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初恋ロマンティカ  作者: みゅう
1.始まり
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第2話 慣れと未練

 慣れとは(すご)いものだなと、改めて思う。


 あれほど不安を感じていた新生活も、(わずか)か二週間足らずで日常と化し、感じていた不安も期待と共に、学校生活を送っている間にどこかに消えてしまった。


 ……等という比較的どうでもいい思考を働かせている内に、本日分のゴミの放棄(ほうき)作業は終了した。


 放棄というと聞こえが悪いが、俺達の掃除(そうじ)区域は中庭なので、その集める物は葉っぱや草ばかり。そんな物をゴミ袋に詰めても面倒な上、かさばるだけで、それらの物は草木の生えたエリアに捨てるのがこの区域の〝ゴミ捨て〟らしい。


「うーん……」


 竹(ぼうき)を片手に、岡崎(おかざき)が大きく伸びをする。


「やっと終わったー」

「そういう事は道具を片づけてからいいなさい」

「はーい……」


 掃除仲間の江藤(えとう)に注意され、岡崎は手を降ろし、バツの悪そうな表情をその顔に浮かべた。


 この三人にもう一人、(ゆう)という男子生徒を加えた四人が、俺達のいつものメンバーだった。食事や班分けはもちろん、休み時間も大概(たいがい)、俺達は一緒にいる。岡崎以外の二人とはまだ会って数日しか()っていないのに、今ではすっかり〝友人〟と呼べる間柄となっていた。


 掃除道具を用具箱にしまい、今度こそ本当に掃除が終了する。


「じゃあ、私は先帰るから」


 言うが早いか、(かばん)を持ち、江藤は先に行ってしまう。


 彼女なりに気を()かせてくれているようだが、正直、余計なお世話だった。


「私達も帰ろうか」

「ああ」


 江藤から遅れること数秒、俺達も鞄を手に、校門へと向かう。


 思えば、中学生時代はこうして岡崎と肩を並べて帰る機会はなかった。帰宅する方向も違ったし、そもそもそこまで親密な間柄ではなかったのだ。


 今現在、そういう間柄かと聞かれると返答に困るが、少なくとも前より親しくはなったと、俺の方では勝手に思っている。


 昇降口を通り、裏門に出る。裏門を(くぐ)ると、そこは舗装(ほそう)されていない土の道。ゴツゴツして少し歩きづらい。


 土手の上にはちゃんと舗装された道があるのだが、そこは完璧な車道であり、また多少遠回りになるので、自転車通学者以外のほとんどの生徒がこちらを選択する。


城島(きじま)君は部活入らないの?」

「どうだろう? 考え中」


 聖調(せいちょう)学園では、部活動への入部は強制ではない。そのため、入らない生徒もそれなりに存在するらしい。とはいえ、大半の生徒は、部活動ないし生徒会や委員会活動に(はげ)み、青春を謳歌(おうか)している――ようだ。


「岡崎は?」

「私も考え中。得意な事もやりたい事も今の所ないから」


 そう言うと、岡崎は自嘲(じちょう)気味に微笑(ほほえ)んだ。


「そっか」

「それに、部活入っちゃうと、こうして城島君と一緒に帰れなくなっちゃうし」

「……」


 岡崎としては他意のない意見だったのだろうが、そんな事を女子から言われたら、健全な男子生徒としては返す言葉に困る。


 百メートル程行くと、地面が土からアスファルトに変わり、左右の景色もすっかり住宅街に変わる。


「もう入学して二週間か。なんか、あっという間だね」

「とか言っている内に、三年過ぎてたりして」

「えー。それはヤダな。ねぇ、城島君はもう進路決めてるの?」

「何? 進路希望調査?」

「うん」


 今日配られた進路希望調査の提出期限は来週中となっており、それほど時間はない。


 まだ一年という事で、そこまで神経質になる事はないのかもしれないが、今から考えておいて(そん)はないだろう。


「俺はとりあえず大学進学かな」


 なんとなく、漠然(ばくぜん)とした希望だが。


「行きたい学校とかある?」

「うーん。今の所は……」


 ()げようと思えば挙げられるが、それらは全て名前を知っている学校であり、行きたい学校では決してない。


「文系? 理系?」

「文系。数学と理科嫌いだし」


 我ながら、選び方に若干の疑問は感じるが、不得意な方を選ばないというのも得意な方を選ぶのと同じく一つの選択手段ではある。


「私もどちらかと言うと、数学と理科は苦手だな。文系で大学か……」

「同じ進路希望だと、二年以降も同じクラスになる確率は高いかもね」

「だよね。うん、家帰って考えてみる」


 なんだかその言い方だと、俺と同じクラスになるために同じ進路を希望するかどうかを考えてみるというようにも聞こえるが、何と言っても決めるのは自分の進路。さすがに、それはない……よな。




