第17話 緊張
「お、おはよう」
「……」
待ち合わせ場所である、近所の公園に現れた岡崎の様子は、明らかにおかしかった。
いつもは先に来ているはずの岡崎が、俺より先にいなかった時点で違和感は覚えていたが、今、それが確信に変わる。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「そ、そんな事、ないよ。ホントに。ヤダなー。あはは……」
見事なまでに、棒読みだった。
これで隠しているつもりなら、岡崎に隠し事は向いていない。
そう言えば、昨日、江藤に何かを言われた時も、激しく取り乱していたっけ。正直者なんだな、きっと。
「ちょっと、ごめんな」
「へ?」
断りを入れてから、岡崎に近付き、彼女の額に触れる。
「――ッ」
岡崎の額は、仄かに温かかった。平熱だ。多分。
「熱はないみたいだな」
確認を終え、岡崎から体を離す。
「ん?」
なぜか、岡崎が硬直していた。
「ど、どうした?」
その姿に、何だか、見ているこちらの方が動揺してしまう。
「え? あの。……何でもないです、よ。ホントに」
再び、棒読みで笑う岡崎。
やはり、岡崎に隠し事は向いていない。
「本当に、体調は悪くないのか?」
「うん。ホント。それは大丈夫」
「そっか。なら、いいけど……」
岡崎の様子がおかしいのは確かだが、本人が体調不良を否定するのだから、これ以上の詮索は止めておこう。
「じゃあ、行くか」
「うん……」
声を掛け、二人で学校に向かって歩き出す。
「ごめんね。なんか、緊張しちゃって」
「緊張? 何に?」
今日、何か、緊張するような授業やイベントってあったっけ? 授業中に岡崎が当てられるとか? ……って、そんな事で、ここまで緊張はしないか。
「お弁当」
「え?」
突然発せられた言葉に、思わず、岡崎の顔をマジマジと見てしまう。
「人に、ましてや男の子に作るなんて、初めてだから」
「……あぁ」
それで様子がおかしかったのか。
「というか、早速、作ってきてくれたんだ」
昨日の今日で、もうお弁当を作ってきてくれるとは思っていなかったので、その発想は完全になかった。
「うん。教室で渡すとアレだから……」
そう言って岡崎が、鞄から取り出した、青い布に包まれた正方形の箱をこちらに差し出す。どう見ても、どう考えても弁当箱だ。
「……ありがとう」
それを、少し照れつつ受け取り、鞄に手早くしまう。
「お、お口に合うかは分かりませんが……」
「いやいや、そんな……」
気恥ずかしさから、どうしてか、俺まで敬語になってしまう。
そのまま、少しの間、無言で歩く。
「……昼休みか。絶対、からかわれるな」
「だね」
俺の言葉に、苦笑を浮かべる岡崎。
まったく。昼休みが来るのが、こんなにも憂鬱で、こんなにも待ち遠しい日は、初めてだ。
「本日も晴天なり、か……」
青く澄み渡る空を見上げ、呟く。
「え? 何?」
「いや、こんな天気のいい日は、おべんと持って、どこかに出掛けたいなって」
「ピクニックとか?」
「いいね。ピクニック。このまま、二人で出掛けちゃう?」
なんて、口に出してみたりして。
「え……?」
「え?」
俺としては、「もう。ダメに決まってるでしょ」なんて感じの、岡崎からの宥めを期待しての発言だったのだが、予想外の反応が返ってきてしまい、逆にこちらが驚く。
「そ、そうだよね。冗談、だよね。うん。分かってる。分かってるから、何も言わないで」
そう言うと岡崎は、自分の頬を両手で押さえ、視線を下に向けてしまった。
五月晴れは、梅雨時に見られる晴れ間の事で、実は五月とは関係ないらしい――という、比較的、どうでもいい事を考えながら、俺は岡崎の復活を黙って待つのだった。




