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初恋ロマンティカ  作者: みゅう
4.買い物
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第15話 挨拶週間と弁当

 ウチの学校には、毎月、〝朝の挨拶(あいさつ)週間〟なるものが存在するらしい。

 毎月、二週目に行われるそれは、言葉の通り、生徒達に挨拶を促すための行事であり、またそれを行うのは生徒会役員である。


 五月の二週目。先月は新しい年度に替わったばかりという事で、〝朝の挨拶週間〟は行われず、今日から始めるこれが今年度初めての〝朝の挨拶週間〟という事になる。


「おはようございます」


 裏門を(くぐ)り、学校の敷地内に入ってくる生徒と教師に、誰彼構わず声を掛ける。


 声掛けを始めた当初こそ、恥ずかしさがあり、どうしても小さな声になってしまったが、声を出していく内にその気持ちも薄れ、それに伴い、声も次第に大きなものへとなっていった。


 ちなみに、俺と一緒に声掛けを行っているのは、岸本(きしもと)先輩。後の二人の先輩は、正門の方で同じく声掛けを行っている。


 朝のホームルームが始まる十分前になり、ようやく生徒会の仕事が終わる。(かばん)はすでに教室に置いてあるため、後はこのまま手ぶらで戻るだけだ。


「初めてにしては、よく声が出てたな。明日からも、この調子でよろしく頼むぞ」


 その道中、岸本先輩からそんなお()めの言葉を(いただ)く。


「ありがとうございます」


 いくらか、(はげ)ましは入っているだろうが、やはり、()められると素直に(うれ)しい。


 昇降口の手前で、正門で声掛けをしていた二人の先輩と合流し、下駄箱で教室の方向の違う俺だけがその一団から離れる。


 廊下には、まだホームルーム開始まで時間があるという事で、談笑する生徒の姿が多く見受けられた。担任が来る前に戻ればいいという考えなのだろう。


 教室に戻ると、クラスメイト達に適当に挨拶をし、自分の席を目指す。


「おはよう、城島(きじま)君。朝から大変だったね」


 席に着くなり、隣の席の岡崎(おかざき)から声を掛けられる。


「あぁ。今週は悪いな。一緒に登校出来なくて」

「ううん。生徒会の仕事だもん。仕方ないよ」


 俺の言葉に、微笑で応える岡崎。


 朝はいつも岡崎と一緒に登校してくるのだが、今日は〝朝の挨拶週間〟があるせいで、それが出来なかった。いつもは二人で登校しているため、一人での登校にはやはり違和感を覚える。……いや、寂しいとかでは決してなく。


「なんか、すっかり生徒会の一員って感じだね」

「……」


 椅子(いす)を反転させ、前の席の(ゆう)が半分、体をこちらに向ける。


 本人にその意思はないんだろうが、何だか少し茶化(ちゃか)されたような気分だ。


「っていうか、美人に囲まれてウハウハって感じ?」


 江藤(えとう)のこれは、完全に茶化しだ。そして、発想がまるで親父である。


「あのな、そんな余裕ないっての。ただでさえ、先輩ばっかで緊張するってのに」


 今日なんか、岸本先輩とずっと二人きりだったのだ。それで緊張するなっていう方が、無理な話だ。


 東雲(しののめ)先輩はフランクで、姫城(ひめしろ)先輩は可愛らしい人――というイメージが強い。なので、こう言っては何だが、俺の中で、生徒会役員の中でいちばん緊張する相手は、やはり岸本先輩なのだ。とはいえ、苦手というわけではない。むしろ、憧れていると言ってもいいほど、俺は岸本先輩の事を尊敬している。


「まぁ、どっちでもいいけどさ。たまには、由愛(ゆめ)の相手もしてあげなさいよ。この前だって、私達の誘い断って、別の女の子と仲良くしてんだしさ」

「だ、か、ら……」


 江藤の言葉には、もう反論する気すら起きない。


 夏樹(なつき)は女の子だが、その前に従妹(いとこ)だ。つまり、親戚。それに、先約という意味では、彼女の方が先で、尚且(なおか)つ優先度も高い。


「もう、(みなと)


 そんな俺を見()ねたのか、代わりに岡崎が江藤に詰め寄る。


「あの時は、親戚の子が来てて、仕方がなかったんじゃない。それなのに、いつまでも同じ事を言わないの」

「あのね、由愛」


 岡崎に詰め寄られた江藤は、なぜか呆れ顔だった。


「由愛がそんなんだから、(こう)との仲が進――ん!」


 何やら言おうとしていた江藤の口を、岡崎がいつもの感じからは想像できないくらい、素早い動作で(ふさ)ぐ。


 その動きに、俺と優は、二人で面を食らう。


「ちょっと、湊……」

「だって、アンタが……」


 そのまま、内緒話に移行する江藤と岡崎。

 距離が距離だけに、聞き耳を立てれば、話の内容は聞き取れるが、俺にも一応はデリカシーというものがあるので、そんな事はしない。


「そう言えば、壮行会には優も参加するのか?」


 女子二人の密談を横目に、俺達は俺達で会話をする。


「うん。男子は先輩いないから」


 そう言って、恥ずかしそうに苦笑をする優。


「まぁ、なんにせよ、一年で壮行式に出られるんだから、大したもんだよ」


 先輩がいないからといって、男子全員が式に出られるわけではない。特に、優の所属する陸上部のように、男女の垣根(かきね)があまりない所は、どうしてもまだ、女子の方が圧倒的に多く、式に参加する傾向にある。確か、陸上部の場合、七対三の比率だったと思う。


