第20話 外の空気
東雲先輩に鍵を開けてもらい、数十分ぶりに埃臭くない、正常な空気を吸う。
日々の掃除の大切さを、俺は改めて、身を持って実感した。
「にしても、東雲先輩はどうしてここに?」
やけに現れたタイミングが良かった気もするが、教材室を見に来たのだろうか?
「扉がおかしいって話は昨日したでしょ? それで、業者に修理頼んだんだけど、今日明日には来れないらしくて、昨日の放課後から鍵かう事にしたんだよね」
「え? でも、鍵開いてましたよ……」
だからこそ、俺が扉を開けられたわけで……。
「ははは……」
苦笑。という事は――
「まさか、閉め忘れたのって……」
「そう。何を隠そう、私なのだ」
言いながら、なぜか胸を張る東雲先輩。
「……」
つまり、俺達が閉じ込められたのは、ある意味、この人のせい、なのか。
「けど、城島っちはともかく、なんで静香ちゃんまで?」
俺の冷たい眼差しから逃れるように、東雲先輩が姫城先輩に話を振る。
「屋上に行こうと思って廊下を歩いてたら、扉が開いてて、それで……」
「ふーん。ま、大事にならなくて、良かった良かった。……というわけで、私はこの辺で」
〝じゃあ〟と片手を挙げ、足早にこの場を去って行く東雲先輩。
逃げたな……。
「俺達も行きましょうか? ……あ、屋上行きます?」
「いえ、このまま生徒会室に」
そう言った姫城先輩の顔には、若干、疲労の色が見えた。
かくいう俺も、少しお疲れ気味だ。
姫城先輩と肩を並べ、廊下を歩く。
誰もいないフロアーに、二人の足音だけが木霊する。
「志緒ちゃん。ただフラフラしてるように見えますけど、あれで結構、考えてるんですよ」
「そう、なんですか?」
とても、そうは見えないが。
「えぇ。ああやって、フラフラしてると、色んな人が、志緒ちゃんに話しかけてくるんです。やれ蛍光灯が切れてるだとか、扉の調子が悪いだとか、購買部にこれが欲しいとか」
「それって、生徒会役員に言う事なんですか?」
どちらかと言えば、そういう事は、先生に言った方がいい気もするが……。
「でも、そういう事って、学校側には言い辛いでしょ? それに、志緒ちゃん、先生からもよく話し掛けられるんですよ。だから、学校の事は、私より志緒ちゃんの方が断然詳しくて……って、笑い事じゃありませんよね」
そう言うと、姫城先輩は、苦笑をその顔に浮かべた。
階段を降りる。六階から五階へ。
「そういえば、姫城先輩、休日はどうやって過ごしてるんですか?」
「え?」
「確かまだ、答え、聞いてませんでしたよね」
先程は、途中で足音が聞こえてきたせいで、話が中断され、結局、姫城先輩の答えは聞けずじまいだった。
「休日は、由佳里と過ごす事が多いかもしれませんね。後は、ピアノを弾いたり読書をしたり、ですかね」
「本は、どんなのを読むんですか?」
「海外の翻訳本を中心に、色々と。一番好きなのは、〝不思議の国アリス〟と〝くまのプーさん〟です。昔、アニメで見て、そこから原作本の方を読み始めたんですが、アニメとはまた違った面白さがあって」
「へー。俺もアニメの方を見ましたけど、原作はまだですね」
もちろん、原作がある事は知っていたが、それを読もうという発想には、今までどうしても至らなかったのだ。
「今度、本屋で探してみようかな……」
何気なく呟く。
ちょうど、漫画だけでなく、小説の方にも、そろそろ手を出してみようかなと思っていた所だったし、これはいい機会かもしれない。
「良ければ、私のをお貸ししましょうか?」
「え? いいんですか?」
予期せぬ申し出に、驚く。
「はい。もしご迷惑でなければ、ですが」
「そんな。迷惑だなんて。是非」
まさか、姫城先輩から本を貸してもらえるなんて……。これは、姫城先輩との距離が、段々と縮まってきている証と捉えてもいいんだろうか。
「その代わり、と言っては何ですが、読んだ感想を、後で聞かせてもらえると嬉しいんですが……」
「それはもう。もちろん」
なぜか、不安げに聞いてきた姫城先輩に、俺は力強く頷いてみせる。
「じゃあ、早速、明日にでも持ってきますね」
「お願いします」
「はい」
そう言って頷いた姫城先輩は、どこか嬉しそうで、何だか、見ているこちらまで気分が高揚するのだった。




