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初恋ロマンティカ  作者: みゅう
6.従姉弟
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第27話 待ち合わせと入れ替わり

 翌、午前十時。俺は待ち合わせ場所である味深(みみ)で一人、コーヒーを飲んでいた。


 待ち合わせ時間は十時半。少し早過ぎた感は(いな)めないが、万が一にも澄玲さんを待たせるわけにはいかないので、今日は仕方がない。


 それにしても、この店、人気だな。

 閑散(かんさん)とした店内を見渡しながら、俺はそんな、実際に口に出したら嫌味とも取られ()ねない感想を、心の中で(つぶや)く。


 これほど客の少ない喫茶店に、ひとつき足らずで三度も誘われるなんて……。ま、きっと、知る人ぞ知る名店というやつなのだろう、ここは。


 コーヒーを(すす)りつつ、待つこと十分。俺が店に来て初めて来客を告げるベルが鳴る。


 ちなみに、店内の客は、俺と今来た人物を除くと二人。パンツルックの女子大生風の女性と初老の男性だけだ。


「いらっしゃいませ」


 笑顔で、新たに入ってきたお客さんを出迎える御堂(みどう)さん。


「げ、姫城(ひめしろ)


 しかしその顔がすぐに(ゆが)む。


「あら、(あおい)。お客さんに対してその反応はないんじゃない?」

「……空いてる席にどうぞ」

「ありがとう。でも、人と待ち合わせしてるから」


 そう言って、澄玲(すみれ)さんが店内を見渡す。そして俺と目が合う。


 にこっと澄玲さんが俺に向かって微笑みかけてきたため、俺も笑みを浮かべて会釈を返す。


 今日の澄玲さんの格好(かっこう)は、黒いスラックスパンツに、黒いボーダーの入った白いTシャツと、かなりラフな服装だ。


「まさか、お前の待ち合わせ相手って……?」


 驚いた表情で、俺と澄玲さんを交互に見る御堂さん。


「えぇ。というか、葵。孝君のこと知ってたの?」

「前に静香(しずか)と一緒に来た時に紹介されたんだ。新しい生徒会役員だって」

「ふーん」


 何やら、澄玲さんが、意味深な視線を俺に向けてくる。


 あの顔は、絶対、何か勘違いをしている。


 御堂さんと別れ、こちらに寄ってくる澄玲さん。


「こんにちは、孝君。早いのね」


 俺の正面に腰を下ろしながら、澄玲さんがそう俺に声を掛けてくる。


「こんにちは。人を待たせるのは嫌いなので」

「いい心掛けね」


 そう言って、澄玲さんはにこりと微笑む。


 程なくして、御堂さんがお絞りと水を持ってやってきた。その態度は、先程までとは違い、ちゃんと店員のそれで、少し感心する。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「レモンティーを」

「畏まりました。ごゆっくり」


 去り際、御堂さんが、俺に向かってにやりと笑う。


 絶対、あの人も、何か勘違いをしている。


「これからどうしましょう?」


 この店には、待ち合わせのために入っただけで、今日のメインは散歩の方だ。急ぐわけではないが、優先順位はやはり低めだろう。


「うーん……。とりあえず、お話しましょう。昨日はあまり話出来なかったし」

「はぁ……」


 まぁ、澄玲さんがそれでいいと言うのなら……。


「学校の方はどう? 聖調(せいちょう)に通ってるのよね? 元女子高だし、大変じゃない?」

「そう、ですね。生徒は女子ばかりですし、気後れしないと言えば(うそ)になりますね」


 先輩は当然だが、同級生も男子より女子の方が多く、まだ完全に慣れたとは言い(がた)い。


「静香とは? 学校では顔合わすんでしょ?」

「合わしますけど、先輩と後輩ですし、それなりの関係と言いますか……」

「まぁ、孝君は、静香と自分が従姉弟だって知らなかったわけだしね」

「〝孝君は〟?」


 その言い方だとまるで、姫城先輩は知っていたみたいじゃないか。いや、もしかして、知っていたのか? 知っていて知らないふりをしていた。でも、なんで?


 御堂さんがカップを澄玲さんの前に置き、すぐに立ち去る。


 この前の事もあり、もう少し絡んでくるかと思ったのだが、やはり時と場合、後は人に寄るのだろう。


「静香がどういう考えで、その事を隠してたのかは私にも分からないわ」


 カップを口に運びながら、澄玲さんが言う。


「けど、分からないなら、本人に聞けばいい。そうじゃない?」


 澄玲さんの言葉が終わるか終らないかのタイミングで、扉が開き、店内に鈴の音が響く。


「え……?」


 店内に入ってきた人物を見て、俺は思わず、声を()げた。


 腰をきゅっと締めた感じの(あかね)色のジャンパースカートと、白い(えり)付きのブラウスという出で立ちで店内に入ってきたのは、驚くべき事に姫城先輩だった。


「え? 静香? 何? ダブルブッキング? って、そんなわけないか」

「ダブルブッキング? ですか?」


 出迎えのために寄ってきた御堂さんの言葉に、姫城先輩が小首を(かし)げる。しかし、辺りを見渡し、俺と目が合うや否や、その表情はすぐに驚きへと変わった。


「え……?」


 固まる俺と姫城先輩を余所に、澄玲さんは一人、優雅にレモンティーを口にしていた。




「えーっと、状況がよく()み込めないんですが……」


 数分後。姫城先輩が注文を済ましたのを見計らい、そう話を切り出す。


 ちなみに、店内に澄玲さんの姿はすでにない。姫城先輩が俺の斜め右の席に腰を下ろして少し経った後、


「じゃあ、私はこれで。孝君またね」


 という言葉と二千円を残し、店内から出ていってしまったのだった。


 その行動や、今の状況などから察するに、今回の件は、俺と姫城先輩を二人でここに残すのが(はな)からの目的だったと思われる。


 だが、その理由が分からない。そんな事をして、澄玲さんに何のメリットがあるというのだ?