「そんな事言ったら、生徒会役員として、檀上に上がる、孝の方が大したもんだよ」

「別に、俺はたまたま運が良かっただけだよ」


 色々な事がいいように転び、今の俺の立ち位置がある。


「きっと、分かる人には分かるんだよ。孝の良さが。そういう人が、孝を生徒会に推薦(すいせん)したんじゃないかなぁ」

「買い(かぶ)り過ぎだ」


 優だけじゃない。みんな、俺を買い被り過ぎなのだ。




 昼休み。四人で二つの机を囲む。

 二つの机とは、俺と岡崎の机で、それを囲む四人とは、机の持ち主に江藤と優を加えた、いつもの面子(めんつ)だ。


 女性陣二人の前には、自作の綺麗(きれい)なお弁当が、優の前にも、自作ではないが、同じく綺麗なお弁当が置かれている。それに比べ、俺の昼食は、というと……。


 ビニール袋から菓子パンを一つ取り出し、それを(かじ)る。


 料理が出来ないわけではないが、毎日となるとさすがに面倒で、どうしてもこういう形になってしまう。


「毎日そんなんで、飽きないの?」


 江藤が呆れ顔で、俺の齧るパンを指す。


 大きなお世話だ。


「一応、物は()えてる」

「って言っても、所詮は菓子パンでしょ? たまには、誰かの作った物を食べたいとは思わないの?」

「そりゃ、思うけど……。そればかりは仕方ないじゃないか。まさか、親父に頼むわけにもいかないしさ」


 時間があるないに関わらず、親父の料理のスキルは俺以下、更に興味も薄いと来ている。それなら、まだ俺が作った方がマシというものだ。


「そういえばさー」


 突然、わざとらしい口調で、話を切り出す江藤。


「前に由愛、毎日、作ったお弁当のおかずが余って大変だって、言ってなかったっけ?」

「なっ!?」


 江藤の言葉に、岡崎の体が椅子の上で大きく跳ねる。


「み、な、とー」

「何? 私、何か悪い事言ったー?」


 明らかに、岡崎がなぜ怒っているのか分かっていながら、江藤は(とぼ)けている。


 江藤もよくやるよ。


「別に私は、思い出した事を、ただ口にしただけで、嘘は言ってないし、由愛に睨まれる筋合いはないんだけどなー」

「なんで、このタイミングなのよ」


 江藤に顔を近付け、小声で言う岡崎だったが、その声は、耳を澄まさずとも丸聞こえだった。


「いいって。何も、岡崎に弁当を催促しようってわけじゃないんだから。江藤をそんな責めないでやってくれよ」


 なんか、そんな反応を見せられると、本来、関係ないはずの、こちらが申し訳ない気分になってくる。


「まぁ、でも、利害は一致するわけだ」


 それまで、黙って俺達の話を聞いていた優が、誰に言うでもなく、ぽつりとそう呟いた。

 どう考えてもそれは、思わず口を突いて出てしまった、独り言ではない。明らかに、何かを意図した発言だった。


 優は、時よりこういう事をする人間だ。そして、大抵、こういう時は、優の思惑通りに事が進む事が多い。


「孝は食べたいよね? 由愛のお弁当」


 優の発言に、ここぞとばかりに乗っかる江藤。その表情は、嬉々(きき)としている。


「まぁ……」


 本人が目の前にいる手前、大っぴらに否定する事も出来ず、どうしても曖昧(あいまい)な受け答えをしてしまう。


「ほら、孝もこう言ってるわけだし」

「……ホントに? 社交辞令じゃない?」

「おう……」


 意を決したというような表情の岡崎に気圧(けお)され、思わず(うなず)いてしまう。


 というか、この状況、頷く他ないだろう。


「じゃあ、早速、明日から作ってくるね」

「え? あぁ……」


 なんだか知らんが、妙な事になった。


 岡崎が、明日から俺の分の弁当を作ってくる? なんだ、その展開? それじゃあ、まるで……。いや、考え過ぎか。岡崎は、お弁当のおかずが毎日余って困っていた。だから、もう一人分作ってくる。うん。それだけだ。そこに変な勘繰りを入れるのは、下衆というものだ。


「良かったね、由愛。けど、こうも上手く行くなんて。まさに、作せ――」

「あー!」


 江藤の言葉を、突然、岡崎が大声で(さえぎ)る。


「どうした?」


 急に大声出すなんて、岡崎らしくない。


「それに、作戦って……」

「白線。きっと、湊は、白線流しって言いたかったんだと思うな。ね? そうだよね?」


 岡崎の迫力に圧され、コクコクと小刻みに頷く江藤。

 不自然極まりない光景だったが、無理に追及しても仕方ないので、ここはあえて聞き流す事にした。


 しかし、白線流しって……。さすがに、無理があり過ぎるだろ。というか、よく咄嗟(とっさ)にそんな言葉を思いついたな、岡崎も。

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