなってしまう。……そう、女性を目の前にすると恐怖で動けなくなってしまうのだ。
目の前に通り魔がいたとしても、それが女性だったとしたのなら……、抵抗すらも出来なくなってしまう。
痛みが襲って来たのは通り魔がいなくなってから直ぐのことだった。
鉄の臭いを感じながら、青年は自分は死ぬんだとゆっくりと瞳を閉じた。
が、次に目を覚ませば王宮のような部屋で一人、青年は寝かされていた。
それから数ヵ月後。
青年が転生した幼児、アズサ レミー ローベルトの部屋は開かずの間と化していたのだった。
グスグスと鼻水を啜るような音を出しながら、憑依して一ヶ月目でやっと頼めた裁縫道具と布で、ここ二〜三ヵ月で百以上のぬいぐるみを作り上げていた。
そんな日々を過ごしていたある日、見かねたアズサの姉であるユーリアが開かずの間と化した部屋を開けた途端、甲高い悲鳴を上げて大泣きしたことで王宮の人間は理解した、……アズサは女性恐怖症なのだと……。それからアズサの部屋に近づけるのは程よい距離を保てる、優しい男子達だけと暗黙のルールとなったのだった。
アズサ レミー ローベルトはとある大陸の第四王子である。
そして王宮に使える者だけが言う愛称、「ぬいぐるみに囲まれた王子様」と呼ばれていることをアズサ本人は知らず、未だになれない場所で泣きながらぬいぐるみを作り、自室から出てこない日々が続いたある日のことだった。
アズサはここではぬいぐるみを持っていても何も言われないとわかったのか、ナマケモノのようなぬいぐるみを引きずりつつ、半泣きで王宮の中だけなら歩き回るようになった。
ただし、性別が女子である者は遠目から見守るのが暗黙のルールとなっていることを本人は知らない。
アズサ レミー ローベルトは四歳児である。彼の父であるアスカは悩んでいた、四歳児になった王族は従者を必ず一人つけなければならないと言う掟があり、流石に可愛い我が息子が引きこもりだとしてもそれだけは守ってもらわなければ困ると悩んでいた。
そんなアスカの悩みも知らず、アライグマのぬいぐるみを抱えたアズサは抱えたまま固まっていた。
アズサの目の前には棒つきキャンディーを加えた体格の良い、少しだけ強面な実力派騎士のヤクト ハルサクが立っており、涙目になっていた。
――睨まれてる!?
内心でそう考えながら、恐怖のあまり号泣しそうなのを必死に堪えていた。
が、ヤクトから言われた言葉はアズサにとって予想外のものだった。
「……もしかして、王子がそのぬいぐるみを作ったのですか?」
とても優しい声でそう聞かれたから、憑依してからアズサは一度も喋ることはなかったが、自然と「僕が作ったの」とそう返事をしていたのだった。
そんなアズサの様子に驚いたヤクトだったが、喋った声を聞けたことは嬉しくて、もう一回こう言う。
「お上手ですね、王子」
そうヤクトが言った瞬間、まるで花が咲いたように微笑んで、アズサは彼に対して手招きをするのだった。