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初恋ロマンティカ  作者: みゅう
6.従姉弟
25/34

第25話 前日と当日の朝

 金曜日。明日に、母さんの七回忌を(ひか)えたその日、俺はなぜか駅構内にいた。


 生徒会の仕事が思ったより長引いてしまい、家に帰る(ひま)がなかったため、俺の格好(かっこう)は制服のまま。(かばん)も肩に掛けたままだ。


 たく、こっちも疲れているっていうのに……。


「おーい」


 改札の向こう側から、片手を振りながら、こちらに向かって歩いてくる制服姿の少女。

 城島(きじま)夏樹(なつき)。俺の従妹(いとこ)だ。


 制服姿なのは、おそらく、鞄に入れるとしわになるからだろう。俺と違って、着替える時間がなかったという事はないはずだ。


 改札に引っ掛かったら面白いのに、と思って眺めていたが、残念ながら、夏樹は普通に通過してしまった。本当に残念だ。


「出迎えご苦労である」

「うるせー」


 偉そうな態度の夏樹から鞄をぶん取り、出口へと歩き出す。


「あん。待ってよー」


 その隣に、小走りで並ぶ夏樹。


「いよいよだね」

「何がだよ」


 夏樹の言いたい事は分かったが、話の流れもあり、(とぼ)けてみる。


孝兄(こうにぃ)の初恋の人」

「……」

「不謹慎だった?」


 黙り込んだ俺の顔を、夏樹が不安げな表情で(のぞ)き込んでくる。


「いや、何て返そうか悩んだだけ」

「そう。なら、いいけど」


 夏樹は、いい加減そうに見えて、実のところ、人の機微に敏感なのだ。


 家に着くと、とりあえず、夏樹の荷物を二階の彼女の部屋に置き、リビングに戻る。


「はい」


 部屋に入った途端、目の前にコップが差し出された。


「サンキュー」


 礼を言い、それを受け取る。

 そして、二人でソファーに腰を下ろす。


「……」

「……」


 (しば)し、二人で麦茶を飲み合う。


「なんか、(しゃべ)れよ」

「そっちこそ」


 まぁ、確かに、どっちが先に話を振らなければいけないという決まりは、当然のようにないのだから、別に、俺の方から話を振ってもいいのだが……。


「最近、どうだ? 学校は?」

「何その、日ごろ話さない、思春期の娘と久しぶりに二人きりになった時みたいな感じは」

「いいだろ。他に話題が思いつかなかったんだから」

「……別に、変わった事は起こってないよ。いつも通りの毎日を、いつも通りに送ってるかな」

「そうか」


 再び、沈黙が訪れる。


 夏樹相手に、こんな空気になるなんて、何年ぶりだろう。少なくとも、ウチに来るようになってからは初めてだと思う。


 原因は、考えるまでもない。明日、向こうの家族が、ウチに来るからだろう。


「ねぇ、孝兄」

「んー?」

「もし。もしだよ。明日、初恋の人といい感じになって、付き合うとするじゃん」

「は? なんだその、訳の分からん妄想は」


 大体、向こうがこっちの事を覚えているかどうかさえ分からない状況で、そんな無茶苦茶な想像できるか。


「だから、もしって言ってるでしょ」

「あぁ……」


 どうやらこれは、夏樹にとって、真面目な話のようだ。ならばこちらも、真面目(まじめ)に対応しなければなるまい。


「そうなっても、私はここに、泊まりに来てもいいのかな?」

「なっ……」


 何を言っているんだ、こいつは。そんなの、答えるまでもないじゃないか。


「お前が、何を心配してるかは知らんが。俺にとってお前は、従妹であり、妹みたいな存在であり――」


 この先を言うべきか悩み、そこで一旦、言葉を切る。


「家族、なんだからさ」

「――ッ」


 夏樹が目を見開き、俺を見る。


 この反応、予想外だ。てっきり、笑い飛ばされるか、呆れられるものとばかり思っていたのだが……。


「ほら、ウチにはお前専用の部屋もあるし、しょっちゅう来てるし、家族っていうか、家族的な? それぐらい、お前がウチにいるのは当たり前というか……」

「孝兄ってば、なに必死になってんの。おっかしぃ」


 慌ててフォローを入れる俺の様子が、余程おかしかったのか、夏樹が腹を抱えて笑う。


「お前なぁ……」