「――ただいま」


 誰もいない家に、(むな)しく俺の声が響く。


 返ってくる声がない事は分かっていた。それなのに、帰宅時に声を出してしまうのは、俺にまだ未練があるからだろうか。


 ウチに母親はいない。俺がまだ物心つく前に母親は亡くなり、俺はずっと父親と二人で生活してきた。


 親父の話に寄ると、母親は比較的裕福(ゆうふく)な家の子供だったらしい。


 裕福な家庭に生まれ、いい学校を出て、いい所に就職した――というのに、何を間違ったのか、()えない金のあまりない親父みたいな奴と出会い、恋に落ちてしまった。


 母親の父親――つまり、俺の祖父は、親父と母親の関係を断固として認めず、「一緒になるならこの家を出ていけ」とまで言ったらしい。その結果、母親は本当に家を出て、親父と結婚。以来、向こうの家族とは断絶状態――のようだ。


 ……なんともまぁ、凄い話である。凄い話過ぎて、思わず「どこのドラマの設定ですか?」と尋ねたくなる。話が現実離れしており、とても自分の家の話とは思えない。


 最初は、親父の作り話ではないかと疑いもしたが、実際、母親はすでに亡くなっておらず、向こうの家とも交流がないので、おそらく真実なのだろう。


 階段を登り、自室に向かう。


 鞄を机の上に置き、制服のまま、ベッドに仰向(あおむ)けで倒れ込んだ。


 大分慣れてきたとはいえ、片道二キロ以上を徒歩で通学するのは、やはり(つか)れる。


 まだ俺の場合、岡崎という話し相手がいるので助かっているが、これが話し相手もおらず一人で黙々と登校となると疲労は倍かそれ以上かもしれない。ホント、岡崎が同じ学校で良かった。


「うぉっ!」


 油断していた所に、いきなりズボンの中でスマホが震え、思わず変な声が出る。


 室内に俺以外誰もいないのだから、別にいいはずなのだが、何だか無性に恥ずかしかった。


 スマホを取り出し、画面を見る。

 そこには、ラインの受信を(しら)せるマークと岡崎の名が。


 噂をすれば何とやら、である。


 ちなみに、携帯の番号やら何やらは、入学式の日に岡崎の方から申し出があり交換した。その後、他のクラスメイト達とも交換し、入学してからすでに十件以上の新規登録が俺のスマホにはあった。もちろん、その中には江藤や優の名前もある。


 ラインの画面を開き、岡崎から来たメッセージを確認する。


《お疲れ様。ようやく一週間終わったね。私はもうくたくただよ》


《俺もくたくた。今ベッドに倒れ込み中》


 俺のメッセージにすぐさま既読(きどく)が付き、新たなメッセージが画面に表示される。


《あはは。私も》

《……ところで、話は変わるけど、城島君は学校で使う物一通り(そろ)えた?》


 揃えたかと言われると、まだと答えざるを得ない。それに、新しい学校生活のスタートという事で、新調したい物もいくつかある。


 そうラインで岡崎に伝えると、返信はすぐに来た。


《ホント? じゃあ、明日一緒に買い物に行かない? 駅前のショッピングモールに》《私も買いたい物あるんだけど、一人で行くのもなんだしと思って……ダメかな?》


 そのメッセージを見た後、少し考え、特に断る理由も思い浮かばなかったので、了解という内容のメッセージを送り返す。


 その後、待ち合わせ場所と待ち合わせ時間を決め、岡崎とのラインでの()り取りを終えた。


 スマホを枕元に置き、ベッドに仰向けになる。


 ひょんな事から明日の予定が決まってしまった。明日は何を着て行こう。デートではないとはいえ、女の子と出掛けるのだ、少しくらいお洒落(しゃれ)をした方がいいのかもしれない。


 俺はベッドから立ち上がると、箪笥(たんす)の前まで行き、それを開ける。


 どれにしよう。


 勝負服とまではいかないが、自分なりに気に入った服は何着かある。その中から選ぶのが妥当だろう。……とはいえ、あまり気合の入り過ぎた格好(かっこう)じゃ引かれるかもしれないし、その辺のバランスは重要だ。そうなってくると――


 結局、色々考えた挙句(あげく)、いつも通りの普段着で明日は出かける事にした。


 二人で出掛ける事に対して妙に身構えるより、自然体のまま行った方が岡崎としても気を(つか)わないで済むだろう。……決して、考え過ぎて頭がパンクしたわけではない。

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