第4話 優しさ
思えば、電車を降りてから、この一時間程、一度も椅子に腰を下ろしていなかった。座るという感覚が、これ程までに懐かしく素晴らしいものに感じたのはいつ以来だろう。
「ごめんね。なんか、私だけ楽しんじゃって」
現在、俺達はフードコートにいた。ちょうど時刻も三時前だったので、休憩がてら軽く食事を取ろうという話になったのだ。
「別に気にしなくてもいいよ。テンション高めの岡崎見るのも、新鮮で楽しかったから」
「やっぱ、私、テンション高かった?」
「うん。凄く」
俺としては、日頃あまり見られない岡崎の一面が見られて少し得した気分だ。
「城島君はどこか行きたい所なかったの?」
「俺は別に。元々、買い物らしい買い物を普段からやらない方だから」
よく行くのは本屋ぐらい。たまに服屋や靴屋に行く事もあるが、本当に〝たまに〟だ。後は大体、コンビニで用を済ましてしまう事が多い。
「そっか……」
呟くようにそう言って、岡崎がストローに口を付ける。
俺達のテーブルには、今、ドーナツと飲み物が置かれている。適当に何個か買って摘まんでいる感じだ。
「城島君って優しいよね。昨日も急な誘いだったのに、すぐOKくれて」
「俺もちょうど買いたい物あったからさ」
「でも、今日買った物って、全部、近場で揃う物ばかりだよね」
「……」
確かに、わざわざショッピングモールまで出向かなくても、俺の買い物はそこらのデパートで事足りた。というか、こんな機会でもなかったら、そもそも文房具なんて新たに買っていなかったかもしれない。
「やっぱり、優しいよ。城島君は」
笑顔で断言されてしまった。
岡崎に、そう言い切られてしまっては否定のしようがない。
何となくバツが悪くなった俺は、視線を岡崎から別の方向へと移した。
「ん?」
外した視線の先に、見知った人物を発見する。
「どうかした?」
「ほら、あれ」
俺達のテーブルから大分遠くのテーブルに、ウチの生徒会長と副会長の姿があった。仲睦まじげ様子が、離れたこの場所まで伝わってくる。あの二人は、学校外でも顔を合わすような間柄のようだ。
「ホントだ。二人共、この辺に住んでるのかな?」
体を捻じって背後を見る岡崎。
「この辺りじゃ、一番大きい買い物施設だから、市外から来てる可能性もあるけどな」
「それもそうだね」
視線を感じたのか、ふいに姫城先輩がこちらを振り向いた。
慌てた俺達は、二人から視線を逸らし、テーブル上で顔を見合わせた。
「気付かれたかな?」
「俺達が見てた事には気付いたかもな」
とはいえ、一新入生の事なんて三年生の先輩が知っているはずもないので、俺達が誰かまでは分からないはずだ。
「でも、びっくりしちゃった。会長さんもこういう所来るんだね」
岡崎が体勢を戻したので、俺もそれに倣う。
「どういう事?」
生徒会長も普通の高校生だ。ショッピングモールにくらい来るだろう。
「なんか、聞いた話に寄ると、会長さんのおウチ、凄いお金持ちらしくて、嘘みたいに立派な家に住んでるんだって」
「へー」
それはまた、想像通りというか期待を裏切らないというか。
岡崎の話を聞き、姫城先輩の高嶺の花感が俺の中で更に上昇した。
「それにしても、どこでそういう情報って仕入れてくるんだ?」
「え? 女の子同士の会話とか?」
なるほど。女子のネットワーク、恐るべし、だな。
「男の子の噂もたまに耳にするよ」
「どんな?」
「聞きたい?」
俺の聞き返しに対し、岡崎が楽しげな笑顔を浮かべる。
嫌な予感がする。
「やっぱ、いいや」
「え? そう?」
「なんか、聞いたら不味い気がした」
「ふーん」
そう言った岡崎の声は、少し不満げで。どうせなら聞いてあげれば良かったかな、と思う反面、聞かなくて良かった、と俺は直感的に何かを察するのだった。