 ま、いいか。元気、戻ったみたいだし。




 ――もう朝か。


「……もう朝か」


 あえて、声に出してみる。


 残念ながら、実感は少ない。そして、眠い。

 とはいえ、もういちど寝るわけにもいかないし――


「起きるか」


 宣言をし、体を起こす。


 眠気はまだ残るが、起きないわけにはいかない。何せ、今日はあの日なのだから。


 寝巻きから普段着に着替える。今日は後数時間もしたら、どうせ制服に着替える事になるので、格好は適当だ。具体的には、短パンに白T、以上だ。


 カーテンと窓を開け、自室を後にする。


「ふわぁ……」


 欠伸(あくび)()み殺し、階段を下りる。


 昨日はベッドに入ったはいいが、全然寝付けず、おそらく三時間くらいそのまま過ごした。そして、気付くと朝になっていた。そんな状態でも、決められた時間に起きる自分を、俺は自分で()めたいと思う。


 リビングに入ると、夏樹がソファーでパジャマ姿のままダレていた。


「そこで寝るなよ」

「寝ないって」


 声の調子を聞くに、夏樹も寝不足らしい。


 台所に向かい、簡単に朝食を作る。スクランブルエッグにするのは面倒だったので、今日はトーストにハムと目玉焼きを()えた。


 二人分の朝食を食卓に向かい合う形で並べ、夏樹を呼ぶ。


「出来たぞ」

「はーい」


 ソファーからのっそりと体を起こし、夏樹が立ち上がる。そして、こちらにやってくる。その動きは、やはりスローリーだ。


「「いただきます」」


 夏樹が席に着くのを待って、二人で食事を開始する。


「何時だっけ? 向こうの人が来るの」

「十時過ぎには来るらしい。半には始まるみたいだから」


 ちなみに、現在の時刻は七時十五分。いつもの、いつも通りの朝食の時間帯だ。


「ふーん」


 興味なさげな台詞(せりふ)を吐く夏樹だったが、その実、興味津々なのは雰囲気から丸分かりだった。


 まったく。分かりやすい奴。


 食事を終え、席を立つ。


 片づけは夏樹の役目。それが、彼女が泊まりに来た時のルールその二だ。


 ソファーに腰を下ろし、おもむろにリモコンでテレビを点ける。特に面白そうな番組はやっていなかったので、とりあえず情報番組を流す事にした。


 無難な内容ながら、害はなく、適当に眺めるにはもってこいの番組だ。


 タイムリミットは、三時間を切った。後三時間もしない内に。俺は、初恋の人と対面する事になる。


 今の俺の気持ちを大雑把(おおざっぱ)に表せば、楽しみ三に対して不安五といったところだろうか。足して十にならないのはご愛嬌(あいきょう)……というより、自分でもよく分からない感情が俺の心の中に渦巻いているためだ。


 早く会いたいと思う反面、会いたくないとも思う。会ったところでなんだという気持ちもあるし、会っておいた方がいいという気持ちもある。


 つまり、今の俺の心の中はぐちゃぐちゃ。もう何が何だか状態だった。


「だーれだ?」


 背後から突然、視界が奪われる。


 目の辺りに()れる、柔らかな手の感触。ほんのりと(ただよ)う、甘い香り。耳元で(ささや)かれた、可愛(かわい)らしい声。


 いわゆる一つの、〝目隠し〟というやつだ。


「夏樹」


 俺は、声の主の名を普通に呼ぶ。


 考えるまでもなく、考える必要もなく、考える義理もなかったが、俺は夏樹の意図を()み、それに乗っかる。


「正解」


 声と共に、目の前から両の手が外される。


「緊張する気持ちも分かるけどさ。リラックス、リラックス」


 お前が言うな――と思わないでもないが、夏樹なりに気を(つか)ってくれているみたいだし、口にはしないでおこう。


「ありがとう、夏樹」


 振り返り、礼を言う。


「な、何が? べ、別に、お礼言われるような事なんか、私してないし」

「動揺し過ぎた、アホ」


 真意を読まれ、動揺しまくりの夏樹の(ひたい)を軽く小突(こづ)く。


「いてっ」


 それに対し、大げさに額を押さえてみせる夏樹。


 ま、こいつのお陰で、緊張が(ほぐ)れたのは事実だし、感謝の言葉は撤回しないでおこう。

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