「すみません。姉は昔から自由奔放というか、自分勝手というか……」


 そう言って、姫城先輩が、我が事以上に申し訳なさそうな表情をその顔に浮かべる。


「いえ、別に。謝ってもらうような事はされてないと思うんですが……。姫城先輩はどうしてここに?」

「私は姉に、財布を忘れたからお金を届けて欲しいと、ラインで呼び出されまして……。城島君は?」

「俺はこの辺りを散歩したいから付き合って欲しいと、昨日会った時に」


 思えば、あの時から、澄玲さんの作戦は始まっていたというわけか。


「まったく。私だけならまだしろ、城島君にまで迷惑を掛けるなんて。何を考えてるんだが」


 こうして、本気で他人に怒りをぶつける姫城先輩を俺は初めて見た。岸本(きしもと)先輩とは違った意味で、澄玲さんも彼女にとっては〝特別な相手〟なのだろう。


「大丈夫ですよ。俺は別に、迷惑だなんて思ってませんから。むしろ、ラッキーだったな、と」

「ラッキー、ですか?」


 俺の言葉に、姫城先輩が不思議そうな顔をする。


「だって、休日に姫城先輩とこうしてお茶する事が出来るんですから」

「え? あの、その、からかわないで下さい……」


 少し()ねたような顔で、姫城先輩が頬を赤らめ、俺を上目(づか)い気味に可愛く(にら)む。


 俺としては、からかったつもりではなく、本心だったのだが……まぁ、いいか。お陰で少し場の空気は軽くなったし。


 姫城先輩の注文したミルクティーが届き、今度もすんなり御堂さんは引き下がっていく。


 相変わらず、離れた場所から視線は感じるが。


「あの、姫城先輩に聞きたい事があるんですが」

「はい。なんでしょう?」

「先輩は、俺が自分の従弟だと以前から知ってたのですか?」

「……」


 俺の質問に対し、姫城先輩は驚く素振りは見せず、ただ少し表情を(くも)らせた。


「すみません。隠すつもりはなかったんですが、言い出すタイミングが見つからず……」

「知ってたのは、初めからですか?」


 入学式の日、俺と姫城先輩は職員室の近くで擦れ違っている。あの時にはすでに、俺が自分の従弟だと知っていたのだろうか?


「私が城島君の事を従弟だと知ったのは、春休み。顧問の竹内(たけうち)先生から、新入生を生徒会に入れたいという話をされた時です」


 つまり、初めから知っていた、と。


「最初、名前を聞いた時、もしかしてと思いました。でも、確信は持てなくて。確か、そんなような名前だったなと思いながらも、そんな偶然あるわけないとすぐに自分の想像を頭から打ち消しました。けど、家に帰ってもまだ気になって、母に(たず)ねたんです。従弟の名前を。そしたら、名前が同じで。同姓同名という可能性もありましたが、何となく、彼がそうなのだと私はその時思いました」

「そうですか……」


 としか言いようがなかった。別に、怒りや悲しみという感情はないし、あまり困惑もしていなかった。ただ、そうだったのかと納得しだだけで……。


「本当にすみませんでした」


 そう言うと、姫城先輩は、俺に頭を下げてきた。


「止めて下さい。そんな、大げさな話じゃありませんし、俺が同じ立場でも言い出しづらかったと思いますから」


 数年会っていない上に、家同士の仲が宜しくないとなれば、誰だって自分と相手の関係を言い出しにくくなる。それに、言ったところで、〝だから、なんなんだ〟という話になる可能性もゼロではないわけで……。


「というわけで、この話はこれでお仕舞い。せっかく休日に会ったんだから、何か楽しい話をしません?」

「楽しい話、ですか?」


〝例えば〟と姫城先輩の目が、言外に言っていた。


「そうですね。あ、〝不思議の国のアリス〟、少し読みましたよ」

「どうでした?」


 俺の投げ掛けた話題に、姫城先輩の顔つきや目の色が見るからに変わる。


「なんか、全体的に変わった感じですね。台詞(せりふ)だけじゃなくて、地の分も特徴的というか」

(くせ)がありますよね。後、風刺(ふうし)だったり、皮肉だったりが()いてて」

「そうそう。あの頃のヨーロッパの本って、みんな、ああなんですかね?」

「どうでしょう。でも、最近の本でも――」


 そこからは姫城先輩の独壇場。急遽(きゅうきょ)、姫城先輩に寄る講義会が始まったのだった。

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